不快な音が頭に響く
「ああ、ようやく来た」
「その声…あのビルで最後に喋っていたのはお前か」
『ピカピ…?』
「ビルっていうと…ああ!あのビル!あの時は面白かったな。ちょっと物足りなかったけど楽しめはしたぜ」
「…そうかよ」
『ピィカッチュ…』
薄暗い廊下を進んだ先でサトシとピカチュウが見た光景は、明るく照らされたバトルフィールド。そしてその奥に立っているのはサトシと同じ格好をした白髪の少年。
白髪でなければ姿も形もサトシと全く同じな少年が立っていたのだった。
その見た目にサトシは一瞬だけ驚いていたがすぐに無表情に戻り、ピカチュウも表情を引き締める。その様子を見て少年はとても楽しそうだ。まるで、暇つぶしにちょうどいいものが来たとでも言うように…。
「アクロマは何処だ」
『ピィカ』
「…あいつの居所が知りたい?なら俺とバトルしようぜ。お前が勝ったら教えてやってもいい」
「ポケモンバトルなら受けて立つ」
『ピィカッチュ!!』
アクロマの名前を出した途端、少年の表情が一瞬サトシと同じ無表情に変わる。すぐに元の笑顔に戻ったが、サトシが怒った時のような表情をした少年にピカチュウはまた驚いた。今は笑顔と無表情で表情が全然違うが、まるで双子のように存在する彼らに内心で困惑していた。そしてピカチュウは以前起きた悲劇を思い出したのだ。あの時、自分自身と同じ存在が作り出されたあの島での出来事を…あのミュウツーと最初に出会った時のことを―――――――。
「ピカチュウ、今は考え事してる暇ないぞ」
『ピ…ピィカッチュ!』
「何だ。そのピカチュウでバトルする気か?」
「いや、その前にバトルしたいって主張してる奴がいるからな…ブイゼル、キミに決めた!」
『ブィィ!!』
ピカチュウが考え事をしているのを見抜いたサトシが今は集中しろと言ったためにすぐに思考を目の前の少年に移す。そして少年はそんなサトシ達の様子を見てバトルはピカチュウでやるのかと聞いてきた。だがサトシは首を横に振って違うと否定する。
この建物に入る前から一緒に来ていた仲間の中でボールから出ようと激しく揺れていたブイゼルをバトルに出そうと思ったのだ。もちろんブイゼル以外にもボールはグラグラと揺れているが、小型でスピード戦に向いているブイゼルで行こうと決めていた。そして、ブイゼルと同じく小型でスピードが速いピカチュウには何かあった時のために待機してもらおうと決める。
「へぇ…ブイゼル……か」
自分の唇を舐めた少年は目を細めて呟き声を上げる。その声を聞いていたサトシとブイゼルは何かあってもすぐ動けるように集中し始めた。ピカチュウももちろん周りの様子を窺いながらもバトルを見つめる。
「行け、ドンカラス」
『カァァアアッ!』
ボールから出したのは以前見たことのあったドンカラス。だがそのドンカラスの体格や羽の艶などがすべて【きちんと育てられている】とサトシは感じた。もちろんピカチュウやブイゼルも同じだ。白髪だが全く同じ見た目をした少年に、サトシ達はドンカラスを育てたのがこの少年なのではないかと考える。ドンカラスの様子は少年に懐いているようにも見えるし、強制的に操られている風には見えない。だからこそ、サトシは少しだけ少年に興味をもって話しかけた。
「お前名前は?」
『ピカピ…ピカチュゥ?』
『ブィィ』
「あ、そういえば言ってなかったな。俺はクロ!その名の通り、普段は真っ黒な服を着てるんだぜ!」
『カァァ!』
「じゃあなんで俺と同じ服着てんだよ…」
『ピィカ…』
『ブィ!』
「なんせお前はオリジナルだからな。コピーはコピーらしく、お前と同じ服を着て会いたかったんだ。まあ、シロはそうは思ってないみたいだけど…」
「シロ?…ってやっぱりお前…俺のコピーか」
『ピカピ…』
『ブィィ…』
「文句ならアクロマに言えよ。俺は知らねえからな」
『カァァアア!!』
「ああはいはい。バトルな…ほら、やろうぜオリジナル!!」
上機嫌でバトルをする時のサトシのように、少年…いや、クロは笑いながら言う。クロの見た目から察していたピカチュウは以前のミュウツーと会った時のコピーたちのようにあのクロもそうなのかと納得する。そしてブイゼルはサトシと同じコピーだと言うのならバトルも強いだろうという別の欲求が出ており、サトシは無表情で頷いた。
全部全部、アクロマがやらかした仕業なのだと言うことを―――――。
【シロ】という言葉に少しだけ嫌な予感がするが、今は目の前のことに集中するべきだと考えて早くバトルがしたいと叫ぶドンカラスを見つめた。そして始まったポケモンバトルは、いつもと変わらない通常のバトルだとサトシは感じていた。いつも通りなのが不気味なほど、普通のトレーナーと一緒だと感じていた。
「ブイゼル、アクアジェットからのれいとうパンチ!」
『ブィィィ!!』
「おっとそうはいかない。ドンカラス、つじぎりしながら避けろ」
『カァァア!!』
アクアジェットで一瞬でドンカラスの目の前に移動したブイゼルが、ドンカラスの顔面に向かってれいとうパンチを行おうとする。だがそれはつじぎりによって突風が吹きながらも避けられる。もちろんつじぎりを避けることには成功したブイゼルだったが、ソレと同じくれいとうパンチを避けられたことを悔しがった。
そんな通常と変わらないバトルだったと言うのに、クロが突然不機嫌そうな表情をしたことによって空気が変わった。
「面白くない。つまらない…なあドンカラス、そうは思わないか?」
『カァァアアア!』
「何言ってんだお前…」
『ブィィィイ!!』
「せっかくオリジナルとバトルしてるんだぜ?ならちょっとぐらい趣向変えても良いだろ?だから、オーベム、サイコキネシス」
『ウィィ』
『ブィ!?』
「っお前!」
「対等なバトルだって誰が決めた?誰がこのまま普通にバトルしていいって決めたんだ?だから俺はやりたいようにやらせてもらうぜ。ドンカラス、ほろびのうた」
『ガァアアアアアアアアアアッ―――――――♬♪――――』
『ブッブイィ!!!』
『ピィィカァ!!!』
「ふざけてんじゃねえぞゴルァ!!ピカチュウ、10まんボルトでオーベム達を止めろ!」
『ピ…ィカッチュゥ!!』
面白くなさそうな表情をしていたクロがいきなりオーベムをボールから出したことによって状況は一変する。オーベムがブイゼルとサトシをサイコキネシスで止め、その間にドンカラスがほろびのうたを歌い始めたのだ。その不協和音に近くにいたブイゼルやピカチュウが苦しそうに表情を歪める。オーベムも同じようにほろびのうたの影響を受けているはずなのだが、何も感じていないかのように表情は涼しげだ。いや、あるいは【そうなる】ように育てられたのかもしれない。
ここでオーベムがサトシのことをサイコキネシスで止めていなかったならサトシ自身がドンカラスを止めに走っていたことだろう。だがサイコキネシスが発動している今、サトシ自身何かをすることはできない。
だからこそ、唯一オーベムの技を受けていないピカチュウに攻撃を指示したのだが、それを予測していたのかクロは歪んだ笑みを浮かべながらも口を開く。
「ピカチュウ、こっちも10まんボルト」
『ピッカッチュ!』
『ピカッ?!』
「色違いの…ピカチュウだと…っブイゼル、このまま電撃に耐えきれるか?」
『ブィィ…!!』
「ならピカチュウ!部屋全体に10まんボルト!!」
『ピィィカッチュゥゥゥウウウッ!!!!!』
「肉を切って骨を断つ戦法か。やるじゃん、オリジナル」
『ピィカッチュゥ!』
『ウィィ』
クロの後ろから飛び出してきたピカチュウによってサトシのピカチュウの攻撃が防がれる。クロのピカチュウはサトシのピカチュウと違って色が濃く、色違いだと分かる。だが今は驚いている暇はないと考えてサイコキネシスを受けているブイゼルに向かって弱点となる電撃に耐えきれるか質問する。ブイゼルは強気な笑みを浮かべて当然だと叫んだため、ピカチュウに向かって部屋全体に10まんボルトを仕掛けてもらった。放電状態となったピカチュウを止めることなどできず、オーベムがサイコキネシスを解いてとっさに避け、そして歌い続けていたドンカラスは電撃に直撃して戦闘不能となったのだった。それを見たクロは特に何の感情もなくドンカラスをボールの中へ戻す。
そしてピカチュウの放った電撃はもちろん動くことのできなかったブイゼルにも直撃し、大ダメージを負っていたのだが…そんなのものともしないとでもいうかのように震える足を無理やり立たせてからクロたちを睨みつける。
「ブイゼル、戻ってくれ」
『ブィ…ブィィ!』
「その状態で無理に戦うな。…でも、サンキューな」
『ブイ……ブィィ!』
『ピッカァ!』
通常のバトルとは違った行動をしたクロに油断はできないとサトシは考えて無理やりバトルを続行させようとするブイゼルを止め、ボールに戻した。ブイゼルはボールに戻る時もまだ不満そうな顔をしていたが、それでもサトシの言いたいことを理解し、納得してくれたようだった。ピカチュウは前を見てクロたちのことを警戒し、ブイゼルはそんなピカチュウに向かって負けるなと叫ぶ。その声を聞いたピカチュウは当然だと言うように叫んだ。
「じゃあバトル続行しようぜ」
『ウィィ』
『ピィカッチュ!』
「てめえのそれはもうバトルとは言わねえよ。だから、頭に直接常識を叩き込んでやる」
『ピッカァ!!』
このままバトルに似た乱闘を行うとサトシ達は考えていたのだ―――――――――――
――――――――――――――地響きにも似た揺れと轟音がサトシ達のちょうど真下に起きなければ。