転生!Lyrical Music Start! 作:yatayata
住宅街を走る小型の送迎用バスに身体を揺らされながら、ぼんやりと窓からの景色を眺める。
夕陽に染まった街並みに漂う哀愁感は、やはり幾つになっても慣れないものなのだろう。遠くに見えるビル群はくたびれたように佇んでいる。
「それでね~!こうじくんったらヒドイんだよ!!ほのかがつかおうとしたのにシャベルをぜんぜんかしてくれなくてさ!だからケンカしたの!!」
傍らには、先程から今日起こった出来事をそれは感情豊かに訴える、自分と『同年代の』園児が座っている。
その内容はやれ誰々と何して遊んだとか、給食のデザートが美味しかっただとか、よくもまあ毎日のことながら、話のネタが尽きないもんだ。
そのしつこさに呆れて、無視してしまうと彼女はすぐに拗ねてしまう。仕方ないので、ちゃんとお話してやることにする。
どうやら今の彼女はこうじ君とやらに大変ご立腹らしい。
「そうか、それは残念だったね。でもさ、ほのかちゃん。こうじくんもシャベルで遊んでいた際中だったんでしょ?幼稚園の用具は皆のものなんだから、そういう時は『使い終わったら貸して?』っておねだりするのが1番だ。そうすれば、その子もちゃんと貸してくれていたと思うよ」
「でもほのか、すぐにつかいたかったんだもん。」
私が諭すように云うと、ほのかは自分が責められていると勘違いしたのか、目元に涙を溜めそうになる。そんな姿もなんだか可愛らしかったので、頭を撫でてあげながら、
「だからって、友達の物を横取りにするのはよくないかな。ほのかちゃんだって、もし自分が遊んでたオモチャを誰かに、こうガイッて取られたら悲しいでしょ?」
「う~。だってだって、こうじくんずっとシャベルつかってるんだもん。ひとりじめしてるんだもん」
「そうか、じゃあ私が明日一緒に着いて行ってあげるから、ちゃんと一緒にお話して、仲直りしよ?な?」
「…うん、わかった。ぜったいだよ!そのあとはちゃんとほのかといっしょにあそんでね!なのはちゃんすぐにどっかにいっちゃうんだもん」
「はは、分かったよ」
彼女の頭部から手を離そうとすると、ほのかちゃんは「ああ!」と悲しそうな顔をするので、仕方なく撫で続ける。
この子は、何故同年代の子に頭を撫でられてこんなにも嬉しそうにするのだろうか。
「ほら、なのはちゃん。そろそろ降りる準備してね」
そうやって彼女を宥めていると、どうやらバスが我が家の前にそろそろ到着する頃合らしく、付き添いの先生が此方の席の方へやって来た。
「…それにしても、何時ものことながら、あなた達のやりとり、とても同い年の幼稚園児同士のものとは思えないわね。まるで愛しい我が子ををあやしている保護者みたいだったわよ?」
先生はそうやって溜息をつきながら此方に訝しげな視線を送り付けてくる。彼女のこうした行動にも慣れたものなのだが、こう事あるごとに私に絡んでくるのはなんなのかね?
「はっはー、盗み聞きとは趣味が悪いですな。こんな純真無垢なごくごく普通の園児二人に一体全体何故そのような顔を向けるのでしょうか?」
「ごくごく普通の園児はそんな言葉遣いはしません。本当に、貴方6才?年齢偽ってんじゃないの?」
「何度目の質問ですか、それは。年齢は偽れても背丈はどう頑張っても変えられませんよ。私は、ちょっとばかし発育のいいだけの唯の子供ですってば」
「いっそのこと何処かの組織に毒薬飲まされて縮んでしまった、っていう方がまだ信じられるわ。あなたと話すと、子供と会話してるように全然感じられないもの」
私ゃどこの少年探偵ですか。
でもまあ、彼女の言には概ね同意する。てか、こんな思考回路する幼稚園児がいたらそりゃ誰だってビックリするだろう。私だってそうする。
突然の私と先生の会話にポカンとしているほのかに苦笑しつつ、彼女の頭を撫でてやっていると、バスはとうとう到着したようだ。座席から降りて帰りの挨拶をする。
「それじゃあ、ほのか、先生。今日もお疲れ様でし、たっと」
「あ、あ、なのはちゃん!きょうもあそぼうよ。なのはちゃんのおうちにいってもいい?」
「ん?ああ、勿論!いつでもおいでよ」
****************
先ほど先生から指摘があったように、はっきり言って私は異常だ。
齢三才の時点で、日常生活における会話からTVのニュースの内容までもを完璧に把握してしまうなど、『少し成長が早い』だけという言葉では済まされない無いだろう。世間一般では、私の様な存在を『天才』だとか『神童』などと言って持て囃すのかもしれない。
しかし、私は決してその様な人種などでは無いと断言できる。何故なら、私のこの思考は『非凡な才能』からくるものではなく、『成熟した平凡な一個人』のものであると自覚しているからだ。
つまり、私は別に並外れた記憶能力を持っているだとか、驚異的な思考演算能力を持っている訳ではない。既に成熟した人格が、この未熟な身体に封じ込められている、という方が正しいのだ。
これらの奇妙な状況から推測される事実は一つ。……おそらく、私は『転生』したのだろう。かつて両親と共に観た数々の映画やアニメに出てきたその現象は、現在の私の状態を説明するのにとてもしっくりきたのである。
何を非現実なことを、と笑わないで欲しい。私のような子供が存在している時点で、もうフィクションのような展開なのだろうから。
しかし、そう自分で結論を出してみたものの、腑に落ちないことが一つある。私は前世なるものの記憶――自分の本名、職業、あまつさえ性別等といったものを思いだせないのだ。いや、ぼんやりとは喉元まで出かかってはいるのだが、なにか、こう、リミットが掛かってるというか、見えない霧が脳内に立ち込めてるというか……。そんなただただ奇妙な感覚だった。自然に口から出てくる口調から、恐らくは男だったのだろうが。
けれど、今私は別段そこまで前世の記憶に対してのこだわりがあるというわけではない。精々、いつか思い出せればいいかな、程度のことだ。
その理由は、今の私の両親が、私の異常性を認めつつも、家族の一員として私を受け入れ、余すことなく愛情を捧げてくれているからだ。それはある日のこと。
「うちの子はただちょっとばかし他の子よりも発育が早かったっていうだけに過ぎない。なのは、確かにお前が不安に思うのも分かるが、お前は何処までいっても、どんな事が起きても、俺とママの心から愛する娘だよ。それだけは忘れるなよ」
そんな事を言って微笑みながら、母と共に私を抱きしめてくれるお父上。本当に身も心もイケメンだった。
当然のように私は号泣、しかしそれは確かに両親の愛を直に感じることごできた夜であった。
よって今の生活への不満はない、それどころかこんな、私には勿体無い程の良くできた両親の元に産まれたという時点で、だいぶ恵まれているだろう。 私はこの年にして、将来精一杯両親に恩返しをしようと決意を固めたほどだ。
ただ今通っている幼稚園が余りにも退屈過ぎる、というのはあるが……。同年代の子と遊ぶというよりは、最早先程のように世話をしてあげるとい言った方が正しいのかもしれない。
それがまた疲れるんだよな。別に彼らが鬱陶しいというわけではないが、何故だが世話を焼く度に異常に懐かれるのだ。よしてくれ、私ゃそんな人気者なんて柄じゃない、なんて言っても当然彼等には通じる訳もなく……。次から次へと、やれおままごとだ。鬼ごっこだと好奇心と腕白さの塊である子供達と付き合うのもそりゃ草臥れるもので。オモチャを取り合って喧嘩する子達を宥めたり、いきなり高い木に登りだして、降りられなくなった園児達にびっくりしたり。
玉には息抜きさせてくれ、と廊下でウロウロしていたら、今度は職員室に連れこまれ先生方との懇談会。なんじゃこりゃ。私の異常性なんかお構いなしに和気藹々と語らう大人達。いやまあ、私も楽しいからいいんですよ?それでも、20も離れたちびっ子に旦那の愚痴を語る女性ってどうよ……。
いや、訂正。退屈だなんてそんなわけなかったわ。様々な気苦労も絶えない中なんだかんだで日々を満喫中です。
そんな事を考えながら、バスから降りた私は、我が家の玄関に向って歩く。
**************
我が家の玄関の扉を開いて、元気に帰宅の挨拶を発する。
「おっかえり~!お母さん!今日も私、無事に我が家に到着です~」
「それを言うならただいま、でしょ。…お帰りなさい、なのは。おやつのシュークリーム、リビングに出しといたわよ。」
そうツッコミを交えつつ、にこやかに私を出迎えてくれたのは、私の愛しいマイマザー、お母様である。
茶髪のおっとりとした、いかにもお嬢様って感じの風貌で、娘の私から見ても、とても子持ちとは思えない程の若々しさと美しさを保っている。
「えー?今日もまたウチのシュークリームー?…いえ、顎も外れるほど美味しいのは百も承知ですよ?でも、毎日そうなんべんも出されたら飽きちゃうじゃん。たまには穂むらのお饅頭食べたいなー」
「なのは、貴女は一応洋菓子屋の娘なんだから、そんな事お父さんの前で言ったら怒られちゃうわよ?」
「穂むらの和菓子ー。食べたい食べたーい!」
いや、だって仕方ないじゃん!
実は我が家は洋菓子店を経営する一家。その洋菓子の絶品さと、イケメンパテシィエと可憐な看板娘(当然我が父上と母上のことである)で、そこそこ名高いのだ。
だがそのせいか我が家のおやつはいつだってシュークリーム。雨の日も雪の日もシュークリーム。玉には他のメニューも食べてみたいのだが、材料やら売れ行きやらの関係なのか、何故か決まっておやつはシュークリームなのだ。たまには和菓子とか食べたくなるもんよ。
因みに、穂むらとは、ウチから徒歩二分という極近の和菓子の老舗である。それがまた、病みつきに成る程美味しくて、私のお気に入りの一つでもある。
溜息を尽きつつ、呆れ顔をして嗜めるようにそう言ってくる母。我儘言ったかなーと思い少し焦り始める私。
だが次の瞬間、母はまるで純真な子供のよう表情を変え、
「…っていうのは建前で。ふふ、実はお母さんも和菓子が食べたくなっちゃって、さっき買ってきちゃったのよね。なのはがそう言うと思って、シュークリームと一緒にリビングに並べてるから」
ズコー!
そう言いながら魅力的なウインクを投げかけてくる、そんなお茶目な母上だから大好きだ。
「やった!!流石お母様!愛してるよ!」
「ふふ。調子いいわね。あ、ちゃんと手洗いうがいするのよ!」
「わーかってるよー!」
おやつが私を待っている!ドダダダ!という、何ともやんちゃな勢いで私はリビングに駆け込んでゆく。