兄は妹とポケモンがなによりも大切なのだ。
こんにちは兄のサトシです。今回少し気になることがあったため、ピカチュウたちがポケモンセンターで回復している間にタケシたちに出かけてくると言って鏡の前に来ました。鏡は誰もいない部屋に設置されている大きなもの。身体が余裕ですべて映し出せるとても大きな鏡の前で俺は小さく口を開く。
「…おいギラティナ。そこにいるんだろ」
そう呟くと鏡はいきなり豹変し、大きな影が見えてきた。鏡から竜巻のような風が出てきて、俺を巻き込んでそのまま反転世界へと入ることができた。そして無事地面に着地し、前を見る。
前にいたのはギラティナ。人間の姿ではなく、原作で出てきたポケモンの姿で宙に浮いていた。
だが一度瞬きをすると一瞬で人の姿をとり、俺の目の前へとやってくる。
前に見た金髪男になって楽しそうな表情でそいつは笑っていた。
『呼んだ?』
「…呼んだよこの野郎。お前なんで俺のこと主人公って呼んだのか教えろ」
『あらら…いきなりすぎじゃね?もうちょっと話を盛り上げてさー』
「お前と話す時間も惜しいくらいない!」
俺がそう断言するとギラティナは大げさにショックを受けましたという表情になる。落ち込んで座ったため、俺も隣に座り、さっさと話せと急かす。するとギラティナはつまらなそうな表情になった。
『全く仕方ないな。…俺は君と、まあ同類かな?』
「つまり――――」
『同じ転生者ってこと!気がついたらギラティナになってたんだよねー!』
ギラティナの言葉に、俺は驚愕するよりも納得してしまう気持ちのほうが強かった。まあこんな女大好きな変態が原作の方のギラティナって言われたら全国の子供が悲しむだろうからな。
でも少しだけ気になることがある。
「お前が俺たちをこの世界へ転生させたのか?」
『俺たち…?いや、俺は何もしてないよ。たぶん君と同じように生まれ変わったんじゃないかな?』
「なるほどな…」
この世界に生まれたのには何か原因があるのかもしれないと思ったけれど、ギラティナは知らないと言って首を横に振る。それを見て俺は考える。もしかしたら俺や妹、ギラティナのようにまだ転生している人がいるのかもしれないと思ったのだ。…ああでも、人ではなくポケモンの可能性というのも否定できないのだけれども。
そんなふうに思っていると、ギラティナが俺の顔をじっと見つめて考える様に小さく呻き声をあげ、目を細める。
『なあやっぱり性転換を―――――――』
「しつこい!!!」
なぜそこまで性転換などにこだわるんだろうか。まあ伝説だったら結構何でもありだし、ミュウにも人間からポケモンへ変えるやり方もあると聞いたことあるからこいつが本気を出せばできるんだろう。でもせめて男を女に変えるんじゃなくて、もともとの女性に声を掛けろと言いたい。…でも本気で行動したら世の女性たちが哀れになってしまうからやめておく。
だが、ギラティナは悪戯っ子のような表情になって俺に向かって言う。
『…君って、前世女の子だったろ?だったら俺、女性に声かけてるってことになるし。そっちの方がうれしいし!性転換だけでも――――』
「せいやッッ!!!!」
『危なッ!!サトシ君今本気だったでしょ!!!?』
「…チッ」
『舌打ち!?』
ドヤ顔で俺の前世の性別言い当てたため、そして俺を女性とカウントしたため、ムカつく顔面に向かって殴りかかったというのに躱された畜生。さすがは伝説…といいたいが、こいつと同類のパルキアとディアルガは俺の攻撃を避けきれなかったという事実を知っているので、おそらくこいつ自身の強さなのだろうと理解した。
というよりも何故性別を言い当てられたんだろうか。俺はギラティナに強く睨み付けつつも言う。
「お前本当に転生させた原因じゃないのかよ?何で俺の元性別を言い当てられた?」
『いやぁーだって俺、伝説だからね。君から女の子の良い香りがしたから絶対に前世は女の子だと思ってた!』
「気持ち悪いッ!!!」
駄目だこいつ。女の子好きすぎて気持ち悪くなってきた。何だよ香りって意味わかんねえよ!
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『あ、そう言えばヒトカゲの卵をミュウに持たせて贈ったんだけど届いた?』
「…あれもお前のせいだったのか。いや、あれは妹のヒナが受け取ってちゃんと育ててるぞ」
『…え?妹いたの!?…あ、そういえばそんなこと言ってた気がする…え、大丈夫…だよねおそらく』
何か不吉なことを言ってきたので俺はギラティナの胸倉をつかみ、睨み付ける。
「ヒナやヒトカゲの身に何が起きるっていうんだよ。ちゃんとはっきり言え」
『グフォ…ちょ、言う!言うから離して苦しいから!!』
胸倉をつかんだまま思いっきり揺らすとギラティナが呻き声を上げて叫ぶ。きつそうな声を上げていたため、俺はすぐに胸倉から手を離した。
ギラティナは少し深呼吸をして乱れた息を落ち着かせた後に口を開く。
『あの色違いのヒトカゲは多くの人間に求められていたんだ』
「…………」
何を言っているんだろうと思った。でも少し嫌な感じがした。ギラティナはミュウに卵を託し、俺ではなく間違って妹のヒナに贈られた色違いのヒトカゲの卵。その理由に気がついてしまった。
『…あのヒトカゲはいわばポケモンを売り買いする犯罪者にとって望まれて、そして求めてきた卵だった。色違いの卵を生み出そうと犯罪者たちはかなり躍起になっていたみたいでね。ヒトカゲの両親は犯罪者たちの欲望の犠牲となってしまったんだ』
「それって…」
俺は理解してしまった。おそらくその色違いを求めた犯罪者たちは卵を大量に生み出して、色違いを求めていったんだろう。色違いではなく普通に生まれたヒトカゲ達はどうなったのかわからない。けれども妹と共にいるヒトカゲの両親の行方とその哀れな末路を知ってしまった。だからそのヒトカゲ達も同じように不幸になってしまっているのではないかと考えた。今までに聞いた話より、酷く不快に思えた。俺は拳を握り、怒りに震える。
そんな様子を見ながらも、ギラティナは話を続ける。
『犯罪者たちの望み通り、色違いの卵は生まれた。でも、そいつらの手に渡る前に俺が奪った。あの時偶然出会ったリザードン達に…命の灯が消えていくヒトカゲの両親に必死に頼まれたんだ。俺にこの色違いの子供を幸せにしてくれる場所まで連れて行ってほしいって…。今まで生まれてきた子たちの分も幸せになってほしいって…。だから俺はミュウに頼んで無事にマサラタウンまで行ってもらった。主人公の君になら大丈夫だと。必ず色違いのヒトカゲを幸せにしてくれると―――――それが、君に託すはずだった卵なんだ』
「待て…それじゃあ…!」
『そうだね。犯罪者たちは消えてしまった卵を…色違いの卵を探している。それに普通のトレーナーたちもその色違いを求めてしまう。…マサラタウンなら平気だと思うけど、妹さんには気をつけるように言っておいた方がいい』
「………………ああ」
『……ごめん。本当なら俺がちゃんと様子を見ておく必要があったんだ。言い訳になってしまうけれど、これから戦いは激化する。今マサラタウンに行く余裕は残っていないから…それで――――』
「――――いや、大丈夫。教えてくれて、ヒトカゲを救ってくれてありがとう」
俺はギラティナにお礼を言って、きつく目を閉じる。ギラティナはただヒトカゲを救いたかったから行動したんだ。そしてそれは間違って妹に贈られてしまったけれど、ヒトカゲは幸せに暮らしているのだからギラティナに文句を言うつもりはない。
ただ、ギラティナに言われた言葉を繰り返し考えた。マサラタウンには頼もしい皆がいるし、大丈夫だと思う気持ちが強い。
でも、少しだけ嫌な予感がした。
兄の心境。
だ、大丈夫だよな…。よし、後で帰ったら電話しよう絶対。