修学旅行二日目は意外にも特に何も起きることは無かった。
あったとすれば、変態三人組の兵藤以外の二人が女子の入浴時間に覗きを行おうとしたことぐらいだろうか。
人目につかない、覗きをするには持って来いのポイントだっただろうが、入浴時間外の時に周囲を下見しておいたから抜かりなしだ。
巡と由良を配置しておいたらノコノコやってきて返り討ちされたらしい。
今頃、教員の部屋に連れて行かれて説教を受けているころだろう。
「……ふぅ」
そして俺は生徒会として教員の手伝い、主に覗き警備の仕事を終えて露天風呂に入っている。
一番警戒していた兵藤が来なかったおかげで何もすることが無かったが……。
もしかしてどこか別のポイントで覗きをしていたんじゃないかと思ったが、本人は部屋で鼻血まみれになって倒れていたらしい。
ロスヴァイセさんの証言だから間違いない。
本来なら露天風呂は既に入浴時間外なのだが、アザゼル先生曰く教員の手伝いばかりだったご褒美らしい。
おかげで広い露天風呂を貸し切り状態で、なかなか悪くない気分だ。
あの笑みは何か企んでいるようにも見えたのが気になるが……。
『湯に入って落ち着くなど、おかしなものだな。龍である我には理解できぬことだ』
「まぁ、これも文化だよ。きっと日本人は遺伝子レベルで刻み込まれてるんだよ。これだけは悪魔になっても変わらないらしい」
そして≪記憶≫を持っていたとしてもこれだけは変わらない。
不思議なもんだ。
『うわぁ!!凄く広いねー』
――ん?
今、草下の声が聞こえたような……。
『教員の手伝いのご褒美って言ってたけど、露天風呂を貸し切り状態で使えるなんて太っ腹ね』
『でも、私たちだけ良いのかな?』
『何言ってんの。ご褒美なんだから言いに決まってるじゃない』
おかしい。
由良、花戒、巡の声まで聞こえる。
『……え?』
露天風呂に入ってきた四人と目が合う。
湯煙でハッキリとは見えないが、タオルに包まれた白く細い体が目に入る。
これは不味い状況なんじゃないだろうか……。
「な、ななな、なんで元ちゃんがいるのよ!?」
顔を真っ赤にして巡が声を上げる。
「それは俺が聞きたいんだけどなぁ」
さっき聞こえた内容から推測するに、ご褒美のブッキング。
絶対に確信犯だ、あのオッサン。
これなら、あの意味深な笑みにも納得がいく。
「おおおお、落ち着いて巴柄ちゃん!!アレはきっと幻覚だよ!!」
「アレの何処が幻覚なのよ、憐耶!?今明らかに喋ったでしょ!!」
「元ちゃんが、元ちゃんが目の前に……きゅう」
「桃が倒れたわよ?」
「翼紗!!何冷静に言ってんのよ!?」
凄まじいやり取りが目の前で繰り広げられている。
事が大きくなる前に出るとしよう――
「ちょっと待て!!」
と思ったのだが、それは叶わないらしい。
巡に右肩をガッシリと掴まれる。
「なに平然と出ようとしてるの!?」
「いや、俺が居たら邪魔だろ?だから早く出ようと思って」
「確かに邪魔だけど!!邪魔だけどそうじゃない!!なんでここに居るのよ!!」
ギリギリと掴まれている肩に痛みが走る。
爪も立てているらしく、食い込んで凄く痛い。
「落ち着きなさいよ。元士郎だって生徒会の手伝いをしてたんだから、そのご褒美で入ってたとしてもおかしくないわ。男子が元士郎一人だったからブッキングしちゃったのよ」
「ッ~~~~~!!」
止めに入ってきた由良の言葉に納得したらしく、俺の右肩は解放される。
しかし、巡は未だに此方を睨んでいる。
「……ないの」
「うん?」
「嫁入り前の乙女の柔肌を見ておいて何か言う事ないの!?」
巡は涙目でプルプル震えている。
何か言う事はないのかと言われても、兵藤じゃあるまいし別に何も感じないんだけどな。
……いや、逆に考えろ。ここは兵藤が言うようなことを言うべきなのかもしれない。
「……ごちそうさまです?」
バコンッ!!
「違うわよ馬鹿!!謝罪はないのかって言ってんのよ!!」
全力で投げつけられた桶が顔面に当たる。
別にそこまでしなくてもいいんじゃないのか?
「どうどう、巴柄ちゃんちょっとやり過ぎだよー」
「ふー!!ふー!!放して憐耶!!まだこの馬鹿の制裁が終わってない!!」
まだやるつもりなのかよ……。
というか、こんなやり取りをしてたせいで体が冷えてきた。
「ほら、元士郎も体が冷えてきたみたいよ?折角なんだから皆で一緒に入りましょ?男女の間でも裸同士の付き合いって大事だと思うのだけど?」
「いや……でも!!」
「このままだと元ちゃん風邪ひいちゃうよー?」
「……分かったわよ」
ああ、なんか凄く納得がいっていないような顔をしている。
かといってこのまま上がると本当に風邪をひきかねない。
明日、明後日と何が起きるかも分からないし体調は万全にしておきたい。
――ということで。
「……」
「はぁ、いいお湯ね。やっぱり露天風呂は良いわね」
「本当にねー」
「……あぅ」
「……ふん」
結局もう一回入りなおすことになった。
由良と草下は比較的近くに、未だに顔を真っ赤にしている花戒は少し離れた所に、機嫌の直らない巡は更に離れた所に居る。
「ところで元士郎。巴柄の言った事を繰り返し聞くようで悪いんだけど、本当に何も言う事ないの?」
「ないな」
「……こう、ムラムラするとかないの?」
「ないな」
いくら聞かれても何も感じないものは感じないので仕方がない。
近くに居たが由良がより一層近づいてきて来て、俺の右腕にピッタリと体をくっつける。
右腕に由良の体の柔らかさと体温が直に伝わってくる。
いつもより、少し顔が赤い気がする。
「元士郎、私も一応女なのよ?一切何も感じないなんて、そこそこプライドが傷つくのだけど?」
「そんな事言われてもなぁ。感じないものを感じろと言われても正直困るんだけど……」
そんなやり取りをしていると、今度は草下が俺の右腕に抱きついてくる。
「これでもー?」
由良よりも大きく柔らかい感触が当たる。
いつも冷静な表情を崩さない由良が珍しく忌々しそうな表情で草下を睨む。
その視線は主に草下の胸元に注がれている。
「……憐耶は木場が好きなんじゃなかったの?」
「木場きゅんはアイドルだよ?」
ニコニコしながら首を傾げている草下だが、目が笑ってない。
「アンタ達なにしてるのよ!?」
「巴柄ちゃんには関係ないでしょー?」
「かかか、関係なくはないわよ!!なんでこんな所で不埒なことしてるのよ!?」
「あら、別に良いでしょ?私たちがどうしようと私たちの勝手だもの。桃はオーバーヒートして動かないし、会長と留流子の邪魔が居ない今がチャンスなのよ。何も出来ない根性なしは引っ込んでなさい」
花戒の方へ視線を向けると顔を押さえながら、さっきよりも一層顔が真っ赤になって固まっている。
「何ですって!?もう一回言ってみなさいよ!!」
「ええ、何度でも言ってあげるわ。この根性なし!!」
何故か不毛な喧嘩が始まってしまった。
二人がこうなってしまっては会長か副会長以外に止められる人物はいない。
しかし、こんな大声で喧嘩をしていて誰にも気づかれないのか?
「音が外に漏れなように結界を張ったから大丈夫だよー」
……流石は『僧侶』、そういった仕事は早い。
おかげで誰も助けに来てくれなくなってしまった。
余計なことしやがって。
「昔から翼紗は――」
「それを言ったら巴柄だって――」
二人の口喧嘩は只の悪口の言い合いに発展した。
ストッパーが居らず終わりの見えない喧嘩、音の漏れない結界。
しかし、そんな中に突然の乱入者が現れる。
「部屋に居ないし、変な結界が張られてると思って来てみれば……貴方たちは何をしているのですか!!」
もうしばらく続くかと思った状況は救いの女神、もといロスヴァイセさんのおかげで終わりを迎えることになった。
あの後、ロスヴァイセさんにしばらく説教を受けた。
原因はアザゼル先生にあることがわかったので、怒りの矛先は速攻でそちらに向かったが。
『……我が分身よ』
「なんだよ、ヴリトラ?」
今は部屋で一人っきり。
そこまで大きな声で放さなければ外に声が漏れることは無い。
『何故小娘たちの思いに応えてやらん。気づいていない訳でもないのだろう?』
「……そりゃあね。俺だってそこまで鈍くはないさ」
『ならば何故だ?悪魔なのだから女を侍らしていても問題なかろう?』
確かに人間だったころの倫理観は悪魔では通用しない。
兵藤が常に言っているハーレムも全く問題はない。
しかし、俺には問題ある。
「色々と理由はあるよ。皆の気持ちは素直に嬉しいけど、俺は皆の思いに応えることはできない」
『……よく分からんな』
「皆の事は好きだよ。大切だって思ってる。でも、兵藤と違って体が一切反応しない男とくっついても幸せになんかなれないよ。それに――俺は誰かにとって『特別』な存在になっちゃいけないんだ」
『……?良く聞こえなかったのだが?』
「……いや、何でもないよ。もう寝る」
そうだ。
俺は誰かにとって『特別』になってはいけないんだ。
『特別』な存在程、それを失った時の悲しみが大きい。
いざという時の俺の決心が鈍ってしまうから――。
やっちまった……。
でも、ほら、主人公だし?一応ハーレム物だし?
元々38話の最後の方に付けるつもりだったんですが、そこそこシリアスに終わったんで付けることが出来ず、引き伸ばしに引き伸ばして1話にしました。
ついでに旗も……ゲフンゲフン、なんでもありません。
次回は真面目な話に戻ります。