「……クソッタレ。強すぎるだろ」
禁手状態の兵藤の力は圧倒的だった。
強いのは理解していたし、それにも勝てるように準備してきたつもりだった。
見積もりが甘かったか?
いや、たとえ知っていたとしても、対策をたてることはできなかっただろう。
兵藤と戦っている間に仁村はいつの間にか塔城に負けていた。
それなりにダメージは入っているようで、しばらくはまともに動けないだろう。
「まだやるのか?これ以上やったら本当に死ぬぞ!?」
ラインは飛ばしてもオーラにはじかれる。
手も足も出ないとはこういう事を言うのだろうか。
唯一の救いはアイツの右手に繋がっているラインははじかれていないという事だ。
あれが無ければ此方の勝利は無いに等しい。
「ハァハァ……ハァハァ」
体はボロボロだ。
それでも、コイツにだけは負けたくない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
満身創痍の体で殴りかかる。
「しつこい!!」
「ごふっ。ハァハァ……くそぉ」
また殴り飛ばされ、壁にぶち当たる。
―――――――――もういいかな?
右手のラインは繋がったままだから、兵藤もそう長くはないだろう。
あとは他の奴らが何とかしてくれるさ。
元々、赤龍帝に勝とうなんて無理な話だったんだ。
これ以上やっても、何も変わらないさ。
意識を手放しそうになったその時―――――――
『貴方なら兵藤君に勝てると信じていますから』
――――――――会長
倒れそうになったが、何とかこらえる。
『絶対に負けてはダメですよ?』
――――――――副会長
『負けちゃダメよ?元士郎』
――――――――由良
『兵藤なんかに負けるのは許さないんだから!』
――――――――巡
『元士郎君なら勝てるよ』
――――――――花戒
『元ちゃんファイトー』
――――――――草下
『匙先輩なら絶対勝てます!』
――――――――仁村
皆の言葉が蘇る。
ああ、そうだ。
俺は負けられないんだ!!
足があるのならまだ動ける!
右腕があるのならばまだラインは使える!
リタイヤしていないのなら、まだ戦える!
『布石』はうってある。あとはその時を待つだけだ!
「・・・負けられないんだ。たとえこの試合を見ている奴らはお前が勝つと思っていようと、俺の事を応援してなかろうと、そんなの関係ない!!
会長や眷属の皆は俺を信じてくれている!お前には……お前だけには、負けたくないんだ!!兵藤ォォォォォォォォォ!!!!」
『この気迫。神器に眠る黒邪の龍王・ヴリトラの力が匙の想いに応えているのか』
「マジかよ……。はは、ドラゴン系の神器の所持者って怖いな、ドライグ」
兵藤の後ろに向けてラインを放ち、店舗の商品棚を引っ張ってくる。
「甘いぜ、匙!!」
商品棚は兵藤の放った波動に破壊される。
が、そんな事分かってたさ。
「甘いのはお前だ、兵藤!!」
一本だけ軌道をずらしていたラインが引っ張る商品棚が兵藤を襲う。
結構勢いよくぶつけたつもりだったが、ダメージは大して入ってない様だ。
兵藤は此方を向き、吼える。
「俺だって、俺だって負けられないんだよ、匙ィィィィィィ!!!」
兵藤が拳を振り上げる。
ラインを束ねてガードするが、勢いを殺し切れず吹き飛ばされる。
「……負けられないんだ」
フラフラになりながらも立ち上がる。
「……初めてだったんだ」
一歩一歩、不確かながらも兵藤に向かって歩いて行く。
「……?」
「生まれて初めて、誰かの為に何かしてあげたいと思ったんだ」
「匙、お前……」
「空っぽだった俺に会長は居場所をくれた。色褪せた世界に色を取り戻してくれた。
そんな会長が夢を話しているとき、凄く輝いて見えた。その夢を叶えるのに俺なんかに手伝ってほしいって、自分の学校で先生をやらないかって言ってくれたんだ!」
「……」
「俺は会長の……大切な人の夢を叶えてあげたい!!それが、たとえ≪記憶≫に引きずられた感情であっても、それは俺自身の感情だって、あの人が教えてくれたから!!」
兵藤に向けて走り出す。
「何を言ってるのかは分からねぇけど、お前の本気は分かったぜ。でも、そんなの俺だって同じだ!!これは部長の初勝利がかかった一戦なんだ、俺もこんな所で負けるわけにはいかないんだよ!!!」
「兵藤ォォォォォォォォォ!!」
「匙ィィィィィィィィィ!!」
お互いの拳がぶつかり合う。
しかし、禁手状態の兵藤に力の押し合いで勝てるわけもなく、吹き飛ばされる。
痛い。
見れば右の拳は裂けて、血が出ている。
「こいよ、匙!!いつもの澄ました顔はどうした?テメェの全部ぶつけてこいよ!!」
「……上等だ!!」
立ち上がり、また吹き飛ばされる。
いったい吹き飛ばされるのは何度目だろうか?
ボロボロで、自分でも動いているのが不思議なくらいだ。
それでも自分の中の激情が体を動かしていた。
「負けられ……ないんだ!!」
何度吹き飛ばされようとも、体が動く限りまだ戦える。
「……会長の夢は、俺たちの夢は笑われる為に掲げてるわけじゃないんだ!!身分差の無い学校の何が悪い!!本当なら、会長の夢よりも頭の固い、古臭い考えを持っている奴らが笑われるべきなんだ!!なんで笑われないといけないんだ!!」
「俺は笑わねぇよ!!命をかけてるお前を見てるのに、笑えるわけねぇだろうがよ!!!」
「俺は……お前を超えていく!!お前を倒して自信を手に入れる!!それでやっと会長の隣を歩いて行ける、俺が……他の誰でもない『俺自身』としての夢への一歩を踏み出せるんだ!!」
絶対に負けられない!!
すると右手の黒い龍脈の龍の瞳が妖しく輝きだし、黒いオーラを纏いだす。
「なんだ、アレ!?まさか「禁手」か!?」
『いや、違う。アレはヴリトラの「ドラゴン」のオーラだ。気をつけろよ?相棒。おそらくもうラインをはじけないかもしれない』
「え!?ちょっと!!どういう事だよ!?」
兵藤はなんで慌てているんだ?
黒い龍脈から出たオーラはだんだん全身を包みだす。
不思議な感覚だ。力がみなぎる、というほどでもない。
ただ、頭の中に声が響く、低く不気味な声だ。
なにを言っているのかは殆んど分からないが、ただ一つだけハッキリと聞こえる。
『力を貸してやる』と。
兵藤に向けてラインを放つ。
「うわ!!あぶねっ!?」
かなり大げさに躱された。
躱した?今までオーラではじいてきたのに?
今までと違うのは、自分が黒いオーラを纏っていることぐらい。
だが、兵藤の反応を見て大方理解した。
体はもう限界に近い、勝負を決めるには攻め続けるしかない!
「どうした?オーラではじかないのか?」
「……さぁ?なんでだろうな?」
確定だな。
今度は複数のラインを伸ばす。
兵藤を捕らえるためではなく、商品棚、ベンチ、視界に入るありとあらゆる物に繋げ引っ張る。
「ちょっと、これは、量が多すぎだろう!?」
動いて躱したり、殴って壊したりしながら対応している。
タイミングを見計らえ――――――――今!!
『相棒!!匙が来るぞ!!』
「くっ!――――うわ!?」
『相棒!?』
バックステップで距離を取った兵藤の背中にラインで引っ張っていたベンチをぶつける。
バランスの崩れた兵藤に向けて、血まみれの右手を振り下ろす。
「痛っ!?」
殴った感触と共に傷口が更に広がる。
もう右手は使い物にならないな。
だが、目的は達成した。
「やられた、ラインが繋がれてる!!」
兵藤の左手にはラインがしっかりと繋がれている。
右手同様はじかれていない。
「もらうぞ、お前の『力』!!」
兵藤の『力』を吸い上げる。
『ッ!?不味いぞ、相棒。かなりのスピードで『力』が吸われている!!』
「力が?そんな感じはしないけど……」
『違う!!禁手の力が吸われている!!このままだと後数分しか維持できないぞ!!』
「なんだって!?」
今さら遅い。
禁手の力を吸ってしまえば、その厄介な鎧も、力もなくなるだろう。
禁手状態を解除すればあとはどうだってできる。
「ごふっ!!……ハァハァ」
血を吐きだす。ボロボロの体が悲鳴をあげている。
思ってたより、これはキツイ。
『無茶をする。禁手の膨大な力を吸えば体がもたないだろうに・・・』
そんな事は百も承知だ。
「なら、力を吸いつくされるまでに匙に止めをさすだけだ!!」
兵藤が此方へ駆け出してくる。
もう立っているのもやっとだ。
この攻撃を防ぐことも、躱すこともできない。
時間的にはそろそろのはず……まだか、まだなのか?
兵藤の拳が眼前まで迫る。
終わった。
しかし、兵藤の拳が届くことはなかった。
「あ……れ?体に……力が入らない」
『相棒?どうした相棒!?』
ガシャンッ!!と音を立てて倒れる。
「く……そ。なに……したんだ?」
やっとか。最高のタイミングで『布石』の効果が効きはじめたようだ。
「『呪い』だよ。最初の五回の攻撃で呪詛をお前に打ち込んでいたんだ。ヴリトラを宿しているからか、相性は悪くなくてな」
「……このやろう!」
「といっても、俺の魔力量じゃ時間がかかるし、それなりに抵抗がある奴なら簡単にレジストされる。でも、お前なら効くと思ってたよ」
「ついでに、教えてやるよ。お前の右手に繋がっているラインが吸っているのはお前の『血』だよ。最初から少しずつ、少しずつ吸っていたんだ。かなり血を失っているだろう。それに『呪い』が加わればもう動けない」
「じゃ……あ、最初……から!?」
「ベストはお前が鎧を纏う前に倒す事だったが、倒せなかった場合の保険さ。お前は強い。そして何度倒れても立ち上がる根性はある意味才能だよ。でも、言っただろう?俺を舐めてると痛い目を見るってな」
禁手を維持できなくなったのか、兵藤の鎧が解除される。
顔が真っ青だ。医療ルームに送られるのも時間の問題だろう。
「……俺はずっとお前を目標にしてきた。主の自慢の『兵士』のお前が、誰よりも真っ直ぐなお前が羨ましかった。同期なのに俺よりずっと前を歩いているお前の背中に追いつきたかった」
初めて面と向かって言う本音。
信じられない顔をしている。
「ライザー・フェニックスの一戦を見てから、お前をどうやって倒すのか考えてたよ。俺はお前を倒すために、ずっと牙を研ぎ続けてきた」
左手に魔力弾を作り出す。
力が大きすぎて全部は変換できなかったが、さっき吸った力の一部を魔力に変換していたから、あと一発は作れる。
「はは……知らなかった……な。舐めてるつもりは……なかったけど、どこかでお前を……下に見て……たんだな」
「このままでも、放っておけば医療ルームに送られる。でも、最後の止めは刺してやるよ」
「そりゃあ……ありがたい。これじゃ……味気ないし。でも……最後にいいか?」
「……なんだよ」
「次は……負けない!!!」
しっかりした声で宣言してくる。
「俺だって、負けるつもりはない!!!」
ドンッ!!
魔力弾にあたった兵藤は光の粒子となって消えていく。
「……え?イッセー先輩?」
塔城が信じられない目をしている。
まだ、動けないみたいだ。
仁村が頑張ってくれたのだ。せめて彼女にも止めを刺したいが、もう・・・無理みたいだ。
今までなんとか保っていた意識を手放す。
二人のいなくなった空間にアナウンスが鳴り響く。
『リアス・グレモリー様の『兵士』一名、ソーナ・シトリー様の『兵士』一名、リタイヤ』
「禁手」の力って吸えるのかな?吸えるよね?吸えることにしておいてください!
その分、膨大な力なので体にダメージが入ります。
そして、イッセーも完全ではないからこそ出来た芸当です。