少年たちは嫉妬し、羨んだ――――――――。
少女はそれが当たり前だと…そう考えていた――――――――。
『ガゥゥ!』
『ピィッチュ!』
「大丈夫よリザードにピチュー…それで、話って何?」
「…………………」
こんにちは妹のヒナです。オーキド研究所の森で遊ぼうかとリザードたちと家を出て、歩いている途中である少年に再会しました。
その少年は…あの勝負を受けた3人組のうちの1人であり、バトルをした時に後ろの方で騒いでいた帽子をかぶったヒビキという名の少年であると分かった。そしてヒビキがいるということにリザードたちが警戒して私を後ろに下がらせて何の用かと威嚇してきています。
私はそんなリザードたちに対して落ち着いてもらうために大丈夫だと微笑みながらも言い、リザードとピチューの頭を撫でてからヒビキの方を見る。リザードとピチューは私が頭を撫でたことで少しは落ち着いたのか、睨みつけているのは変わらないがそれでもすぐに攻撃してくるような態度にはなっていないために安心してヒビキと話をする。
ヒビキは私たちに向かって近づいてから、話があるから待ってくれと言っていたというのにやたらと周りを警戒していて…でもすぐに私たち以外は誰もいないと分かると少し安堵してから話しかけてきた。
「おばさん…お前の母親は?」
「ママのこと?家にいると思うけど…呼んできた方が良い?」
「いい!やめろ絶対に呼ぶなよ!!」
「いや…ああうんわかった…それで私たちに何の用?」
『…………………』
『…………………』
「………その…」
リザードとピチューが何か文句を言ったり傷つけるような言葉を言う場合は攻撃してやるとばかりに炎や電気を出して威嚇する。まあでもヒビキが近づいたりしたぐらいじゃあ攻撃をすることはないだろうとリザードたちの表情を見て分かっているために、それを見て苦笑しながらも、私はヒビキに話しかけた。
ヒビキは私の母に会うのが怖いらしく、いないと分かると物凄く分かりやすく良かったという表情を浮かべていた。おそらく周りを警戒していたのも母がいるかもしれないという恐怖からなのだろうと思った。そのヒビキの表情から、あの時の母の行動がよほどトラウマになったんだと考え、私は少しだけ複雑な心境になってしまう。まあでもあの時にいろいろと悪いことをしたのはヒビキ達を含めた私達だ。みんなに迷惑をかけたからこそ、必要な説教を受けたと考えればいい。それぐらい私たちは悪いことをしたのだから…。
まあヒビキ達は母を見るなり逃げ出すぐらいにはトラウマになったようだが…私はそれに関して何か慰めたり同情したりはしない。母もそうだけれど、兄の方の怒りももっと凄まじいのだから…ある意味母しかいなくて良かったと言った方が良いかもしれない。
まあそれよりも、ヒビキは何を言いたいのかと話を聞くためにじっと待つ。ヒビキは少しだけ躊躇いながらも、ゆっくりと口を開いて言う。
「お前の、あの時の…バトル……すげえって思った」
「…そう」
「俺は何も指示してなかったし、見てるだけで終わったけど、お前がサトシさんの妹だってようやく実感した」
「それって貶してる?それとも褒めてる?」
「…ほ、褒めてるに決まってんだろ!バッカじゃねえの!!」
「そ、そう…」
何だろうか…ヒビキが照れたように、少しだけこちらからそっぽを向いて少しだけ罵倒を交えながらも話す言い方に私は苦笑した。リザードたちもこのヒビキの言葉には少しだけ微妙な表情を浮かべていたが、貶しているとは思えないために何も行動せずに私とヒビキの間に立ちながら話を黙って聞く。私はその様子を見ながらも、ヒビキの話が終わるのを待った。
ヒビキは私のことを認めたということ、兄と同じ家族だから強かったと言いたいらしい。何というか…その言葉を聞いて私は思わず貶しているのかと思ってしまった。兄はスーパーマサラ人であり、様々な地方から人外か!?と疑われてしまうほどの人間だ。だからこそ私がそんな兄と似ているのだと言うようなヒビキの言葉に否定したいと思ってしまった。でもそれは空気を読んでいないと言うことになるし、余計に話を脱線させてしまう恐れもあるだろうから我慢しておこう。
そしてヒビキは少しだけ落ち着いたのか、私のことを正面から見て、真剣な表情で話し始めた。
「…それと言っておかないといけないことがある」
「何?」
「…俺は…俺の夢はサトシさんを超えることだ!!サトシさんはポケモンマスターになるのも時間の問題って言われてる凄いトレーナーで、俺にとっての…いや、俺たちにとっての憧れなんだ!…だからこそ、妹であるお前のことを心底羨ましいと思えた。サトシさんに直接ポケモンのことを聞けるお前が…旅に連れて行ってもらえるお前が憎いって思えたんだ…だからずっとお前がいなければって思ってた…苛めてた。コウちゃんも、シュウジも同じ気持ちだったんだ…サトシさんの【妹】のお前に、嫉妬してた」
「……うん」
「…でも今は違う、お前とあの時戦って…いや、俺は何もしていないけど……あの時お前の戦いを見て…サトシさんに一番近い存在がお前なんだって分かったんだ…だからお前に勝つ!トレーナーになって、ジム戦をして…そしてお前に勝ってやる!」
私に向かって指差して宣言する言葉は、夢のために頑張って立ち向かうシゲルさんのように見えた。シゲルさんは幼い頃から暴走しまくっていた兄と一緒にいたためにちゃんとしたトレーナーとして成長し、兄に勝つために真剣に勝負していた。その時の面差しや瞳と…ヒビキが私を見る表情は全く一緒だったのだ。
私と真剣に戦って勝ちたいと言うことも、兄を超えるという夢もすべてちゃんと自分の道で決めてきたことだとそう理解した。
そして同時に、トレーナーとして旅立てる年齢になった頃にヒビキと私は戦いながら…競争しながらポケモンリーグを目指すのだろうとヒビキの瞳を見てそんな未来になるかもしれないとそう予測してしまった。
リザードとピチューも私と同じような考えがあったらしく、ヒビキのことを私たちを貶す嫌な奴からこれから戦うであろうトレーナーとして印象を変えたらしかった。少しだけジム戦をしていた時のようなやる気に満ちた目でヒビキを見て、そして私を見て微笑む。そんなリザードたちに私も笑みを浮かべてから、ヒビキの方を見ていった。
「…つまり、ヒビキのことをライバルとして見ていいのね?」
「おう!!ライバルとして…お前に勝ってやるから覚悟しろよ!!」
「ふふ…ええ分かった!」
爽やかに笑う私たちは、あの時とは違って穏やかに見えていたはずだ。苛めっ子と苛められっ子という関係から、お互いを競い高め合うライバルへと…。
これからの未来でヒビキとどのように戦っていくのかさえ分からないし…私自身の夢はヒビキとは違ってまだ何も決まっていない。
…けれど、それでもトレーナーとして旅立つ日が来るのは確実だろうし…その時が少しだけ楽しみになったと感じていた。
――――その後、ヒビキは言い終えたからと後ろを振り向き走り出すかと思えたのだが、少しだけ私の方を振り向き、じっと見てから小さな声で言う。その声は私たちに聞き取れるかどうか分からない音量だった。
「……あと…今まで苛めてたこと…全部悪かった」
「ううん。謝らないで。あなたたちのやったことは【あの時】に全部謝ってもらったんだから…だからもう謝罪はいらないよ。でも、これからはライバルなんだから…後ろを向かないで前を見て歩こう!…よろしくねヒビキ!」
「…おう分かった…もう謝らない。…でもってこれからもライバルとしてよろしくな!ヒナ!」
『ガウゥゥ!』
『ピィッチュ!』
リザードとピチューが走り出していったヒビキを見てから笑いながら叫ぶ。その声は最初に再会した頃とは違っていて、私と同じようにこれからもよろしくの意味で叫んでいたようだった。もちろんその声も走っているヒビキに聞こえているはずで、これからどうなるのだろうとまだ見ぬ夢を思い、空を見上げた。
ヒビキにとっては罪悪感でいっぱいだった。
あのバトルの後…サトシと同じように圧倒的に強く、レベルや弱点も関係なく勝ちにいくヒナの強さに憧れ…そして同時に自分の卑劣さに落ち込んだ。
このままでいいのかと悩んだ。
このままでトレーナーになっていいのかと迷った。
よく三人組として一緒にいたコウやシュウジも同じだった。このままトレーナーになりサトシに追いついて、そしてバトルをしたとしても意味はないと…あのサトシと同じようなバトルスタイルで戦ったヒナを認め…勝たなければとそうヒビキは考えたのだ。
苛めていたのはサトシの妹であるという認識から…あんな凄いトレーナーの妹に生まれたんだと言うことを誇りにも思わず、ただ普通に平凡に生活しているヒナに嫉妬し悪意をぶつけた。
でも、あのリザードの進化を見た時から…ポケモンとヒナの絆を見た時からその認識は変わっていた。
夢があったから…という理由ではない。
サトシに勝ちたいから…という理由でもない。
ヒビキはただひたすら、あんな強いトレーナーになれたらということしか頭になかった。強さがただのレベルの差ではないということも、弱点を狙うことが勝ち負けを決めるわけでもないということをヒナとのバトルから学んだ。だからこそ、ヒビキは【あの時】から認識を改めていた。
ヒビキの憧れるトレーナーがサトシと…そしてヒナになった瞬間でもあった。
「…俺もサトシさんのように…ヒナのように…」
ヒビキはサトシに憧れてトレーナーになろうと夢を持ち…そしてヒナに嫉妬し、苛めていた。そのことに対する罪悪感は未だにヒビキの心に傷を残す形で残っているが、ヒナに後ろを向くなと言われたからこそ…もう謝るなと言われたからこそ、それを二度と口に出して言うことはないとヒビキは考える。
ただひたすら思うことは、サトシやヒナと戦うこと…そして勝つと言うことだけだ。早くトレーナーになりたいと…ヒビキはそう心から願い、前に向かって走り続けていた。