森の中で座り込むのは一人の幼女。
包帯だらけの怪我を見て痛ましく思うポケモンたちが多い中、彼らは違っていた。
『リングァァアアアアッッ!!!』
「………」
恐ろしい形相でこちらを見て叫ぶポケモンがいても、幼女は何も反応しない。
いや、反応することはない。
ただ、茫然とそれを見つめているだけの―――――――――――人形のような幼女。
いや、だが幼女はリングマを見て微かに笑った。嘲笑という形で笑ったのだ。
それを見たリングマは自身が笑われたのだと判断して激昂する。
『ッッ!!!!リングァァアアアアアアアッッ!!!!!』
「おっとそこまでだよ」
リングマが動かずにいる幼女を攻撃しようと鋭い爪を光らせ動き出したのを止めたのは、一人の青年……アーロンだった。
ヒナにとって、たまごの頃からずっと一緒にいたリザードンが傍にいるのは当たり前のことだった。
当たり前の存在が急に消えた時に感じたのは、喪失感と孤独感。
ピチューが今この場にいないこともヒナの心にある喪失感を強めていた。
だが、ピチューは悪くないということも分かっていた。ピチューがリザードンの傍にいたいと願ったのは、そのままリザードンを放っておいたらどこかへ飛んで消えてしまうのではないかという雰囲気があったから。今までのような優しさが消え、すべてを憎むような感情を表したリザードンが元に戻ってほしいとそう願ったから。
だからピチューはリザードンの傍にいることを決心した。そのことに対してヒナは何も恨んでいないし、納得だってしている。
でも…そのことが分かっていても、ヒナの感情は追いつかない。ピチューよりも傍にいて、共に成長し合い強くなって言ったはずの相棒がいない事実がヒナの心を傷つける。
『っ――――――――――――』
ふと、リングマが自身を狙っていることに気づいていた。
攻撃をしようとしていることに、気づいていた。
(…だから、何?)
今にもリングマに攻撃されることに対しての恐怖心は起こらない。むしろ、ここから逃げたり反撃したりしても意味のないことが分かっているからこそ、何もしない。己の弱さを嘲笑うしかない。
それを見たリングマが攻撃するために腕を振りかぶろうとしていても、ヒナは何も反応しない。だからこそ、リングマを止めたアーロンの行動にも、ヒナを見てため息をつくのにも気がつかなかった。
―――――――でも、頭を撫でられる感触だけは伝わった。
「ヒナ、君は…いや、君たちは似ているね。その思いが行く先が全部」
頭を撫でられる感触から、ヒナは上を見上げた。見上げてみれば、そこにいたのは苦笑しているアーロンの姿。何故アーロンは苦笑して頭を撫でているんだろうかとヒナは思った。何故、そんなにも悲しそうな瞳でこちらを見ているのだろうかと感じた。
ちなみにその後ろにはアーロンに怯え震えているリングマの姿があったが、ヒナからは奇跡的に見えない位置にいたのだった。
アーロンはヒナの意識がこちらを向いたのを確認し、口を開いて言う。
「何でリザードンがヒナから離れて行ったのか分かるかい?」
「離れ…た…のは………私が…弱い」
――――――私自身が弱いから、リザードンを傷つけてしまった。
ヒナが思い出すのは真っ赤に燃えていった光景。その光景の中で見えたのは、深く傷ついた己の相棒の姿。
私が弱いからリザードンとピチューを巻き込んだ。私がもっと周りを見ていれば、フーディンの技から逃げることができた。私に抵抗できる力があれば、リザードンとピチューは操られなかった。私が弱くなければ…兄のように強ければ相棒たちを傷つけることもなかった―――――――。
弱いからこそ起きた悲劇。
ヒナにとって、リザードンの炎で傷つけられた事に対しては何も感じてはいない。ただ悲しいのはリザードンが離れて行ったことだけだった。何で離れて行ったのかさえ分からず、あの最後に見たリザードンの後ろ姿を見て、まるで捨てられてしまったような衝撃を感じたのだった。
全ては私が何もできなかったから。
そんなヒナの言葉を、アーロンは小さく首を横に振る。
「ヒナは、自分が弱いからリザードンが離れたと考えている?」
「……うん」
「トレーナーとして相応しくないから、捨てられてしまったと思っている?」
「………うん」
「リザードンは君に対してどう思っているのか、ヒナは分かるかい?」
「…分からない」
リザードンがいない今。ヒナにとって相棒が考えていることも、その感情さえ分からなかった。ただ分かるのは自身の弱さと、リザードンが傷ついたと言うこと。そしてその弱さから見捨てられてしまったのだと言うこと。
(私は……)
――――――アーロンと旅をしようと決心した時。ヒナは、アーロンに向かってリザードンとまた一緒に居られるのか問いかけた。でも、ヒナは一緒にいられなくても構わないという考えもあったのだ。
心残りなのは自身の弱さで傷ついたリザードンに謝れなかったこと。私が弱かったからリザードンを傷つけてしまったと謝りたいとそう願ったこと。この旅でリザードンに謝ることができたのなら、それでリザードンの傷が治るのなら一緒にいられなくても大丈夫だとそう考えていた。
もちろんヒナの心は全然平気ではないのだが、リザードンがヒナ自身から離れたいと願うのならその通りにしてやりたいと…そう願ってはいたのだ。
でもアーロンは違っていた。
「リザードンはヒナと同じ考えで行動しているよ」
「おなじ…かんがえ…?」
「ヒナが弱いと思っているように、リザードンも己の弱さを悔いているんだ。自身にもっと力があれば、もっともっと強さがあれば――――――――
―――――――そうすれば、ヒナを守ることができたのに」
ヒナの瞳が揺れ動く。その反応を見てアーロンは笑った。
アーロンの言った言葉は、ヒナの考えと全く一緒だったのだ。捨てられてしまったと言う部分は自分の弱さが原因なため。それよりも強く、兄のように最強であればリザードンやピチューのことを守れたのにとヒナは心からそう後悔していた。
「君たちは本当に似ているね。似たもの姉妹と言ってもいいぐらい、お互いを思って生きている。もちろんピチューも同じように考えているよ。自分に力があればヒナを守れたのに、リザードンを守れたのにって…でも、だからこそ今リザードンの傍にいてやれるべきことを探しているんだ」
「やれるべきこと…」
「ピチューは君のことを信じているんだよ。ヒナがちゃんと元気になって、リザードンやピチューの元へ戻って来るってことを…ね」
「戻る…」
ヒナはピチューと別れた時の最後を思い出した。あの時のピチューの瞳は、何かを信じて待っている意志がこもっていたのだと言うことを…。
「…でも、私は……怪我を治してもリザードン達に会えない…」
身体の怪我を治したとしても、それは以前と全く一緒なだけなのだとヒナは分かっていた。以前と同じ弱いままだとまた傷ついてしまう。リザードンやピチューを傷つけてしまう。
「弱いままだと…私は何もできない」
傷ついた家族がいるのは嫌だ。
家族が悲しむのは嫌だ。
「リザードン達を守れるように…お兄ちゃんのように、強くなりたい」
弱いから…何もできないのは、もう嫌だ。
「なら、手を貸そう――――――強くなる覚悟はできているんだろう?」
アーロンはただ笑ってヒナに向かって手を伸ばした。
まるで――――その手を掴んだら、これからのヒナ自身の未来が変わるかのようだと感じた―――――。
それでもヒナは迷わず、アーロンが伸ばした手を掴もうとした…その時だった。
『みぃぃぃいいつぅぅううけたぁあああああ!!!!!!!!!!!』
『アーロン様ァァアアアア!!!!!!!!』
「ヒナちゃん無事!!!!!!?????」
『ポチャァァアアアアア!!!!!!!!!』
『ミィィィイさっさとこいつらどうにかするでしゅぅぅう!!!!!!』
大声と共にやって来たのはオニスズメとオニドリル…そしてバンギラスに追われているギラティナ達の姿。だが後ろから追いかけてくるポケモンを気にしているのはシェイミだけであり、それ以外はヒナたちの姿を見てようやく見つけたと叫んでいた。
突然の大騒ぎに、ヒナとアーロンは一瞬茫然として、そしてすぐに顔を見合わせた。
「さて、逃げるとしようか」
「…はい」
アーロンがヒナを抱えて走り出したのを見てギラティナたちもその後を追う。もちろんその後ろにたくさんのポケモンたちを連れながらも――――――――――
―――――――――ヒナは小さく、笑ったのだった。
「彼女は…【あの子】のために強さを求めているみたいだね…君はどうするつもりだい?」
『…………………』
to be continued