――――――――秘められた可能性に気づく
「ヒナ、君にはある修業をしてもらおうと思う」
「修業?」
森の中で昼食を食べていた時に、まるで当たり前のように言ったアーロンの言葉にヒナがきょとんとした表情を見せる。最近ようやく元気になってきたヒナの姿に安堵していたギラティナ達であったが、修業という言葉で顔色を変えたのは仕方ないことだろう。
『ちょっと待った!ヒナちゃんはまだ怪我が治ってないんだから無茶させたら駄目だろ!!』
『アーロン様!ギラティナの言う通り…ヒナはまだ万全の身体ではありません!!』
「そうよ!いくらなんでもまだ早すぎるわ!」
『ポチャポチャ!!』
『ミィィ…もうちょっと待った方がいいでしゅ!』
皆がヒナの修業に反対し、まだやるには早すぎるとアーロンに向かって言う姿にヒナとアーロンは苦笑していた。
ヒナにとっては今の身体でもある程度の修業ならできると言う自覚があるし、皆が過保護すぎるということに対しての苦笑だったが、アーロンは違った。
「ああすまない…言葉が足りなかったね。修業というのは、宝探しをする―――――つまり、手袋を探すという簡単なことだ」
「手袋…ですか?」
『待った!…アーロン……もしかして手袋を探す範囲って…』
「この森の中だよ」
『範囲広ッ!!?』
『それは簡単とは言えないのでは…!』
「というか、いつの間に手袋なんて隠してたの…!?」
『ポチャァァ!』
『ミィ…アーロンにとって簡単でもヒナにとっては簡単じゃないでしゅよ!』
「おや、できないのかい?」
「ううん…やります。一人でやってみせます!」
皆が止めるなか、ヒナは決心した様子でアーロンに向かって頷いていたのだった。
そんなヒナの決心を無下にはできないということで、ギラティナ達は不満げながらも修業をすることに対して何も言わずにいた。そんな彼らを見て、アーロンは言う。
「ヒナ、この修業で【私たち】の手を借りて手袋をさがすことはできない…それがルールだ」
「分かりました。…私一人で頑張って見つけます!」
ヒナはアーロンの言われた言葉を聞いて力強く頷いた。
最初の修業なのだから一人で頑張って手袋を見つけないと駄目だと決心をして…まるで、この修業を成功させないと強くなるないかのように―――――。
アーロンは何故かヒナを見て苦笑をしながらも、手袋の特徴を言った。
「…手袋は青色で、手の甲の部分には透明な宝石が埋め込まれている。それを探しだすんだ」
「はい!」
ヒナは昼食を食べたあとすぐに動き出した。森の中を歩き、草木をかき分けて探していく。途中で森に住む野生のポケモン達がヒナに興味を持ち、何をしているのだろう?探し物かな?でも身体怪我してるみたいだよ?とヒナの周りに来ていても、ヒナはマサラタウンでよくポケモン達に囲まれていたからこそいつものことだと気にせずに手袋を探していく。
そんなヒナのことをアーロン達は後ろ―――遠くの方から見守っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「凄い…!野生のポケモンがあんなに…!!」
『ポチャ…!』
『…何が凄いの?』
『ヒナはマサラタウンでいつもポケモンに囲まれていたぞ』
『ミィィ?』
ヒカリは驚いていた。ヒナが当たり前のように行動するその周りにポケモン達が集まっている光景に…。
―――――ヒカリ達と一緒にいたときには決して見られないであろう様子に驚愕したのだ。
ポッチャマは初心者用のポケモンであり、旅にででからずっとヒカリと一緒だったからこそ同じように驚いていた。
ギラティナはポケモンが人間に近づくことに対して疑問を持たず、ヒカリが何故驚いているのか分からない。もちろん、ルカリオやシェイミも同じだ。
アーロンはヒカリに向かって頷いて、真剣な表情で言った。
「ヒカリが驚くのも無理はない…野生のポケモンが人間に警戒心なく近づくことはまれなんだよ…特に、ヒナのような光景なんて絶対に起こらないことだ…それこそ、音楽か何かの力を使わないとできないことだろうね」
『でも、現にヒナちゃんは……』
「彼女のあれは、一種の才能だ。野生や手持ちなんて関係なくヒナに近づく…まあ、怒りや憎しみの強いポケモンに対しては【まだ】その才能を活かせてないみたいだけれど……」
「待って!…それじゃあ、ヒナちゃんは―――」
「ヒカリが考えている通りだよ。ヒナがその才能を発揮すればポケモンは皆、彼女に従うだろう…ヒナが困っていれば、ポケモン達は彼女を助けようとするだろう。ヒナが助けてほしいと泣けば、ポケモン達は行動する――――――
――――――それこそ、戦争でその力を使われたら怖いことになっていただろう」
背筋が凍り、冷や汗が出る。
話を聞いていたアーロン以外の皆が沈黙するほどの衝撃を…その可能性を話したのだ。
もしも、ヒナがその才能を使って悪さをしていたら―――
もしも、今の時代が戦争で盛んだったなら―――――
さまざまな可能性がヒカリの頭で浮かんでは消える。
手持ちなら安心という可能性はない。人間がゲットした手持ちよりも野生の方がはるかに数は多いのだから…。それに、ヒナがもしも自分の手持ちポケモン達の気持ちを変え、モンスターボールを壊してでもヒナの側にいたいというぐらいの力を発揮したならば、どうなるのだろうと嫌な想像をした。
でも、今はヒナはちゃんと前へ向いてリザードン達と共に生きようとしているのだからとその嫌な予感を消し去った。
だからこそ、ヒカリは言い訳をするかのように呟いたのだ。アーロンがその呟き声を聞いて否定しなければ、笑えたはずの言葉を…。
「だ、大丈夫だいじょーぶ!…サトシもポケモンに懐かれてゲットしたことがたくさんあったし…アルセウスはサトシに懐いているみたいだし…!」
「確かにそうだけれど、でもヒナのようにはならないだろう?彼も才能はあるけれど、ヒナのように恐るべきほどの力ではない…だからこそ、もしもこの時代で戦争をしていて、なおかつ彼女の才能を最大限まで発揮したならば…
すべてのポケモンが彼女の言葉を聞き、付き従うだろうね」
『…アーロン様』
『ミィ…ヒナが悪いことするのは…見たくないでしゅ…』
ルカリオは昔を思い出していた。戦争で鎧を着けたポケモン達がぶつかり合い、血を流したあの頃の出来事を―――。
それが、ヒナの手によって再現されてしまったらと、ルカリオは悪魔のような想像をして、思わず首を横に振った。
そしてシェイミも同じように嫌そうな顔をして小さく呟く。ヒナに懐いているシェイミも同じように考えているのだ。ヒナが悪さをしてしまったらどうなるのかを…。
ギラティナは乾いた笑いを浮かべながらも言う。
『今はアーロンがいた頃の時代じゃないし、ヒナちゃんも悪いことには力を使わないから大丈夫でしょ!それにその才能にまだ気づいてないみたいだし…』
「そうだね。ヒナの才能についてはまた後で考えよう…今は別の問題が先決だ」
アーロンが再びヒナの方を見ると、彼女は怪我の痛みからか座り込み、野生のポケモン達が心配そうに見ていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――――――見つからない。
手袋が、見つからない。
「早く見つけて、強くならないと…!」
『ッッ――――――――――!!』
怪我の痛みで転んだヒナに、野生のポケモンが駆け寄り、大丈夫かと鳴き声をあげる。
その声を聞いたヒナは大丈夫と言ってから野生のポケモン達に離れてほしいと言う。でもポケモン達は心配しているからか、離れない。
こちらから離れようと、立ち上がろうとするヒナにあるポケモンがさらに近づいてきた。近づいてきたポケモンはマリルであり、マリルの手には美味しそうに熟されたきのみがあった。
『リルッ!』
「…いらない」
『リルリルッッ!!』
「私は大丈夫だから、いらないよ」
『ッッ―――――――!!』
「っ…私はやるべきことがあるから…離れて!」
マリルが手に持つきのみを拒否し、再び立ち上がろうとするヒナにポケモン達は立ってはいけないとヒナにしがみついた。
まるで、ヒナの邪魔をするかのようなポケモン達の行動にヒナは困惑し、焦る。
このままではいけない
このままでは強くなれない
頭に浮かぶのはリザードンとピチューの姿。
だからこそ、野生のポケモン達から離れようと痛む身体を我慢して叫び行動した――――。
「ヒナ、そこまでだ」
そんな彼女に対して、アーロンが真剣な声色で言う。
アーロンがヒナに近づいてもポケモン達は逃げない。むしろ、ヒナを守ろうかという動きを見せ、アーロンに対して威嚇する。
でもアーロンはそれを見ても焦らず、ポケモン達が攻撃してこない距離で立ち止まったあと、涼しげな表情でヒナに向かっていった。
「ヒナ…どうして彼らは君にしがみついているかわかるかい?」
「…分かりません」
「じゃあ、マリルがきのみを渡そうとしたのは?」
「それは…私に食べてほしいから」
『リルッ!』
ヒナが言った言葉にマリルは力強く頷いた。そしてまたきのみを渡そうとヒナに近づく。
その姿を見てヒナは困惑していた。何で私に食べさせようとするのだろうかと…。
「オボンのみ…ポケモンにとっては体力回復に役立つきのみだね…きっとマリルは、ヒナに元気になってほしいから渡そうとしているんじゃないかな」
「…そうなの?」
『リルッリルッ!!!』
「…ありがとう」
ヒナはマリルから受け取ったきのみを食べた。ポケモンのようにすぐに体力を回復するわけじゃないけれど、それでも元気になれたと感じる。マリルや他のポケモン達はその様子を見て喜んだ。
アーロンはその行動を見て微笑み、そしてヒナに言った。
「ヒナ、君は一人で探すと言ったけれど…それは絶対に不可能だと思うよ」
「っ…それは、やってみないと分からない―――」
「―――そのやってみた結果が今の君だろう…なんで、ポケモン達はヒナにしがみついているか、分かるか?」
「……私を心配しているから」
「半分正解で、半分不正解だ…ヒナ、この世界は人間が一人で生きていくことは難しいんだよ」
「人間が…一人で……」
アーロンは言う。人間とポケモンが共存している世界で、一人で生きていくのは難しいということ。ポケモンと人間が共に助け合い家族のように一緒にいるのが当たり前だからこそ、今のヒナがやっていることは無謀に等しい行為だと言ったのだ。
「でも、アーロンさんは手助けを借りたら駄目だって…」
「それは、君が一人でやろうとしていたからだよ。ヒナ、強くなるのは一人だけだけれど…戦うのは一人じゃないんだ」
「…っ」
ヒナは思い出す。かつて旅をした時に一緒に戦った頃のことを…
ジム戦に挑んだのが一人じゃなかったあのときのことを―――。
「私…また、間違いそうになった…」
「大丈夫だよ、ヒナ。道を間違えそうになったなら私たちが正しい道へ導こう。君が進むべき道へ、示してみせよう」
アーロンは優しく微笑み、そしてまた口を開いた。
「それに、私は【私たちの手は借りてはいけない】と言ったけど、野生のポケモンの力を借りては駄目だとは言ってはいないよ」
「そっか…分かりました…ありがとうございますアーロンさん!!」
アーロンに向かってヒナは力強く頷き、そして周りにいるポケモン達に向かって声をかけた。
「ある手袋を探してるんだけど…力を貸してくれる?」
『ッッ――――――――!!!』
――――――その後、野生のポケモン達と一緒にヒナは手袋を探し、無事に見つけ出すことができたのだった。
高い木の上にある青色の手袋を見つけて、ヒナが野生のポケモンに指示を出し、ポケモン達が嬉々とした表情でそれに従っているという【ある意味】恐ろしい光景を見ながらも、ギラティナはふと思ったことを口にした。
『才能ってさ…
クローンには受け継いだりしないよね?』
「…さあ、それはどうだろう」
アーロンは曖昧にしか答えない。だが、ギラティナにとっては聞きたくない答えでもあった。