転生!Lyrical Music Start! 作:yatayata
窓から差し込む朝光が眩しくて、思わず目をこすりつける。
「ふわ〜わ」
淡いまどろみの中、もぞもぞとベットから身を乗り出して、枕元の目覚まし時計を覗き込む。
なんだ、まだ5時か。
どうやら俺にとってはかなり珍しい、早起きというものをしてしまったらしい。
このまま起きてしまうのもなんだか癪なので、未だほんのり暖かみを保っている自分のベットに飛び込んだ。
あゝ〜この感覚が心地いいんじゃ〜。大っぴらに二度寝できるのも、子供ならでは、だよね。今日は日曜日なので何も急ぐこともないし。
うーんと、今日の午後の予定は確か……。
そうだ。たしか穂乃果ちゃんと一緒に、ことりちゃん家にお見舞いしに行く約束をしてたんだった。
——つい先日、ひょんなことからお友達になった近所の子供『南 ことり』ちゃん。
何というか……一目見て、何処か見覚えのある風貌だなと思ったら、彼女の名前を聞いてビンゴだった。
そう、彼女もラブライブ!の原作に登場する人物、すなわち未来のμ'sのメンバーであるのだ。
そんな彼女が、何の因果か私達2人と出会い、友情を築くことができた。いや、この場合、ことりちゃんは穂乃果ちゃんと何らかの形で出会うのが元から確定されていたのかもしれない。原作では、ことりちゃんは穂乃果ちゃんの幼馴染ポジションだったことだし。 あの日以来、何度も三人で一緒に遊んだ。
それにしても、ことりちゃんの幼少期にあんな悲しい過去があったとはな。保健委員をやっていたのも、もしかしたらその事が少しは関わっていたのかも。
まあ、あくまでこの世界ではって話だが。
俺というイレギュラーが存在している以上、この世界はそっくりそのままラブライブの原作だとは言い切れないのだ。
もしかしたら、これからもそういったイレギュラーと出会うことになるかもしれない。
……まさか、μ's自体が結成されないとかいう展開はないよな?
うん、それについてはあんまり深く考えないようにしよう。
とはいえ、穂乃果ちゃん以外の原作キャラに初めて遭遇した訳で。
意外とあれから動揺している自分が居ることに気づく。頭では分かっていたのだけど、やっぱりこの世界はラブライブ!のものなのだろうと改めて認識した気分だ。
記憶を思い出した直後は、この世界をちゃんと現実と受け止め、相手をキャラ扱いするのは避けようとしていた訳だが、いざ目の前にするとやはり色々考えてだしてしまうのだ。
穂乃果ちゃんは気付いた時からずっと幼馴染でずっと一緒に遊んだりしていたわけだし、あまりアニメのキャラクターという感覚はなかったことだし。
ということで、今迄何と無くぼんやりとしていた10年後の未来をシュミレートしてみることにした。
ふむ、やはり何らかの形でμ'sに関わりたいと決心した以上、ただメンバーの幼馴染、友達ポジションというだけじゃ弱い気がしてきたな。
さて、どうするか……。
ここで俺がμ'sのメンバーに加入する、というのは論外だ。俺が前世で心酔したμ'sというグループは、あの9人のメンバー揃ってのものだし、あのメンバー以外のμ'sなんて俺は見たくない。
では、有能モブと謳われた、ヒデミカフミの中に紛れ込むか。
それもいいかも知れんが、ウチはμ'sの成長と活躍をより近いとこから見てたいんや!我儘ですまんな。
だとしたら……。マネージャーポジなんてどうだろう。
常日頃からμ'sのありとあらゆる活動をバックアップ。当然、メンバーとのやり取りも増えるし、一番近いところからμ'sを見守ることができる!うん、これがいいんじゃあないかな。
となると、優秀なサポートができるマネージャーになるために、早いうちから準備をしておいた方がいいだろう。
メンバーの体調管理の一環として、効率のいい練習メニューやヘルシー食の勉強をするのもいいかもしれない。あ、それと練習のアドバイスもできた方がいいだろうから、歌とダンスも嗜む程度は会得しておいた方がいいかな。
楽曲方面においても、元々前世で楽器経験があるからある程度のサポートはできるだろう。
ポリシーは「こんなこともあろうかと」だ!
というか、よくよく考えれば原作ではよくもまあ彼女達だけで日頃の練習の管理、作曲やダンスの振り付けまで手が回っていたもんだ。
あれはあくまでアニメなのだから、というのは言い訳はこの世界では通用しないだろうし、全力でバックアップできるような人材が居た方が望ましいだろう。
いや、別に彼女達を見くびっていたりその能力に疑いを持っているわけじゃないよ?でも人間、万能ではないし、何かあった時にそういうポジは必要になるだろう。先程も言ったが、この世界が原作通りに進むとは限らないし。
よし、何となくだが、今後の行動指針の目処はついたぞ!
とりあえず、もうすぐ始まる女児向けアニメのEDを見ながらダンスの真似事から始めてみよう、そうしよう。善は急げ、だ。
……すぴー。
そう決意を新たにしていたら、いつの間にか再び夢の世界へ旅立ってしまっていたようだ。
なんとも侮り難し、二度寝の魔力よ……。
何とか八時半前には起きることができました。
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「うっすー!穂乃果ちゃん!今日も可愛いね〜〜。うりうり」
「や、やめてよ〜なのはちゃん。このー!おかえしだー!」
待ち合わせ場所につくなり、会話だけ聞くとまるでバカップルのような所業を道の往来でしだす我ら二人。
だが安心して欲しい。私達は女同士で、何より年齢が二桁にも届かない子供である。ただ微笑ましいやりとりというだけだ。あまり自分をこんな風に客観視したくはないが。
ことりちゃんの家は、今まで一緒に遊んだ帰りに何度か見たことがあるので道に迷うことはないだろう。
「それにしても、ことりちゃんのいえにいくのははじめてだね!たのしみだな〜」
「おいおい、穂乃果ちゃん。楽しみにしてるとこ悪いが、今日はお見舞いに行くんだから。いい?あんまりことりちゃんの家で騒がしくするんじゃないよ?」
「むーわかってるよー。なのはちゃんはすぐそうやっておかあさんみたいなこというー」
歩きながら頬をぷくーと膨らませているのだが、いまいち信用ならない。
というのも、この娘は、どこの野生児だ!と言いたくなる位に元気に動き、元気に遊ぶ。
良く言えば活発、悪く言えば落ち着きがないのだ。こんな小さい頃から「だって可能性感じたんだそうだススメ」的な思考の持ち主だったのだろう。
そんなこんなで、同じ学区内ということもあるのだろう、あっという間に南家前に到着である。
早速俺がインターホンを押そうとするも、
「こ〜〜とりちゃ〜〜ん!あ〜そ〜ぼ〜!!」
隣のやんちゃな幼馴染様の元気な発声により、それは遮られてしまった。
思わず、首がガクっとなる。こやつは言っとるそばから……。というか、この時勢に珍しい誘い方だな。
流石下町の江戸っ子である。
「ってもう!穂乃果ちゃん!だから静かにするんだってば!遊びに来たんじゃないっての!可哀想に、ことりちゃんは今も病床に伏せて……」
思わずそう穂乃果ちゃんを注意しようとした矢先、南家の二階の窓がガラッと開いた。
そして、中からことりちゃんが手を振りながら満面の笑みを覗かし、
「おーい!ふたりとも〜!ことりはここだよ〜!」
「わァ〜!ことりちゃーん!げんきー?」
「うん!きょうはなんだかとってもちょうしがいいの!はやくへやにおいでよー」
「うん!そうときまったら、いくよ!なのはちゃん!」
……案外元気なのね。
まあ、二人ともとても楽しそうで何よりです。
穂乃果ちゃんが俺の手を引っ張って歩きだそうとすると、玄関から一人の若い女性が現れた。
「あらあら、可愛らしい声が聞こえてきたと思ったら。貴女達がことりのお友達ね。いつもあの子がお世話になってます、ことりの母です。今日はゆっくりしていって下さいね」
げぇ〜〜!?理事長!?
……じゃなかった。俺たちはまだ音ノ木坂学園の生徒でもないし、流石にこの若さでそんな役職に着いているわけないか。
この台詞は10年後までとっておこう。
というか、ことりちゃん似のとっても若くて美人なお方が、不意ににこやかな挨拶をしてきて、思わず緊張してしまった。……いや、ことりちゃんがお母さん似なのか。
それにしても、ウチの母上、穂乃果ちゃんのママンに加えことりちゃんのお母さんまでもが若くて美人さんとかなんなんだよ、この世界。
「こ、これは丁寧にどうも。私、高町なのはです。ことりちゃんと仲良くさせて頂いております」
「こうさかほのかです!」
「あらあら。聞いてた通り、二人ともご立派ね。さ、玄関で立ち話もなんですから、どうぞ上がって下さい」
「「お、お邪魔しま〜す」」
***************
ことりちゃんの部屋は、流石ピュア属性といわんばかりのファンシーなものであった。
可愛らしいヌイグルミが部屋のあちこちにある。
「わあーすごいねー。かわいい〜」
「えへへ、いいでしょ〜」
アルパカのヌイグルミをもっぎゅーすることりちゃん。なんか見てるとほのぼのするね。
「ことりちゃん、何はともあれ、元気そうでなによりだよ」
「ありがとう、なのはちゃん。きのうおとといはちょっとつらかったけど、きょうはなんかだいじょぶそうなの」
「そうなんだ!よーし、そうとなればみんなでかくれんぼしようよっ!」
「おいおい、病み上がりにそれは流石にきついっしょ……」
「あはは……できればことりも、もっとおとなしいおあそびがいいな」
穂乃果ちゃんはちょっとしょんぼりしてしまうが、仕方ない。子供ってこんなもんだ。
と、そうだ。今のうちに渡しておこう。手に持っていた紙袋をことりちゃんの方に向ける。
「あ、忘れないうちに、はいこれ。お見舞いの品です。中身はうちの超人気メニュー、翠屋のシュークリームだよ」
「ほのかからも!はい、ほむらのおまんじゅう!」
「この前うちで遊んだ来た時、ことりちゃんとっても美味しそうに食べてたからさ。おねだりして奮発してきてもらったよ。家族皆で食べてね」
「わあああ〜!ふたりともありがとう!やった〜」
なんとも嬉しそうにはしゃいじゃって。うんうん、こんなに喜んでもらえて良かった。
すると、そんなことりちゃんの反応をみた穂乃果ちゃんが「当然だねっ」と言わんばかりの顔つきで物申しだす。
「わかるよ、ことりちゃん。『みどりや』のシュークリーム、と〜ってもおいしいもんね!ほむらのおまんじゅうなんか、くらべものにならないくらい」
と、衝撃的な発言を口にしたのだった。
「何をっ!?幾ら穂乃果ちゃんだろうと、今のは聞き逃せないな。いいかい?香り豊かな餡子が中にぎっしりと詰まっており、口にするたびに、飽きることのないその程よい甘さが広がるっ!それは正に極上の一品……!穂むらの饅頭に勝る菓子はないね!」
「え〜〜っ!ぜったいにシュークリームのほうがおいしいよ〜〜!」
「いいや、饅頭だね!」
この勝負、翠屋か穂むらの話題になる度に勃発しているわけだが、互いにこれは譲りあえない境界線なのである。
「ふ、ふたりともケンカはダメだよー」
「いいや、止めないでくれことりちゃん。今の私達のこの戦いは、例え神様だろうが悪魔だろうが止められないであろう、壮大で真剣な聖戦なのだ」
「そのとおりだよ!たとえわたしのおかあさんがつのはやしてきたって、これはゆずれないよ!」
「え、ええ〜〜そんなに!?」
俺と穂乃果ちゃんは互いの己の信念をかけて、颯爽と立ち上がるっ!
「饅頭の方が美味い〜〜!」
「シュークリーム〜〜!」
ぐぬぬ、と唸りながら俺たち二人は顔を突き出し合う。その距離僅か1cm。近い、近いって。だが、引けんぞ。この勝負!
「な、なのはちゃん!ほのかちゃん!」
すると突然、ことりちゃんは瞳を湿らせながら、上目遣いで此方を見上げてきた。
「あ、あのね?ことりは……、おまんじゅうもシュークリームも、どっちもだいすきだよ。だから、もうケンカしないで……ね?」
ぎゅっ、と自分の掌を結ぶと、ことりちゃんはその甘いボイスで平穏のメロディを奏で上げた。
「「……」」
言葉は要らない。
俺と穂乃果ちゃんは黙って互いに固い握手をした。
「「じゃ、いいや」」
「いいんだっ!?」
天使には勝てなかったよ……。
今更ですが、主人公の中二病は仕様です。