マサラ人だけどスーパーマサラ人ではないはず   作:若葉ノ茶

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ヒナの懐にあるボールがガタガタとまるで壊す勢いで動く。


その少女を見た瞬間から、大きく動く。




「なぁ…んで?」


「さあ?何ででしょうね?」



ガタガタとボールが動く。








第二百八十一話~意志よりも、覚悟を~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女を見て、身体が震えていく。ボールが揺れるのがまるで自分が震えているせいだとでも言えるぐらい、恐怖で怯える。

ヒナは彼女には会いたくなかった。会うとしてももっと先の未来……記憶が古ぼけて笑い話として口に出せるぐらい傷が癒えてからの方が良いとそう考えていたのだ。それはもちろんリザードンも一緒だった。

ボールから無理矢理飛び出してヒナを守るかのように抱きしめ、黒い翼を広げるリザードンが睨む先にいたのは、この旅が始まったといってもいい元凶。ヒナのトラウマであり、怯えの対象。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…ずいぶんな嫌われようね?まあ、私もあんたのこと大嫌いだから関係ないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女――――――シロは、真っ白な服を着てこちらを見て笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「あ……ぁ…」

『グォォ…』

 

 

ヒナの身体から冷や汗が流れる。心臓が激しく動き、目の瞳孔が開くかと思えるぐらい瞬きを忘れ、ただシロを見て震えている。思考が停止し、リザードンに抱きしめられている状態にも気づかない。

――――シロの目の色が以前とは違って真っ直ぐこちらを向いていることにも、気づかない。

波動を使おうという意志もなく、反撃しようとする考えもないヒナの頭には目の前にいる少女に対しての恐怖心しかない。だからこそ、リザードンはこのままではいけないと翼を広げて飛び去ろうとした。ここにいてもヒナを傷つけるだけで何も意味がないと考えているから。進化したおかげで強くなった大きくて黒い翼を広げた瞬間、シロは笑って言う。

 

 

 

「ポッポたち…【リザードンを止めなさい】」

『ポッポーゥ!!』

 

 

『…ッグォォ!』

 

 

シロの近くに集まっていたポッポ達が集団で飛び去ろうとしていたリザードンを攻撃し、翼を傷つけようとしてきたためリザードンは苛立ちのままに炎を吐く。その炎に焼かれて気絶するポッポもいたが、ポッポたちはそれでも攻撃を止めない。

ヒナは何も気づかない。現状を見ようとはしない。ヒナの思考は固まり、何も考えることなどできてはいないのだから。

だが、声を聞くことだけはできた。リザードンが苛立っているということも、ポッポたちの悲鳴や鋭い鳴き声なども理解できた。だが、それだけだ。

 

シロはリザードンにまともに指示が出せないでいるヒナの脆さに舌打ちをして口を開いた。

 

 

 

「あなたには何も分からないのね…こんなのが私のオリジナルだなんて本当に信じられないわ」

「う…ぁ…」

「ポッポ、【襲いなさい】」

『ポッポーッ!!』

『ガゥゥウウ!!!』

「見なさいオリジナル。私はあなたのコピーよ。あなたができるはずの能力を、私はもう使えてるわ!!!」

「そ…なの…知らない…」

「知らないじゃなく見ていないだけでしょう!私はあなた自身よ!理解しなさいこの力を!」

「ち…から…なんてない…」

『グォォオオオ!!!』

「煩いわよリザードン!思い出しなさいオリジナル!あなたはポケモン達に好かれている。好かれすぎている。それは力の象徴。ポケモンを操れる能力の兆しのはずよ。私ができるのにオリジナルのあなたができないはずはないわ!!」

「や…ぁ…そんな…」

「分からないと言うのなら、教えてあげるわ」

 

 

シロは怒りと苛立ちを込めた声でヒナに向かって怒鳴り声を上げる。シロが言いたいことは己の事だった。シロの身にあの後何が起きたのかをヒナは知らない。知るはずもない。だがシロはヒナに向かって言うのだ。以前ニセモノと呼んで蔑んでいた頃とは違って、ちゃんとオリジナルだと認めて叫ぶ。

自分(コピー)ができることなのだから、あなた(オリジナル)にもできるはずだと心の底から叫んでいる。

その声は恐怖で怯えるヒナには届かない。そしてそんなヒナを以前傷つけたシロを憎むリザードンにも届かない。謝って済むような関係ではない分、彼女たちの確執は強い。ヒナたちにとってはシロは自らを傷つけた存在。だがシロにとっては自分を生み出すきっかけとなった憎むべき存在【だった】1人。

 

考えに違いがある分、シロが言いたいことを読み取れないヒナたちは何も理解しない。理解しようとしない。

 

 

「コイル、【でんきショック】」

『ビビッ!』

 

 

シロの近くには様々なポケモンたちがいた。そのポケモンたちは野生のようだったが、シロの言葉を聞いてまるでその通りにしなければならないのだと言う風に従い、でんきショックを放つ。

それを見たヒナは攻撃が来ると本能で感じとり、耳を塞いで目を閉じて叫んだ。

 

 

 

「やめ…て…リザードンを…傷つけないでっ!!」

『グォォ…!』

 

 

 

 

『ビィッ…ッ!!!』

 

 

コイルたちはヒナの声を聞いてふらふらと動き回り、一斉に気絶した。その様子を見たリザードンは驚く。まるでヒナの声を聞いて攻撃を無理やりやめたかのように動いたと思えたからだ。コイルたちが何のきっかけもなく一斉に気絶したその姿は異様とも言える。だがそんなコイルたちをシロは近くにいたミルタンクに起こしてもらっていた。まるで予想がついたかのように…。

 

そしてコイルたちが気絶した様子を理解せず、何も見ようとしないヒナに失望したかのようにため息をついた。

 

 

 

 

「矛盾する【声】を聞いてコイルたちが気絶した。あなたのせいなのにあなたはまだこちらを見ようとしないのね…いいわ、なら私も本気であなたに分からせてあげる」

 

 

『グォォッ!』

 

カモネギたちがシロの指差した方向へ――――リザードン達の方へ向かって攻撃しようと飛んでくる。それを見たリザードンは上等!とでも言うように叫んで炎を吐こうと構えた瞬間、だった。

 

 

大きな光がヒナ達を守るかのように降り注いだのは。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

カモネギたちは降り注いできたそれに当たらないように攻撃を止めて旋回し、シロの元へ降り立っていた。攻撃してきた【それ】は本気でこちらを傷つけようという気はないようで、躱せるぐらいの手加減はしていたようだった。

 

シロは厄介な相手が来たとばかりに舌打ちをしてから、小さく微笑を浮かべて口を開く。

 

 

「まさか、あなたもここに来るだなんて…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大事な妹を守るのが兄の役目なんでね」

『ピッカァ!』

 

 

ヒナ達を守るかのように前へ出てきたのは兄であるサトシとピカチュウ。数で言えば野生のポケモンたちが多くいるシロの方が勝ってはいたが、実力で言えば彼らの方が上であった。リザードンに指示をすることができないでいるヒナならば勝てるかもしれなかったが、サトシが来てしまっては実力が大幅に変わる。

そんなシロの心境を知らないサトシは、シロを睨みながらも言う。

 

 

 

「…アクロマの野郎はどうした?」

 

 

「いないわ。彼ならある研究に没頭していてね…クロもそれに巻き込まれているの。だから、私はここに一人で来た」

 

 

サトシの狙いはどうやらアクロマであったみたいだ。盛大に喧嘩を売られたような存在であるアクロマがいないことに少々苛立っていたようだが、それでもシロを睨む目は変わらない。

そんな緊張感が包み込む彼女たちに近づいてきた一つの黄色い生き物と人間が1人。

 

 

「なんか凄まじいことになってんな…あの姉ちゃんヒナにそっくりなんだが…三人目の子供がいるとか聞いてないぞ」

『ピチュゥ!!』

 

 

「ピ…チュゥ?」

『グォォ!』

『ピチュ…ピチュゥウ!!!』

「ピチュー…ピチューだ…!」

『グォォオ…!』

 

やって来たのはシゲルがそのまま少し老けて中年のおじさんになったかのような男と、ヒナに涙目で駆け寄るピチューの姿。

ピチューが叫んだことにヒナは思考を動かし、声のする方を見る。そして見たのは長い間いなかった弟分であり仲間の姿で…ヒナも同じく涙を浮かべながら駆け寄ってきたピチューをギュッと強く抱きしめる。

そして抱きしめあっているヒナとピチューを大きく包むかのようにリザードンが彼女たちを抱き上げた。お互いが再会を喜び合い、そして泣きあって笑っていた。

 

 

「これ以上ここにいても意味ないみたいね…」

 

 

そんな、彼女たちの空気を壊す一声がヒナたちの耳に届く。ヒナたちの前にはサトシとピカチュウの姿があった。サトシ達は攻撃されたらすぐ動けるように構えていた。そして近くには何かあったらすぐに守れるようにとシゲルの父の姿もいた。だからなのか、ヒナは先程以上の恐怖を起こすことなく、シロをまっすぐ見ることができた。

 

そして見えてきたのは、寂しげにこちらを見て苦笑する…ヒナ自身がそのまま成長したかのような存在。

 

 

「あなたは恵まれてるわ…その意味をちゃんと理解しなさい」

 

 

 

 

 

そうシロが言った後、近くにいたコイルたちが一斉にフラッシュをして視界を奪った。それは、逃げようとしていたシロを捕まえようと動きそうになったサトシ達の行動を防ぐための指示。野生のポケモンがシロの言葉を聞いてそれに応えた姿でもあった。

 

 

―――――――眩しい光が消えた後に見えたのは何もない光景。

 

 

 

 

シロがいなくなったという現実。

 

 

 

 

「何しに来やがったんだあいつ…」

 

 

 

ヒナの耳に聞こえてきたのは、兄であるサトシがする舌打ちと苛立ちを込めた呟き声だけであった。

 

 

 

 

 

 







きっかけはまだ分からない。


何が起きたのかも、分からない。






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