目を覚ました翌日、退院することが許されない俺はベッドに腰掛けながら一人の男性と対面していた。
「リアス達とのレーティングゲーム以来かな。久しぶりだね、匙君」
「……はい」
紅の髪をした男性、四大魔王の一人であるサーゼクス・ルシファー様が懐かしそうに話してくる。
「さて、今回は色々と暴れ回ったみたいだけど、自分のしたことは理解しているのかな?」
「勿論です。どんな罰も甘んじて受けさせていただきます」
当然話の内容は俺が引き起こした暴走事件の事だ。ルシファー様が来たのはその処遇を伝えるためらしい。身構える俺にルシファー様は優しく微笑む。
「……ふふ、そんなに気構えなくていいよ」
「いえ、でも……」
「今回の事件で一番問題なのはリアスの眷属を襲ったことであって他は特に罪に問われるような事じゃないからね。堕天使の件はアザゼルに反抗的な者だったから黙認してくれるそうだし、はぐれ悪魔は言わずもがな。深夜だったから周辺を燃やしたのは火事で収まった。リアスの方も死者は出なかったからと今回の件は水に流してくれるそうだよ」
皆に気づかれないように襲っても大丈夫そうな奴らを選んでいたことが思わぬ結果になった。なにより有り難いのが、リアス先輩が今回の事を水に流してくれることだ。もっと罪に問われるのかと思った。
「今回の事件を知っているのは我々四大魔王と、アザゼル、リアスとソーナに両名の眷属悪魔のみ。幸いにも『身内』で起きた事件だからね。内々に処理することが出来た。今回、君が最も反省しなければならないのは暴れ回った事じゃなくてソーナや仲間を心配させたことだ。分かっているね?」
「……はい」
「なら良い。十分反省しているようだし、今回の事は御咎めなし――」
「えッ!?」
「――とはいかないな。流石に何の罰もないとケジメがつかないし、君も納得しないだろう?」
……ああ、ですよね。
そう言うとルシファー様は懐から『中級悪魔推薦状』と書かれた紙を取り出して俺に見せる。
「あの……これは?」
「君が中級悪魔になるための推薦状だよ。君への罰はこの推薦状の取り消しと、しばらく中級悪魔になる権利そのものを剥奪することだ」
ルシファー様は『中級悪魔推薦状』と書かれた紙を真ん中から破き、クシャクシャに丸めてゴミ箱に放り投げる。
こんなのが罰?
強くなりたいとは思っていたが、中級悪魔や上級悪魔を目指そうと言う意欲があまりなかったから、こんなものが罰になるのかが理解できない。一体何年かかるのかは知らないけど、時間さえ経てば問題ないのに。
「あの……こんな事で良いんですか?」
「今回の罰としては十分だろう。君がどう思っているのかは知らないけれど、推薦状を取り消されるのは結構不名誉な事だからね」
そういう事らしい。まぁこれぐらいで許してもらえるのなら安い物だ。
「基本的にリアスとソーナの間で話は済んでいたからね。そもそも、私がここに来る必要はなかったんだけど、休みついでに今の君と話しておきたかったんだ。……あまりにも反省が見られなかったらこの場で裁こうと思ったが、杞憂に終わって何よりだ」
「は、はは……」
一瞬目がマジだった。
この人もセラフォルー様と同じくらいにシスコンなのは周知の事実だ。やっぱりリアス先輩に直接は手を出していないとはいえ、その眷属を襲撃したのは不味かったか……。全然気にしていないように見えたけど内心やっぱり怒っていたのかな。
「私はこれで失礼しよう。まぁ、後は当人同士で話し合ってくれたまえ」
ルシファー様はそう言って立ち上がってこの部屋を出ていき、それと同時にリアス先輩とその眷属が入ってくる。
「目が覚めたようね、匙君。『無事』で良かったわ」
普通に考えると無事に目が覚めて良かったと受け取れるのだが、さっきのルシファー様の目を見るととてもそうだとは思えない。一体その無事で良かったはどういった意味を含んでいるんですかね。もしかして俺は今まで命の危機にさらされていたのか?
「この度は色々とご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした」
「……ま、ソーナからも散々謝られたし、反省もしているようだから今回は許してあげる」
リアス先輩の許してくれるという言葉にホッとする。水に流してくれるとは聞いていたものの、当人から直接許してもらわないと気にしてしまう。
「――もちろんタダでとはいかないけどね」
……はい?
「え、あの……水に流してくれるんじゃ……?」
「勿論よ。でも、私のかわいい下僕を傷つけたんだもの。それ相応の対価が欲しいわ。それにあなたが残した傷跡は結構大きいのよ?見なさい、この三人を……」
リアス先輩が顔を向けた先に居たのは、俺が襲撃したゼノヴィア、木場、ロスヴァイセさんの三人。三人とも暗い表情で何やらブツブツと呟いている。
「ふ、ふふふ……所詮私は脳筋騎士……どうせパワー馬鹿だよ、私は……」
「スピードだけが取り柄……でも僕にゼノヴィア程の力は……いや、匙君にテクニックのみというのも……」
「防御力が足らない……『戦車』の特性を生かすためには……やはり一から学び直すほかには方法が……」
三人とも何やら考え込んでいる様子だ。ゼノヴィアにいたっては目が虚ろだ。
「貴方が三人を簡単に負かしたせいでずっとこうなのよ」
「……それは申し訳ないと思いますけど、俺にどうしろと?」
「大した事じゃないわ。今回の事を水に流す対価として、私たちのお願いを一回だけ叶えてもらうわ。ちなみにソーナの許可は得ているから安心してね。大丈夫よ、そんなに無理なお願いなんかしないから。どうしても嫌なら言ってちょうだい」
そうは言っているが、許してもらう側の俺に殆ど拒否権なんか存在しないだろうに……。
「まずは、そうね。一番被害を受けた三人からにしましょうか。ゼノヴィアは何かある?」
「……私か?私は良いよ。所詮『脳筋』の私に叶えて欲しい事なんかないからね」
脳筋という言葉を強めて断るゼノヴィア。
悪い、お前がそこまで脳筋と言われた事を気にするとは思ってなかったんだ。
「じゃ、じゃあゼノヴィアはキープという事で。裕斗は?」
「僕……ですか?なら僕は『龍殺しの剣』を創造するための訓練に付き合ってもらおうかな。イッセー君だけよりも匙君もいた方が何かつかめるかもしれない」
今サラリと笑顔でとんでもない事を言いやがった!?なんて恐ろしい物を創ろうとしているんだ……。
「ロスヴァイセはどう?何かあるかしら?」
「……私も特にないですね。まぁ散々言ってくれましたし、何もしないと言うのも気が収まらないので、私はこの一発で許してあげます」
「痛ッ!?」
ロスヴァイセさんの拳が俺の頭に落ちてくる。しかも魔力で若干強化した拳で。防御力皆無の『戦車』と罵ったが、意外とロスヴァイセさんも気にしていたのかもしれない。
「これで三人は言ったわね。私は……チェスの相手でもしてもらおうかしら。どこかの誰かさんがアレコレ吹き込んだおかげで最近ソーナの相手にならないのよ……」
それは無理でしょうね。
リアス先輩も弱くはないのだろうが今のソーナの相手をするには力不足だ。というか今のあの人の相手が務まる奴なんて世界中探し回っても簡単には見つからないだろう。
「私はキープでお願いしますわ。コレはもっと面白い事に使わないと」
「わ、私も特には……」
「僕もないですぅ……」
嫌な笑みを浮かべる姫島先輩と、本当に何もなさそうなアーシアとギャスパーの三人。二人は良いが、姫島先輩が一体何をお願いしてくるのかが分からなくて凄く恐ろしい。
「小猫は?」
「……『雲母』のクリームあんみつ、一か月で」
俺に拒否権がほとんどない事をいいことに地味にキツイ要求をしてくる塔城。『雲母』というのは駒王学園近くにある甘味所の名前だ。別に奢るのは構わない。木場の訓練よりもずっと楽だ。楽なんだけど……あの店、結構高いんだよなぁ。
「最後はイッセーね」
……さて、最後に兵藤が残ったが、一体何を要求してくるのやら。
「待ってました!!くくく、とうとうこの日が来たぜ!!匙、俺はお前に覗きの邪魔をしない事を要求する!!」
『……』
俺含めこの場に居る全員の冷たい視線が兵藤に向けられる。そして、今まで黙って要求を受け入れてきた俺の口が開く。
「拒否権を行使します」
「認めるわ。イッセー、他の事を考えなさい」
「ええッ!?」
当然だ。そんな要求、生徒会として受け入れられるか。本当にこのスケベ根性だけは治らないな。以前ほどじゃないが、やっぱりコイツのこういった所を見ているとイライラする。
「うーん、えーっと……あ、そうだ!!」
しばらく悩んで、何か思いついたらしく兵藤が右手を差し出してくる。
「……?」
「握手だよ、あーくーしゅ!!あの時お前が倒れちゃったからまだだっただろ?今回はこれで手打ちにしてやるよ」
ああ、そういえばまだだったな。
あの時差し出された手を取ろうとして倒れたんだった。
「あの時も言ったけど、お前本当に甘いな」
「うっせぇ、それが俺の良さでもあるんだろうが」
「……まぁ、否定はしないさ」
そう言って兵藤の右手を取ってようやく交わされる和解の握手。お互い自然と笑みがこぼれる。
「……何か、お前が自然に笑うと気味悪いな」
「……喧嘩売ってんのか?売ってんだろ!?表出ろや、兵藤ォォォォォォ!!」
綺麗サッパリに終わらないのは最早お約束。
匙君への罰が人数分まで思いつきませんでした……。木場と子猫ちゃんの要求が肉体的、金銭的にダメージを与えるのでもういいかなって。
次回は匙君中二に目覚める(仮)です。