これは、妹にとっての―――――
「あのシゲルさん…ここ何処ですか!?」
『ガゥウ…』
『ピチュゥ…』
「…はっはっは!」
「また笑って誤魔化してる!!」
『ガゥゥウ!!』
『ピチュゥ!!』
こんにちは妹のヒナです。ようやくマサラタウンに帰れると思ったらなにやら山に登らされています…。
理由はどうしてかはわからないけれど、シゲルさんに連れられてマサラタウンに帰る途中…いきなりマサラタウンに行く道とは違う方向へ歩きだし…そしていつの間にか山に登っているという状況になってしまっていたのだ。ここが何処の山なのかは私たちは知らない。マサラタウンから遠いのか…それとも近くにある山なのかさえ分からない。登ったことのない山を登り続けている私たちはずっとシゲルさんから目を離さずにいた。
シゲルさんは何で私たちを連れてこっちに来たんだろうと疑問に思いながらも歩く。リザードとピチューは私と同じようにシゲルさんの行動を疑問に思っているらしい。私を見てから前に歩くシゲルさんを指差して理由をもう一度聞いてみるか…どうするのかと小さく鳴き声を上げて問いかけてきた。でも私たちに何も話す気のないシゲルさんからもう一度質問をしても無駄だと考えてリザードとピチューに向かって苦笑しながら首を横に振った。私が首を横に振ったことでリザードとピチューも諦めてくれたらしい。微妙そうな表情を浮かべ、前を歩くシゲルさんに視線を向けながらも、ただひたすら山を登り続けた。
―――そもそも私たちがジョウト地方に来た理由さえまだよく分からないのだ。ジョウト地方についてから、ヒビキやシルバーに会って…そしてたまごを守ろうとした騒動が起きたせいで私たちがジョウト地方に来た意味について聞けなかった。
もしかしたらヒビキに会わせるためにジョウト地方に連れてきたのか…いやヒビキとならトレーナーになった時にまた会えるし、シルバーだってカント―地方を旅すると言っていたのだから今ジョウト地方で会わなくても必ず会えたはずだ。…だからこそなんで私たちを連れてきたのだろうかと疑問ばかりが思い浮かぶ。
…まあそれについて聞くタイミングがなかったということと、現在の状況についてもシゲルさんが頑なに教えてくれず、聞けないままなのだから少し諦める必要があるかもしれないけれど…でもこうしてマサラタウンから離れた山に向かって歩いているという意味については本当に聞きたいと思っている。帰れると思ったら遠回りをしているのだから…何時になったらマサラタウンに帰れるのかについて聞きたい。そしてこの山を登っている理由についても知りたい。
それは何故か…そろそろマサラタウンに帰らなければいけないと感じているからだ。私たちは何も知らなかったからこそ、伝説たちになにも言わずにジョウト地方へ行ってしまった。そのため伝説たちや兄のポケモンたちがキレていそうな気がするし…まあ悲しむという可能性もあるけれど…でも早く帰らないといけないと不安になっていても、今シゲルさんから離れて勝手に帰るということは絶対にできない。
だから私たちは歩き続けるしかないのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「…着いた。ここだよ」
「へ…ここ?」
『ガゥゥ?』
『ピチュ?』
――――――シゲルさんが笑みを浮かべながら私たちに向かって言う。つまり、ようやく目的の場所にたどり着いたようだった。シゲルさんが指差した方向に見えてきたのはある一軒の建物で…木造で少し古そうな家にシゲルさんが入って行ったため私たちも一緒に入る。
そして入った先に見えたのは大量のポケモンのたまごが部屋中に置いてあった光景だ。温かそうな布やクッションで敷かれたその部屋でたまごがたくさん置いてあるその場所に私たちは驚く。
たまごが大量にあるその異常な光景に…ここは育て屋なのかと一瞬疑問に思ったが…人や町なんてないこの山奥に育て屋を営む意味はあるのだろうかと考えて否定する。
「…こんなにたくさんのたまごが置いてあるって…いったいどういうことですか?」
『ガゥゥ?』
『ピッチュゥ!!』
『ガゥウ!!』
「こらピチュー!たまごに抱きつこうとしないの!!たまごが危ないでしょう!!」
『ガゥゥ!』
『ピチュ…ピチュゥ…』
「ははは。大丈夫だよピチュー、でも暴れないようにね。…このたまごたちはトレーナーによって捨てられ、ポケモンから盗まれてきたんだよ」
「っ…それって…!」
『ガゥゥ…』
『ピチュゥ…』
「ああ、そうだね。ここにいるすべてのたまごたちは…人間の身勝手な行動のせいで親から離れ離れになったり、捨てられたりしたんだ…」
――――つまり、このたまごたちは人間の勝手な都合によって親から離れてどこかに捨てられてきたということなのだろう。数えきれないほどたくさんあるこのポケモンのたまごが人の都合や自分勝手な事情によって物同然に捨ててしまうだなんてそんなことが許されるはずがない。シゲルさんもそう思っているらしく、その捨ててきた人間相手に対しての怒りが表情に表れていた。でも声色やたまごを撫でる手は優しく、このたまごたちに生きていてほしいとそう願っているかのようにも見えた。リザードも同じように近くにあったたまごを優しく抱きしめて撫で、ピチューも先ほどの危なっかしい行動がなくなりゆっくりとたまごを撫でてちゃんと生まれてこいと言っているかのように笑顔で鳴いていた。
「…そのトレーナー達は反省していないんですか…勝手に捨てて…勝手に…」
「いや、たまごたちが置かれた…いや、捨てられた場所で見つけた頃にはもう原因であるトレーナーがたまごの傍にいないということが多い。たまにたまごを捨てようとしたトレーナーを見つけて厳重に処罰を与えることがあるけれど…それでも奴らは反省しないんだ。まるでポケモンたちを使い捨て同然のように扱って…」
「……………お兄ちゃんは…それを知っていますか?」
「ああ、知ってる。サトシはそれを知ってて、旅に出ているんだ」
「え…?」
「ヒナちゃん。サトシの夢は何なのか…知っているよね?」
「…ポケモンマスター…ですよね」
「ああそうだ。ポケモンマスターだ。サトシは旅に出てからのことを全部教えてくれたよ。ポケモンを物同然に扱うトレーナー達が多いということを…ちゃんと絆を作っているトレーナーが少数なのだということを…。だから、サトシにとってポケモンマスターがすべてのトレーナーの意識を変えるきっかけをつくれると考えているんだ…」
「お兄ちゃんが……」
シゲルさんの話を聞いていて…自分自身の軽率な考えを恥じた。
私にとって兄は人とは思えないほど強くて…ポケモンのことを大切に考えている人だと思っている。
…でも、ポケモンマスターになることについては…私は今まで兄が原作と同じようにして夢を追っているのだと思っていたのだ。今となってはあまり思い出せない原作だけれども…それでも【サトシ】がポケモンマスターを目指して旅をしているということについては覚えている。
だから兄も同じように旅に出たのだと…【原作のため】に行動して…これは夢とは違うのだとそう思っていた。でもシゲルさんの言葉でその考えは間違っていたのだと分かった。
兄はポケモンを軽々しく捨てるトレーナー達に怒り、すべてのトレーナーの頂点…ポケモンマスターとなってすべてを変えようとしているのだろう…それはまさしく兄の【夢】でありポケモンを大切にしているからこそ願った行動なのだと分かった。アデクさんとの話では、兄は何も語らなかった。ポケモンマスターになった後…その時に考えると言って誤魔化していた。私はその時…兄が何かまたやらかすのではないかと…いつものように暴走するのではないかと考えてしまったのだ。兄のことを知ったつもりでいたけれど…まだまだ何も知らなかったのだ。
兄はちゃんと自分自身で考えて行動している。ちゃんと夢に向かって歩いていると気づき、以前兄がやらかすと思ってしまった自分を怒りたいと思った。兄は自分自身のためにではなく、ポケモンのために夢に向かって歩いているのだということを…。
(私にとって…夢ってなんだろう…)
私はまだまだトレーナーになるための年齢に達していない。それでも兄はこの頃からポケモンマスターになろうと決めていたのだ。もしかしたら兄は最初の頃は原作が関係しているからと行動していたのかもしれない…でも途中で兄は変わっていったのだろう…かりそめの夢から本物の夢へと…本気でポケモンマスターを目指そうと旅を通じて…次第に目標として決めていたのだろう。
私はまだまだそこまで本気で考えられない。ポケモンが大事だというのは分かるし、リザードやピチューと…フシギダネたちや伝説達とずっと一緒に居たいと言う気持ちだってあるのだから。
それでも兄のように、すべてのポケモン達のこれからを考えて…トレーナー全ての意識を変えようだなんてこと…私にはできないだろう。
ちゃんとした夢でさえ何もないそんな私に…何かできることはないのだろうかと…それだけを考えて、たまごたちを見つめていた。
これは、妹にとっての―――――分岐点。
To be continued.