先日の聖剣事件は意外にも呆気なく終わってしまった。
聖剣を奪い、戦争を始めようとしていた堕天使の幹部のコカビエル。
駒王学園を舞台にグレモリー眷属が健闘したが、突然の乱入者によってケリがつけられた。
白龍皇。
自分たちが張った結界を難なく壊し、突然現れた奴はコカビエルを瞬殺したのち、何処かに飛んで行ったらしい。
遠目でしか見ていないが、あれほど背筋が凍りつくような悪寒は初めてだった。
それ程に感じる圧倒的な力の差。
ずっと無関係だと思っていた。
まともに命のやり取りなんてすることは無いと思っていた。
目標はあるが、ある程度強くなれれば良いと思っていた。
しかし、それだけでは何も守れない。
今回の件で改めて分かった。
俺は―――――――――――弱い。
「元ちゃん?」
「……ん?」
目の前いっぱいに巡の顔。
「巡、ちょっと近くないか?」
「無反応な上にちょっと近いで済むの!?」
手を地面につき、明らかに落ち込む巡。
そんな巡を花戒が慰めている。
今日は珍しく生徒会の2年で集まり、屋上で昼食をとっているところだ。
教室を出るときの友人の視線が印象的だった。
「元ちゃん、この前からずっと眉間にシワがよってるよ?」
こんな感じに、と眉間にシワをよせる草下。
彼女がやると変顔に見えるのは気のせいだろう。
「いや、ちょっと考え事をしてた。気にしないでくれ」
「あら?こんな美女たちに囲まれて考え事なんていただけないわね?」
「美人であることは否定しないさ。由良は黙っていれば、が付くけどな」
「手厳しいわね。私だってか弱い乙女なのよ?」
「どこの乙女に素手で岩をぶち壊す奴がいるんだ?」
「ここにいるじゃない?」
以前『戦車』の力はどれくらいなのか聞いたらデカい岩を持ってこられ、それを目の前で破壊されたときは肝が冷えた。
「でも元士郎君、何か『悩み』があるんだったら話してよ?」
「大丈夫だよ、花戒。次、体育だから先に戻るよ」
嘘だ。本当はまだ時間がある。
しかし、これ以上いたら逃げ場がなくなりそうだった。
花戒の『悩み』は多分≪記憶≫の方だ。
以前と比べると楽にはなったが、それでも、未だに≪記憶≫が蘇るたびに調子が悪くなる。
出来る限り≪記憶≫には触れて欲しくない。
それは今でも変わらなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「逃げられたわね……」
「元士郎、こういう時はすぐに逃げるわよね。よっぽど触れて欲しくないみたいね」
巡と由良は残念そうな顔をする。
最近の匙は悩んでいる。付き合いは長くないが毎日顔を合わせるのだ。
そんなの見てれば分かる。
今日、昼食に誘ったのはその悩みを聞きたかったのも一つだが、本当の目的は別だった。
「元ちゃん、時々顔が真っ青な時があるよね。前みたいに倒れることは無いけど……」
匙が悪魔になったばかりの時、戦闘訓練の途中で突然倒れる事件があった。
最初は無理しすぎて倒れたものだと思っていたし、そう聞かされていた。
それでも、何となく引っ掛かりを全員が感じていた。
「私たち信用されてないのかなぁ」
花戒の言葉で場の空気が一気に重くなる。
よくよく考えたら皆クラスが違うから匙と会うのは、ほぼ生徒会室のみだ。
昼も一緒に食べるのは今日が初めて。
誘おうとしたことは何度も有るが、いつも友達と食べるからと断られてきた。
根気よく誘って、やっと話の場ができたが逃げられた。
普段の会話から聞こうとしてものらりくらりと躱される。
どこか全員に一線を引いている。そんな感じだった。
「会長は知ってるのよね?元ちゃん、会長だけには心を開いてる感じだし」
「多分ね。二人でチェスやってるときは凄く楽しそうだし」
「私も会長にそれとなく聞いてみたことがあるけど、はぐらかされちゃった」
「でも、仲間なんだから話して欲しいよ」
「「「「……はぁ」」」」
巡、由良、草下、花戒はそれぞれため息をつく。
「ここまで私たちを悩ませるなんて元士郎は罪な男ね」
「大した悩みじゃなかったらぶん殴ってやるんだから」
「私はなにか奢ってもらおうかなー」
「……ところで三人とも?」
花戒がある事に気が付いた。
「「「……?」」」
「そろそろ授業が……」
四人の少女はあわてて屋上を後にして自分たちの教室に向かっていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
放課後、匙は悪魔稼業で召喚されていた。
お得意様の部屋じゃない。
珍しくいつもと違う、初めての人に召喚されたようだ。
「よぉ悪魔君。呼び出して悪いな」
目の前には自分を呼び出したであろう人物。
中年ぐらいだろうか?いつも老人ばかりだから、かなり若く見えた。
「これも仕事ですから。呼んだ理由はなんですか?」
「いやぁ、いつもの悪魔君が呼べなくなったからな。暇つぶしの相手が欲しくて呼んだんだ」
いつもの悪魔君?
どういうことだ。
「この前の悪魔君は召喚陣からこれないから、いつも自転車をこいできてたよ。ドタキャンされた事もあったな」
……誰か分かってしまった。
「ところで君は何が出来るんだ?」
「とりあえず、暇つぶしぐらいはできますよ?」
見たところ色々なものがある。
ボードゲームにテレビゲーム、人生ゲームもある。
「ほぉ、じゃあコイツは出来るか?」
そう言いながら出てくる将棋盤。
最近チェスばかりだから久しぶりに見た気がする。
「もちろん、得意ですから」
最近ソーナとのチェスで勝てなくなってきたのだ。
最初は意外な手を使いながら勝ってきたが、それすらも読まれると段々勝てなくなってきた。
少しフラストレーションが溜まってきたところだ。
「良い顔だ。じゃ、勝負といこうじゃないか」
数十分後
「「……」」
沈黙が続く。かなり拮抗した勝負だったが、男の方に軍配が上がった。
「なかなかやるじゃないか、悪魔君?」
「そちらこそ、負けるとは思いませんでした。まさかプロだなんて言いませんよね?」
なんか格好もそれっぽいし。
「そんなんじゃないさ、ところで名前を聞いてもいいか?」
「匙です。匙元士郎。貴方は?」
「アザゼルだ。堕天使共の頭をやっている」
アザゼル?どこかで聞いたような。
「はぁ!?」
「お、良い顔だな。赤龍帝ほどじゃないがな」
「堕天使の総督が俺なんか呼んで何をしたいんですか?」
「言っただろ?暇つぶしだよ」
「……暇つぶしにはなりましたか?」
「十分さ、久々にここまで熱くなったからな」
満足そうに笑っている。
「ところで匙?お前さん神器を持ってないか?俺は神器の改造とかが趣味でな。見せてくれるだけでも構わんのだが・・・」
「……兵藤と比べると面白くないですよ?」
左手に黒い龍脈が発現される。
「ほぉ、『黒い龍脈』か。確かに珍しいもんじゃないな」
「神器に詳しいんですか?」
「そうだな、他の奴等よりは知ってる自信があるぞ?楽しませてくれた例だ。なんでも質問に答えてやるよ」
それは良いことを聞いた。
これを機に全部聞いておこう。
「コイツの能力、相手を拘束する以外にないんですか?」
アザゼルはニヤリとする。
「なんだ、知らないのか?そいつは拘束した相手の力を吸う事が出来るんだ。自分のラインを切り離して別の物に接続することも可能だ」
へぇ、コイツにそんな能力があったんだ。
相変わらず地味な能力だな。
いや、内容によっては使えるかもしれない。
「力以外は吸えないんですか?」
「良い質問だ。答えはYesだ。鍛錬次第では出来るようになるだろうよ。ちなみに何を吸いたいんだ?」
「……そうですね、例えば『血』とか」
「血?なんでそんなもんを?そりゃあ出来るだろうが、ヴァンパイアの真似事でもしたいのか?」
「ちょっと、面白いことを考えたので。まだあるんですけど良いですか?」
「熱心だな。良いぞ、俺も神器の話が出来て楽しいからな」
「ヴリトラは封印される際に魂を幾重にも刻まれたから、ヴリトラ系の神器はいくつもあるんですよね?どのくらいあるんですか?」
「全体の数は分からんが、大まかに分類すると四種類だ。お前さんの『黒い龍脈』とそれ以外に『邪龍の黒炎』『漆黒の領域』『龍の牢獄』がある」
「元々一つだったんだから、兵藤のアスカロンみたいに一緒にできないんですか?」
本命の質問をする。
能力が複数あればそれだけ戦い方が変えられる。
ふむ、と顎に手をやり考えるアザゼル。
この反応を見る限り不可能ではなさそうだが。
「結論だけを言うならYesだ。だが不可能に近い。神器を一体化させるってのは、思ってるほど簡単じゃないんだ。魂レベルでつながってるものだから、間違いなく死ぬだろうな」
「……そうですか」
一番やりたかったことだったが、死ぬなら仕方ない。諦めよう。
「お前さん、面白い考えをするな。なんだ、そんなに力が欲しいのか?」
「欲しいですね」
匙の即答に笑みを深めるアザゼル。
「ほぉ、なんでそんなに力を求める」
「大切な人を守りたいから」
「……成程、ヴァーリとはまた違った理由だな。しかし、能力が増えただけじゃ敵には勝てないだろ?」
「意外とそうでもないですよ?」
「……」
黙って話を聞くアザゼル。
「戦いにおいて重要なのは単純な力ではなく、持ってる『手札』の数だと思っています。どんな奴にも相性がある。『手札』が多ければ弱点を突きやすいし、『最弱の手札』も相手やタイミングによって、その場において『最強の手札』になりえるものですよ?トランプとかのカードゲームみたいにね」
「……ふふ、ははははははは!!面白いなお前!!そうか、お前さんにとって戦いはカードゲームと一緒か!!いや、悪い、くくく。ガチガチのテクニックタイプの考え方だが、まさかカードゲームと一緒にされるとは思わなかった!!」
なんだか自分のやり方が否定されたようで気に入らない。
「乳を求める赤龍帝も面白いと思ったが、お前さんも相当だな!!まぁ、そう怒るな。褒めてるんだよ、一応な。」
「褒めてるように見えませんがね」
「すまんすまん。いやぁ、楽しい時間だった。セラフォルーの妹にもよろしく言っておいてくれ」
「……色々と気になりますが、いい加減に帰ることにします。やってみたいことも出来たので」
足元に帰還するための魔方陣を発動させる。
「じゃあな、匙。また会うことになるだろうけどな」
「次会ったら、神器の話をもっと詳しく話してもらいますから」
「良いだろう。嫌ってくらいに話してやるよ」
視界が光に包まれる。転移が発動したようだ。
神器の統合の話は残念だったが、良いことが聞けた。
思い浮かべるのは赤い鎧に身を包んだ男の背中。
見てろよ?兵藤。
そんな匙の顔はいつも以上に黒い笑顔だった。