マサラ人だけどスーパーマサラ人ではないはず   作:若葉ノ茶

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日々の努力は最初の一歩へ






第二百七十話~消えることない輝き~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーロンは森の中でしばらく留まることに決め、ヒナの養生と修行を同時並行で行うことにしたようだった。

幸い森の中には果物やきのみがたくさんあり、そしてルカリオはそれらを使って調理することができる。調味料などの消耗品は全て森に入る前の町で買い揃えたため、長い間この森の中にいても困らないし、修行を長く行うことも可能だった。

通常ならば森の中にいるポケモンたちはそこへ侵入してきた人間を警戒し、襲いかかることがある。だがそれはヒナがいるせいか…それともアーロンが笑顔でリングマ達を撃退したせいか…いや、両方かもしれないがポケモンたちが襲って来るという状況にはならず、むしろきのみや果物の居場所をヒナに教えたり、一緒に遊んだりとすることが多い。

襲いかかってきていたリングマ達も警戒心をとき、今となっては彼らが通りがかってもあまり気にしなくなった。…まあ、アーロンを目にしたら身体が震えて逃げ出すと言う光景は良く目にしていたのだが。それでもこの森は安全だということが分かったのだ。

 

 

 

――――だからこそアーロンは笑顔でヒナに向かって言ったのだった。

 

 

 

 

 

「さて、修行の開始だよ。ヒナ」

「はい」

 

 

 

『ちょぉぉぉっと待ったァ!まだヒナちゃん怪我治ってないから無茶させたら駄目だって言ってるだッゴフォッ!!』

「うるさいよティナ」

『ア、アーロン様…無茶だけは…』

「大丈夫だルカリオ。今回は波動を使った修行をするだけだからね」

 

 

 

「……波動?」

 

 

 

波動を使った修行とは何なのだろうかとヒナは首を傾けた。

波動についてはルカリオがよくマサラタウンの迷いの森でフシギダネの代わりに喧嘩を仲裁する時に使っているのを見ていたし、アーロンからサトシに教えてみたいと言うような言動を聞いたことがある。まさかその波動を教わるのではないかと…もっとより強くなれるのではないかと期待したヒナにアーロンが渡したのは見たことのある青色の手袋だった。

 

 

「これって…前に探した手袋?」

「これは波導を増幅させる力を持つ手袋…いや、グローブなんだ。まだそれを使う修行は行わないけれど、今のうちに身につけて慣れさせておくと良い」

「…わかりました」

 

 

 

『…なんかすっごく嫌な予感がするのは気のせいかな?』

「気のせいなんかじゃないわティナ…私もサトシがやらかした感じの嫌な予感がするもの」

『ポチャァ…』

『…アーロン様はヒナを強くしようとしているだけだ』

『とかなんとかいって、ルカリオも気が気じゃないでしょ?』

『………否定はしないが…』

『ミィ…でも、ヒナが波動を使えるようになったらルカリオの兄弟弟子になるんでしゅね』

『ッ!…そ、それはそれでいいかもしれないが…いや、だが……』

「…保護者の立場と兄弟弟子になれる立場で心が揺れてるわね」

『ポチャポチャ…』

『まあ、ルカリオって純粋だからね…あのアーロンの弟子を名乗ってるぐらいなんだからさ』

 

 

 

ヒナとアーロンがグローブについて話をしている間に、外野であるギラティナたちが苦笑しながらもその様子を見て雑談していた。このまま修行を行っていいものか、それとも強くなると言うヒナの気持ちを考えて喜んでいいものか…いまだに悩んでいたのだ。

ルカリオにとってはヒナが波動をアーロンから習うことによって兄弟弟子…いや、兄妹弟子のような関係になれるとシェイミに指摘されたことによって気持ちが大きく揺らいではいるが…それでもアーロンが何をやるのか少々不安に思っていた。

 

 

―――――――――すべての不安は【アーロンだから】という言葉で納得できる。

 

 

アーロンはサトシのように派手に行うことはあまりやらない。たまに派手に動くときがあるがそれは少年の時にギラティナと一緒に旅をしていた頃の影響だろうとギラティナ自身が分かっていたし知っていたのだ。ヒカリ達は知らないことだが、アーロンは【動くのなら静かに、そして徹底的に】敵を潰すことを好む。リングマの時もそうだった。ヒナが気づかないほど静かに…そして確実にフルボッコにし、戦闘不能にすることができるのだ。

それはつまり、サトシが派手に動くのなら、アーロンは静かに動くことが彼ら自身のバトルスタイルになっているのではないかとギラティナが考えていたことがあるぐらい二人の行動は少しだけ違っていた。…ほんの少しだけ。

 

―――――――まあ、アーロンがサトシぐらいの年齢の頃に一緒に旅していたギラティナにとって、その頃のアーロンがサトシのように派手に動くというバトルスタイルがとても好きだった時期があるのを知っているから…もしかしたらサトシも年齢を重ねるうちに第二のアーロンになるのではないかと危惧しているのだが…。

 

 

そんなことを考えている間にも、アーロンはヒナと一緒に修行を開始するようだった。

 

 

 

 

 

「これから行う修行は、ちょっとした精神統一だよ」

「精神統一…ですか?」

「そう。例えば敵がかげぶんしんを行って分散されたときに…例えば、敵がこうそくいどうをして目に見えない速さで迫って来た時に…そんな時に波動を使って敵を潰すことができるようになる修行方法だ」

 

『アーロン様!…それはつまり、アレを行うのですか…?』

「アレ…って何?」

『ポチャァ?』

 

『……………聞かない方が身のためだ』

 

『ナニソレ逆にすごく気になるんだけど…』

『ミィ…ルカリオが怖がることをヒナにもやらせる気でしゅか…!?』

 

 

ルカリオが冷や汗をかいて真っ青な表情でアーロンに向かって言う言葉にヒカリが反応した。ルカリオの表情を見てヒカリ達の嫌な予感が強くなる。

恐る恐るルカリオに何があったのか聞いたのだが、ルカリオは顔をさらに青白くさせて物凄い勢いで首を横に振り、聞くなと忠告する。その声と表情にギラティナたちは逆に好奇心が湧いたが…知らない方が幸せなこともあるという言葉によって聞くのを止めた。

だが、そんなルカリオが青白くなるようなことを、怪我をしているヒナにやらせる気かとルカリオを除いてアーロンを睨んだ一同だったが、アーロンは涼しげな表情で笑った。

 

 

「大丈夫だよ。今回やるのはルカリオの時の修行よりも簡単だ。ただそこに座って目を閉じていればいいだけだからね」

「…へ?それが…修行ですか?」

「そうだ。――――――ただし、たまに【これ】が頭に向かって振り下ろされる。だからヒナはそれを避けるのが今回の目的の修行だよ」

 

 

 

『何時の間に作ったんだよそのでかいハリセン!!?』

 

 

アーロンは微笑みながらもお笑いのツッコミ用に使えそうなハリセンを取り出して見せた。そのハリセンを何時作ったのかとギラティナの大きな声が森の中に響くが、当の本人はそれを無視してヒナにやってみようかと言う。

 

 

「じゃあ、修行開始だよ」

「はい」

 

 

 

アーロンが言った修行方法。

―――――簡単に言えばヒナが目を閉じて座り、そこで精神統一をする。その間に不定期で大きなハリセンが頭に振り下ろされるため、感覚を鋭くし気配を察知して避けるのが目標だと言うことらしい。つまりは座禅と似たようなものだろう。

しかもアーロンはハリセンをヒナの頭に振り下ろすのは怪我に響かない程度の強さでやると宣言したため、ギラティナたちは安堵してその様子を見ていたのだった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

目を閉じて呼吸を落ち着かせる。

 

 

 

深呼吸をして、暗闇の中でその感覚を感じ取る。

 

 

 

 

 

 

後ろには…誰もいない…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い」

「あぅッ!」

 

 

 

 

 

 

怪我に響かないように加減はしていても、容赦なく振り下ろされたハリセンにヒナは頭を押さえてうめき声を上げる。

毎日毎日行うこの精神統一によって感覚が鋭くなってきているかもしれないという予感はあったが、アーロンが振り下ろすハリセンを避けるのは未だに困難だと感じていた。

でも、それでもヒナはやり続けた。一日に何回も行う精神統一と不定期でくるハリセンの襲撃。

怪我を治していく最中に行うこの精神統一の修行はとても厳しいとヒナは感じていた。ただ座って目を閉じているだけの見た目が地味で楽そうな修行だと思ったのだが、実際にやってみればつらく厳しいと感じた。

初日はハリセンによるダメージで頭痛がしたぐらいだ。怪我に響くだろうとギラティナたちが誤解して叫んだことがあったが実際にはそんなこともなく、ただギラティナがアーロンにぶん殴られただけで終わったオチがあったこともあったりする。もちろん怪我がないようにルカリオとシェイミが何度も力を使って真っ先に頭の方から優先的に怪我を治してくれるのだが…やっぱりハリセンが振り下ろされた痛みは精神的な悔しさもあったからかもしれないとヒナは感じていた。

頭痛がするほどの修行を行ってはいたが…それでもアーロンは怪我を考慮して必要以上の修行は行わなかった。最初は一日に一時間だけ…でも少しずつ時間を増やしていくようになった。まず座って目を閉じて精神統一をするという作業―――――これには少しだけ戸惑う部分があった。

目を閉じてじっとしているといろんな音が聞こえてくる。ポケモンの鳴き声や風の音…木々が揺らめいている小さな音。そして、ハリセンが振り下ろされる音。日々周りで起こっている音に加え、ギラティナたちの会話などの雑音も交じってしまっては、ハリセンが振り下ろされる一瞬の音を掴むことが難しく、いつも躱すことができずにいた。

 

 

 

それでも、怪我が少しずつ治っていくにつれ、分かったことがあった。

 

 

 

 

(ちょっとだけ…ううん、やっぱり感じる…)

 

 

 

 

 

ヒナは毎日行う精神統一の中で微かに輝きが見えた気がしたのだ。輝きと言うよりもそれは小さな光のような感覚。例えば、ヒナの周りで起こる風が吹くと分かる瞬間がある。その瞬間が輝きとなって小さく見える。ヒカリ達が何処にいるのか音を聞かなくても分かる。青い輝きのような…そんな光景が……目を閉じていると言うのに、何かが分かる…ような、気がする。

今までは音を頼りにハリセンを避けようとしていたけれど、何かが違って見えるような…そんな気がする。

周りがくっきりと…はっきりと見えそうな…そんな輝きが――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「考え事は禁物だよ」

「いッ!」

 

 

 

アーロンによってハリセンが頭上に落とされ、ヒナはいつものように頭を押さえて涙目でうめき声をあげた。

でも、今までとは違った感覚の変化にヒナは頭を押さえていた両手を下ろし、その手を見つめた。両手にはアーロンから貰った手袋…いや、グローブが身につけられている。そのグローブの手の甲にある宝石が青く輝いたような気がした。

 

今までとは違ったヒナの様子に、アーロンは小さく笑って口を開いて言う。

 

 

 

「少しは慣れてきたみたいだね…じゃあ、もうちょっと続けようか」

「…はい!」

 

 

 

 

ヒナは力強く頷いて、またちゃんと座り込んで目を閉じて精神統一を始める。そんなヒナの両手のグローブからは、青く輝く光が見えたと…アーロンは感じていた。

 

 

 

 

 

――――そして、ヒナがアーロンの振り下ろしたハリセンを避けられるようになったのは、怪我が完治した時であったのだった。

 

 

 

 

 

 








『…ねえヒカリちゃん。アーロンが完全にヒナちゃんをサトシ君化しようとしてるのを見るのって辛くない?』
「言わないで…私だってあの可愛いヒナちゃんが超人化するのを見続けるのは辛いのよ…でもヒナちゃん自身が強くなりたいって言ってるんだから止められないじゃない…」
『ポチャァ…』
『アーロン様がヒナに無茶をさせているわけじゃないんだ…耐えろ』
『サトシのようになったら…最強兄妹の誕生でしゅね』

『ま、まあヒナちゃんの性格ならサトシ君のようにわざと派手にやらかすことはないと思うから大丈夫だよね!』
「え、ええそうね…無自覚じゃなければ何とかなるから大丈夫だいじょーぶ!!



――――――――とにかく!ヒナちゃんの怪我が治ったんだから森じゃなくて次の町に行くわよ!!そこで怪我が治ったお祝い&私のコンテストがあるんだからね!!」
『ポッチャマァ!!』


『はぁ…フラグになんないと良いんだけどなぁ…』
『無理でしゅね』
『無理だろうな』





波乱万丈な旅はまだまだ続きそうだ。






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