第十四話 正体
戦闘終了後、俺は万が一に備えて部隊を城塞都市に留まらせ、指揮を岩瀬中佐に任せて即席で作った滑走路に攻撃隊として来た一式陸攻を着陸させて、搭乗後は一旦本国へ帰ることになった。
目的は品川に作らせた資料を受け取るのと、今後のことを陸海軍と話し合うことにある。
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「それで、初めて外界へ出た感想はどうでしたか?」
と、執務室で心配しつつどこか機嫌の悪い品川が先ほど渡した資料を捲ってみている俺に問い掛ける。
「まぁ普段では体験できない貴重な体験ができた、と言っておこう」
「あれだけ危険な体験をすれば、そうなるでしょうね」
余談だが、弘樹が外界に出た後品川は落ち着きが無かったらしく、ブツブツと何か呟いていたらしい。彼女は心配していると思っているだろうが、外から見ればかなりやばい状態に見えていた、らしい。
彼女からすれば辻が自分を差し置いて弘樹と一緒に居ること自体がどうにも悔しい、とのこと。
「しかし、自分で言っておいてなんだが、この短期間でよくこれだけ凝った内容を作れたな」
話題を変えて資料に目をやる。時間はそれほど無かったが、それでもかなり凝った内容であり、どこにも不備と思われる箇所も無い。注文どおりの出来上がりだった。
「……我が扶桑海軍の情報部に掛かれば、この程度の資料を作ることなど造作もありません。もちろん矛盾が無いように徹底した確認を取っていますので、ご心配には及びません」
話題を変えられて一瞬考えるも、自信ありげに品川は語る。
「・・・・しかし、半分真実、半分捏造の資料がどこまで通じますかね。そもそも一人の異邦者から立ち上げた国って・・・・」
隣に立つ辻も資料を見ながら呟く。
小尾丸の言う異邦者というキーワードを活用し、何世紀も前にこの地域に転移してきた一人の異邦者が築き上げた国として説明する。
現実味が無いように見えるが、向こうはそれを確かめる術が無いので、強引でも通せれる。
もっとも俺が一人でゲーム内で扶桑を築き上げたものだから、強ち間違いと言うわけではない。違いはそれをどこまで誇張しているかということだけ。
「まぁ、具体的な説明を入れれば何とかなるだろう。そのためには、二人の協力が不可欠だ」
「分かりました」
「お任せを」
二人の返事を聞いてから俺は「行くとするか」と言って立ち上がり、二人を引き連れて執務室を出る。
その後陸海軍のトップを集めた会議を行い、今後の動きについて話し合われた。
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会議を終えて二人を連れて飛行場の滑走路に準備されていた一式陸攻に乗り込み、城塞都市ハーベントを目指す。
「意外と航空隊の被害は多いのか・・・・」
俺は先の戦闘の被害報告書を開いて目を細める。
各空母より発艦した艦載機の未帰還は総計で15機あり、その大半を零戦と九九式艦上爆撃機が占める。
陸軍航空隊は九七式戦闘機10機が損傷もしくは被撃墜であるが、奇跡的にも戦死者は出ていない。
(旧式機とは言えど、向こうにも撃ち落すだけの腕前の持ち主は居るようだな)
内心そう呟きながら、今回の外界進出時の戦闘における被害報告は以下の通りになる。
重軽傷者を含む負傷者:57名
戦死者:36名
航空機被撃墜機数:22機
車輌被害数:8輌(戦車1輌、兵員輸送車3輌が損傷して、残りは大破となっている)
捕虜の人数:793人
蹂躙に等しいあの戦闘で生き残った帝国軍兵士はそう多くなかったが、逆にあれだけの攻撃で生き残った方も結構運は良い方だろう。
捕らえた捕虜は徹底した管理の下で労働力として使う予定だ。
(こんなのは序の口だ。恐らく今後、どれほどの犠牲を払うことになるのか……)
そう考えながら、俺は将軍達への説明する文を再度読み直して復習する。
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それから二時間弱の飛行を経て城塞都市ハーベントに到着し、近くの広場を派遣した陸軍の増援の中の工兵部隊によって整地された滑走路へ一式陸攻が着陸する。
現状では一時的ではあるが、陸軍によってハーベント周辺に防御陣地が形成されており、帝国軍の襲来に備えている。
「お待ちしていました! 西条総司令官!!」
一式陸攻を降りると、既に岩瀬中佐とその部下が出迎えており、俺を見るなり陸軍式敬礼をする。
「ごくろうだったな、中佐」
「我々が留守の間帝国軍の動きはあったか」
俺と辻、品川はそれぞれ答礼をして、弘樹と辻が問い掛ける。
「いえ、帝国軍の動きはありません」
「そうか。まぁあれだけの損害を受けているんだ。さすがにすぐには動けないか」
そう呟きながら、現場の指揮を中佐に任せて、辻と品川を引き連れて城の大広間へと向かう。
将軍の使いに案内されて大広間に着くと、既に将軍と高官達が席に着いており、小尾丸が将軍の右斜め後ろに立ち、俺たちが入ってくると一斉に視線が集まる。
俺は使いに席を勧められ、制帽を脱いで席に着くと制帽をテーブルに置き、その後ろに辻と品川が立つ。
「戦後処理が忙しい中、こうして時間を割いていただき、感謝します」
話を始める前に、一言言うと頭を下げる。
「いいえ、むしろ感謝を述べるのはこの場を設けていただいた我々の方です」
と、この場にいる者達の代弁として小尾丸が口を開く。
「ところで、そちらのお方は? ツジ殿は分かりますが……」
小尾丸の視線は辻の隣に立つ品川に向けられる。
「彼女は辻と所属している所は異なるが、辻と同じ副官の品川愛美だ」
品川は無言で頭を下げる。
「そうですか」
小尾丸も品川に対して頭を下げる。
「……では、本題に入りましょう」
俺がそう言うと、将軍や高官達は一斉に耳を傾ける。
「恐らく大体の察しが付いている人たちがこの中に居ると思われますが、我々はとある国家に属する者です」
「そして我々が属するのは、『扶桑国』と呼ばれる国です」
そう打ち明けると、案の定疑問を挟む者が現れる。
「さ、サイジョウ殿。そのような名の国は、聞いた事が無いのだが?」
「そちらが我が国を知る由もないでしょう。我が扶桑国は何世紀以上前にあなた方の言う異邦者が立ち上げた、一つの国家なのですから」
向こうからすれば衝撃的な内容に高官達は騒ぎまくる。
「い、異邦者の国だと!? そんな馬鹿な!?」
「ありえん!! たった一人で国を立ち上げるなど!!」
「仮にそうだとしても、何世紀も前にこの世界にあれだけの膨大な戦力を投入してきた帝国軍を退かせるほどの兵器を有する国があるのなら、我々が知らないはずがない!!」
「我々は下手に動かずに外界との接触を避けてきたのですから、あなた方が知るはずも無いでしょう」
「……」
「……サイジョウ殿。それで、扶桑国と呼ばれる場所はどこに?」
「ここから西に約110km先。分かり易く言えば巨大な山の向こう、とだけ言っておきましょう」
そう言うと誰かが席を立って声を上げる。
「馬鹿な! そこは未踏の地がある場所ではないか!! 出鱈目を言うでない!!」
「その出鱈目と言える理由はちゃんとあるのですか?」
辻は制帽の鍔の陰より高官を威圧感を含む目で見つめると、高官は一瞬怯むも言葉を続ける。
「あそこは強力な魔物や気候変動が激しい地域だと伝えられている! そんな所に国を築き上げるどころか、建国するなど不可能だ!」
高官はそう言うが、そんな現象は一切無かったけど。まぁ魔物がいた事に変わりは無いが。
「それはあなた方の伝承に過ぎない。まぁ、その伝承は間違いがあるようですがね」
「むしろその間違った伝承のお陰で、我々は自ら動き出すまで外界と接触することがなかったのですから」
「ぐっ……」
「それに、我々が嘘を言ったところで何か得でもあると?」
品川の問い掛けに高官は何も言わずに席に座る。
「……そうか。推測でも小尾丸よりある程度聴いていたが、やはりサイジョウ殿達は異邦者だったか。たった一人から立ち上げられた国であるのは予想外だったが」
将軍は戸惑いの色を見せていたが、さすがに立場上慌てる姿を見せるわけにはいかないのだろう。
「それで、サイジョウ殿は扶桑国の将軍なのか?」
ここで俺の正体をカミングアウトするわけだが、大体どんな反応かは察しが付くなぁ……
「確かに自分は扶桑陸海軍の総司令官でありますが、同時に国を率いる国家元首たる総理。つまり一国の長に当たります」
俺の正体のカミングアウトに、案の定耳が痛くなるような静寂が訪れる。
「……今の話、本当なの、ですか?」
将軍は思わず敬語に直す。
「本当です。むしろこの場でこのような嘘を言う必要がありますか」
「……」
さっきまでざわついていた高官達は黙り込み、さっき俺に対して声を上げていた高官は青ざめている。
「すぐに分かってもらえるとは思っていないので、我が扶桑国の歴史資料を用意しました。ご覧になってください」
二人に目配せをすると、辻と品川は右手に持つアタッシュケースをテーブルに置いて開け、事前に用意した資料を取り出して将軍や高官達に手渡していく。
『……』
ある程度時間が経った辺りで、資料を大分読んだだろう将軍達は、誰もが息を呑み黙り込んでいる。
「・・・・さ、サイジョウ、総理。少しのあいだ、時間をいただいて宜しいでしょうか?」
明らかに戸惑いの色を見せるアーバレスト将軍は若干震えた声で口を開く。
「分かりました。では、外で待っています」
俺は席を立ってから頭を下げ、制帽を手にして頭に被ると辻と品川を引き連れて大広間を後にする。
「さて、向こうはどう出ますかね?」
「さぁな」
俺たちは使いに案内されて別室にて待機している。
「さすがに上から出るほど愚かではないでしょうが、万が一に備えて武装した歩兵を配置しています」
まさか強行手段を取ってくるとは思えないが、辻は既に外に武装した歩兵を配置させており、いざと言う時は戦闘できるように準備させている。
「できれば、歩兵が動くことが無いのを祈るか」
弘樹は腕を組み、静かに唸る。
「……けど、資料だけではそう簡単には信じないだろなぁ」
「恐らくは」
口や媒体による情報伝達ではいくらでも偽ることができる。向こうが資料のみで簡単に信じると楽に考えていない。
と言うか壮大過ぎて信じ難い、というところが大きいのかもしれないが……
「……まさか本国に招き入れる気ではないでしょうね?」
「……」
「そういう考えですか」
俺の考えを察して、品川はため息を吐く。同じく辻も小さくため息を吐く。
「危険なのは承知の上だ。だが、百聞は一見にしかずだ。実際に見てもらえば理解せざるを得ないだろ?」
「確かに効果はあるでしょうが、この気に乗じて工作員か、スパイを潜り込まれかねません」
「もちろん案内は決められたルートに警備も厳重にさせる。それに扶桑には辻が教官を務める泣く子も黙る鬼の憲兵隊がいるんだぞ?」
「……」
辻はため息を吐く。
史実の日本の憲兵隊とは異なり、扶桑陸海軍どちらの管轄下には入っていない独立した警察組織であり、構成しているメンバーはただ任務を全うするようにあの辻に教育されているので、決して買収されることなど無い。
そして辻の教えでその取締りはかなり厳しく、容赦が無い。しかし史実の日本陸軍の憲兵隊とは違い、上からエラそうにせず、対等な目線で行うように教育され、緊急事態を除く以外では、暴力を振るわず治安維持のために動く。
しばらくして将軍と小尾丸が直々と弘樹たちのもとにやってくる。
「どうでしたか? 扶桑の歴史は?」
「・・・・その、正直に言うとまだ、信じられません」
「まぁ、内容が内容ではすぐには信じられないでしょうね」
当然と言えば当然か。やっぱり、実際に見てもらうのが一番か。
「先ほど二人の副官と話し合いをしました。もしまだ自分達のことが信じられないのなら、代表を我が扶桑に招待しようと考えています」
「ふ、フソウに、我々をですか?」
「えぇ。ただし一度に連れていけるのは10人程度ですが」
「……」
将軍は深く考えるように黙り込む。
ここでフソウと友好な関係を築き、国王との話し合いの末に同盟を組むことができれば、帝国軍を押し返すことができるかも知れない。
しかし、同盟を組むことはそう簡単に行くものではない。仮にもフソウの不興を買うことになってしまえば、敵視されてしまう恐れがあり、同盟を組む以前の問題になる。
もし敵対関係になってしまえば、冗談抜きで一夜にして国が滅ぼされかねない。
なので人選はかなり慎重に行わなければならない。
しばらくした後、将軍は慎重に人選した高官達と共にフソウへ行くことを弘樹達へ伝えた。