「これは・・・・・・」
楯無が声を発すると、中央のエンペラーが両腕を広げながらくっとあごを上げた。
「うふふ、ふふ。いかがして?美しいでしょう?これはわたくしの過去。わたくしの経歴。様々な時間軸のわたくしの姿たちですわ」
「なーーー」
「うふふーーーとはいえあくまでこの『わたくしたちの』は、わたくしの写し身、再現体に過ぎませんわ。わたくしほどの力は持っておりませんので、ご安心くださいまし」
ねェ、とエンペラーが続ける。
「それでは、始めましょうーーー
学年別トーナメントの時に現れた時計がエンペラーの影から出現する。
「さあーーー」
エンペラーが、くるりと回る。
「終わりに、いたしましょう」
「・・・・・・ッ、舐めんじゃーーーないわ!!」
叫んだのは、楯無だった。
「うふふ、ふふ。あなたにそれはできますかしら?」
言って、エンペラーが左手の短銃を掲げる。
「〈
すると文字盤の『Ⅰ』の部分から影が染み出し、エンペラーの握る短銃に吸い込まれていった。
そしてその銃口を自分の顎に当てーーー引き金を引く。
瞬間。
「が・・・・・・ッ!?」
その場からエンペラーの姿が掻き消え、それと同時に、楯無が横に吹き飛ばされた。
「あッはははははは!見・え・ま・せんでしたかしらァ?」
「っーーー」
楯無は空中で方向を転換すると、虚空を蹴るようにしてエンペラーに猛進した。
だがエンペラーの身体がまたも霞のように消え去ると、次の瞬間には楯無の後方に出現して、その背中に踵を振り下ろす。
「く・・・・・・!」
しかし楯無がキッと視線を鋭くすると同時に、一瞬エンペラーの動きが鈍くなった。
楯無がエンペラーの腹部を両断するように、
だがエンペラーは寸前のところで身をかわすと、くるくると回りながら給水塔の上に着地した。
「ふふッ、さすがですわ!もう
「確かに・・・面白い能力だけど、私の水のナノマシンとは相性が悪いんじゃない?」
「ああ、ああ、そうでしたわねぇ。じゃあーーー」
再び、エンペラーが目にも留まらぬスピードで楯無に向かっていく。
「〈
と、その途中、文字盤の『Ⅶ』から染み出した影が、エンペラーの歩兵銃に吸い込まれていった。
そして即座にその銃口を楯無に向け、放つ。
「無駄よ・・・・・・ッ!」
ハイパーセンサーがその程度の銃弾が避けられるわけがない。
だがーーー
「馬鹿な・・・・・・?」
千冬は呆然と声を発した。
ーーー楯無の身体が、空中に飛び立った状態で、完全に停止していたのである。
「更識・・・っ!」
千冬が呼びかけるも、楯無は動かない。
反応を示すこともない。
まるで、その場で楯無の
「あァ、はァ」
エンペラーが笑い、楯無の身体に何発もの銃弾を放っていく。
エンペラーが握っているのはどちらも、単発式の古式銃である。
しかし一発銃を撃つたびに、エンペラーの足下から影が滲み出、弾となって銃口に装填されていったのだ。
そして数秒のあと、エンペラーが地面に降り立つ。
それと同時に、
「がーーーぁ・・・ッ!?」
絶対防御をすり抜け、その身に幾発もの弾丸を受けた楯無が、全身から血を流して地面に落ちていった。
「きひひひひひひ、あらあら、どうかしましたのォ?」
「なーーー、今の、は・・・」
「更識!」
千冬は叫ぶと、地面に膝を突いた楯無に駆け寄った。
「織斑ーーー先生、危険です。離れててください・・・」
「馬鹿、何を言う!」
だが、〈
その隙に、無数のエンペラーたちが群がってくる。
「離せーーー!!」
千冬は声を上げる。
だが、どうしようにもなかった。
専用機持ちは救出を試みるがーーー数に差がありすぎた。
後方から、左右から取り囲まれて攻撃を加えられ、その場に取り押さえられてしまう。
そうなったなら、もう千冬に為す術はなかった。
両手をそれぞれエンペラーに取られ、その場に押さえつけられる。
時間にして、5分にも満たない出来事だった。
しかし、それも当然だ。
相手は
雄一対抗できるであろうロシア代表の楯無が、天使によって無力化された瞬間、勝敗は決していたのだ。
「ぐ・・・」
両腕を取られ、地面に押さえつけながら、千冬はなんとか言葉を発した。
「ーーー」
近くには専用機持ちも千冬と同じように取り押さえられている。
千冬の位置からだと、楯無の姿だけしかが確認できない。
空から屋上に落ちてきたのはわかったが、夥しい数のエンペラーの姿によって、視界が遮られていたのだ。
「うふふ、ふふ」
そんな中、悠然と微笑みながら、銃を握ったエンペラーが千冬の方に近づいてきた。
「ああ、ああ、悔しいでしょうね。大事な生徒がこんなにもボロボロにされていくのですから」
「や・・・っ、やめなさいエンペラー!織斑先生に近づくな!」
専用機持ちがもがくが、エンペラーたちの拘束から逃れることはできなかった。
エンペラーはくすくすと笑うと、千冬の目の前で足を止めた。
と、そこでエンペラーは何かを思いついたのか眉をぴくりと動かした。
「ふふーーーそうですわ」
言って、左手に銃を預け、右手を頭上に掲げる。
すると、ビリビリと空気が震えだした。
「エンペラー、おまえ何をーーー」
「うふふ、ふふ。あなたには絶望を差し上げることにしましたわーーーこのまま行けば、わたくしとあなた以外みんな死んでしまいますわねえ」
「や、やめろ・・・ッ!」
エンペラーが笑い、右手を握る。
すると、周囲に耳障りな高音が響き始めた。
「ふふ、ひひひ、ひひひひひひッ!さあ!あなたに、絶望を刻み込んで差し上げますわ!」
「やめろーーー!」
エンペラーはそんな千冬の懇願を無視し、右手を振り下ろした。
エンペラーがーーー笑う。
けらけら、けらけらと。
「あーーーッははははははははははははははははははははははははーーーっ!!」
瞬間、IS学園の周囲の空から凄まじい音が響きーーー地震のように空気が震えた。
だが。
「あーーーはぁ・・・・・・?」
数秒のあと、その笑い声は疑問符によって上書きされた。
エンペラーが、怪訝そうに辺りを見回す。
それはそうだろう。
確かに空がずれるかのような、耳障りな音が響いた。
近くで爆弾でも爆発したかのように、空気が震えた。
「これは・・・どういうことですの・・・?」
エンペラーが不審そうに眉を歪める。
すると、
「ちょっとやり過ぎよ・・・〈ナイトメア〉」
上空から、凛とした声音が響いてきた。
「ーーーっ、お、お母様」
エンペラーが頬をぴくりと動かし、右手に銃を握り直して顔を上に向ける。
そして千冬も顔を上げーーー目を見開いた。
空が、赤い。
最初の感想はそれだった。
屋上の上。
千冬やエンペラーたちの頭上に、一人の女性の姿があった。
白い白衣を着た女性。
赤よりさらに濃い紅の髪が風でなびく。
だが、千冬がその女性に目を奪われた理由は、それだけではなかった。
呆然と、口を開く。
「紅、葉・・・?」
そう。
騎士シリーズの開発者でISの生みの親である。
そこにいたのはーーー炎龍寺 紅葉だった。
「システムログイン。ID『※※※※※※』」
ファイは何かを唱えると、周りにパラメーターなどが表示される。
「システムコマンド。プロジェクトID『赤騎士』を
そして、ファイは光に包まれ、そこに現れたのは赤騎士を纏ったファイだった。
「ーーー焦がせ、〈
それは、あの赤騎士の天使である戦斧だった。
「さあーーー悪い子にはお仕置きをしなきゃね。ナイトメア」