かつての最強は、最恐であり…そして最凶でもあった。
敵にしたら最後と言われた恐るべき人間のことを、ポケモンたちは大好きになっていたのだ。
サトシ達は現状を見守っていた。見守るしか方法がなかったのだ。
今回の騒動を起こした二人のクローンを正座させ、説教しているこの状況を見ているだけで困惑しか浮かばないサトシとは違って、シトロンたちは遠い目をして現実逃避していた。セレナはサトシと同じように困惑し、現状の把握をしようとしているだけだが…後からやって来た伝説のポケモン達や兄のポケモン達も、そしてシトロンたちも現実逃避するとともに納得していた。
サトシが最恐なのは遺伝のせいだったのだということを―――――――。
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これは、サトシ達がバトルをしていた時間まで遡る。
突然の地響きと轟音が足元の真下に響いたと思ったら、サトシ達のど真ん中に大きな穴ができ、そこからやって来たのは伝説たちとポケモンたちだった。
それを見たサトシはマサラタウンで待っていたポケモンたちが来たのだとそう思っていた。援軍が来たのだと…だがその予想は違っていた―――。
サトシ達が見た事実は誰もが目を疑う光景と言えるだろう。
大穴から出てきた人間とポケモンたちに、サトシ達は実際に驚き一瞬行動を停止してしまうぐらいには…。
「…かあ…さん?」
『ピィカッチュゥ?』
「あらあら…楽しそうなことをしてるわねえサトシ」
『ギャァォォオオオオオオオオッッ』
サトシの母であるハナコとホウホウが出てきたことによって事態は余計に混乱していった。
サトシの母の近くにはシトロンたちもいた。だがシトロンの表情は一緒にやって来たミュウツーたちと同じように青ざめ、恐怖で震えている。カスミはため息をつき、ユリーカとハルカは凄いと言って騒いでいる。
そしてハナコはサトシにとって忘れられない少女を優しく抱きしめていた。その少女の表情は安堵と恐怖、そして期待がせめぎ合っているように見える。そんな少女を睨みつけているのが何故か髪の毛が異様に短くなっているセレナであり、その状況によってサトシ達の思考は停止したのだった。
そんな彼らの事情など知るわけもなく、ハナコは一歩一歩サトシ達へ近づく。
もちろん少女…いや、シロを抱きしめたまま。
「あなたがこの子の言っていたクロ?…じゃあ、一緒にお説教しなくちゃよね。
―――――――そ こ で 正 座 し な さ い 」
サトシが激怒した時と同じように、冷たい笑みを浮かべたまま言う言葉にクロは一瞬でその表情を恐怖へと変える。
クローンとはいえ、やはり母には逆らえないのだろうかとサトシは遠い目をしながらもそう考え、そして母が抱きしめていたシロをも正座させて説教を始めたことによって2人に軽く同情してしまった。…ほんの軽く。
「なんでこうなった。というかなんでホウオウがいるんだ…」
『ピィカァ…』
ホウオウを近くで見たのはほとんどないサトシにとって無意識ながらも図鑑を開いてその項目を見つつ、独り言を呟く。その声を聞いたカスミが微妙な表情でサトシに近づいて答えてくれた。
「…サトシのママさん、昔旅に出ていた頃に偶然ホウオウと出会って仲良くなったって聞いたわよ。ミュウにも会ったことあるみたい…」
「マジか…」
『ピィカッチュ…』
『フゥゥウウ……サトシのポケモン並みの遺伝はここにあったというわけか…』
『我らと同じ力を持ちそうな優れたる操り人の母もやはり同類だったか…』
『サトシの人外らしさは遺伝か…ヒナが似なくて良かったな』
『ミュゥゥゥ』
『―――――――ッ』
「上等だお前等あとで覚えてろ」
『ピカピ…』
伝説ホイホイな部分が遺伝だったということと、目の前で行われているサトシ並みのカオスに伝説達やサトシのポケモンたちはそれぞれ納得していた。
マサラタウンにいた伝説やサトシのポケモンたちは、サトシ達の元へ向かう途中でハナコとホウオウに出会った。最初見た時はただホウオウが珍しくこちらに近づいているなと思った程度だったそうだ。だが近づいてみると見覚えのある人間がどこかで見たことのある表情をして伝説やサトシのポケモンたちに向かって「もしかしてサトシの元へ行くの?なら私も一緒に行くわ」と言ったことによってこのカオスが出来上がっていった。
カスミたちも同じように、ただ歩いていたら勢いのある炎が突然壁を壊してやって来たとサトシに説明する。セレナの時はシロと戦闘中だったため中断されたことに対してセレナは嫌そうだったが、サトシの母だと分かってすぐにその感情を消し、状況を見守ることにしたのだった。
もちろんサトシに…いや、サトシの家族に何かあればすぐ手を出せるよう警戒しながらも。
そして人の言葉でサトシを人外だとほのめかす言葉をつい喋ってしまったダークライとミュウツーとルギアは後でサトシによって物理込みの話し合いが行われるのが確定したのと同時に、サトシ自身もこの光景につい納得してしまったのだった。
幼い頃は反抗期で何度も母を泣かせてしまったことがあったけれど、それでも地雷は踏まないように気をつけていたことがあったということを思い出していたことに…。
目の前で起きている説教は手や足を使わない平和的なものに見えるかもしれない…。だが、ハナコの背後に般若ばりの威圧感を漂わせ、なにか抵抗すれば潰すと言いたいぐらいの殺気をにじませていなければの話だが…。
「私の話…ちゃんと聞いてる?」
「……聞いてる」
「聞いてるよ【ママ】!」
「なら良いわ…」
そんなハナコの説教を不満げに聞くのがクロであり、どこか満足げに笑いながら聞くのがシロであった。
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「―――――――これは面白くない事態だ。ですが興味はありますね」
「全員一斉攻撃!!」
『ッッ!!!―――――――――――――』
「ちょっサトシやり過ぎよ!!」
「これは凄まじいかも…」
カツンッカツンッと足音を響かせながらやって来た元凶であろうその姿を見たサトシは標的を見定めてポケモンたちに向かって指示を出す。サトシと長く一緒にいたポケモンは伝説含めその言葉を聞き、一斉に攻撃をしたのだった。その激しい攻撃の嵐にカスミがサトシに向かって怒鳴り、ハルカは茫然と呟く。
だがハナコは笑みを浮かべてその様子を見守り、クロとシロは目の前にいるハナコを見て、そして斜め後ろにいるであろう生みの親がどうなったのか気にしていた。
ポケモンたちの攻撃によって死んでしまったのではないかと思われた元凶――――――アクロマはジバコイルたちのまもるによってどうにか生きていた。サトシのポケモン達や伝説たちの攻撃に耐え切れずすべてのジバコイルが倒れてしまったが…それでもアクロマは生きていた。
「サトシ君!この世の最高傑作!!また会えて嬉しいですよ!!!」
「俺は最高傑作じゃねえよこの変態が!」
『ピッカァ!』
『ッッ――――――――!!』
「あら、うちのサトシを物扱いする気なら私は黙っちゃいないわよ?」
『ギャォォォォオォオオ!!!!』
アクロマを見たのはサトシとハナコ…そしてホウオウを除いた伝説以外のポケモン達。まさに最強親子が揃ってアクロマを敵認定した瞬間でもあったのだ。
だがアクロマは苦笑して頭を下げる。
「謝りますよサトシ君。私の作り上げた作品はまだまだ完成とは言えない…」
「作品?この子たちはちゃんと生きているのに何を言っているの?」
「っ【ママ】…」
「シロ、落ち着け」
ハナコの言った生きているという言葉にシロが何かを言おうとして、そしてクロがそれを止めた。その様子を見たアクロマは笑顔でサトシ達に向かって言う。
「いいえ、作品だ。人間の感性を持った…私の作品たちですよ」
「本当に、お前って俺たちを怒らせるのが得意だよな…でもって、胸糞悪いこといってんじゃねえぞゴルァ!!!」
「胸糞悪い…どこがですか?彼らはただのクローンであってサトシ君が怒るようなことは何一つありません」
『おい貴様今何といった…?』
アクロマの言った言葉にミュウツーも表情を変え、敵として認定し殺気立つ。そしてこいつは生かしておけないとばかりに殺気立っていくサトシやサトシのポケモン達…そしてハナコやホウオウやミュウツーにこれ以上ここにいても危険だと考えたのか、笑った。
「今ここで実験をしても構わないですが…まだその時ではないでしょう。ここはいったん退かせてもらいますよ。それにこちらもメンテナンスがありますので―――――――――
――――――――ロトム、あやしいひかり」
『ロォトトトッッ!』
「っ待て!」
アクロマの背後にいたロトムの攻撃によってポケモンたちがこんらんし、サトシ達は鋭い光のせいでアクロマに攻撃を仕掛けることができなくなった。サトシは光が消えた瞬間を見てとっさに駆け出しアクロマに蹴りを入れようとしたのだが、それをシロのユンゲラーによって強制テレポートされてしまい後を追うことができなくなった。
「あの野郎…」
「彼…アクロマっていったかしら?フフ…今度会ったらいろいろと説教しなくちゃいけないわねェ…」
「母さん、その時は俺も一緒に…殺るから」
「その時が楽しみね。シロとクロの説教もまだ終わってないんだし…やることはいっぱいあるわ」
「ああ…分かってる」
「最恐親子の標的になったアクロマってやつに同情してやろうかしら…」
『ッッ―――――――――――――――』
「…だ、大丈夫ですかみなさん!」
「キーのみを探さないといけないかも…!」
「大丈夫!私キーのみなら持ってるから!」
「ほら落ち着きなさいあんたたち!キーのみ以外にはっと…あとなんでもなおしよね…ここにあるわ!」
嵐のように過ぎ去っていった元凶であるアクロマに狙いを定めたサトシとハナコを見て、カスミが遠い目をして同情したり、ポケモン達のこんらんを解くための騒動が鎮圧されたりするのに時間がかかった。
元凶を叩き潰すことはできていないが…アクロマが行動するのに時間がかかると分かったサトシ達にとって一時の平穏が与えられたといえる最後だった。
不安はあるが、叩き潰すことができればそれでいいとサトシ達はそう考えていた。次は逃がさないようにしっかりと逃げ道を塞がなければと考えながらも……。
―――――ここはカロス地方。あの騒動の後サトシ達はまた旅を再開し始めた。いろいろと不安な要素はあるものの、ハナコにいつまでもここにいては駄目でしょうと言われたことが大きな原因となる。
もちろん妹であるヒナのことも不安だが…それはある人物に任せたから大丈夫だと考えて旅を再開したのだった。
「サトシ。セレナに向かって愛してるって言ってあげなさい」
「はぁ?何でだよふざけんな」
『ピィカァ?』
「あ、そうだよサトシ!セレナを慰めてあげて!」
『デネデネ!』
「だからどういう…」
「あんなに長かった髪が切られたのよ。それも結構な短さに…お子ちゃまのあんたにも分かりやすく伝えるとね。髪は女の命なのよ!だからセレナは今すっごく落ち込んでると思うのよ…」
「…だから慰める意味で言えってことか?その嘘を」
「嘘じゃないでしょ。言葉の意味は違っていても…あんたは私たちのことを愛してるじゃないの」
「そうだよ!好きって言葉をサトシが言ったらセレナも喜ぶと思うんだ!」
『デネ!』
「お前らそれある意味無神経で残酷な言葉になるぞ…」
「確かにその通りですよ…セレナが可哀想です」
今現在セレナはハルカと共に髪の毛の長さを整えるため別行動をしている。そのためサトシ達はポケモンセンターで待っていたのだが…カスミやユリーカが言った言葉によってサトシとシトロンは微妙そうな表情を浮かべたのだった。
カスミたちが言った言葉はある意味セレナを喜ばせると同時に、セレナに期待を持たせてしまう言葉でもある。愛していると言う意味が仲間としての感情だとしても、それをセレナに向かって直接言えばどうなるのかサトシは今までの旅でのセレナの行動から分かっていた。だから嘘でも好きだと言う言葉は言ってはいけないと分かっていたのだ。シトロンもそう考え、サトシの言葉に頷いている。
だがカスミやユリーカは違っていた。セレナのことを十分わかっているからこそ…今回の騒動で【何か】が変わったことに気づいたからこそ、大丈夫だと判断して言えと言ったのだ。例え自分から髪を切ったとしても、突然切る羽目になったのだから少しは落ち込んでいると思い、セレナを慰めたいと考えて…。
そして言う言わないと口論している間にも時間は過ぎ、セレナたちが帰って来てしまった。
「うわぁ!セレナ可愛い!」
「雰囲気が変わったわね…その方が大人っぽいわよ!」
「うん!髪も短くなったし…ちょっとイメチェンしてみたの!」
「私も服を選んだのよ!」
「ほらサトシ!言ってあげなさい!あの言葉を!!」
「そうだよサトシ!早く言ってあげて!!」
『デネデネ!!』
『ピィカッチュゥ…』
「何のこと?」
「何かあったの?」
「…はぁ………あ、愛してるぜ…セレナ」
「ッッ!!!?わ、私も愛してるわサトシィ!!!
…なんちゃって!嘘でも言ってくれて嬉しいわ。サトシ、ありがとう!」
「お、おう…?」
サトシがカスミとユリーカに反撃するのを諦めて愛していると言う。その言葉に激しく反応したセレナが愛していると言うのだが…すぐにその表情を改めて優しい微笑に変える。その雰囲気の違いにサトシは困惑しつつも頷いた。
今までのセレナだったら、愛しているとサトシが言った時点で暴走していたはずだ。だがセレナは暴走せず、笑ってありがとうと礼を言った。その行動を見てカスミとユリーカの言っていた言葉を思い出し、首を傾けながらもサトシは言う。
「…セレナ、何かあったのか?」
「うん。夢以外にやりたいこと…他にも見つかったの」
「やりたいこと?」
「ええ!フォッコ達と一緒に強くなるって決めたわ!強くなってみせるって【あの時】に誓ったの!」
「…そうか」
「この場合サトシのために強くなるって意味も含まれているね絶対!」
『デデデネ!』
「まさにカオスですね…」
『リィマ…』
「セレナの愛って凄まじい…かも?」
『バッシャァ?』
「でも、それだけサトシのことが大好きなんだから…あいつもさっさと覚悟決めればいいのにね」
『コッパァ…』
ポケモンセンターで回復され、サトシ達の元へ返されたポケモンたちと共に、セレナとサトシの行く末を考えて苦笑するシトロンたちがいたのだった。