「…………!」
オータムは、その光景を眺めていた。
少年がのどを潰さんばかりの絶叫を上げてかと思うと―――コアが黒い光の粒子を放ち、少年の中へと飲み込まれたのである。
「なにが……起こったんだよ……」
明らかに、おかしかった。
ISは奪った、だがそれは今この場にはない。
オータムはそれくらい、少年の身に起こった以上に、目を釘付けにされていたのである。
先程の衝撃で更衣室の天井は吹き飛び、光が入ってくる。
少年のシルエットを塗り潰した禍々しい黒光が放射状に晴れていく。
するとそれと同時に、ようやく少年の全貌が見取れるようになった。
「IS……だと……」
だが。オータムはその姿を目にして、思わず息を詰まらせた。
肩に、腰に輝く漆黒の鎧。胸元と下半身を覆うように広がった、実体のない闇色のベール。
右手にはそのISと同じく闇色に彩られた塚に鍔、そしてその刀身は、ぼんやりと黒い輝きの軌跡を残した片刃の巨大な剣。
そう。それは、完全開放した織斑一夏のISだったのである。
「いいね。いいね。最ッ高だねェ!」
予想外の事態にも関わらずオータムは笑っている。
ここの所、骨のある任務がなかった為、これ以上ない程の感情が溢れ出す。
「―――なんだ、ここは」
一夏は、適当に視界を巡らせ、そこに立っていたオータを指した。
「貴様。答えろ。ここはどこだ?」
「ああ? そんなことも忘れっちまったのかよ」
「知らんな。―――それに、私はなぜこんなところにいるのだ?」
「決まっているだろ。―――お前の墓場はここだからだよぉ!!」
そう言ってオータムはレイザーブレイドを振り抜き、一夏の頭上に現れる。
だが、一夏は顔の向きすら変えないまま右手を上方へやり、剣でオータムの一撃を防いでいたのである。二人の剣が触れた瞬間、凄まじ衝撃波が生じた。
「な!?」
「何が起こっているの?」
「崩れるぞ!」
天井の先は第四アリーナに通じていた。
先程の爆発でアリーナに穴が開き、セシリア、シャルロット、ラウラが近くまで寄っていたのだ。
衝撃波で発生した砂煙から2つの影が飛び出す。
「小癪」
レイザーブレイドの一撃を受け止めた一夏が呟くようにそう言い、オータムを弾き飛ばす。
オータムはくるりと身体を回転させ、地面に着地した。
「……なんだ、貴様は。なぜ私に剣を振るう」
「さっき言っただろ? お前の持つISを頂きに来たんだって」
そう言ってオータムは視線を鋭くし、八門脚から実弾射撃を仕掛ける。
一夏は右手に握った剣を左手を添えると、そのまま銃弾を薙ぎ払った。
◇
楯無はその光景に目を疑った。
襲撃は予想の範疇であり、一夏のISを狙って来るだろうと踏んで、待ち構えていたのだが更衣室で突如現れた謎の莫大なエネルギーを感知した。
エネルギーはアリーナの床を突き破り、黒い放射状の柱が現れた。
そして、そこから現れた2つのIS。
一つはクモの姿をしたIS。
もう一つが漆黒の鎧のIS。
その2つのISは左から、上から、下から、その場に残像を残すような速度で剣撃を繰り出すなど、国家代表クラスの激戦を繰り広げていた。
「生徒及び観客の避難が完了しましたわ」
生徒会会計として、新しく配属された時崎狂三のことエンペラーは第四アリーナにいた生徒及び観客を避難させていた。
「ありがとう。我々も参りましょう」
「わかりましたわ」
楯無はIS『ミステリアス・レディ』を展開し、2つのISが繰り広げる激戦に参戦する。
◇
「……なるほど、口だけではないようだ」
一夏は静かに目を細めると、そのまま剣を握った右手をゆっくりと持ち上げた。
「させるかよ」
オータムも黙って見てはいなかった。再びレイザーブレイドを構えたかと思うと、瞬きの間に一夏に肉薄し、一夏の胴に横薙ぎに斬りかかる。
「ふん」
一夏は微かに眉をひそめると、剣を構えた右手ではなく、何も握っていない左手でその一撃を受け止めた。
「―――〈
自らの左手がボロボロにも構わず、一夏は冷徹な声でそう言うと、高々と太陽に掲げた剣―――〈
ぶん、という風を切る音が鳴り、それに次いで、みし、という空間が軋むような音が響いた。
次の瞬間、一夏の振った剣の延長線上に、凄まじい衝撃波が走っていった。
「きゃぁぁぁ―――っ!」
その余波に煽られた楯無は、たまらず大きな悲鳴を上げた。
「大丈夫ですか!? 楯無さん」
「え、ええ……」
エンペラーに支えられ、なんとか無事に済む。
アリーナの床に深々と刻まれたクレバスを見て、楯無は顔を青くした。
「本当に……一夏くん……なの?」
楯無は空に浮かぶ黒いシルエットを見上げながら顔を戦慄に染めた。
と、ガラ、と何かが崩れる音がして、オータムが瓦礫の影から姿を現す。
「まさか、あいつらのシステムを使うことになるとはな……」
一夏の一撃がオータムを消し去る前に、随意領域でそれを阻止したらしい。
「SEをごっそり持っていかれたのは痛手だったな……」
先程の攻撃を受けてもなお、ほぼ無傷であるオータムは随意領域でSEが無くなっていた。
「何かが来る……」
楯無がセンサー域を拡大した次の瞬間に、一機のISが現れた。
「迎えに来たぞ、オータム」
「てめぇ……私を呼び捨てにするんじゃねぇ」
飛来してきた襲撃者はオータムを掴み、そのまま飛来した方向へと離脱していく。
「まち……! ……っ。分かりました」
急遽入って来たプライベート・チャンネルに楯無は追うのを止めた。
だが、敵がいなくなったとはいえ、まだ事態が収束していない。楯無は視線を上空に戻した。
一夏は空に消えたオータムと襲撃者の姿を視線だけで追ってから顔を下方に向け、楯無とエンペラーの姿を捉えると、ゆっくりと二人の元に下りてきた。
「あとは……貴様らか」
言って、冷たい目で以てこちらを見てくる。平常の一夏から考えられない様子に、楯無は身体を緊張させた。
そんな中に一機のISが割り込む。
「はあぁぁぁ―――っ!!!」
簪が折紙を纏って現れる。
「〈絶滅天使〉……なぜ貴様がその天使を持っているのだ?」
ギロリとした視線を鋭くし、一夏が言ってくる。その顔は明らかに敵を見るそれとしか思えなかった。
「一夏! どうしちゃったの! 私たちのことを覚えていないの!?」
簪が叫ぶと、一夏は眉をひそめた。
「一夏……? 私のことか?」
簪の顔をまじまじとお見るようにしながらそう言ってくる。やはり、いつもの一夏ではない。簪のことおろか自分の名前さえも覚えていない様子だった。
「一体……何が……」
と、簪が困惑に顔を歪めているとプライベート・チャンネルにザザッというノイズが走り、次いで誰かの声が響いた。
『簪ちゃん、聞こえている?』
「あの……あなたは?」
『ああ、ごめんね。私はファイ。そのISたちの制作者よ』
「これは一体……」
『反転よ。簡単に言えば天使が堕天使になったと言えばいいかな?』
「織斑くんは……元に戻るのですか?」
『可能よ。今からその方法を教えるわ』
ファイがその『方法』を教える。簪はそれを聞いた瞬間、頬を赤くした。
「それしか……ないのですか?」
『今の現状ではこれしかないわ』
「分かりました……」
「何をごちゃごちゃと言っている」
と、簪とファイの会話を遮るように、一夏が冷たい声を発してくる。
「―――ふん、何だか知らぬが、まあいい。屠れば済む話だ。どうやら先程の女ほどの力はないようだしな」
言って、一夏が再び剣を振ってくる。衝撃波が簪を襲った。
「く……っ!」
なんとか初撃は防いだが、次の瞬間、またも一夏が剣を振り抜いた。手が痺れてまともに動かない簪目掛けて、斬撃が飛んでくる。
「く―――」
「ああああああッ!」
が、その攻撃が簪に当たる寸前で、ライラが大声を発し、不可視の壁を構築した。それが、衝撃から簪を辛うじて守ってくれる。
「ライラさん……!」
「早くしてください! この壁だっていつまで持つかはわからいので!」
簪はライラの顔をちらと見ると、ぐっと深くうなずいた。
「はい!」
〈絶滅天使〉を開放し、一夏を睨め付ける。
「一夏。もう終わりにしよう。みんなが待っているよ」
「……何を言っている?」
一夏が怪訝そうに眉根をよせてくる。簪は細く息を吐くと、一夏に向かって駆け出した。
ライラは簪が行動に移ると同時に、その場でくるりと身体を回転させ、タップダンスのようにカッ、カッ、と地面に靴底を打ち付けた。
「〈破軍歌姫〉―――【輪舞曲】」
すると、ライラを囲うように、地面から数本もの銀筒が出現し、その先端をマイクのようにライラの方に向けた。
否、それだけではない。半壊したアリーナの床の各所にもパイプオルガンの金属管が現れ、一夏に向けてその先端を可変させた。
ライラが身を反らしながら息を大きく吸い―――
「――――――ッ!」
耳の奥に響くような高音の声を、自分の周囲に立った天使の銀筒目掛けて発する。
〈破軍歌姫〉の銀筒はライラの声を幾重にも反響させ、目に見えない手で締め付けるように一夏を拘束した。一夏の両腕が不自然に歪み、ロープで縛られるかのようにぐぐっと身体に密着する。
「む―――なんだ、これは」
一夏が不快そうに顔を歪め、拘束を剥がそうと腕に力を入れる。そのたび、ライラの声が苦しそうに上擦った。
「―――鬱陶しいぞ」
言って大きく息を吸い、身体を軽く前傾させ、音の拘束を引きちぎるようにめりめりと両腕を開いていく。
そして、〈破軍歌姫〉の銀筒がガシャンと言う音を立てて倒れ、一夏は拘束を引き千切った。
「ふん、小賢しい真似を」
一夏が鼻を鳴らし、床を蹴って再び空へと舞い上がると〈暴虐公〉を天高く振り上げる。
「よかろう―――ならば一撃にて塵も残さず粉砕してくれる!」
すると虚空に不思議な波紋が現れ、そこから、一夏の身の丈の倍はあるだろうかという巨大な玉座が姿を現した。
そしてその玉座が空中でバラバラに分解し、一夏の掲げた剣にまとわりつく。
玉座の破片と同化するたびに、黒い粒子を撒き散らしながら、巨大な剣は、さらに長大な、禍々しい姿へと変貌を遂げていった。
そして、最後の破片が剣に同化し―――
その切っ先が、太陽を裂くように天を突く。
「―――我が【
一夏が吠えるように宣言とともに。
〈暴虐公〉は、その真の姿を現した。
「あれは……!」
それを見て、簪が目を見開いた。
一夏が、剣の柄をさらに強く握りしめる。するとその巨大な刀身に辺りの空間から黒い光の粒子が収束していった。
「去ね、人間……ッ!」
恐らく今の状態で、一夏に近づいた途端に全身が吹き飛ばされてしまうかもしれない。
だが、簪はそれでも足を止めなかった。ゆっくりと、だが確実に、一夏に近づいていく。
「―――一夏」
「……ッ!」
簪が名を叫ぶと、一夏が怯えるように肩を揺らした。
だが、一夏はそれを振り払うようにかぶりを振ると、絶叫じみた声を上げて巨大な剣を振り下ろした。
「〈暴虐公〉―――【終焉の剣】!!」
瞬間。簪の視界が、闇に染まった。