65話を一瞬投稿してた……。
ソーナのご機嫌取りをした翌日、さっそくお菓子を振舞ってくれるとのことで俺はソーナの家を訪れていた。
ソーナの家には眷属全員が集まっており、全員でお菓子を作ってちょっとしたパーティーをすることになったらしい。ただ、皆の顔色がよくなかったのが気がかりではあるが……。
『菓子か……。この前我が分身が食していた饅頭とやらは美味だったな』
「お前もなんだかんだで染まってきてるよなぁ……」
目が覚めて以降色々と出来るようになっているが、そのうちの一つにヴリトラとの『感覚共有』がある。ヴリトラと一部融合した俺の五感を共有できるというものなのだが、実際のところほとんど使い道がない。
ただ味覚も共有できるので、最近のヴリトラはそれが楽しみになっているらしい。俺に直接害があるわけでもないから別にいいけど。
『グラニュー糖の量ってこれぐらいですかね?』
『ちょっと入れ過ぎじゃない?』
『あれ?今入れたの塩なんじゃ……』
『ここで魔法を使って……』
『わぁああ!?なにしてるんですか!?』
不気味な言葉にドッチャンガッチャンとキッチンから騒がしい音がする。
「……まぁ、食えるものが出てくるかは知らないけどな。善意で作ってもらっている限り文句は言えないし、食いもので死ぬことはそうそうないだろう」
何より氷漬けになるよりずっとマシだからな。
――と思っていた数時間前の俺を全力で殴り飛ばしたい。
「元士郎先輩、どうぞ召し上がれ」
凄くやり切った表情で留流子が黒こげになったクッキーを差し出してくる。いや、黒こげというか最早炭の塊だろうか。
「いや、これ黒こ「クッキーです」げ……。るる「食べてください」……はい」
皿の上に載っているクッキーを一つ取り、口の中に放り込む。
ゴリッゴリッとした触感と同時に口の中に広がる苦さと塩辛さ。そうか、間違えて塩を大量にぶち込んだのはお前か……。
『(こ、コレはクッキーとやらなのか?以前我が分身が貰っていたものとはだいぶ違いようだが……)』
ヴリトラもあまりに想像を超えたものが来てしまい、速攻で味覚の共有を切ってしまったらしい。
「あの……どうですか?初めて作ったんですけど……」
「は、初めてにしてはまぁまぁじゃないか?」
不安そうな表情の留流子を傷つけないように言葉を選ぶ。炭の塊に見えるが、クッキーだと思わなければ何とか食えるし、不味いなんて口が裂けても言えない。
「つ、次は頑張りますから!!」
どうやら昨日の子に対抗意識を燃やしているらしく、頑張って作ってくれたらしい。そういうところは可愛らしいが、塩を間違えて入れるのは勘弁してほしい。
「じゃあ次は私かな?」
留流子と入れ替わるように桃がシュークリームを持ってくる。見た目は普通……いや、寧ろ良くできている。これは期待ができるかもしれない。
シュークリームを手に取り、パクリと一口。
『「ッ!?」』
メチャクチャ甘い!?しかも舌が砂糖か何かでザラザラする!?
『(むぅ、今度は逆に甘すぎるな。舌に残る感触も不愉快だ……)』
俺も不意打ちでビックリした。見た目が普通だったから油断してた……。
「あ、甘いな……」
「……?シュークリームって甘いものでしょ?もしかして甘いの苦手だった?」
「ああ、いや……」
もしかしてこれが普通なのか?俺がおかしいだけなのか?
……まぁ、いいか。これも食えなくはないし、さっきのクッキーと交互に食べれば大丈夫だ。
「私もできたよー。はい、どうぞー」
緩い雰囲気とともに今度は桃と憐耶が入れ替わる。
パウンドケーキか?
さっきのシュークリームと同じで見た目は普通に見えるが……。
「……いただきます」
やや警戒しながらパウンドケーキを口に入れる。
『「~~~~~~~ッ!?」』
辛い!?
何で!?ケーキだろ!?
ほのかにリンゴの風味はするが、それを打ち消す辛さだ。
「ゲホッ……憐耶、なんだこれは?」
「え?アップルジンジャーケーキ」
アップル、ジンジャー……生姜か!?
「いやーこの前生姜の量が少なくて失敗しちゃったから、今回は思い切って倍入れてみました!!」
そりゃどう考えても辛いだろ!!
桃の時も思ったが、味見してくれよ……。
「きつそうね、元士郎?」
「……翼紗か」
差し出されるのはスコーン。
見た目は綺麗だが、もう騙されないぞ。絶対何かある筈だ。
「……」
「そんな終わった目で見ないでよ。毒なんて入れてないし、ちゃんと作ってきたんだから。……食べないならねじ込むわよ?」
「ムゴッ!?」
口の中に強引にスコーンが入れられる。そして仕方なくそれを咀嚼して飲み込む。
「……うまい」
「でしょ?」
い、意外すぎる……。
一番女子力から遠そうな奴なのに……。
『ほう、これはなかなか……』
前の三つがぶっ飛び過ぎていたせいか、翼の作ったものがうまく感じる。
「失礼ね。料理なんてちゃんとレシピ通りに作ればそんなに失敗なんてしないんだから」
……世の中誰が、何を出来るか出来ないか分かんないもんだな。
「人を見かけで判断するものではないですよ?」
「まぁ、翼紗に関しては分からなくもないけどね」
椿姫先輩と巴柄が作ったものを持ってきてくれる。団子だったり、どら焼きだったり和菓子が色々と乗っている。
「……会長が作り終わる前に作れてよかったわ」
「……ええ、本当に。皆は既に退避したみたいですね」
「退避?そういえば皆が居ないような……あ、コレもうまい」
『うむ、これもなかなか……』
椿姫先輩が作れるのは特になんとも思わないが、巴柄が作れるのは意外だな。やっぱり人は見かけによらないな。自称乙女は伊達じゃない。
「元ちゃん、今凄く失礼なことを考えてる気がする……!!」
「サジ、そろそろ会長も出来上がるでしょうから、『二人っきり』で楽しんでくださいね?いいですね?私たちを呼ばないでくださいね?」
椿姫先輩がもの凄い形相で念押ししてくる。
「は、はぁ……?」
最後の二人が部屋を出ていく。
一人っきりになった途端、昨日の翼紗と巴柄の言葉を思い出す。
『ああ、元士郎。貴方はなんてことを……』
『そうだった、アンタは知らないんだった……』
アレは何かに怯えた表情だった。そして先ほどの退避という言葉。人は見かけによらない。それぞれのピースがとある仮定を生み出す。
――もしかして、ソーナは壊滅的にお菓子作りが下手なのでは?
いやいや、『好きこそ物の上手なれ』ということわざがあるんだ。本当にお菓子作りは好きなんだろうし、そんなに下手くそである筈がない。
「あれ?元士郎だけですか?」
二人の作ってくれたお菓子に舌鼓をうっていうと、ソーナが近づいてくる。
……とてつもない異臭とともに。
俺の頭の中で警鐘が鳴り響く。見るまでもない。
――アレは危険だ!!
「皆の分も作っていたのに、仕方ないですね」
コトンと作ってきてくれた物が乗っている皿を置く。その皿の上には真っ黒な物体。焦げてるとか、炭の塊とか、そんなレベルじゃない。
――何この
「ソーナ、一応聞くんだけど……ナニコレ?」
「チーズケーキですけど?」
チーズケーキ!?これが!?
つうかお菓子ってこんなに異臭がするものなの!?
「二人っきりなのは丁度良かったのかもしれませんね。元士郎……あーん」
ソーナが
そして真実を悟ってしまった。
――スケープゴートにされた!?
「あ、あーん」
しかし、俺にこれを食べないという選択肢はない。そもそも今日は俺がソーナのお菓子を食べたいと言った事が発端だ。どんなものであれ食わざるをえない。
フォークに突き刺さった
「~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」
な、なんだコレは!?
甘い?辛い?苦い?酸っぱい?渋い?
普通に生きていれば一生同時に味わうことができないほどの味が口いっぱいに広がる。
不味い、不味いんだけど、俺はこの不味さを100%表現する言葉を知らない。それほど想像を超えた不味さだ。
「どうですか?」
「む……ご……」
言え!!言うんだ!!不味いって!!
情けは人の為ならずって言うじゃないか。これは伝えるべきだ。
「……お、おいしい……です……」
俺には無理だ……。真実を伝えることなんか出来ない。もし本人が自覚したらどれだけ悲しむのだろうか。悲しそうな顔をしたソーナはもう二度と見たくない。これを食べることでソーナが喜んでくれるのなら、俺は――
「もがっ!!」
「げ、元士郎!?そんなにがっつかなくても……」
――俺はソーナの作ったケーキを、意識を失いかけながらも全て完食した。その翌日、原因不明の腹痛と熱に悩まされたのはこれが原因でないと信じたい。
ということでお菓子の可笑しなお話は終了です。
明日更新の話も外伝的な前後編のお話ですが、匙君が久しぶりに活躍する(たぶん後編)真面目な話です。