マサラ人だけどスーパーマサラ人ではないはず   作:若葉ノ茶

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呼吸を乱せばすべてが終わる。





第二百七十二話~心を鋼に、身体を燃やせ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

 

 

 

酸素を吸おうと深く深呼吸をして周りを確認する。周囲を見渡せば、人々やポケモンたちが何故そんなに走っていたのだろうかというような視線がこちらに向くのがわかる。呼吸を整えて何でもないと言うような態度をとって見せる。

 

目立ちたいわけではない…でも逃げなければいけないのだから仕方がないのだ…。

 

 

『キッスゥゥ!』

 

 

「来たッ…!」

 

 

空を飛行するカント―地方では珍しいポケモンが頭上から襲いかかってきた。それを避け、すぐにまた走って行く。

 

心臓が激しく鼓動し、一歩一歩踏み出すごとに汗が滴り落ちる。

 

 

逃げなければいけない―――――――。

 

 

 

 

 

「私は諦めないんだから…!!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

それが始まったのは、彼の一言からだった。

 

 

 

 

「これから…鬼ごっこでも始めようか」

「…え?」

 

 

 

ヤマブキシティのポケモンセンター内…朝食を食べている最中に言われた言葉にアーロン以外の皆が茫然とする。だが、いつもの事かとヒナ以外の皆が頭を抱え、ギラティナがアーロンに何を馬鹿なことを言ってるんだと叫んでは物理的に撃沈していたのだが、それもいつもの慣れのために皆が平然と流した。しかし、周りにいる無関係のトレーナー達がメガトンパンチ並みの威力で金髪の青年が地面に叩き潰された光景を見て少々ざわついてはいたのだが…。

いつもの慣れで周りの反応に気づかない一行は、いつものように朝食を食べつつこれから行う鬼ごっこについてのアーロンの説明を聞くことになった。その後、どこぞの雑誌にて【例のトレーナー並みの威力をもつ青年現る!?】という記事がギラティナが叩き潰された時の写真と共に掲載されるのだが…今の彼らは気づかない。

ただ、いつものようにポケモンセンターで出された朝食を食べ、そして鬼ごっこについて詳しく聞いていった。

 

 

 

アーロンが説明するルールは…簡単に言えば――――。

 

 

 

1つ、鬼はヒナ以外の全員になるということ。

 

 

1つ、ヒナにタッチしたらヒナが負け。時間切れまで逃げ続けられたらヒナの勝ちとなる。

 

 

1つ、朝食を食べた一時間後にスタートし、日が暮れるまでがタイムリミット。

 

 

1つ、ヒナを捕まえるのは何を行っても構わない…ただし致命傷や怪我につながる行動はNG。

 

 

これらのルールを守って鬼ごっこは行われるとアーロンは話してくれた。その言葉を聞いてヒナはまるでマサラタウンでやったかくれんぼに似た感じかなと懐かしくなる。あの時はヒトカゲと一緒に必死になって隠れていたり逃げ回っていたなと遠い目をしつつも、ヒナはアーロンの言ったルールを守り、朝食を食べた後指定された時間までの間に隠れることに決めた。

ポケモンセンターから離れる前の一瞬、ふと後ろを見るとアーロンが何やら笑顔でヒカリ達に向かって話をしている光景があり…これはマサラタウンで修行した時以上に過酷になるのではないかと少しだけ嫌な予感がしているヒナであった。

 

 

 

 

 

―――――――そしてその予感は現実となったのだ。

 

 

 

 

朝食を食べて一時間が経った頃…ヒナはある建物の傍で隠れていた。捕まったらいけないのだからと周りを見渡し、アーロン達が来ていないかを確かめる。周りには前日のコンテスト大会に来ていた無関係な通行人が多くいて、鬼となっているアーロン達が発見しにくいと感じた。だからこそ、ちょっとした路地裏に隠れ、誰かが来ないかどうか見張ってはいたのだが…。

 

 

 

『はいみぃつけた!!』

 

「うわっ!それ反則だよギラティナ!!」

『何をやっても構わないなんだから反転世界から来ても構わないに決まってるでしょ!』

 

 

 

路地裏にあるガラス窓からギラティナが姿を現したことにヒナは驚愕し、走り出す。一直線だとヒナ自身の歩幅ではギラティナに負けてしまうからと考えてあえて道ではない道を通り抜ける。壁と壁の小さな隙間…塀の上などを走り、そして先程通った人で溢れている道で立ち止まった。

路地裏からいきなり小さな幼女が現れたことに通行人は驚いていたが、ヒナはそんな通行人に気づく余裕はない。今現在ギラティナがヒナを追ってこちらに来ているという気配はないが…それでもギラティナは反転世界を行き来できる【ポケモン】だと今更ながら実感し冷や汗をかいた。

それに、この鬼ごっこでギラティナが反転世界からこちらに向かって捕まえに来たということは、ガラスや鏡がある場所は通れなくなるということをヒナは理解する。だが、このヤマブキシティでガラスや鏡が使われていない場所はほとんどないと言っても等しいかもしれない。その使われていない場所にヒカリ達が待機していたとしたら、ある意味ヒナにとって詰んだような状況になってしまったといってもいいだろう。

 

 

つまりそれは、逃げ続けなければいけないという過酷な鬼ごっこになるのだとヒナは考えたのだ。

 

 

 

 

 

(体力勝負ってことかな…大丈夫…私はマサラタウンで鍛えられてるんだから…!)

 

 

 

マサラタウンの迷いの森で何度もフシギダネ達と修行をし、ミュウツー達と一緒に遊んだり追いかけられたりしているわけではないのだとヒナはやる気を出して先程とは違った道を歩き始めた。

 

 

―――――だが、歩き始めた先にいたのは通行人に紛れてやって来るミミロルとパチリス。アーロン達と旅をしているヒナだからこそ、そのポケモン達がヒカリの手持ちポケモンだとすぐに分かったのだ。そしてこちらに向かって近づいているということにも気づく。

通行人の人々はカント―地方では珍しいミミロルとパチリスに興味津々であったが、その凄まじい形相と立ち止まっている幼女に向かって追いかけて行くありえない光景を見て下手に関わってはいけないと逆にミミロル達の邪魔をしないように道を開けているぐらいだ。

 

ヒナはミミロルとパチリスがいることに驚き、叫び声を上げる。

 

 

 

 

『ミミィィイ!』

『パッチィィイイ!』

 

 

「ヒカリさんのポケモンも鬼になるのッ?!」

 

 

 

パチリスが大きくジャンプしたのを見て、このまま立ち止まってはいけないとヒナは立ち止まっている場所よりも後ろに一歩大きく飛び退く。飛びのいたことによってパチリスから逃げることに成功し、体勢を整えて逃げる隙を見つけようとする。

だがその間にも、先程の幼女にあるまじきジャンプ力とパチリスの行動に通行人と言う名の野次馬が発生した。まわりがざわつき、逃げ道が塞がれていく中で…ミミロルがれいとうビームをヒナの近くの地面に向かって放ち、滑りやすくして余計に逃げにくくさせる。

 

 

 

『ミミロォ!』

『パッチィ!』

 

 

「何でそんなにやる気十分なのか分からないけど…でも負けられない!」

 

 

兄譲りの逆境に負けない根性と気迫でヒナは叫び声を上げた。その声にミミロルとパチリスはこっちも負けていられないと鳴き声を上げる。

 

まるでポケモン同士のバトルのような光景だと感じた通行人が野次馬となって立ち止まり、ヒナたちの行く末を見物する。その野次馬が増えたために、ヒナの周りが賑やかになる。賑やかになると言うことはつまり、鬼たちに見つかりやすいということであって―――――――――。

 

 

 

 

「いたぁぁあ!!ミミロル、パチリス!逃がしちゃ駄目よ!」

『ポッチャァァア!!!』

 

 

 

「うわっヒカリさん達も来たぁ!!?」

 

 

 

ヒカリとポッチャマが来たと分かり、このままでは負けてしまうと分かったヒナはすぐにれいとうビームで凍っていない地面に向かってジャンプし、塀や近くの家にある窓を使って屋根へよじ登り、逃げていく。その瞬発力とジャンプ力はヒナが幼い頃にフシギダネ達に鍛えられた成果でもあるのだが、それを知らない通行人からはもはや人間じみていないと驚愕させる結果となったのだった。ヒカリ達はサトシにますます似てきたわね!?と叫ぶぐらいで済んだのだが…それでも逃げられた結果は変わらず、ヒナが走って行った方向へちゃんとした道を通って行くことになったのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

 

 

走っては逃げ、隠れては見つかり…また走ってを繰り返しているヒナは体力を消耗し少しづつ休む時間が増えていった。誰もいないと安全を確認するために周囲を見渡す行いのせいでマグマラシに見つかりそうになったのだから、なるべく隠れていた方が良いと考えてしまったのだ。そんな甘さがいけなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「これで終了かい?」

 

「ッッ!」

 

 

―――――――――――体力を消耗し、疲れてしまったからこそ…人が近づいても気づかない。

 

 

 

 

座り込んで呼吸を整えていたヒナの後ろからアーロンの声が聞こえた。その声を聞いてほぼ脊髄反射の勢いで後ろへジャンプして警戒し、逃げる体勢を整えるヒナにアーロンはただ微笑むだけでなにもしない。

でも、少しだけ眉をひそめて不機嫌そうな表情になっているようだとヒナは感じていた。

 

 

 

 

 

「…これは何のための鬼ごっこか、ヒナは分かっているか?」

「なんの…ため…?」

 

 

「君は、怪我を治す今まで一体何をやってきた?何をしてきたんだ?」

「っ!」

 

 

 

ヒナはようやくアーロンがやろうとしているこの鬼ごっこの目的を知ることができた。アーロンが行おうとしているのは、ヒナの波動の力を上げるための修行…。精神統一をしてハリセンを避けていた時の実践のような修行だと分かったのだ。

だが、ヒナは何も分からずただ波動を使わずに視界を使って周囲を確認し、音で判断することしかしていなかった。その行動に、アーロンは失望してしまったのだとヒナは思ったのだ。

波動の師匠となっているアーロンを失望させてしまった行動をしてしまった自分に後悔し、顔を俯かせる。だが、アーロンの表情は変わらない。

 

 

 

「…あの……私…」

 

 

「ヒナ、これで鬼ごっこは終了かな?」

「いいえ!まだやれます!!」

 

 

 

「そうか…なら、今度は間違えたら駄目だよ」

「っ…はい!」

 

 

 

ヒナの叫び声にアーロンはようやく表情を変えて笑い。先程の間違いを許してくれたのだとヒナは分かってすぐに力強い声で答えた。そして大きな声で礼を言ってアーロンから逃げるように走って行く。

 

 

 

 

――――――アーロンはヒナを追うことはなく、逃げていくヒナの後ろ姿を見送るだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

(精神統一…精神…統一…)

 

 

 

走ったことで呼吸が乱れるが、何度も深呼吸をしてゆっくりと息を整えそして目を閉じていつものように青い輝きを探す。

通行人が多くいる町での精神統一は初めてなので青い輝きがとても眩しく感じて初めは思わず目を開けてしまっていた。だが、すぐに落ち着いて目を閉じて精神統一を図り、青い輝きを見つめ続ける。大きな輝きが次第に人の輪郭が見える…ポケモンの輪郭が分かる…

 

 

 

 

―――――何かが、来る。

 

 

 

「っルカリオね…逃げよう!」

 

 

『逃がさんぞヒナ!!』

 

 

 

目を開けて、違和感があった方向を見るとそこにいたのはこちらに向かってやって来るルカリオだった。アーロンの弟子でもあり、マサラタウンでより鍛えられてしまったルカリオだとすぐに捕まってしまう可能性が高いためヒナはすぐに走って逃げていく。塀や屋根を登ってもルカリオが追ってくるため、このままではいけないと冷や汗をかいた。鼓動が激しく高鳴る。息が乱れる。

 

――――ふと、ヒナは何かを感じ取った。逃げ続ける先に何かがいるような…そんな気配が…波動を感じた。

 

 

 

 

『ポチャァ!』

 

 

「やっぱりいたぁ!?」

 

 

『くっ…挟み撃ち作戦失敗かっ!』

『ポチャポチャ!!!』

 

 

 

目を閉じていなくても何かがいると感じとり、あえて前に続く道ではなく他の曲がっている道へ行こうとしたのだが、先程行こうとしていた道からやる気満々なポッチャマが現れたために―――さっき道へ曲がらずに走っていたらポッチャマと正面衝突していたなとヒナは背筋をぞっとさせながらも心から安堵する。それでもまだ逃げることに変わりない。

 

ポッチャマの件で、目を閉じなくても波動が使えると分かったヒナは逃げながらも感覚を鋭くさせようと精神統一を図る。

何度も精神統一と呟き、波動を使おうとするのだが、何故か周りにある感覚が…違和感が激しく感じてうまく使えない。

 

息が乱れているせいかと判断して、何度も感覚を鋭くさせようと声を出して呟く。

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…せいしんっ…精神統一ぅぅぅうッッ!!?」

 

 

 

 

『おりゃぁ!ヒナちゃんつかまーえた!!』

 

 

 

「うわ…負けちゃった…というか、反転世界ずるい!」

『はは…狡くないよヒナちゃん。ほらそんな可愛いほっぺを膨らませないで…というか、怪我なくて本当に良かった』

 

 

 

急に真横のガラス窓からギラティナが現れ、ヒナに抱きつく形で捕まえる。走っていたヒナに抱きついたことによってスピードが落ちて転びそうになるがそれをギラティナがヒナを抱きしめて守ってくれたことによって怪我はしなかった。そのことにギラティナは安堵し、ため息をつく。

 

ギラティナに捕まったことによって鬼ごっこはヒナの負けと決定してしまったのだが―――――。

 

 

 

 

 

『おい貴様…いつまでヒナを抱きしめているつもりだ…』

『ポチャァァ!!!』

 

『え、いや…これ不可抗力じゃない?俺が抱きしめなかったらヒナちゃん怪我してたし…というかルカリオ何そのはどうだんの構え!?』

「ギラティナだから仕方ないんじゃないの?」

『ヒナちゃん辛辣!!』

 

 

『いい加減に…さっさとヒナから離れろこの変態がッ!!』

『ポッチャァァア!!!』

 

 

「うわっ!」

『ちょっヒナちゃんに怪我させる気っ!!?』

 

 

何故か怒ったルカリオとポッチャマに攻撃されそうになったギラティナはヒナが怪我をしたら危ないと考えてすぐに走って逃げていく。

その姿はまるで先程の鬼ごっこの続きのように感じられたが―――――ルカリオ達から殺気じみた雰囲気を漂わせているために文字通りの【鬼】ごっことなりそうだとヒナはギラティナに抱えられながらも感じていたのだった。

 

 

 

(せっかくだし…このまま精神統一してアーロンさんの居場所でも探ろうかな…)

 

 

ゆらゆらと揺れるギラティナの腕の中にいてもヒナは危機感などが全く感じない。ギラティナがヒナに怪我をさせないように配慮していることも、ルカリオやポッチャマがヒナに怪我をさせようとはしないこともちゃんと分かっているからこその安心感だった。ただ考えるのは何時になったらこの鬼ごっこは終わるのかという考え。

 

 

―――――――だが、波動でアーロンの位置を探ればヒカリ達と一緒にすぐ近くにいることが分かり…ああこれは予想よりもすぐに終了しそうだなと分かってため息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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