マサラ人だけどスーパーマサラ人ではないはず   作:若葉ノ茶

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状況を変えることよりも、自己を変えることの方がはるかに頻繁に必要とされる。
            ―――――――――――――アーサー・クリストファー・ベンソン


第百三十九話~シューティーは全てに憧れた~

 

 

 

 

 

 

シューティーはこの日をどれだけ待ちわびたのかわからない。どれだけの時間、この日のために修行してきたのかさえわからない。それほどまでにシューティーは歓喜していた。予選の第一試合からサトシとバトルできるという幸運に、そしてサトシと出会ったことの幸せに。

―――――あの時、あの瞬間にサトシと出会ったことが運命というのなら、シューティーはその運命の神に激しく感謝したことだろう。だがその前にシューティーはサトシと出会った頃の酷過ぎる自分に向かって全力で罵りながらぶん殴っているかもしれないと考えてもいた。

 

 

 

(サトシ先輩…あなたと出会ったことが僕にとっての幸せです…!)

 

 

 

まだ試合は開始してはいないが、サトシの肩に乗っているピカチュウの強さ、レベルの高さを感じ取れる。ジュニアカップで見せたサトシとアデクの高レベルな戦いから、シューティーは己の弱さを知ることができた。以前は戦うことで強くなり、チャンピオンであるアデクを越えられると信じていたけれど、サトシと出会ってからは違っていた。今までは己のすべてだと思えた常識をことごとく壊していくとても強いトレーナーに…そしてポケモンを第一に信じ、その強さを最大限まで引き出す才能にシューティーは憧れてしまった。そして、そんなトレーナーに自分もなりたいと心から思えた。でもジュニアカップで見たのは強さだけではない、ポケモンとの信頼感とサトシしかできないと思える発想。おそらくはチャンピオン以上の強いトレーナーになるであろうと…シューティーは直感していた。だが、憧れだけですべてを真似できるとは思っていない。

自分にはなれない強さをサトシは全て持っている。羨望の眼差しを向けたこともあるぐらい憧れているけれど、自分には到底超えることのできない先輩であって師匠だと心の底から感じているし、サトシに学んだことすべてに感謝しているのも事実だ。そんなサトシと戦って勝てる自信はシューティーにはなかった。

だがそんな憧れのサトシとバトルできるということ、そして今までの修行の成果をサトシに向けて勝ってみせるという決意もあった。

 

全てはサトシと戦い、勝つために…今こうしてこのバトルフィールドに立っているのだ。

 

 

「よろしくお願いします…サトシ先輩!」

「ああ、よろしくなシューティー!」

 

 

サトシは好戦的な笑みを浮かべてシューティーを見ていた。その目線を向けられていることでさえもシューティーは気絶してしまいそうなほど幸せだと感じていた。サトシ以上の強いトレーナーなど見たことがない。チャンピオンと≪楽しみながら≫戦って引き分けになるほどの実力…。自分だったらおそらく必死になって戦ったか、勝つことしか考えずあまり楽しめなかったかもしれないと思える戦いを見せてくれたサトシとバトルをする。

 

 

「行きます!…ジャローダ!!」

『ロォォオダァァァア!!!』

 

「ジャローダか。ピカチュウ、君に決めた!!」

『ピカピッカ!!!』

 

 

ジャローダとピカチュウはお互い睨み合い、バトル開始の合図を待つ。イッシュリーグの初めの一歩となる戦いだとシューティーは興奮していた。心臓の音が激しく脈打つのを感じる。風や観客たちの声がゆっくりと聞こえてくる。時間が…バトル開始の合図が10分、1時間…いや、1年という長い時間に感じてしまう。

 

だが、合図は目の前に迫っていた。

 

 

【これより、シューティーVSサトシの試合を開始する!始め!!】

 

 

その瞬間、激しい爆発音がフィールド内に響き渡る。もちろん音だけでなく実際に爆発もしていた。ピカチュウの10まんボルトとジャローダのソーラービームが試合開始と同時に炸裂したからだ。だがこの時ピカチュウの10まんボルトの方がジャローダのソーラービームよりも強いとシューティーは感じていた。すぐに次の技に移ってくれたために電撃は免れたが、もしかしたらあの10まんボルトで一撃で倒れるという事態もありえたかもしれないと冷や汗をかいた。

 

 

(ああ、本当にサトシ先輩は強い…!)

 

 

サトシと戦うことに再び幸せをかみしめるシューティーだったが、ジャローダに指示しなくてはと気を引き締める。そしてジャローダに向かって口を開いた。…もちろんサトシの方も笑みを浮かべながらも口を開く。

 

 

「ジャローダ、ドラゴンテール!」

『ロォダァァァ!!!!』

 

「ピカチュウ、アイアンテール!」

『ピッカァ!!!!』

 

『ジャロォ!?』

「ジャローダ!!しっかりしてくれ!」

 

 

『ジャロ…ジャロォォォオ!!!』

 

 

ジャローダのドラゴンテールとピカチュウのアイアンテールが炸裂し、両者の身体に当たる。だがピカチュウは大した反応を見せず、ジャローダの方が吹っ飛ばされてしまった。そのピカチュウの一撃がとても凄まじい。

シューティーは心の底からジャローダに向かって倒れないでくれと言う。今倒れてしまったら負けを認めることになるからだ。まだサトシに何も見せていない…自分の覚悟した強さとポケモンとの……ジャローダとの信頼を何も見せずに終わらせたくはないと必死に叫ぶ。その声にジャローダは聞こえたのか、ふらつく身体を何とか必死に起き上がらせて大きな声でシューティーに向かって叫んでいる。その声はまるでシューティーと一緒にサトシとピカチュウに今までの修行の成果を見せてやろうという声に聞こえてきた。

シューティーは笑みを浮かべてジャローダに頷き、言う。

 

「ジャローダ…≪エナジーテール≫!!」

『ジャロォォオオ!!!』

 

「避けろピカチュウ。…新しい合体技か!流石だなシューティー!」

『ピッカ!』

 

「いえ…サトシ先輩に褒められるような…そんなことはないですよ……」

『ロォダァァァア!!!』

 

エナジーテールとはエナジーボールとドラゴンテールの合体技である。エナジーボールをつくり、ドラゴンテールの勢いで放つ技。簡単に行ってしまえばエナジーボールの剛速球バージョンと言えるだろう。だがピカチュウはそれを難なく避けることができた。まるでゆっくりな速度のエナジーボールを躱しているような軽やかな動きにシューティーは下唇を噛み、悔しそうな表情を浮かべる。今まで鍛えてきた合体技でさえもピカチュウは脅威に感じていないと分かってしまったから。まだまだ自らの強さが足りてないということが分かってしまったからこそ悔しかったのだ。

 

 

(まだまだ先輩には届かない…先輩の強さが遠く感じる……)

 

 

「…シューティー!!バトルは最後まで何が起きるのかわからないだろ!!」

『ピカピカ!!』

『ロォダァァァ!!!』

 

 

「……そう…ですね!サトシ先輩、ありがとうございます!また1つ学ぶことができました!!!」

「おう、その意気だぞシューティー!」

「はい!!」

 

 

サトシに勝つことはできないかもしれないと思ってしまった。ピカチュウを倒せるのか自信を失ってしまった。長い時間をかけて鍛えていった合体技を難なく避けられてしまったピカチュウのレベルの高さに…サトシの強さに挫折し、諦めてしまいそうになった。バトルを途中で放棄はしないけれど、その圧倒的な強さに勝てるのかと疑問を感じ、諦めるという選択肢が頭の隅に浮かび上がってしまったのだ。

だがそんな愚かな考えをサトシは分かってしまったのだろう。シューティーに向かって怒っているような口調で叫んでいた。そしてその言葉にピカチュウもジャローダも一緒になって頷き、バトルを再開しようと言ってくる。シューティーは首を横に振り、先ほどの考えを捨ててサトシを見た。諦めるという選択を捨て、全力でサトシに挑むと決めたのだ。たとえそれが負けるようなことにつながったとしても、シューティーは後悔しないだろうと感じながらも…。

 

 

技と技の激突、電撃と爆発音がバトルフィールドに続いていた。でもその間にもジャローダは疲弊し、今にも倒れそうになっている。それに比べてピカチュウは元気よくまだまだ戦えるという表情だ。

 

 

(次の技で最後…か…)

 

 

シューティーは次の攻撃ですべてが決まると分かった。サトシとの至福の戦いがこれで決着がつくと分かってしまったのだ。でもシューティーは笑みを浮かべていた。サトシとピカチュウを見つめて、指差しながらも次の指示を出す。

 

 

「ジャローダ…ソーラービーム!!!」

『ジャァァロォォオオオオオ!!!!!』

 

 

「…ピカチュウ、エレキボール!」

『ピカピッカァァァ!!!!』

 

 

ソーラービームとエレキボールがぶつかり…周りが爆発した。今まで以上の破裂音と爆発音がバトルフィールドに響き渡る。土煙が舞い、ジャローダとピカチュウの姿を隠してしまう…。

 

―――――そしてようやく見えてきたのはジャローダが倒れている姿。

 

 

 

【ジャローダ戦闘不能。よって勝者、サトシ!】

 

 

 

「…お疲れさまジャローダ。本当にありがとう!」

『ジャロォ…!』

 

 

 

清々しい表情でシューティーはジャローダに声をかけた。ジャローダは悔しそうな表情を浮かべていたが、どこか満足げだとシューティーは思った。予選を敗退し、この瞬間からシューティーにとってイッシュリーグは意味をなさなくなってしまったが…それでもサトシと戦えたことに…サトシと出会えた奇跡が嬉しかった。

この戦いは、次への一歩につながると…次への強さになると感じてサトシに話しかけていた。これからの決意と約束をするために…。

 

 

 

「ありがとうございました、サトシ先輩!…僕はもっともっと強くなります…そしていずれアデクさんとバトルをして勝ちます!…ですから、その時になったら……サトシ先輩ともう一度バトルをお願いできますか!?」

「当たり前だろ!またバトルしようぜシューティー!…今日は本当に楽しかったよ!!」

『ピカピカ!!』

「はい…!本当に、ありがとうございます!」

 

 

 

 

シューティーは嬉しそうに笑みを浮かべて、サトシと握手をした。サトシとまた会える日を願い、強くなると心に誓いつつも…今この瞬間を記憶に刻みつけようと涙で歪む視界を必死に堪えてサトシに笑みを浮かべながらもしっかりと前を見ていた――――――――。

 

 

 

 

 

 

 


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