頑張って更新速度を上げていきたいと思います。
アザゼル先生と兵藤との大喧嘩から数日が経ったある日、俺は新たな問題に直面していた。
というのも、現在俺は椿姫先輩を除いた全員に正座させられ取り囲まれているからである。
『……』
理由は机の上にある可愛らしくラッピングされた小袋。中からは美味そうな匂いがしている。
「……元士郎、コレは何ですか?」
目を吊り上げ、頬をピクピクとさせているソーナの視線がその小袋に注がれる。
「クッキーですね」
「そういう事を聞いているんじゃないですよ!!」
「ヒッ!?」
バンッと机が叩かれ、あまりの勢いに机が壊れてしまう。それだけでもソーナの立腹具合がよくわかる。すっかり前回と立場が逆転してしまった。
「質問を変えましょう。いつ、誰から受け取ったのですか?」
「そ、それは――」
◇
時は遡ること一時間ほど前。
授業を終えて、いつものごとく生徒会室に行く途中だった。
「あ、あの!!匙先輩!!」
「……うん?」
いきなり声を掛けられ、その足を止めて振り返ると小柄の女子生徒がいた。俺のことを先輩と呼んだのだから後輩なのだろうが、見覚えがない女子生徒だ。そもそも後輩で関わりがあるのは留流子に塔城、ギャスパーくらいなものだ。
「えっと……誰?」
「一年生の立花です!!」
うん、やっぱり知らないな。
「で、俺に何か用?」
「はい!!あの……お、お怪我の方は丈夫ですか?」
俺の見た目に関しては表面上『事故に遭って大怪我をした』ということになっている。学園内に事故に遭った生徒がるから気を付けるようにと教師陣から注意されているし、それが俺ということも知れ渡っている。
当然そうなるように色々と根回しをしたわけだが、お蔭で不愉快な視線は殆どなくなった。まだ残ってはいるが、そういう輩は大体俺の生徒会としての活動に文句のある奴等だけだので睨むだけで済む。
「ああ、日常生活には支障はないかな」
「良かったぁ。……そ、それでですね、コレさっき家庭科の授業で焼いたので良かったら食べてください!!」
顔を赤らめ、モジモジしながら差し出されたのはいい匂いのする小袋。焼いたといっていたし、クッキーか何かだろうか。
しかし、何だかとてつもなく嫌な予感がする。クッキーに毒でも入っているのか?いやいや、一般生徒がそんな手の込んだことをする筈がない。だが、このクッキーが原因で何か起こるのは間違いない。
受け取るのを戸惑っている俺を見て、目の前の少女が涙目になる。
「……迷惑でしたか?」
「あ、いや……ちょっとビックリしただけだから。後で食べさせてもらうよ」
折角作ってくれたのに受け取らないのは失礼だ。既に断るという選択肢が俺にはなかった。大人しく受け取ると、表情を明るくして帰って行った。
「……やれやれ、参ったな」
俺はそこまで鈍感じゃない。少なくとも、俺に好意があるぐらいは理解できる。理解はできるが、今までこんな事が無かったから戸惑いが隠せない。
『(龍は人を引き付ける。それは力の強い龍ほど顕著になるが、もしかすると我と同化した影響が其方にも出ているのかもしれんな)』
「人だけならいいけど、間違いなく厄介ごとも引き寄せている気がするな」
『それは否定しない。引き寄せるのは良いものばかりではないからな』
そして、俺は再び生徒会室へと向かって行った。
◇
「――ということでして」
一年生と聞いて留流子の雰囲気が一変する。いつもニコニコしている彼女からは想像もできないほど冷たい表情になっている。いや、留流子だけじゃない。皆の表情が冷めて行っているのが分かる。
「ふーん。で、その立花ってどんな子なの?」
「凄く綺麗な子で男子からも評判がいい子です。まさか匙先輩を狙っていたなんて……」
不機嫌そうに聞く巴柄に暗い目をしながら答える。今すぐにでも武力行使を行いそうな雰囲気だ。そんな中で翼紗が正座している俺の頭をつかみ、持ち上げる。
「いででででででッ!?」
「ねぇ、元士郎。貴方、自分の立場分かってるの?」
「元ちゃん、会長や私たちの誰かならともかく他の女の子からって……喧嘩売ってるの?」
「私も流石に今回は笑えないかなー」
桃や憐耶は持ち上げられている俺の頬やら耳やらを抓ってくる。頭が割れるほどの力で掴まれているが、こちらも地味に痛い。
「サジ、少しは自覚してください。貴方の軽率な行動一つが私の平穏をぶち壊すんですから」
壊れた机を片付けながら溜息をつく椿姫先輩。
いやいや、確かに今回の事は多少俺が悪かったとは思う。ソーナや皆の存在が居ながらも他の女性から物を貰ったことは悪いと思っている。しかしこれは少々やり過ぎではなかろうか。
ヒンヤリとした空気が俺の体を包み込んでいく。その事に気が付いたときには既に手遅れだった。
「そ、ソーナ?」
「……貴方は少し頭を冷やした方がいいのですかね。いえ、いっそ一回氷漬けにしましょうか。大丈夫ですよ、この程度じゃ死にはしませんから」
ピシピシと音をたてて足元から凍り付いていく。
……ヤバい。これは本気だ。
「待って!?これはやり過ぎじゃないのか!?それに魔力まで使って……他の誰かが来たらどうするつもりだ!?」
「憐耶が人払いの結界を張ってくれているから問題ありません」
相変わらずこういう時の仕事は早いな、チクショウ!!
氷は俺の腰のあたりまで来ている。早く何とかしなければ氷像にされてしまう。
黒炎で溶かすか?
いや、目が覚めてから出力が上がったせいで精密なコントロールが出来ていない状態だ。今使うと周りに被害が及ぶ可能性がある。
椿姫先輩も少し離れたところで散らかった部屋の掃除をしている。助けは望めないだろう。
残された手段は目の前の彼女たちを説得することだが、一体どうすればいいのだろうか。取りあえずソーナを止めれば氷像になることは免れることができる。やはり彼女を何とかしなければ……。
最悪、話題をそらすことが出来ればいい。いきなり突拍子のないことを言っても意味がないし、ある程度ご機嫌も取らなければならない。
考えろ、俺。怒りの原因は女子生徒からもらった『クッキー』だ。それに関する話題をふればいい。クッキー……お菓子……そうだ『お菓子』だ!!
「……そ、ソーナの作ったお菓子が食べたいなぁ」
「……」
前髪で目元はよく見えないが、一瞬ピクリと反応した。氷の浸食も止まったし、あと一押しだ。
「確かお菓子作りが趣味だったよな。俺、ソーナの作ってくれたお菓子を一度も食べたことはないし、付き合っている女性がお菓子を作ってくれるっていうのはやっぱり男として嬉しいよな」
カチカチと歯が鳴る中、何とか笑顔をつくる。自分で言っておきながら吐き気がするほど気持ち悪いセリフだが、背に腹は代えられない。
「そんなに私の作ったお菓子を食べたいですか?」
必死に首を縦に振って肯定の意を示す。
自分の作ったお菓子が食べたいと言われれば悪い気はしないだろう。事実、ソーナの機嫌がよくなってきている。
「し、仕方ないですね。そんなに食べたいというのなら作ってあげない訳にはいきませんね。反省もしているようだし、今回の件は許してあげます」
若干頬を赤らめながらそう言うと、俺にまとわりついていた氷が解除される。
「……はぁ、助かった。……うん?」
氷像になるのを免れたことにホッとしていると、ソーナ以外の人物の顔が真っ青になっていることに気が付いた。
「ああ、元士郎。貴方はなんてことを……」
「そうだった、アンタは知らないんだった……」
翼紗と巴柄が頭を抱えている。
――俺は知らなかった。まさか助かりたいがために捻り出した言葉があんな事態を起こすなんてこの時の俺は知る由もなかった。
前編とついている通り、次回は後編。つまり匙君が死にます(笑)
やっぱりソーナとくっついたならこの話は欠かせないかな、と思いまして。
ハーレムで嫉妬とか使い古された上にお約束な流れですが、使うのは今回だけのつもりなので許してください……。