兄がそうだから…当たり前だと思っていたいつもの光景。
【あいつ】だからできるのだと思い込んでいた貴重な光景。
ようやくヒナたちが眠りについたのは月がヒナたちの頭の上にある木々の隙間から見えた時間帯だった。
暗い暗い森の中で警戒するのは忘れず、でも周りにいる野生のポケモン達やリザードン達に守られたヒナはヒビキ達と同じように深い眠りについてしまう。
幸いにもその夜何も問題は起こらず、襲撃してくるポケモンもいない状況で――――朝が来たのだった。
「……なんでこうなった」
朝、一番最初に目覚めて見た光景にヒナは思わず呟く。
まず最初に見えたのは、真っ黒な身体に覆われている光景。目の前が黒いと感じたのは、リザードンに抱きしめられているからだとすぐに気づいた。起き上がってみれば、オタチやポッポなどがこちらに寄せ集まって寝ているのが見える。だが野生のポケモンたちがヒナに届く前にリザードンによって邪魔され、リザードンの周りに集まるような形で眠っていた。
そしてそんな野生のポケモンたちに埋もれているのはヒビキであり、眠っているナゾノクサやニョロモ達の下でうめき声を上げていた。そんな彼の近くにはゾロアークが丸まって眠っていて、野生ポケモン達がその特徴あるふさふさの髪に入って心地良さそうにしている。
そして野生ポケモンたちに潰されないようにシルバーはチルタリスのフカフカな羽の上で眠り、その周りでオオタチ達が集まって熟睡していた。
つまり、ヒナたちの周りには夜にはいなかったはずの野生ポケモンたちも集まって眠っていたのだ。そして何故か夜行性であるはずのホーホーやヨルノズクまでもが近くで転がっていて、ヒナはどうやって彼らを起こそうか悩んでしまったのだった。
―――――結局、その後起きたリザードンの大きな咆哮によって野生ポケモンたちが慌てて目覚めて蜘蛛の子を散らすように逃げていき、ヒビキ達も起きてきのみを食べながらもアサギシティを目指すため歩き始めた。
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朝になっても薄暗い森の中、リザードン達をボールに戻してから歩き始めたヒナ達。だが、どこかの町に到着するよう考え真っ直ぐ前へ向かって歩いているというのにぐるぐると出口が見えずまるで迷路のような空間にヒナたちは苦労していた。
「くっそぉ…このままだと俺達森の中で野生化しそうだぜ……!」
「馬鹿なこと言うぐらいなら足を動かせ」
「動かしてるよ!ちくしょうここは何処なんだーっ!!」
「ほら気弱にならずに頑張りましょう」
「気弱になんかなってねえ!!」
「ただの馬鹿なだけだろう」
「馬鹿でもねえし!」
「あはは…」
ヒビキがため息をついて首元にある汗を手で拭い、そんな彼を見てシルバーが鼻で笑う。2人が喧嘩している様子を見てヒナがため息をついて苦笑し、そして集中し始めた。
(せめて人間がいるところを探さないといけないのに…ポケモンが多すぎて分からない…)
探索するための波動を使って周りを見ていたのだが、そこから見えるのは辺り一面の青い輝きだけ。ポケモンが数多くいるこの森の中では人間だけを探すことができない。鍛え上げられたアーロンやルカリオの波動ならばすぐに見つけることができる場所でも、波動を鍛え上げたばかりのヒナにとって探索のための波動を使いこなすにはまだまだ難しいことであった。
「どうしたヒナ?何か難しい顔してるけど?」
「え!?あ、いや…なんでもない」
「おー…そうか?」
ヒビキに言われ、ヒナは集中を解いてすぐに誤魔化して言った。作り笑いのようなヒナの表情と声にヒビキは首を傾けたがそれ以上は聞かず、シルバーはヒナに向かって訝しげな眼を向けたが何も言わなかった。ヒナはヒビキ達に必要以上のことは言うつもりはなかった。あの事件についても、波動についても…必要であれば言うつもりだが、今この状況では言わなくてもいいと思っている。波動の師匠でもあるアーロンは言うなとは教えられていなかったが、それでもヒナは言うつもりはなかった。
だが、このまま波動もまともに使えず、森をさまようのはいけないと考えた―――――その時だった。
「祠か?」
「…ん?」
「古ぃなッ!」
森の中に建てられている小さな祠。だがそれはとても神秘的に思える光景だった。
薄暗い森の中、ヒナたちの周りと同じように木々に囲まれている苔むした祠があるだけだと言うのに、そのまわりには野生のポケモンたちはいない。先程まで感じていた視線さえもない。その祠の周りだけが、別世界のように思えたのだ。
「森の中に祠…ウバメの森か」
「何だよそれ?」
「ウバメの森は地名だ馬鹿。ジョウト地方で森の中に祠があるのはウバメの森だと学校で教わっただろうこの馬鹿」
「馬鹿言いすぎだろアホシルバー!」
「ウバメの森の祠…なんか見たことあるような…?」
ヒナは祠をじっと見つめていた。後ろでヒビキとシルバーが騒がしくしていてもそれを気にせず、じっと祠を見て、近づいていったのだ。
一歩前へ進んだ瞬間に周りが眩しく光り輝いた。
―――――――波動のような青い光ではなく、純粋で暖かな真っ白な輝きがヒナ達を包み込む。
「うわッ何だ!?」
「クッ…ポケモンか…いや、敵か!!?」
「ちょっと待ってシルバー!…これは…」
『レッビィ!』
シルバーが突如祠の周りが光り輝いたことに警戒して懐からチルタリスが入っているモンスターボールを取り出して投げようとする。だがその手をヒナが掴んで止め、祠を見上げた。
真っ白な光を、ヒナは何度か見たことがあったからだ。ボールの中から見ていたリザードンも、その輝きが懐かしいと感じて無理やり外に出ようとはしなかった。ヒナとリザードンは、この輝きの正体がマサラタウンにいた頃よく目にしていたポケモン――――セレビィのときわたりに似たものだと知っていたからだった。
その証拠に輝きが消え、元の薄暗い祠に戻った時にヒナたちの目の前にセレビィが現れた。宙に浮いてくるくると踊っているかのように回転し、周りにある木々に花を咲かせているセレビィはとても楽しそうにヒナに抱きついた。その様子でヒナはこの目の前にいるセレビィがマサラタウンでいつも遊んでくれたセレビィなのだと理解する。そしてヒナも笑ってセレビィを抱きしめ、頭を撫でた。その撫でられた手にすり寄り、嬉しそうにセレビィは鳴き声を上げる。
「やっぱり…久しぶり、セレビィ」
『レビィ!』
「セレビィ…だと!?」
「へぇ!そいつセレビィって言うのか!」
「あ…やば…」
『ビィ?』
ヒナはこの状況がとてもヤバいことだと理解していた。ヒビキは知らないみたいだが…シルバーはちゃんと知っていたようだ。セレビィというポケモンが伝説と呼ばれているとても珍しいポケモンだということを…一生に一度見れるかどうかすら分からないぐらいの貴重なポケモンだということを………。
「―――――――おい、ちゃんと説明しろ。……言っておくが、嘘 は つ く な よ ?」
「…ハイ」
『レビィ?』
シルバーは目を見開いて数秒間ヒナとセレビィを見ていたが、すぐに我に返ってヒナを睨むように見つめ、口を開いて言う。その声はとても低く、まるで人を脅せるぐらい凄んでいたとヒナとヒビキは思った。そしてヒナは表情を青ざめて小さく声を出してシルバーの言葉に頷いた。
そんな状況を作り出した元凶であるセレビィはというと、ヒナに抱きつきながらも何が起きたのかよく分からないと言う風に可愛らしく首を傾けてヒビキとシルバーを見ていたのだった。
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「伝説のポケモンであるセレビィがマサラタウンにいる…だと!?」
「う…うん…で、でも今はどうなのかわからないけどね…たぶんいるんじゃないかな…」
「マジか!セレビィって伝説なんだっ!?」
「驚くとこ違うっ!!?」
『ビィ?』
ヒナはセレビィに関して【だけ】嘘を言わずに話した。
マサラタウンに遊びに来ているということ、オーキド研究所の森の中でよく見かけていたことを。それを聞いたシルバーは驚いて叫んでいたが、ヒナは目線を泳がせながらいまだに抱きついているセレビィの頭を撫でる。その様子を見たシルバーはヒナが何か隠していると勘づいたが、それを聞いても誤魔化されるだけだろうと考えて思考をセレビィへ移し、観察し始めたのだった。
そしてヒビキはというと、シルバーが言った伝説という言葉に対して驚き、ヒナがそれを聞いてツッコミを入れた。だが、ヒナの兄であるサトシもある意味伝説とは知らずに関わることも数多くあったようだったからまあいいかとため息をついていたりする。
そしてシルバーはセレビィを見てひとりごとのように呟き始めた。
「セレビィはときわたりポケモンだと父上から聞いたが…なるほど、さっきの輝きはときわたりによるものだと予想すれば理解できる。突如現れ、そして滅多に姿を現さないポケモンだが…ヒナだからこそできたことか?…いや、マサラタウンにいるのが、サトシさんがセレビィを救ったと言うのならばサトシさんのおかげか?それよりもセレビィの個体差というものはあるのか?俺のチルタリスは平均よりも体格が大きいからポケモンには個体差があると言うのは理解できるが――――」
「―――――うるせえシルバー!考え事すんなら声に出して言うな!」
「殴るな!」
「殴るに決まってるだろこのバカシルバー!」
「馬鹿は貴様だろうが!」
『ビ…レビィ…?』
「ああ気にしなくていいからねセレビィ…あれいつものことだから…まあこれ以上喧嘩しててもしょうがないし…ほらさっさとやめなさい!!」
「「ブフォッ!!」」
シルバーの声にヒビキが怒鳴ってその頭を殴り、それに反応してシルバーが怒り再び殴りかかる。その様子を見てヒナはため息をついてセレビィから離れ、拳を握っていまだに怒鳴り合っている二人の頭を殴って地面に撃沈させたのだった。その姿はまさにサトシのようであるとセレビィは感じていたが、波動を使いこなしているだけだと考え込んでいるヒナは気づかない。
―――――そしてようやく、落ち着きを取り戻した頃。
「でもよー伝説って言っても普通のポケモンなんだな?俺、けっこうでかくて強いポケモン想像してたぜ?」
「まあヒビキの想像するポケモンもいるにはいると思うよ…たぶんおそらく…うん」
「フンッ…釈然としない答えだなヒナ」
「あはは…」
『ビィ…レッビィ!!』
「…そういえば何でセレビィがここに現れたんだ?」
「ヒナに懐いているから来たんだろうな…」
「ああ納得」
「それどういう意味よ?」
『ビィ?』
セレビィはヒナの頭の上に乗り、楽しそうに首を傾けていた。その姿を見てヒビキとシルバーはポケモンに懐かれている夜の様子から伝説もそうなのだろうと考えて納得した。だが、2人はセレビィはヒナに親しい人間であるヒビキとシルバーにも若干心を開いているということを知らない。普通ならばヒナがいたとしても姿を現さないのがマサラタウンでの暗黙の了解であった伝説がヒビキ達にも姿を現したことに対しての意味を、彼女たちはよく理解していなかった。
シルバーは思いついたようにヒナに声をかけた。
「そうだ…セレビィに町まで案内してもらったらどうだ?」
「おおそれいい考え!セレビィ、やってもらえるか!?」
『レビィ?』
「私達、アサギシティまで行きたいんだ…セレビィ、近くの町まででもいいから案内してくれるかな?」
『ビィィ…レビ!』
「何だ?」
「この先に行きたいようだな」
「もしかして町に案内してくれてるのかな?」
ヒビキ達が言った言葉を聞いてセレビィは考え込む。このまま近くの町まで案内してもいいが、ヒナが言ったアサギシティという町まで行ったほうが喜ぶと考えていたのだ。
考え込んだセレビィは、何かを思いついたかのようにヒナの頭から降りて宙に浮き、一回転をしてヒナの手を引っぱって行きたい方向へ進む。
ヒナの手を引っぱりながら進んだ先に見えてきたのは、とても古く苔むしている大きな大樹がある光景。近くには大きな泉があり、ヒナはまるでその光景がオーキド研究所の迷いの森のようだと感じていた。だが迷いの森の方がとても小さくて今いる場所よりも迫力なんてない。もしかしたら迷いの森にある大樹や泉はポケモン達の手によって似せられたものではないかと…疑似バトルフィールドを作り出したことを思い出したヒナは遠い目をして考えてしまった。
セレビィはヒナたちが驚いているのを見て楽しそうに笑い、くるくると回ってから大樹に向かって大きな声を上げて光り輝き始めた。光り輝いているのはときわたりをしているように真っ白ではなく薄い緑色で輝く。そしてセレビィの声に反応して大樹を中心に木々も光り始めた。
共鳴しているかのように光り輝くその光景に、ヒビキは驚きの声を上げて笑顔で見て、シルバーはめったに見ることのできないものだとすべて忘れないように瞬きをせずに見つめる。
そしてヒナはただその光景を見つめているだけだった。
ようやく光が収まり、木々の共鳴も終わったかと思ったら…【何か】がヒナたちの前を横切って立ち止まった。
『レビィ!』
『クオォオ』
『グゥゥウ』
『クゥォォオン』
「あああああやっちゃった…!」
「何だこのポケモン見たことねえやつばっかだ!!」
「エンテイ、スイクン…そしてライコウ…ジョウト地方でセレビィと同じく見るのも珍しいとされるポケモンが!……ヒナ」
「あとで説明します…」
「嘘はつくなよ?」
「……ハイ」
ヒビキは見たことのないポケモンに大きく叫んで喜びながらエンテイに向かって飛び掛かっていき、エンテイに避けられたせいで地面に衝突する。そしてシルバーはそんなポケモンたちに驚きの声を上げて目を見開き、そしてすぐにヒナの方を睨みつけて低い声で言う。その声にヒナは冷や汗を流しながらシルバーから目を逸らして小さく答えた。
『…ビィ?』
エンテイ達を呼び出した元凶であるセレビィは、何も知らずにヒナ達を見て小さく首を傾け、鳴き声を上げたのだった。
「さてと…そろそろかなぁ…」
――――――動き始めたのは一体誰か