「……」
「そんな涙目で睨むなよ」
巡が泣きそうだ。そしてメッチャ睨んでくる。
「……サジ、もうちょっとまともに戦えないのですか?なんだか消化不良の戦いでしたけど?」
「どんな形であれ勝ちは勝ちです」
「いえ、まぁ、そうですが……」
ソーナは何とも言えない表情だ。
「元士郎君、あれはちょっと……」
「元ちゃんも男の子なんだねー」
有効手段がどうであれ勝ちだ。それ以外の何物でもない。
「気を取り直して次行きましょう。翼紗」
「ふふ、元士郎。次は私が相手になるわ」
次は由良か。正直一番よくわからない奴だ。
『戦車』だったか。『騎士』の事を考えると大体予想がつくな。
「そう警戒しなくても、巴柄と違って手加減くらいできるわ。まぁ二人と違って私には勝てないだろうけど?」
「さっき同じようなこと言った奴がいたな。あんな風に無様に負けなければいいな?」
「そうならないよう頑張るわ」
軽く挑発したが流された。
どうやら煽っても無駄みたいだ。確かに二人と違う。
自分のペースを持っていて、それを保てる奴だ。
一番やりずらいのが残ってやがった。
「元士郎、いつでもいいわよ?どこからでもかかってきなさい」
「そんじゃ、失礼!!」
巡と同じように足にラインを飛ばす。
躱そうともしないなんて余裕があるな。
上等だ、それだけ勝つ自信があるってことかよ。
顔面めがけて拳を振るう。さぁどうする?避けるか?避ければラインでバランスを崩せる。
でも避けなければ顔にあたるぞ?
しかし予想が裏切られることになる。
「あら、顔を狙ってくるなんて容赦ないわね?」
一歩も動かず受け止められた。
全然動かねぇ!?突っ立ってるだけなのに岩を押しているみたいだ。
「『戦車』の特性は単純よ。圧倒的な力。防御としても攻撃としても、ね?」
蹴りがくる!?それこそラインの餌食だ!!
ラインを引っ張る、が動かない。
「え!?ちょ!?ぐあ!!」
動かないことに動揺して蹴りをうけてしまう。
痛い。二人の比じゃないぞ!?
「言ったでしょ?単純な力だって。元士郎の力じゃ引っ張っても動かせないわよ?」
しかたない。次の手だ。まさか三回も使うとは思わなかったが、仕方ない。
「由良は青か?さっきの二人もそうだったけど、カラフルだな?」
さぁどうだ!?二人が撃沈した切り札だ!
「かわいいでしょ?お気に入りなの」
笑ってスルーされた!?
「だから言ったでしょ?二人とは違うの。別に減るものじゃないし、もっと見てもいいのよ?」
スカートの裾をもって持ち上げる。
「なるほど。やっぱり見たくて見てるわけじゃないわね。本当に興味ないの?一般的な男子生徒なら鼻の下を伸ばすハズだけど?」
それとも、そっちが趣味?とまで聞いてくる。
ヤバい、ペースの主導権が握られている・・・!?
「興味なくはないさ。一般の奴らと比べて色々冷めているのは否定しないがな!!」
もう正攻法で行くしかない。ペースを握られ、力も上。こんなの初めてだよ!チクショウ!
腹めがけて蹴りを放つが、これも受け止められる。
・・・なんでコイツ人のふくらはぎ揉んでるの?
「なかなかいい蹴りね。筋肉のつきもいい感じで私好みだわ」
ゾワッ
凄まじい悪寒が走り距離をとる。頭の中で警鐘が鳴り響く。
ヤバいヤバいヤバい!?コイツなんか他の奴らと違って、色んな意味でヤバい!?
女子だからって加減してると襲われる!?マジで襲われる!?
「来ないの?そろそろコッチから行かせてもらうわよ!」
さっきの二人と比べると速さはない!
今度は鳩尾めがけて拳を振るう。
「カハッ!?」
どうだ!?息ができないだろ?
「・・・いいパンチね。的確に鳩尾を狙うなんて素人には無理よ?武術をやってないなら喧嘩か何かで鍛えたのかしら?それならこの容赦のなさも理解できるし」
嘘だろ!?なんなのコイツ!?しかもなんで分かったの!?
「会長無理です!!!降参するから助けて!!!!」
時には引き際も大切だ。これ以上やると俺の心が死ぬ。
「翼紗、冗談はそれほどにしておきなさい。珍しくサジが怖がってるから」
「もうちょっと楽しみたかったんですが、仕方ないですね」
……冗談?
「ごめんなさい元士郎。ちょっとお遊びがすぎたわ」
舌をチロリと出し笑う由良。
「勘弁してくれ……」
「あなたがそこまで取り乱すなんて思わなかったから、面白くてついね?でも安心した。貴方もそんな表情ができたのね」
「……は?」
「あんまり感情を表情に出さないみたいだったから心配してたの」
「そう?」
周りを見ると全員うなずいている。
確かに感情が冷めているとは思っていたけどそれほどとは思わなかった。
「さぁ、サジの意外な一面も見られましたし、話しの続きをしましょう。訓練はもういいから、説明だけ聞いてちょうだい?」
……あれ?
ソーナからの説明をうけようとして近づこうとする足を止める。
おかしい。
自分の感情が冷めきっているのは今日改めて確認できた。
生徒会の面々は皆美人だ。学園には綺麗な人間が多いが、それを踏まえたとしても美人が多いと思う。
そんな美人のスカートの中が見えても何も感じなかったのだから、感情が冷めているのは否定しようのない事実だ。
付き合いたいとか、少しでも話がしたいとか思ったことはかけらもない。
それは生徒会に入っても変わらない。
しかし、ただ一人だけ話してみたいと、お近づきになりたいと思った人物がいる。
匙はソーナを見つめる。
「……サジ?」
なんでこの人だけは違う?この中でもとびっきりの美人だから?
それもあるかも知れない、でも引っかかる。
「サジ、聞いているのですか!?」
――○○聞いているの!?
……え?
「なにをボーッとしているのですか!?」
――なにボーッとしてるのよ!?
ソーナと≪記憶≫の中の人物がダブって見える。
なんで?≪記憶≫と現実がダブって見える事なんて今までなかったのに!?
物心ついた時からある、匙元士郎としてではない、他人の≪記憶≫。
「サジ!!!」
――○○!!!
ああ、そうだこの人は≪記憶≫の中の恋人にそっくりなんだ。
見た目だけじゃない。中身までも。
だから惹かれたんだ。匙元士郎としてではなく○○として。
そっか、そうだよなだって俺の心はとっくの昔に[死んで]いるのだから。
「ははは……。じゃあ俺はなんだよ」
手足の感覚がなくなっていく。
体の震えが止まらない。
寒い、凍え死にそうだ。
「――!?どうかしたのですか!?」
あれ?俺の名前なんだっけ?
自分が誰なのかすら分からなくなっていく。
視界が真っ暗になっていく。
まぁいいか。どうせおれは
空っぽなんだから。