眼前に迫る鉄球。
兵藤と戦ったとき並の衝撃が体を襲う。
あれ?
俺なんでこんな目に遭ってるんだ?
確か、ヴリトラの神器の統合をしてくれるんじゃなかったのか?
その為にグリゴリに連れてこられたんじゃなかったのか?
再度、容赦なく襲ってくる鉄球。
体は拘束されていて、躱すことが出来ない。
「ぐおおおおおお!?ちょっと!!なんだよこれ!?なんで鉄球をぶち当てられないといけないんだ!?」
「おいおい。匙、言ったろ?神器の力を高めるためのトレーニングだよ」
ニヤニヤしながらこちらを見てくるアザゼル。
あのオッサン、確信犯だ。絶対そうだ。
「コレのどこがトレーニングだ!?」
只の拷問じゃないか!!
「トレーニングだよ。なぁアルマロス?」
「ぐははははははっ!その通り!神器所有者に力の使い方を覚えさせるにはまずは鉄球!もしくは改造手術で強化!もしくはドラゴンと山で猛特訓してパワーアップしてもらうしかない!」
アザゼルの隣にいるのは堕天使幹部のアルマロス。
髭を生やしたもう一人のオッサンは鎧と兜を装着してマントを羽織っている。
どっからどう見ても肉体派だが、ああ見えてアンチマジックの研究をしているらしい。
「なんだその非科学的な根拠は!?ぐおおおおおおお!?」
「失礼な。これは科学的な根拠に基づいた結果だ。イッセーだって冥界でタンニーンと山でサバイバルしてたんだぞ?」
タンニーンって聞いたことあるぞ。
最上級悪魔に数えられるドラゴンだったはずだ。
というか、アイツ夏休みでそんなことしてたのか。
「ぐははははははっ!貴様は『ヴリトラ怪人』としてこのグレゴリによって改造手術を受け、生まれ変わるのだ!!」
「おい!?なんだよ『ヴリトラ怪人』って!?そんな話聞いてないぞ!?」
今、明らかに許容できない単語が出てきたぞ!?
俺、怪人にされるの!?
昔のバッタ人間から始まった特撮物みたいに改造されちゃうの!?
「アルマロスは日本の特撮ヒーロー番組とやらの悪役に魅入られててな。コイツの言動はあんまり気にすんな。じゃあ、後は頼んだぜアルマロス。俺はこの後の準備に取り掛かる」
「ぐははははははっ!任せておけい!立派な怪人になれるようにしっかりトレーニングを受けさせておこう!」
「待て!!待ってくれ!!そのオッサン本気だ!!本気で俺を怪人にする気だ!!」
この場から去ろうとするアザゼルを呼び止める。
「だから気にするなって言ってるだろ?お前は大人しく俺たちの実験に協力しておけばいいんだよ」
「今、実験って言った!!チクショウ!!元々そのつもりだったのか!?おい、待て!!一発殴らせろ!!アザゼル!!アザゼルぅううううううう!!!」
ガチャンガチャンと拘束具の音が響く。
クソ!?外れねぇぞコレ!?
「見ろ、アザゼル。神器の力がグングンと上がっているぞ!ぐははははははっ!この調子ならすぐにでも改造手術が受けられる!」
「そうか、準備を急がねぇとな。おい!サハリエルたちを呼んで来い!」
「おい、アザゼル!!待て・・・ぐおおおおおお!?」
ああ、だんだん意識が遠のいていく――――――――――――――
夏休みが明けて授業が始まったその日の放課後、匙はある所に向かっていた。
理由はアザゼルから話があると呼び出されていたのと相談があるから。
チラリと右腕の方に視線を移す。
まだ夏であり、半袖の制服から包帯を巻かれた腕が見えている。
兵藤との一戦以降出ていた黒い蛇のようなアザは未だに直っていなかった。
良くも悪くもこの学園内では有名になってしまっており、この腕を通りかかる生徒たちが見てヒソヒソと話をする。
曰く、喧嘩で怪我をしたのだの、アレはきっと火傷をしたからだの、厨二病に目覚めただの変な噂が広まりつつある。
ちなみに、厨二病と言ってきた友人は問答無用でぶん殴った。
このままでは学園生活に支障がでる。
巻かれた包帯を見て両親からも心配されてしまったから、早く治したい。
そして、神器の事で相談できるのはアザゼルしかいない。
目的の旧校舎に着く。
アザゼルはオカルト研究部の顧問で、放課後は旧校舎にいることが多い。
「失礼します」
「あら、匙君。どうしたの?」
「リアス先輩。アザゼル先生は居ますか?ちょっと相談があって」
入ると、このオカルト研究部の部長であるリアスがいた。
あとは兵藤とアーシアの二人。他のメンバーは今いないらしい。
「おお、匙か。言った通り来たみたいだな」
「それもありますけど、この右腕の件で聞きたいことが」
「あれ?匙、その腕どうしたんだ?」
包帯で巻かれた腕を見て兵藤が聞いてくる。
「ん?……まぁお前らにならいいか」
包帯をほどいてアザを見せる。
「あら」
「ひゃ!?」
「うお!?なんだよソレ!?」
三者三様の反応を返してくる。
「お前と戦って以降、こんなことになって直らないんだよ」
「……呪われたんじゃねぇの?」
変なこと言うなよ。
「安心しろ、別に呪われてるわけじゃねぇよ。それはおそらくヴリトラの意識が覚醒し始めているからだ。そうだろ、ドライグ?」
『ああ、相棒と戦っている途中で匙がヴリトラのオーラを纏っていた。間違いないだろうな』
「……そういえば」
「なんだ、心当たりがあるのか?」
「兵藤と戦っている時、声が聞こえたんです。何を言ってるのか殆ど分からなかったけど、『力を貸してやる』って言ってた気がします」
「ほう、それは確定だな。赤龍帝の禁手の力を吸ったんだ。当然と言えば当然か」
『たとえ魂を幾重に刻まれていても、きっかけがあれば別という事か』
「ははは!流石、龍王の一角でありながらも邪龍なだけはある。なかなかしぶといな!!」
「え?ヴリトラって邪龍なのか!?龍王なのに!?」
「そんな事どうだっていいんだよ。で、これは直るんですか?直らないんですか?」
ヴリトラが邪龍なのは知っている。
問題なのは直るのか直らないのかだ。
「時間が経てば直るさ。しかし、ヴリトラの意識が覚醒しかけているのならこの計画に移れそうだ」
そう言ってアザゼルはどこからか取り出した紙の束を見せてくる。
紙には『匙元士郎強化計画』と書かれている。
「……なんですかその見るからに怪しいタイトルは」
「スッゲェ安っぽいな」
「うるさい!!いいかサジ、これは以前お前が言っていたヴリトラ系の神器を統一させる為の計画なんだぞ?」
「本当ですか!?……あれ?それって不可能って言ってませんでした?」
思わず反応してしまったじゃないか。
「ああ、昔のお前なら無理だった。が、今のお前さんなら出来るはずだ。ソーナからの許可は得ている。後はお前の判断次第だ」
「本当に……本当に出来るんですか?」
「ああ、もちろんだ。結構前から計画していたからな。準備は殆どできている。その為には『トレーニング』が必要だがな」
「わかりました。行きましょう」
「そうか、そりゃあ良かった。じゃあ今から行くとしよう」
アザゼルの笑みが深くなる。
一瞬嫌な予感がしたが、気のせいだろう。
何より『手札』が増えるのならば行くしかない。
「善は急げだ。リアス、俺は少し留守になる。ソーナにも伝えておいてくれ」
「わかったわ」
「さ、匙気をつけろよ?アザゼル先生の顔、なんか危ない顔をしてるぞ」
「怪我だけ気を付けてくださいね?」
「ああ」
足元が光り出す。転移で直接行くようだ。
視界が白く染まっていく。
兵藤の心配そうな顔が印象的だった―――――――――――
「ハッ!?」
何だよ今の?
ここに来るまでの過程を夢で見てたのか?
気が付けば先ほどの部屋とは違う場所に移っている。
「ん?なんだ。目が覚めたのだ」
ビン底眼鏡で白衣を着た男が自分を見下ろしている。
見るからに怪しい人物だが、なんだか周りを見れば機材も怪しいものがいっぱい。ドリルとかチェーンソーとか……。
……これはヤバい!!!
「ちょ、何するつもりだ!?」
起き上がろうとするが、それが叶うことは無かった。
此処でも手足が拘束されている!?
しかも、よくよく考えたら此処は手術台じゃないか!?
「気を失っているなら大人しかったのに残念なのだ。……まぁいいのだ。こっちがやる事には変わりはないのだ」
……やる事に変わりはない?
それを聞いた瞬間、アルマロスの言った言葉が蘇る。
『ぐははははははっ!貴様は『ヴリトラ怪人』としてこのグレゴリによって改造手術を受け、生まれ変わるのだ!!』
「離せぇえええええええええ!!俺、怪人になんてなりたくない!!刺激が欲しいとは思ってたけど、そんな刺激は欲しくないぞ!!」
「ああ!暴れるななのだ!大丈夫、痛みは一瞬なのだ。すぐに気持ちよくなるのだ」
「すぐに気持ちよくなるってどういうことだよ!?」
「何してるの?サハリエル。とっとと始めるわよ」
「ベネムネ、この素体メチャクチャ暴れるのだ」
ベネムネと呼ばれた女性は三つの黒い物体と、何故かドリルを持っている。
「別に暴れてても関係ないでしょ?折角の初実験なんだから早く始めましょう」
「それもそうなのだ」
また実験って言った!?
俺は実験素体なの!?
その為にここに呼ばれたのかよ!?
サハリエルはチェーンソーを持って近づいてくる。
エンジン音が部屋中に響き渡る。
「嫌だぁあああああああ!!なんでドリルとチェーンソーなんて持って近づいてくるの!?なんに必要なの!?」
部屋には窓のようなものが付いている。
そこには、アザゼル、アルマロス、その他数名がこっちを見ている。
どいつもこいつもニヤニヤしてやがる!?
「さぁ改造手術を始めるのだ」
いやぁああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
『匙元士郎強化計画』もとい『ヴリトラ系神器統合実験』概要
実験素体:匙元士郎
実験素体である匙元士郎本人の希望により「黒い龍脈」を核とし、「邪龍の黒炎」、「漆黒の領域」、「龍の牢獄」の統合、および『ヴリトラ怪人』として新たに生まれ変わらせるグレゴリ創設以来初の試みである。
実験提案者:アザゼル
実験協力者:堕天使幹部一同
匙の新しい力はまた次回。