ハイスクールD×D 匙ストーリー   作:ヒツジン

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46話 違和感

修学旅行から帰ってきてから、久々に平穏な日常が戻ってきた。

 

「……会長、この書類の山は何ですか?」

 

……あくまで、ほんの少しだけだが。

 

「学園祭に関してや、その他諸々の書類です。貴方達が修学旅行に行ってる間、凄く大変だったんですよ?」

 

目の前には生徒会に入った時以来、久しく見なかった書類の山。

確かに学園祭の準備とかで忙しいとか言ってたけど、数日居なかっただけでこんなに書類って溜まる物なんだろうか?というか俺の机だけ、他の奴らに比べて明らかに書類の量が多いような……。

 

唖然としている中で、肩をポンと手を置かれる。

 

「修学旅行の露天風呂で『リフレッシュ』してきた分、しっかり働いてもらいますよ?」

 

気のせいかな?

今、『リフレッシュ』って単語が強調されたような……。

 

「いや、書類が溜まってたのは分かりますけど、俺の分は流石に多くないですか?」

 

ギリィッ!!

 

「……何か問題でも?」

 

「イエ、ナニモモンダイアリマセン」

 

手が俺の肩を強く握るとともに、会長の周りの温度が下がったように感じた。

ご機嫌のよろしくない会長にこれ以上何を言っても無駄だ。大人しく従うしかない。

 

「よろしい。あとはそこに置いてある荷物を倉庫に持って行っておいてください」

 

続いて会長が指さしたのは幾つかの段ボール箱。

 

「ちなみに拒否権は「あるわけないでしょう?」……ですよね。持って行ってきます」

 

……機嫌が直るまでもうしばらくはこんなのが続きそうだな。

 

「あ、匙先輩。その荷物重いので私手伝います……って、え!?」

 

「ん?何だよ?」

 

仁村が手伝いを申し出た時には、既に段ボール箱の内の一つを軽々と持ち上げていた。

仁村だけでなく会長や副会長も俺を見て目を見開いている。

 

「さ、サジ?重くないのですか?」

 

「何言ってるんですか、副会長。凄く軽いですよ?」

 

「いえ、問題ないのなら良いのですが……。変ですね、二人で持ち上げてもやっとだったのに」

 

全然問題ないと持ち上げてアピールすると、副会長は頭を抱える。

そんなに言うほど重くないような……。

 

「まぁ、一人で問題ないので大丈夫ですよ。サッサと倉庫に持って行ってきま――」

 

 

――あれ?

 

 

「会長、倉庫ってどこでしたっけ?」

 

「部屋を出て右のつきあたりです。何度も行っているのに忘れたのですか?」

 

「あー、そうでしたね。じゃあ行ってきます」

 

「……?」

 

足早に部屋を出て目的の倉庫に向かう。

大丈夫、アレだけでは会長も気が付かなかった筈だ。

今の所私生活には問題ないと思うが、どうやら後遺症が残ったのは右腕だけではないらしい。

 

「……はぁ、思ってたより重症だな」

 

『……すまない。我が浅はかだった。まさかここまで侵食が早いとは思わなかったのだ』

 

「言っただろ?ヴリトラの所為じゃないさ。取り敢えず、ボロを出さなければ大丈夫だよ」

 

倉庫に着いた俺は持っていた荷物をあいている場所に適当に置きながら言う。

 

『しかしだな……』

 

「くどい。全部俺の自己責任で済む話だよ。この右腕も、俺の『記憶』が一部失われてしまった事も……ね」

 

『切り札』は力を得る代わりに己の体と魂を蝕んでいく。

『俺』が『匙元士郎』で無くなっていく。全部理解した上でやったことだ。

 

『……』

 

「この話は終わりにしよう。早く仕事を終わらせないと会長の機嫌が直らないからな」

 

次の荷物を取りに行くために倉庫を出て生徒会室に戻る。

部屋に入ると、今一番合いたくない人物が待ち構えていた。

 

「匙!!探したぞ!!」

 

「アザゼル先生?なんですか?」

 

背中に冷や汗が流れるのが分かる。

……この状況は非常に不味い。

 

「ソーナ、匙を連れてくぞ!!」

 

「え?あの?ちょっと!?」

 

「いいから来い!!」

 

逃げ出そうとする俺を、アザゼル先生は逃がすまいと俺の服の襟首を掴む。

そして急に足元が光り、景色が一変する。

此処は見たことがある。どうやらグリゴリの施設に転移させられたようだ。

今から起こる事を考えると、皆が居ない場所に転移させられたのは有り難い。

 

「急に転移させてなんですか?まだ生徒会の仕事が残ってるんですけど?」

 

というか、まだ始めたばっかりで全然仕事が終わってない。

 

「ンな事はどうだって良い。匙、その包帯だらけの腕はどうした?」

 

「……大した事じゃないです。またアザが出てきたので巻いてるだけですよ?」

 

「なら見せてみろ」

 

アザゼル先生は俺の右腕を掴むと、巻かれていた包帯を強引に引きちぎる。

 

「……」

 

「お前、この腕は何だ?明らかに普通じゃねぇ。曹操を相手にした時の力に何か関係があるのか?」

 

ああ、だから会うのは嫌だったんだ。

神器に関しては絶対に誤魔化す事が出来ない。

 

「……」

 

「答えろ!!」

 

「……だとしたら何ですか?」

 

俺の答えにアザゼル先生の表情は更に険しくなる。

 

「その場を見ていた木場やゼノヴィアからの報告で変だとは思ってたんだ。お前の反応と、この腕を見て大体は分かった。匙、悪いことは言わない。アレを使うのは止めろ。お前が思っている以上に危険な力なんだぞ!?」

 

凄いな。この腕を見ただけで俺の状況をある程度理解したらしい。

しかし、一つだけ違う所がある。

 

「アザゼル先生、何か勘違いしてませんか?危険なんて承知の上ですよ。俺の事は誰よりも俺が知ってますからね。……だからなんですか?」

 

「だからなんですか?だと!?ふざけんな!!なんでこんな無茶をしてるんだ!?何をそんなに焦ってやがる!!お前なら、もっとちゃんとした方法で強くなれる筈だろう!!なんでそんな事が分からない!!」

 

アザゼル先生は俺の胸ぐらをつかみ、怒号を浴びせてくる。

 

「……てない……だ」

 

「あ?」

 

「分かってないのはアンタの方だ!!」

 

今度は俺がアザゼル先生の胸ぐらを掴む。

 

「今のままじゃ、誰も守れないんですよ!!実際にあの時、巡が殺されかけたのを忘れたんですか!?曹操達は本格的に活動を始めたんですよ?何時、誰が危険にさらされるか分からない状況で呑気にしてる場合じゃないんだよ!!もし皆が死んだら、俺はなんて言えばいい?これから犠牲になるかもしれない人達に何て言えばいい?これからゆっくり強くなるから、それまで待てって、その間の犠牲は仕方ないって言えばいいのか?事が起きてからじゃもう遅いんだよ!!分かってない……アンタは何一つ分かってない!!」

 

段々と自分の口調が荒くなっていくのが分かる。

珍しく感情を露わにしている俺を見て、アザゼル先生も戸惑っている。

 

「匙、お前……」

 

「俺は兵藤と同じように強くなれない!!ヴァーリみたいに天性の才能が有るわけじゃない!!『禁手』だってそんな簡単になれるものじゃない!!普通に時間をかけて強くなるんじゃ遅すぎるんだよ!!」

 

掴んでいたアザゼル先生を突き飛ばす。

 

「……頭のネジがぶっ飛んでる奴とは思ってたが、こりゃあ相当だな」

 

頭をポリポリと掻きながら呟くアザゼル先生。

ああ、そんな事くらい自覚してるよ。

 

「……わかった。もう何も言わん。意志の固い奴に何を言っても無駄だしな」

 

「ハァ……ハァ……」

 

足元が再び光りだす。

どうやら学園に帰してくれるらしい。

 

「やれやれ、頑固者だな、お前は」

 

転移前に見えたのは、アザゼル先生の寂しげな表情だった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「匙、チェスをしませんか?」

 

生徒会室に帰ってから、溜まりに溜まっていた書類をある程度こなし、自宅に帰ろうとしたら会長に止められた。

今、目の前には机の上のチェス盤と座っている会長がいる。

 

「ふふふ、最近忙しかったから、久しぶりな気がしますね」

 

「そう言われればそうですね」

 

会長と二人きりで話す機会は最近なかった気がしないでもない。

俺が先行で、一手、また一手と進んでいく。

 

「ねぇ、サジ。貴方、私に隠していることが有りますね?」

 

「……言い忘れてることぐらいなら有るかもしれませんね」

 

俺のはぐらかした解答に会長は怒りもせず、責める事もせず、優しく微笑むだけだ。

 

「前も同じような事を聞きましたね。確か貴方が眷属になりたての頃に」

 

≪記憶≫と現実がダブって見えて気を失った時の話だ。

一年も経っていないのに、もう随分昔に感じる。

 

「その右腕、アザが出てるから隠しているんじゃないのでしょう?」

 

「……アザゼル先生に聞いたんですか?」

 

俺の質問に会長は首を振る。

 

「アザゼル先生は何も教えてくれませんでした。でも、なんとなく分かるんです」

 

「……ごめんなさい」

 

会長が巻きなおした包帯の上から、そっと腕を優しくなでる。

しかし、その温もりが伝わることは無い。なんだかそれがとても寂しく感じた。

 

「無理に教えろとは言いません。でも、これだけは覚えておいてください。貴方が犠牲になっても私も皆も喜びませんよ?」

 

……本当にこの人には敵わないなぁ。

何も知らない筈なのに、全部分かってる。

 

「俺は……」

 

「チェックメイトです。ふふふ、貴方もまだまだですね」

 

盤上はいつの間にか詰まれていた。

最近勝てなくなったな……。

 

「今日はこれ位にしておきましょうか」

 

「そう……ですね。じゃあ、俺は帰ります。また明日」

 

「ええ、また明日」

 

俺は鞄を持って生徒会室を後にする。

外は既に暗くなり、部活動で残っていた生徒達も帰宅している。

 

 

「……分かってる、誰も喜ばないことぐらい分かってるよ。でも、それ以外にどうすればいいんだよ」

 

 

誰もいない廊下に俺の独り言が響く。

答えてくれる人はいない、そもそも誰かが教えてくれるような問題じゃない。

 

胸に蟠りが残ったまま、俺は家に帰った

 




最近またリアルが忙しくなってきました……。
次回の更新は少し遅くなりそうです。

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