……あっ!?ちょっ石投げないで!!
「……此処は?」
気が付けば真っ白で何もない空間に立っていた。
確か俺は兵藤と戦って、勝手に暴走して死んだ筈だ。最後の会長の悲痛な叫びが耳から離れない。
「……ああ、ここが死後の世界ってヤツか」
「うーん、正確に言うとその一歩手前ってところかな」
「ッ!?」
俺の独り言に返事が返ってきたことに驚き後ろを振り向くと、俺よりも少し身長は低めで同い年ぐらいの黒髪の男が立っていた。
「やぁ」
「……誰だよ、お前」
親しげに挨拶をしてくるが、俺はコイツと今まで会った事がない。
「うん?僕?僕は……ホラ、神様って奴?」
「聖書の神は死んでいるはずだが?」
「それすらも越える絶対神ってやつだよ!!……痛ったぁ、別に殴んなくてもいいんじゃない?」
思わず手が出てしまった。目の前に居る男は涙目で殴られた頭を痛そうにさすっている。
「俺、笑えない冗談は嫌いなんだよ」
「やれやれ、乱暴な性格だなぁ。――もう分かっているんでしょう?」
確かに俺は目の前にいるこの男とは会ったことは無い。会ったことは無いが俺はコイツを誰よりも知っている。だってコイツは――。
「それも含めて是非とも教えて欲しいね――『俺』?」
――前世の『俺』。つまりは自分自身なのだから。
「こうやって話すのは初めて――痛ったぁ。もう、君本当に『僕』?滅茶苦茶乱暴じゃないか!!」
俺の言葉にニンマリ笑う『俺』の頭に再度拳を落とす。
「うるせぇ!!お前の≪記憶≫の所為で俺がどれだけ辛い思いをしたと思ってやがる!!」
「そんな事言われても僕は知らないよ!?ちょっとは僕の話聞けよ!!」
……いけない。前世とはいえ自分自身。コイツを罵るという事は天に唾を吐くことと同じだ。
「……で?なんで『俺』が居るんだよ」
「さぁ?」
「ぶっ殺すぞコノ野郎!!」
「プフー、もうすでに死んでいる人間をどうやって殺すの?気が付いたらここに居て君を中から見てきたんだから分かるわけないじゃん」
『俺』のこういう所が嫌いなんだよ……。
「まぁ大人しく聞きなよ。一つの仮説を立ててみたんだ。これは君が前世の記憶を持っている事にも関わってくるんだよ?」
「……仮説?」
どれだけ性格は違っても『俺』の頭は本物だ。仮説があると言うのなら聞こうじゃないか。
「そ、まず君の中に僕がいる理由なんだけど、君という器の中に君と僕、二人の魂が存在したんじゃないかと思う。普通に考えて器に入っている魂は一つだけ。例え前世の記憶を持っていたとしても魂が同じ物で、器に入っているのが一つなら自分の記憶に拒否感なんて示さない筈だよ。だってそうだろ?全くの同一人物なんだから」
「……逆に俺が≪記憶≫に拒否感を示していたのは別々の魂が二つあったからって事だな。成程ね、納得できなくはない。……じゃあ俺とお前は完全に別人ってことか?」
「うーん、それはどうかなぁ。でも全くの別人ってことは無いと思うな。君は僕の事嫌いで色々と正反対だけど、同じような女の子に惹かれただろ?」
会長の事か。……確かにそうだ。
≪記憶≫の中の人物に似ていると分かっていながらも、一緒に居たいと思っていた。
「なら元は一つだった魂が何らかの理由で分かれた?それとも元々魂を二つ持って生まれて来て、長年の間に混ざり合った?」
どちらかと言えば後者だな。≪記憶≫を自覚し始めたのはしばらくたってからだし。なら拒絶感を感じたのは魂が一部混ざり合ったから?いや、そんな事有り得るのか?
「まぁ、実際の事なんて分かるわけないじゃん。僕、神様なんかじゃないんだから。あははははははははは!!」
……今分かった。俺が兵藤を色々と気に入らなかった理由。無駄に能天気なところが『俺』とよく似ているんだ。『俺』の方が兵藤なんかよりもずっと能天気だが……。
「そんなに睨むなよ。君って本当に難しく考えるよね。魂が二つあったていうのはここに僕が居る時点で証明できてるんだからそれでいいじゃない。――物事を細かく見極めようとしたり、無駄に考えるから全体像を見落とすし本来の目的を忘れるんだ。今回のようにね」
ふざけて笑っていた『俺』の顔が急に真剣な表情に変わる。
「それ……は」
「今回の事でよく分かっただろ?僕らは神様じゃない。君は一人である程度の事はこなせるだけの能力があったけど、本来人は一人で生きていけない。常に誰かと寄り添いあって生きているんだ」
『俺』の言葉一つ一つが突き刺さってくる。全て正しい事だ。もっと俺が気楽に考えていればこんなことにならなかった。俺が皆をもっと頼っていれば、自分の悩み、苦しみを一人で解決なんかしようとしたから全てを見失った。
「言い返さないところを見ると、後悔はしているのかな?」
「当り前だろう!!もっと……もっと皆と居たかった。自分勝手に暴れて、守るって決めた皆を傷つけた俺にそんな事を言う資格がないって事は分かってる。それでも、俺は……」
時間が巻き戻せるものなら巻き戻したい。今度こそ道を踏み外さないように。
「……うん。よろしい!!」
今度は急に笑顔に変わり、スタスタと歩いてきて俺の肩に手を置く。
「君はラッキーだ。もう一回やり直すチャンスが与えられるんだからね」
「……は?え?」
「言っただろう?君の中には二つの魂が存在するって。だから、今回は僕が代わりになってあげる」
見れば、『俺』は足元の方から徐々に薄くなってきていた。もう一回チャンスがある?『俺』が代わりになる?何を言っているんだ?
「まぁ、元々そのつもりだったしね。僕は死人で生きているのは君、匙元士郎だ。ただ、このままにしていたらまた君は一人で抱え込みそうだったからね。最後にちゃんと伝えられてよかった」
「え!?おい!!」
「さよなら、『僕』。匙元士郎としての未来に幸多からんことを願っているよ……」
トンッと肩を押され、俺の体は後ろに倒れどんどん落ちていく。俺を見下ろしている『俺』の体は既に首のあたりまで消えかけていた。
「もう女の子を泣かせるなよー!!」
『俺』は満面の笑みでそう言うと頭の方も徐々に透けていき、最後は満足げな表情で完全に消えていった。
――ありがとう、『俺』。
◇
「う……ん?」
目が覚めたらベッドの上だった。周りは清潔感のある白で統一されていて、ここが病室だと分かる。
「……痛ッ!?」
もっと周りの状況を確かめようと上半身を起こすと、全身に痛みが走る。改めて自分の体を見ると全身に包帯が巻かれているが、包帯が巻かれていない所から見えるのは通常の肌。鱗なんかどこにも生えていない。
『目は覚めたか?』
「ヴリトラ?俺、一体どうなってるんだ?……まさか今までの全部夢だったのか?」
『夢……か。そこに手鏡が置いてある。それでその顔をよく見るがいい』
ヴリトラの言うとおり、ベッドの近くに手鏡が置いてある。それを手に取り、自分の顔を見る。
『それが今までの事が現実だったと証明する紛れもない証拠だ』
鏡で確認した顔はいつも通りだ。肌も通常の色をしている。ただ一点、今までと違う部分があった。
「神器を発動していないのに左目が龍眼になってる……」
『うむ、残念ながらこれ以上はどうしようもなかった。ついでに右腕も鱗は無くなったが、黒いアザは残ってしまった』
右腕の鱗も無くなってるのか?それは十分有り難いんだが……。
「よく分からないんだけど、今の俺の体ってどうなってるんだ?」
『正直言うと、我もよく分からん。取り敢えず、我が分身との繋がりの強さを調節できるようになったと考えてもらって良い。肉体もその強さによって鱗を生やす事も可能だ。もちろん今度は元に戻せる』
「うーん、まぁ一応理解できた。後はアザゼル先生あたりに調べてもらうしかないかな……」
また改造手術なんか受けさせられそうで怖いから、気は乗らないんだけど。……いや、今度は解剖されそうだな。
「因みに俺が倒れてからどれくらい時間が経った?」
『丁度一週間程度だ。小娘たちが毎日ここに通っていたよ』
生きていたのは凄く嬉しいんだけど、俺は一体どの面下げて皆に会えばいいんだ……。
『……む?そろそろ――』
「サ……ジ……?」
声のした方を向けば、手に持っていた花を落し驚愕の表情を浮かべる会長の姿が目に入る。
「……えーっと、おはようございます?」
どうだったでしょうか?二つの魂を持つ匙君だからこその復活劇。……ごめんなさい、結構普通に目覚めました。
前世の記憶持ちという既に死にかけの設定が出てきましたが、これは書きだした当初から決めてた事で、58話にしてようやく書くことが出来ました。……ついでに死に設定の処分も。