転生!Lyrical Music Start! 作:yatayata
※オリキャラ有りです!
「じゃじゃ〜ん!おとうさんにかってもらったんだ〜」
「おおっ!ことりちゃんのは白なんだー!めずらしいね!ほのかのは、オレンジだよっ!」
目の前には、背中にカラフルで大きな直方体を背負った穂乃果ちゃんとことりちゃんが、嬉しそうにそれらを見せ合いっこしている。そのキラキラと輝く新品の直方体に、思わず自分の唇がう〜と唸ってしまいそうになる。
「はわわ〜わたしたちも、もうすぐ小学生だね!ほんとうに友だちひゃくにんできるかな〜?」
「ことりはね?ほのかちゃんとなのはちゃんと同じ学こうにかよえるのがとってもうれしいなあ〜」
……そう。実はつい先日俺と穂乃果ちゃんの卒園式があったばかりなのだ。
俺としては前世の記憶が蘇ったこと位しか大きなイベントは無かったわけだが、これで幼稚園児らしいほのぼのとした日々が終わりを告げるのだ。少々感慨深いものがある。
……でも小学生でもそこまで変わらなくねぇ?むしろ、ただ遊んだりぐーたらしてただけでいい幼稚園時代と違って、足し算引き算といった超初歩的なものを改めて授業で教えられなければならないという、成人を一度迎えた者にとっては最早苦行としか思えないような生活が始まってしまうのだ。思わず戦々恐々してしまう。かといって、それを理由で飛び級や他の学校に転入するのも嫌だ。折角穂乃果ちゃんとことりちゃんという親友が作れたのに、その関係を自分から壊すのも阿呆らしいではないか。まあ、授業はなんとか前世の中学時代に身に付けた『話はちゃんと聴いてる風に見せかけての脳内会議』というスキルを発揮して乗り切ろうっと。
「ねえねえ、なのはちゃんのランドセルはどんなのなの?」
おっと、いよいよ此方に話を振られてしまったぞ。穂乃果ちゃん、手ぶらの俺を見て察してくれよ!いや、流石に幼稚園児にそれは無茶ぶりだったのかもしれない。
話は戻るが、実はつい先ほどまで俺たち三人は外で遊んでいたのだが、会話が小学校とランドセルの話題になり、『そうだ、これからみんなのランドセル見せあいっこしようよ。今からわたしのいえにしゅうごうね!』という穂乃果氏の号令によって、先程までの光景に至る訳である。
期待の眼差しで聞いてくる穂乃果ちゃんには悪いんだけどさ、実は俺まだ……。
「えっとさ……何といいますか……。じ、実はまだ私、持っていないのです。えっへん」
「あっ……」
えっへんて何だ。
それに穂乃果ちゃん、ことりちゃん、そんな気遣うような視線は頼むからよしてくれ。確かにこの時期になってまだランドセルがないとは思わなかっただろうに。
「ご、ごめんね。そうとはしらずに、ことりたち……」
「いや、いいのいいの!気にしないで!どうせもうすぐ買って貰えるから!」
そう、別に俺は何とも思っていない、何とも思ってないのだ。二回言ったのは特に理由はない。羨ましいとか思ってないんだからな!
そして、三人の間に漂う微妙な空気。
ああ、こんなことなら、さっき見栄を張らずに『わ、私のランドセル?そりゃあ凄いよ、なんたって色々凄いんだから!』とか言わなければ良かった。この身体になってから、肉体に伴って精神年齢も低くなっているという推測にもっと自覚するべきだった。
それから、二人は何気無くランドセルを降ろしたあと、何事も無かったかのように三人でトランプで遊んだりした。
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「「じゃあねー。お邪魔しましたー」」
お別れの挨拶をし終えた俺は、穂乃果ちゃん家から思いっきり無言で駆け出した。それはもう、道中の三毛猫や出前のお蕎麦屋さんにも目をくれず、ダッシュだ。その時の俺は、きっと何よりも速かったに違いない……(イケボ)。
それにしても、もう再来週には小学校の入学式だというのに、何故ランドセルを未だに買って貰えないのだろうか。両親に言っても適当にはぐらかされるだけだし。あれか、風呂敷包みで登校しろというのか!?
そして勢いよく我が家の扉を開ける。
きっと今の俺は、もし仮に青い猫型ロボットが居候でもしていたら、その名を天空に轟くまでの大音量で呼んでいたのかもしれないが、あいにく我が家にそんな面妖な奴はいやしない。
着くや否や、すぐにでもお母様に懇願しに行こうとするが、ここで玄関に見覚えの無い靴が一足有るのに気付いた。
黒いエナメルのパンプスだ。母上がこういうのを履いているのを見たことがないので、恐らくお客さんのものなのだろう。
「だれか来ているのかな……?」
様子を伺ってみると、どうやらリビングに誰かしらいるようだ。顔だけでも出しておこうかとそこに向かうことにした。
「ただいまー」
ドアを開いて帰宅の挨拶を。すると、キッチン沿いのテーブルには我がお父さんとお母さんが座っており……中央のソファーには、見知らぬ女性がティーカップを片手に寛いでいるのが分かった。
一目見て、この人は単なる他人同士では無いと感じたのは、その整った顔立ちが我が母上のそれとそっくりであるからだろう。しかし、「おっとりお嬢様系」の母上とは違って、この女性は「何でもこなせるクールビューティー」のオーラを絶妙に醸し出している。
黒のビジネススーツにその身を纏い、肩に掛からない程度の清潔感溢れる茶髪と、スタイリッシュな眼鏡を着こなすその姿は、正しく仕事ができる系の女そのものだ。
彼女は俺が来たのに気づくと、ティーカップを目の前のテーブルに置き一息ついたようだ。
「……おかえりなさい。久しぶりだね、なのはちゃん。って言っても、流石に覚えているわけないか。こうして会うのは4年振り位になるものね」
「は、はい。どうやらそのようでして……。あの、失礼ですがどちら様でしょうか……?」
不味い、しくったぁぁ!。こんなこといきなり口に出す六歳児がいるもんか。皆さん薄々お気づきであるかもしれないが、俺はこういったイレギュラーな事態はとことん苦手であり、人並みに人見知りな性格なのだ。いきなり初対面の「いかにもできる系」のオーラビンビンの女性に声をかけられてしまい、つい素の俺の反応が出てしまった。
そんな些か子供離れした俺の返答を聞いた途端、彼女はきょとんとした顔になり、
「ふっふふふ。まさか六歳児にいきなり『どちら様でしょうか?』なんて言われるとは思わなかったわ。ちょっと、桃子、あんた一体どんな教育すればこんな面白い子に育つのよ」
口元が跳ねるように笑いだした。そんな反応に、思わず俺もポカンとなってしまう。
「ふふーん、だから言ったでしょう?うちのなのはは、お利口さんなの。これも私の高すぎる育児スキルの賜物ね」
「まーたお前適当なこと言って。この前なんか、なのはにアイロン掛けっぱなしにしてたって叱られてただろうに。高すぎる育児スキル(笑)」
見当違いな事をいってドヤ顔する母上と、そんな彼女にやれやれ、と苦笑し煽る父上。
なんだろう、すっごい恥ずかしくなってきた。
なにおう!と自分の夫にに言い返そうとする母上に苦笑しつつ、その女性は俺に改めて向かいなおした。思わず俺も居住まいを正してしまう。
「あのバカップルは置いとくとして……失礼、自己紹介がまだだったわね。私は『高町 桜子』。君のお母さんの姉よ。本当はもっと早くになのはちゃんに会いにきたかったんだけど、仕事の方が立て込んでて、なかなかこっちに来れなくて。気軽におばさん、とでも桜さん、とでも読んでくれて構わないわ」
「は、はい。よろしくお願いします。桜お姉さん」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれちゃって。行儀もすこぶるいいし、とてもあの子の娘さんとは思えないわね」
まさか俺にこんな美人で有能そうな叔母が居たとは……。ってか、何故か我が家は里帰りも父方の方だけだったし、母方のお祖父ちゃんお婆ちゃんも数回会ったことがある程度で、桜子さんのことは知らなかったのだ。
それに高町って母方の名字だったのか。
「いやーありがとうございます。それであの、桜お姉さんは普段どんなお仕事をなさっているんですか?」
「そんなに畏まらなくてもいいのよ。親戚同士、もっとフランクに行こうじゃない」
「いえ、だって。桜姉さんがすっごいカッコいい女性だったんで。思わずびっくりしちゃったんすよ、はい」
「話せば話すほどなのはちゃんが本当に六歳児なのか疑問に思えてきたわよ。全く面白いわね、君は。それで、私の職業を聞いていたのよね。私は一応、芸能系の仕事をしているわ」
「ほえー凄いっすねえ。やっぱ見るからにできる女、って感じしますもん」
「ふふっ。褒めても何も出ないわよ」
芸能系かあ。もうバリバリ働くマネージャー、はたまたジャーナリストといったところなんだろうな。歳も母上と対してそう違ってる訳でもなさそうではあるし。
先程から気になっていたのだが、俺の視線が傍らに置いてある大きめの箱の方にチラチラと向けられる。リビングの中心に位置するテーブル上のソレは、ピンクのリボンで派手にラッピングされており、妙にその存在感を主張していた。
「ふふ、気になる?いやね、私としても可愛い妹の可愛い一人娘に長らく会ってやれなかったことが心苦しくて。私から、せめてもの入学祝いよ、なのはちゃん」
「え、本当ですか!ありがとうございます!」
子供のうちは下手に遠慮なんかしては駄目だ、素直が一番である。ということで俺も満面の笑顔で感謝の言葉を口にしつつも、丁寧にラッピングを開封していく。ふふん、この瞬間のワクワク感といったら、子供の時にしか味わえない醍醐味の一つだよね。
「おおう、これは……!」
「奮発してそこそこいいの買ってきたのよ。なんたって、なのはちゃんがこれから六年間使うものだからね。本当はもう少し早く届けてあげたかったんだけど、桃子が折角だから直接渡してやれーなんて言うから。仕事の関係で渡すのが遅くなっちゃった、ごめんね。」
その中身は、なんと——待望の、ランドセル。
六年もの月日の間、苦楽を共にする相棒だ。
「色は桃子から聞いて、なのはちゃんの好きな緋色にしたんだけど……。どうかな?気に入らなかったら取り替えて貰うけど」
「いやいやっ!すっごい嬉しいです。本当にありがとうございますっ!さ、早速背負ってみてもいいすか?」
「いいも何も、なのはちゃんの物なんだから、思う存分にどうぞ。気に入って貰えて嬉しいわ」
前世と合わせて二度目となるランドセルだが、俺の精神のピュアな領域はこの新たな相棒に大はしゃぎだ。
その素人目でもわかるような肌触りの良さ、背負ってもその重さを感じさせない軽量さ、さらにあちこちに拵えている小鳥の刺繍のセンスの高さ、どれをとっても一級品である。
「みてみて、お父さん、お母さん。桜お姉さんからこんなに良いランドセル貰っちゃったよ〜!」
「あら、本当。良かったわね〜。なのは。とっても似合ってるわよ。流石私の娘」
「ああ、すっごい似合ってるぞ。流石俺の子。いやそれにしても本当に立派なものを頂いて……お義姉さん、ありがとうございます」
当然の如く両親にも見せびらかす。
ついつい嬉しくなって、あのCMのように小躍りをしてしまう。お前はしゃぎすぎだろ!とは自分でも思う。
「んらッらッらんランドセルはっ〜♪んてってってっ天使のはっね〜♪」
いや、このランドセルの会社は決してセイ○ンではないが。
「ホントにありがとうございますっ!桜子お姉様!肩でもお揉みいたしましょう」
「ふふっ。調子がいいところはまるで桃子にそっくりね。それじゃあお願いしちゃおうかしら」
この人いい人だ……。子供心ながらにそんなことを思いながら、それから桜子さんと一緒に夕食を食べたり、お話をしたりした。
どうせだから、と一緒にお風呂にも入ったりもした。前世の俺のままだったらそれだけで気絶死しそうなイベントだ。桜子姉さんのナイスバディっぷりは、彼女の名誉を死守するために極秘事項とする。
「……ねえ、なのはちゃん。最近好きな歌とかある?」
「え〜と、そうですね〜。結構ありますよ。最近はトワイライトの『happy』とか、ぶるーべりー娘の『ツインテールラブ』とかハマってますね」
「あら、意外ね。アイドルの曲結構聞いたりするんだ」
マネージャーになろうと決めてから、密かに今人気のアイドルを片っ端から調べて研究し始めたのだ。六歳にして世間一般では隠れドルオタと呼ばれる存在になろうとは、我ながらなんとも業が深い。ということで、今有名で無難なアイドルの曲をあげてみたのだが。
「それってどうゆう意味ですか。私は至って平凡な一幼稚園児ですよ」
「あはは、色々突っ込みたいところだけど。なのはちゃんて凄い丁寧な口振りじゃない。てっきり真面目っ子ちゃんでアイドルとか興味ないと思ってたわ」
「いえいえ、私ほど真面目という概念から程遠い女の子はいませんよ」
「誇っているのか自虐しているのか分からないわね……。そうだ、その歌ちょっと歌ってみてよ」
「?別にいいですけど……」
風呂で歌を歌うのは前世からやってることだし、人前で歌うのはちょっと恥ずかしいけども桜子姉さんなら別にいいだろうと即座に了承する。
「あいする〜そ〜のを〜かみに〜♪」
俺は普段のように何気無くのんびりと歌っていたのだが、それ聴いてる間時折何かを探るような顔付きをしていた桜子さんが、妙に印象に残った。
そして、桜子姉さんが帰宅する時の話。俺は桜子さんに貰ったランドセルを背負いながら家族みんなで見送りをしていた。
「それじゃあね、お姉ちゃん。お仕事大変そうだけど、またいつでも来てね」
「ええ、桃子こそ体調に気を付けなさいよね」
「今度こそ、極上のシュークリームをご馳走しますよ、お義姉さん」
「ふふ、楽しみにしてるわよ。士郎くん」
「また来てくださいね!桜子さん!」
「それじゃあね、なのはちゃん。今日は来てよかったわ。なのはちゃんの笑顔が見れたし、……それに思わぬ収穫もあったしね」
何やら小声で意味深な事を呟いていたが、母上と父上と何かあったのだろうか。
何はともあれ、桜子さんは最後までカッコイイ仕草で去っていった。
俺の憧れの女性がまた一人増えた、そんな一日だった。