なんだか当初の予定より匙君が闇堕ちルートまっしぐらに……。
「スクランブル・フラッグ……ですか?」
「ええ。それが今度行われるレーティングゲームです」
花戒の言葉に会長は頷きながら答える。
話の内容は今度行われるアガレスとのレーティングゲームに関してだ。
「名前が付いているってことは、何か特別なルールがあるって事ですか?」
「そのとおりです。そもそもレーティングゲームには色んな種類があります。今回行われるのはそのうちの一つ。簡単に説明すると、そうですね……旗取り合戦ってところでしょうか。制限時間内にフィールドに立てられた旗を全部奪取するか、より多くキープしている方が勝ちになります」
仁村の質問に今度は副会長が答える。
副会長はかなり簡潔に説明したが、そんなに簡単なものではないだろう。
ただ一つ分かるのが、一番このゲームで必要とされるのは――。
「――知略、戦略がものをいう……ってことですね」
「その通りです。相手の旗を奪うもよし、奪取した旗を隠すものよし、旗を囮に罠を仕掛けてもよし。ふふふ、まさに私達とアガレスがやるゲームに相応しいと言えましょう」
そう言って不敵に笑う会長の眼鏡が一瞬キラリと光って見えた。
しかし戦略合戦か……。
知略、戦略方面において会長の右に出る者なんて数えられるくらいだろう。元々そう言ったものが得意な人ではあったが、ずっと俺とボードゲームをやっていた所為で俺が使っていた罠や搦め手のやり方を覚えて、更にそれを自分流にアレンジしているので思考が今まで以上に複雑になっている。
何よりタチが悪いのは罠が一つではなく、幾重にも張り巡らされている事だ。罠をいくつも準備しているのは当然だが、会長の準備している罠は緻密に構成されているうえに数も尋常じゃない。一回罠にかかれば泥沼化して逃げ出せないし、罠を回避したかと思えばその先にまた別の罠が張ってある。穴だと思ってそこを攻めれば逆にそれが罠だったこともあったな。
最初の頃は勝てていたのに、今の会長とチェスをすれば九割負ける。残りの一割は運よく会の罠に気が付き引き分けに持ち込めるぐらいで、勝ち星は一切ない。俺の所為とはいえ、最早未知の領域と化した会長の頭の中を理解するのは不可能だ。
アガレスの次期党首が戦略家なのは当然耳にしている。どこまでやれるのかは分からないけど、今の会長の相手になればいいな。
「因みに、リアス達がやるのはダイス・フィギュア。ダイスを転がして、出た目におうじて駒を出していくゲームです。あちらのルールはどちらかと言えばガチンコ勝負ですね」
成程。今回は両チームに合ったルールでやるわけね。
リアス先輩には悪いが、あのチームに細かい戦略は無理だ。特に戦闘において何も考えないゼノヴィアと兵藤の脳筋が二人いる時点で罠にかかって即リタイアするのが目に見えている。
「後は……私たちに一つだけ制限がかかることになりました」
「……俺達に制限をかける必要がある物ってありましたっけ?」
兵藤のように心が読めるとかぶっ飛んだ技が出来る人はいなかった筈だが。
「今回『人工神器』の使用は禁止です。相手方は問題ないと言っていたのですが、アザゼル先生からストップがかかりました」
「ええっ!?使っちゃ駄目なんですか!?」
「それはちょっと残念ね。折角実戦で使えると思ったのに……」
「そうだねー。私のなんか今回一番役にたてると思ったのに」
会長の言った事に残念な声を上げる巡、由良、草下の三人。
まぁ、戦略性の方が強いゲームならそこまで気にしなくても良いだろう。
そしてこの話は突然の来訪者によって終わりを告げる。
「ちわーっす。すみません、匙居ますか?」
「帰れ」
「ひでぇ!?」
うるせぇ、最近お前の顔を見ていると胸糞悪くなるんだよ。
訓練の時はその苛立ちを攻撃という手段で発散できるが、訓練の時以外で顔を合わせるとそうはいかない。問答無用で殴っても許されるような奴だが、流石にそれは問題だ。
「サジ、そんな事を言ってはいけません。いらっしゃい、兵藤君。サジに何か用ですか?」
「はい、ちょっと相談が……。あと、コレ。学園祭の出し物の紙です」
「……確かに。丁度いいから休憩しましょうか。お茶を入れるので兵藤君もどうぞかけてください」
「マジっすか!?じゃあ遠慮なく」
少しは遠慮しろ。そして早く帰れ。
「で、相談ってなんだよ?」
会長の入れてくれた紅茶を飲みながら兵藤に尋ねる。
「いや、お前も俺と同じでドラゴンを宿しているだろ?どうやって付き合っているのかなぁって」
「どうやって付き合っているのかなんて、なんでそんな事を聞くんだよ?」
別にヴリトラと上手くやっていく為に何か特別な事なんかしていない。
「……最近、ドライグが元気ないんだよ。先生曰く、俺がおっぱいで奇跡を起こし過ぎているかららしいんだけど」
『いや、相棒が悪いわけじゃないんだ。俺のメンタルが思いのほか弱かったらしい……。はぁ……』
ああ、これは重症だな。
特にドラゴンなんてプライドの塊だ。確かに毎回毎回あんなのだと心も病むだろう。
『……哀れなものだな、ドライグ』
『……そうだ、俺もヴリトラに聞きたかったんだ。お前は宿主とどうやって付き合っているんだ?』
『我は我が分身に不満などない。貴様の宿主が異常なだけだ』
『……はぁ』
ヴリトラにまで言われてるぞ、兵藤。
「俺、大切にするよ!!これからも乳ばっかりだろうけど、お前をもっと大切にするから!!」
『ああ、俺の心はこれからもっと疲弊するだろうが、最後まで頼むぞ……』
「うわぁああああああああん!!ごめんよぉおおおおおおおお!!」
他の生徒会メンバーもドライグを憐れむように見ている。
そんな中、俺は机の下で握っている拳に自然と力が入る。
ああ、やっぱりコイツを見ていると胸糞悪くなるな。
俺は――俺は『こんな奴』に勝てないのか。
兵藤を見ていると胸糞悪くなる。だが、それ以上にこんな奴に勝てない自分に一番腹が立つ。
「匙?どうしたんだ?」
自分の中に渦巻く黒い感情と一緒に残っている紅茶を一気に飲み干す。
……落ち着け。こんな所で事を起こしたら皆に迷惑がかかる。
「いや、なんでもない。これで用はすんだだろ?邪魔だからとっとと帰れ」
「お、おう。それじゃ、失礼しましたー」
そう言って兵藤は生徒会室から出て行った。
俺の方も何とか落ち着いた。危うく感情が爆発してここら一帯を焦土にするところだった。
『……』
今度は兵藤達に向けられていた視線が俺に集まる。
上手く感情を抑えたつもりでも、流石に皆には隠しきれなかったか……。
「さぁ、休憩は終わりにしてそろそろ学園祭の準備に取り掛かりましょうか。学園祭までそう日数は無いのですから、早く終わらせないと」
パンッと空気を塗り替えるように会長が手を叩いて言うと、無言で皆も作業に戻っていく。
会長達も気が付いてはいるのだろが、ここで深く言及してこない事に心の中で感謝する。
多分今その事に触れられたら、俺の抑えている感情は爆発してしまう。
自分でもこのままだと駄目だって分かっている。
ただ頭の中で理解できていても、感情が上手くコントロールできない……こみ上げて来る黒い感情が止められないんだ。
それに、この前見た夢の景色と声が頭から離れない。
頭の中でずっとあの声が響いている。
自分の感情のコントロールの仕方なんて分かる筈もなく時間だけが無駄に過ぎていき、いつの間にかアガレスとのレーティングゲームの当日になっていた。
次回のアガレスとのレーティングゲームの詳しい描写に関しては飛ばさせていただきます。
作者の実力不足で申し訳ありません……。