「匙、いい加減目を覚ませ!!自分が何をしているのか分かってんのか!?」
「さてな。今しがた小うるさいハエを叩き潰した気はするな」
「……本気で言ってんのかよ?」
空気がピリつく。鎧で顔は見えないがきっと憤怒の表情を浮かべているに違いない。
「なんでだよ……なんでそんな風になっちまったんだよ!!」
「……」
「答えろ、匙!!」
……なんで?
「……ふふふ、はははははははは!!なんで?全部お前を越えるためだよ、兵藤!!」
「……俺を越えるためだって?」
「そうさ。はぐれ悪魔や堕天使を襲ったのも、全部お前を越えるためにやったんだ。だってお前を越えなきゃ俺は禁手に至れない……このまんまじゃ俺は何も守れない!!俺はもっと強くならなきゃいけねぇんだよ!!」
そうだ。もっともっと強くならないといけないんだ!!
「お前に分かるか?悪魔になったのはほぼ同時期だった奴に常に前を歩かれているこの悔しさが!!いくら頑張っても詰まることが無い、寧ろ差が大きくなるしかない距離をいつまでも追い続ける苦しみと絶望感が!!このままじゃ大切なものを守れないかもしれない無力感が!!お前なんかに分かるか?」
「……分からねぇよ」
兵藤はそう呟くと鎧の頭部だけ解除し、悲しそうな、寂しそうな顔を覗かせる。
「分からねぇよ、全然何一つ。俺はお前みたいに色々と深く考えはしないからさ、お前が言ってることなんて俺には理解できねぇよ。でもさ、一個だけ分かったことがある。このままじゃ匙が、俺のダチ公が戻ってこなくなっちまうよ……」
先程の表情に哀れみをおびた視線で兵藤は俺を見てくる。
「……テメェのそういう所が胸糞悪いんだよ!!兵藤ォォォォォォォォォ!!」
『来るぞ、相棒!!』
「分かってるよ!!」
全身に黒炎を滾らせて兵藤に殴りかかる。兵藤は解除していた部分を改めて真っ赤な鎧に身を包み、俺と対峙する。
『何故だ!!なんで匙がこうなるまで放置したんだ、ヴリトラ!!』
『強大な力を持ち、二天龍などと呼ばれている貴様には我が分身の苦しみは一生分かるまいよ。……そして我の苦しみもな』
『何言ってんだコノ野郎!!』
兵藤の顔を右手で殴ろうとするが、それは簡単に防がれてしまう。
「イライラするんだよ……ヘラヘラしたしたお前を見ていると反吐が出るんだよ!!」
「唯の八つ当たりじゃないか!?」
「ああそうだよ!!こんなのは唯の八つ当たりだ!!でもなぁ……抑えきれないんだよ!!湧き上がるお前への憎悪と嫉妬が……力への渇望が!!お前さえいなければ、お前なんかこの世にいなければ俺はこんなにも悩まずにすんだのに!!こんなに苦しまずにすんだのに!!」
俺に向かってくる拳を屈むことで躱し、そのまま兵藤の足を払う事で相手のバランスを崩す。倒れこむ兵藤に追撃を行おうとするが、即座に態勢を戻されてしまう。
「……匙、その鱗の生えた右腕は一体どうした?」
「コレか?代償だよ。俺がより強くなる為の必要経費だったんだ!!お前だってそうだろう?一時的に禁手に至るためにその左手をドライグに売っただろうが!!」
『馬鹿な!?神器ではなく完全に龍の腕にするなど不可能だ!!』
ドライグが驚くのは無理ないな。いくら魂レベルで繋がっていると言っても、両者には決して越えられない壁がある。
「ああ、不可能だ。俺が『普通』だったらな!!コレのおかげで禁手状態の兵藤とも殴りあえてるよ!!」
「力、力、力ってそんなに力が欲しいのかよ!!」
「俺達の居る世界は弱肉強食、弱いままだったら強者に虐げられるだけだ!!力がなきゃ何も守れないじゃないか!!」
俺の拳が兵藤の顔面を捉え、やや後方に殴り飛ばす。
「ぐッ!?……それは分かるよ!!でも力の前にもっと大切な物があるだろうが!!」
兵藤は少しあいた距離をすぐさま詰め、俺をはるか後方へ殴り飛ばす。
「カハッ!?……もっと大切な物?ンなもんあるわけないだろうが!!この世は力が全てだ!!」
右手に黒炎を集中させ、≪虚空≫を放つ準備をする。兵藤もそれに対抗するために左手に魔力を集めている。
「龍之炎≪虚空≫ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「ドラゴンショットォォォォォォォォォ!!」
ドォオオオオオオオオン!!
攻撃同士がぶつかり合い、俺と兵藤の間にクレーターを作り出す。そして攻撃を放ち終わったらお互いの距離を詰めるために走り出す。
「テメェが目障りなんだよ!!兵藤ォォォォォォォォ!!」
「いい加減目を覚ましやがれ!!匙ィィィィィィィ!!」
拳と拳がぶつかり合い、その衝撃が周りの木々を揺らす。以前のように拳が割れる事はないが、流石に鎧を纏っている兵藤よりも俺の方がダメージは大きい。腹立たしいが、接近戦は兵藤の方が上。これ以上接近戦をするのは愚策だ。
兵藤を蹴り飛ばすとともに後方に飛んで距離をとり、近づいてくるであろう兵藤を迎撃するために≪崩≫を大量に作り出す。
『相棒、匙相手に距離をとられるのは不味い!!』
「言われなくても!!」
凄まじいスピードで俺に向かってくる。そのスピードが仇にならなきゃいいな。
「龍之炎≪崩≫――連式≪砕羽≫」
作り出した炎の玉は全て炎刃に変化させる。
「この刃一つ一つがテメェの鬱陶しい鎧を簡単に切り裂けるものだ。防げるものなら防いでみろよ、兵藤ォォォォォォォォ!!」
「うわッ!?」
兵藤が炎の刃の雨の中に消えていく。舞い上がる土煙で良く見えないが、間違いなく直撃した。そしてアレだけの炎刃をその身に浴びればただでは済まない筈。
「はは、はははは!!何が赤龍帝だ、何が二天龍だ!!案外呆気ないもんだなぁオイ!!」
『油断するな!!来るぞ!!』
「あ?――ガッ!?」
突然頬に強い衝撃が走るとともに地面に叩きつけられる。
「ハァ……ハァ……。今のは焦ったぜ……」
息を切らしているが兵藤にはダメージが入ったように見えない。そうか、お前は全然本気を出していないんだったな。未だに頭がグラグラしているが何とか立ち上がる。
「『赤龍帝の三叉成駒』か。曹操の刃も防げた『龍剛の戦車』なら俺の炎刃の雨も防げるだろうし、『龍星の騎士』なら一瞬で距離を詰められたのも納得だ」
「ああ、あとちょっとで細切れにされるところだった。――なぁ、匙は十分強いじゃないか。皆を傷つけたのは許せないけど、こんなのもう止めにしようぜ?」
兵藤が俺に右手を差しだす。
「……ああ、参ったよ」
「ホントか!?……匙?」
――ドクン
「あァ、参ったよ。どうやらお前にはここまでやらなきゃいけないらしい」
『ッ!?止めろ!!それはこんな所で使うための物ではない!!』
「え?え!?」
「言っただろう?お前を見てるとイライラするんだよ。目障りなんだよ、兵藤一誠とかいう存在が。抑えきれないんだよ、力の渇望が、お前への憎悪と嫉妬。そして――殺意が!!」
ドス黒いオーラが体を包んで、右腕のみ生えていた鱗が全身に広がっていき、爪も鋭く伸びていく。
「な、何が起こっているんだ!?」
兵藤は異常を察し俺から距離をとる。
「見せてやるよ、兵藤。俺の『切り札』を!!」
もう何もかもどうでもいい。
全部ぶち壊してやるよ。
「――オーバーライズ!!」
オーバーライズ!!
多分知ってる人はどこから取ってきたか簡単に分かるオーバーライズ!!