新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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過去~ノルド~

 

 

 

 エルフ族とは、一つの種族だけの集まりではない。『人』から見れば、異種族として『エルフ』を括ってはいるが、その中では多種の種族が生きている。純粋な『エルフ』と呼ばれる者達が過半数を占めてはいるが、他の半分は他種族になるのだ。

 

 彼もまた、その他種族の一人だった。

 ホビット族。

 

 エルフの中でも数多くいる小人族の一つ。ドワーフ族とは違い、力が強い訳でもなく、純粋なエルフのように魔力に秀でている訳でもない。彼らが特出していたのは、その手先の器用さであった。

 エルフ族の物作りの大半は、彼らホビット族が占めている。靴や洋服、陶器や小物等も、作り出すのは彼らであった。

 

「あれには出来るだけ近づくな」

 

 そんなホビット族の中にも異端児は存在する。

 彼はその一人だった。

 彼の祖先には、ホビット族の英雄が存在している。

 その名は『バーン』

 

 『人』とは異なり、海を渡る道具を作り出す事をして来なかったエルフ族の中でも、魔法を使用できない種族には、大陸を移動する手段がなかった。そんな小人族の大望を叶えたのが、その英雄である。

 高い山脈が隔てる東西の大陸を結ぶ抜け道を掘り進み、徒歩しか移動手段のない者達に新たな景色と新たな希望を示したのだ。

 それが『バーンの抜け道』と呼ばれ、今も尚語り継がれている物。その道を使い、かなりの小人族は新たな大陸で夢や希望を叶えて行った。

 

 しかし、堅い岩盤を割り、山々の固い土を掘り進めてその抜け道を切り開いたのは、手先が器用という事だけが取り柄のホビット族だったのだ。

 それは、他種族だけでなく同種のホビット族からも異端として受け取られる。多大な功績を残した故に、英雄は蔑まれる事もなく、彼の子供達にも彼の異能が遺伝する事はなかった為に、ホビット族から追われる事もなかった。

 

「あれの近くにいると、捻り潰されるぞ」

 

 しかし、数代後の子孫に彼の異能は受け継がれた。

 『隔世遺伝』

 バーンの血は脈々と受け継がれ、そして遂に花開いたのだ。

 

 その子は『ノルド』と名付けられ、成長と共に表に出て来た異端者としての片鱗により、同族であるホビット族からも孤立する事になる。英雄の子孫という事から、表だった迫害を受ける事はない。しかし、彼の持つ異常な能力を恐れ、彼の周りには誰も寄り付かなかった。

 そして彼は里を出る。

 

 彼は、もはや誰も使用する事のなくなった<バーンの抜け道>へと続く洞窟で一人生活をする事となった。

 近くの森で食物を耕し、狩りを行い、命を繋ぐ。もはや『生きる意味はあるのか?』という問いすらも浮かばぬ程に長い年月が経っていた。

 

 

 

 そんな彼の生活を一変し、『希望』という二文字を知ったのは、いつもと同じ朝だった。

 

「ん?今日は随分と森が騒がしいな」

 

 いつものように朝食に使う食物を採りに外へ出たノルドは、昨日とは違う森のざわめきに気が付く。

 木々は何かを排除するかの如く葉を揺らし、小動物達の小さな声がいつもと違い『恐怖』の感情を帯びていた。

 

「魔物でも暴れているのか?」

 

 近年、『魔王バラモス』という存在の台頭により、魔物達の様子がおかしくなって来ている。

 エルフ族と魔物は、基本的に不可侵であった。お互いがお互いの住処を護り、それは暗黙の了解によって成立していたのだが、魔王の台頭により凶暴性を増した魔物達がエルフの住処を侵略して来る事が多くなったのだ。

 それは、数を増やし続ける『人』のように。

 

 ここは、ノルドが暮らす森であると共に、小動物達や草木も生きる森である。魔物が暴れ回り、その生態系を崩す可能性がある以上、ノルドは手にした斧を握りしめ、森の中を警戒し始めた。

 

「なんだ?」

 

 警戒して進む中、森のざわめきは強くなり、何かに怯えるように身を寄せる動物達を目にする。そして、その先に見えた見慣れぬ物に視線を止めたノルドは、驚きの表情を浮かべた。

 

「……人……か?」

 

 ノルドが視線を向けた先には、何かが横たわっていた。前のめりに倒れるように寝ているそれは、ノルド達のようなエルフ族でもなく、ましてや獣のような姿の魔物でもない。魔族と考える事も出来るが、その割には魔法力の気配もないのだ。

 故に、ノルドは『人』ではないかという結論に達する。

 

「……放っておくか……」

 

 それを『人』だと認識したノルドは、手に持つ斧を下ろし、息を吐いた。

 ノルドは『人』を好いてはいない。決して『憎しみ』を持っている訳ではないが、『好意』を持っている訳でもない。

 考え、悩み、そして様々な物を作り出して世界を変えて行く『人』をホビットとして認めてはいるが、世界を我が物顔で生きる『人』という種族を嫌ってもいたのだ。

 

 ノルドはホビット族でも異端として、奇異の目で見られていた。それと同じように、エルフ族として『人』からも畏怖の目で見られている。

 基本的にこの森に入ろうとする『人』はいない。斧を手に持ち、森を歩くノルドの姿を人々は恐れた。

 何度か討伐を目的とした集団が森に入って来た事もいるが、その度に<バーンの抜け道>のある洞窟に隠れ、やり過ごして来た。そして、時が経過する毎に、ノルドの中での『人』への嫌悪が増して行っていたのだ。

 

「お前達も危ないぞ、住処に帰れ」

 

 一向に動く事のない『人』に興味を示したのか、小動物達が集まって来る。『人』であろう物の身体をつついたり、動かしたりする動物達を窘めるように言葉を掛けたノルドは、一つ大きな溜息を吐いた。

 ノルドとて動物達の肉を食す時もある。しかし、基本的に彼等は同じ森に暮らす仲間なのだ。出来るならば、安全に暮らして欲しいとも思っている。

 

「……仕方がないな」

 

 森の外に捨てて行こうとも考えたが、それもまた酷い話だと考えたノルドは、自分の暮らす洞窟へと『人』を運ぶ事にした。

 『人』の性別は男なのだろう。見た目よりも引き締まった身体は、ある程度鍛えている事を覗わせていた。

 

 

 

「……うぅぅん……」

 

 住処である洞窟まで男を担ぎ、枯れ葉を引いた場所に寝かせ、ノルドが朝食の準備も終えた頃、ようやく男は意識を取り戻した。

 ゆっくりと目を空け、目に飛び込んで来る薄暗い明りに目を細めた男は、何かに気付いたように勢い良く身体を起こした。

 

「気がついたか? それなら、早々に出て行ってくれ」

 

「アンタは?」

 

 その男は、周囲を見回した後、声の出所であるノルドに向かって視線を止める。ノルドの言葉を無視するような問いかけに、ノルドは顔を歪め、舌打ちをした。

 連れては来たが干渉するつもりはなく、そして自身に干渉もされたくもない。そんな想いがノルドの表情から滲み出している。

 

「お前が、森の中で倒れていたから、ここまで連れて来た」

 

「アンタは何者だ?」

 

 まるで主導権は自分にあるとでも言いたげな話し方に、ノルドは苛つき、盛大な舌打ちを繰り返す。他者との接触をここ数十年してこなかったノルドにとって、長く言葉を話す事も億劫なのだ。

 

「私はノルド。お前ら『人』が忌み嫌うエルフ族に属する者だ」

 

「エルフ!」

 

 男の反応はノルドの予想通りだった。

 驚いたように目を見開き、口も半開きになっている。

 しかし、その後の彼の動きはノルドの予想を大きく裏切った。

 

「それは凄い! あっ、申し遅れた。俺の名は『オルザ・ド・ポルトガ』と言う。助けてくれてありがとう!」

 

 その男の瞳に、侮蔑や怖れの感情は微塵もなかった。瞳は輝かんばかりの光を湛え、口元は友愛を示すように笑みを浮かべている。そればかりか、エルフ族の中でも侮られるホビット族に対し、名乗りを上げたのだ。

 

「……ポルトガ……?」

 

「あっ!? まぁ、その、なんだ……そういうことだ」

 

 男の反応にも驚いたノルドであったが、男が名乗った名に含まれていた単語に疑問を覚えた。

 そして、そんなノルドの態度に、男は失態を犯したような表情を見せ、頭を掻きながら苦笑を浮かべる。

 

「お前は、西にある<ポルトガ国>の王族なのか?」

 

「いや、まぁ……そんな感じだな」

 

 『人』の世界の王族。それは、『人』の間では、『精霊ルビス』から『人』の統治を任された一族であると伝えられている。『人』の出生を語り継がれているエルフ族にとっては笑い話のような話ではあるが、エルフや魔物よりも歴史の浅い『人』の中では、それこそが真実とされているのだ。

 

「『人』の王族が、こんな森の中で何故行き倒れていた?」

 

「ああ……王族とは言っても、まだ王位も継いでいないんだがな……」

 

「なに!?」

 

 ノルドの問いかけを無視するように呟いた男の言葉に、再びノルドは驚きを表す。

 『王位を継いでいない』と男は語った。それは、つまり『王位継承権』を有する王族であるという事。

 ノルドの頭の中には益々疑問が湧き上がって来た。

 

「次期国王が、このような場所で何をしていた?」

 

 ノルドの瞳が厳しさを増す。自分というホビット族の討伐の為に向けられた可能性も考えられた。

 一人でという事に疑問を持つが、住処を特定するための芝居とも考えられる。故に、ノルドの視線は厳しく、目の前の男が何か行動を起こせば、すぐに対処できるように若干腰を浮かせていた。

 

「いや……ああ……恥ずかしい話なんだが……空腹で倒れたらしい」

 

「はぁ!?」

 

 鋭いノルドの問いかけを意に介さないように、ポルトガ次期国王は恥ずかしそうに自分の状況を話し始める。その内容は、ノルドに間抜けな声を出させるような物。そして、オルザと名乗ったその男の視線は、テーブルの上に乗っているノルドの朝食に向けられていた。

 

「……食べるか……?」

 

「い、いや! すまない。そんなつもりで言った訳じゃないんだ」

 

 呆れたように呟くノルドの言葉に、オルザは慌てたように手を振る。

 その滑稽さがノルドの表情を柔らかい物にした。

 

「初めからそのつもりだったんだ。遠慮せずに食べたら良い」

 

 軽い笑みを浮かべたノルドの誘いに、苦笑を浮かべながらテーブルに近づくオルザという男は、ノルドがこれまで見て来た『人』という根底を覆すような柔らかな雰囲気を纏う者だった。

 

「それで、アンタのような次期国王が何故このような場所に?」

 

「うぐっ……ああ、すまない」

 

 テーブルに着くなり、物凄い勢いで食物を食べ始めたオルザにノルドが問いかける。突然掛った声に喉を詰まらせたオルザは、ノルドから水を受け取り、一息付けてから口を開いた。

 

「ポルトガ国といえ、今や寂れ始めた国。『魔王』の出現によって海の魔物も凶暴化した為に、あの国に来る船も少なくなった」

 

「……」

 

 オルザが語り始めた内容は、直接の原因の話ではない。

 しかし、ノルドはそれを拒む事なく、静かに聞いていた。

 

「ポルトガは貿易国だ。貿易船がなくなれば、寂れて行く一方となる。『魔王』の存在がいつまで続くか分からない。その間、ポルトガの収入は無くなり、国家としての立ち位置も危うくなるだろう」

 

「……なるほど……」

 

 オルザは自国の置かれた現状を正確に把握していた。その事に、ノルドは素直に感心する。 『人』の中でも更に驕り高ぶりやすい王族が、現状を正確に把握し、それを懸念しているのだ。

 それは、『人』の世界にとって、決して悪い話ではないだろう。

 

「俺が王位を継ぐのはまだ先だ。それまでの間に世界を見て回りたいと思っていた」

 

「それで、ここまで?」

 

 最後のスープを飲み乾したオルザは、ノルドを真っ直ぐ見て話していた。自分の腰程の身長しかなく、『人』の子供並の大きさのノルドに対しても、彼は真剣に自身を語っている。それがノルドの警戒心を解いて行った。

 

「西の大陸には、目新しい物はなかった。話に聞く東の大陸に行けば何かあるのではと考えたんだ。だが、今は船も出ていない。そんな時、東の大陸に抜ける道があるという噂を聞いた。それがこの辺りの筈なんだ」

 

「……」

 

 オルザの目的を聞き、ノルドは口を閉じた。そこに出てくる東の大陸への道とは、自分の祖先が掘り続けた<バーンの抜け道>に他ならないからだ。

 <バーンの抜け道>は『エルフ』の為にノルドの先祖が造り上げた道。それを『人』に知られる訳にはいかない。

 

「ノルドは、その抜け道の場所を知らないか?」

 

「……知らん……」

 

 オルザの問いかけにノルドは首を振る。明らかな落胆の色を見せてオルザは俯いた。そんなオルザの様子に若干の罪悪感にも似た感情を持ってしまったノルドは、問いかけてしまう。

 

「東の大陸に行こうが、国を立て直す程の何かがあるとは限らないだろう?」

 

「それはそうだ。だが、何かあるかもしれない。今のままでは、どちらにせよポルトガ国は衰退する。ならば、出来るだけの事はしたいんだ」

 

 オルザの瞳の中に赤々と燃える炎をノルドは見た。これが、『人』という種族をここまで大きくした原動力なのかもしれない。そんな場違いな感想がノルドの胸に湧き上がる。

 

「お前の言う通り、『魔王』の存在は大きい。おそらく『魔王』の力はこれから益々大きくなるだろうし、その存在が消える事もないだろう。お前がいくら努力しても、『人』の造りし国家はやがて全て消えて行くのではないか?」

 

「そんな事はない! 今は強大な力を誇っても、『魔王』は必ず倒される。その時までは何としても国家を維持しなければ、国で暮らす人々すらも路頭に迷わす」

 

 ノルドの辛辣な言葉に、オルザは初めて感情を露にした。

 だが、その怒りは、奇妙。

 通常、王族であれば、自国の存続を否定されれば、自分の存在意義を否定されたと同義と解し、その誇りを傷つけられた事に怒りを表す。だが、彼は違っていた。

 彼が全力で否定したのは、『魔王』の存在。『魔王』という強大な者も、いつかは倒されるという部分のみなのだ。

 そして、国家を維持する理由がまた、今の王族にあるまじき理由だった。

 彼は、その国に暮らす民の為の国家だと言う。その考えが、ノルドの知っている『人』という種族とは違っていた。

 

「誰が『魔王』を倒すんだ? 『人』では『魔王』は倒せない」

 

 それでもノルドは、まるで彼を挑発するように言葉を発する。

 『お前らには倒せない』

 『お前らでは未来を創る事など出来ない』と

 

「何故だ!? 今、アリアハンから一人の男が『魔王討伐』に向かっている。その男は世界に誇る英雄だ。力も強く、魔法だって使えると云う。」

 

 そんなノルドの挑発に、オルザは乗ってしまう。まだまだ年若いこの青年は、自国を出る際に父親である現国王から聞いた話を我が事のように話し始めた。

 オルザがここまで来る間に、月日は経過している。おそらく彼の英雄は、既にポルトガから船を使い大陸を渡っているだろう。

 貿易船は出ずとも、『魔王討伐』という使命を受けた英雄には、ポルトガも支援という形で船を貸し出す筈だ。

 

 しかし、そんなオルザの希望は、目の前に座る子供並の背丈しかない異種族によって打ち壊された。

 

「くくくっ……あはははは! だから、『人』では駄目なんだ! 『人』では『魔王』は倒せない。絶対にだ!」

 

「なにっ!? 何故だ!? その英雄の力をノルドは知っているのか!? そいつは、世界でも頂点に立つ程の強さを持ち、エルフや魔物にすら使えない魔法を習得していると云われているんだぞ!」

 

 突如笑い出したノルドに驚きの表情を浮かべたオルザだったが、徐々にそれが怒りの表情に変わって行く。

 自分達の『希望』を笑われた事への怒り。

 自分の事に対してはそれ程の怒りを現さなかったオルザが、他者への嘲笑に怒りを現した事がノルドの笑いに拍車をかけて行く。

 

「くそっ! そいつは、こんな世界の中で『魔王』に向かって行こうとしているんだ。そんな男が『魔王』に敗れる筈がない。『人』がエルフや魔物に劣っていようと、必ず『魔王』は倒される」

 

 いつまでも笑い続けるノルドに、オルザは剥きになって言葉を続ける。しかし、そんなオルザの熱は、次に発したノルドの言葉によって急激に冷やされた。

 

「……ならば、何故お前はこんなところにいる?」

 

「……なに……?」

 

 ぴたりと笑いを収めたノルドの言葉は、鋭利な刃物のように鋭く、冬の水のように冷たい。

 それこそ、オルザの喉元を突き刺すように出された言葉が、オルザに言語を失わせてしまう。

 

「何故お前はその者と共に旅立たない? 何故『人』は、その者一人に背負わせる?」

 

「そ、それは……」

 

 ノルドの声はとても低く、小さい物。しかし、オルザの頭に、胸に、そして心に直接突き刺さって来る程の威力を誇っていた。

 その言葉は鋭利な刃物よりも鋭く、冬に降り注ぐ雪よりも冷たい。

 オルザの身体は冷たく冷やされ、まるで悴んだように言葉も出なくなる。

 

「我々エルフ族は、多種族の集合体だ。しかし、もしエルフの長が『打倒魔王』を掲げたとしたら、我々は集結するだろう。そこに例外者はいない。全てのエルフ族が集い、魔物との戦闘を開始する」

 

 もはやオルザの口は、言葉を発する事が出来ない。完全にノルドに飲まれてしまっていた。いや、その言葉の意味を正確に理解しているからこそ、彼は口を開けないのだろう。

 『人』であるオルザだからこそ、ノルドの言葉に抵抗感を持つが、ポルトガ次期国王としてのオルザの頭は、その言葉の持つ重大な意味を理解したのだ。

 

「もし、エルフの長が『人』の殲滅を表明したのなら、我々エルフと『人』との戦いは拮抗などしない。瞬時に殲滅してやろう」

 

「……それは……」

 

 オルザも、遥か昔から続くエルフと人間の戦いの歴史は知っている。その戦いは一進一退だった。いや、むしろ『人』の方が圧していたのだ。

 それは、エルフが本気で『人』を倒そうと考えていないからだとノルドは言う。だが、オルザには、そのノルドの言葉が唯の負け惜しみには聞こえなかった。

 今、自分に向けられている強い視線。それが、嘘ではない事を示していたからだ。

 

「もう一度言おう。お前達『人』では『魔王』は倒せない」

 

「な、ならば、何故エルフは動かない! 『魔王』はこの世界に生きる全てを殲滅し、魔物達の世界を作るつもりなんだぞ!」

 

 幾分落ち着きを取り戻したノルドの言葉に、オルザは噛みついた。

 それが『人』の勝手な言い分である事は、オルザも十分に理解している。

 それでも言わずにはいられなかったのだ。

 

「……先程も言った通り、エルフの長が命じれば、我々は死を賭して戦う。だがそのような命は下りないだろうな」

 

「何故だ!?」

 

 反射的に怒鳴るように問いかけるオルザ。それは、その答えを聞く事への恐れが無意識の内に生み出した態度なのかもしれない。それ程、ノルドが語る世界は、オルザの心を騒がし、そして恐れさせた。

 それでも、ノルドはゆっくりと口を開く。

 

「我々エルフは、世界を見守る者であって、世界を変える者ではない」

 

 ノルドが言った言葉。

 それがオルザには理解できなかった。

 だが、自分が何かを考えなければならないという事だけは感じていた。

 

「……」

 

 黙り込むオルザを見て、ノルドは無意識に頬を緩めた。

 ここまで自種族を侮られたのにも拘わらず、目の前の青年は考え込んでいる。それも、一平民ではなく、王族である彼がだ。

 それが、ノルドの内にある『人』に対する考えを変え始めていた。

 

「『人』は今まで他種族の住処を侵して世界を広げて来た。それが自分達に回って来ているだけだ」

 

「……そうか……」

 

 ノルドの言葉をオルザは聞いていないように深く考え込んでいた。

 まるで、何か自分にできる事を模索するように。

 この先の『人』の未来を案じるように。

 

「それでも、お前は東の大陸へ行くつもりか?」

 

「ん?……ああ、それでも行く。ノルドの言うように、『人』の未来は暗いものかもしれない。それでも俺が生きている間は、ポルトガの民の生活を護りたい」

 

 ノルドは、オルザの答えに微笑んだ。

 基本的にノルドのようなエルフ族は遠い未来を見て行動する。今、オルザが語ったような事を言い出す者いないのだ。

 悪く言えば、『人』のように目先の事に目を奪われはしない。

 だが、それこそが『人』と『エルフ』の違いなのだろう。

 彼ら『人』は生が短い。だからこそ、その短い時間を懸命に生きる。そして、自分が生きている短い時間で、何かを成そうとするのだ。

 それが、その先に繋がる命に受継がれると信じて。

 それをノルドは今初めて『尊い』と感じた。

 

「ならば、付いて来い」

 

「へっ?」

 

 短い言葉を残して席を立ったノルドに、オルザは奇妙な声を上げる。

 オルザの答えも聞かず、彼は居住区を出て行った。

 

 

 

「ここが、お前の探していた<バーンの抜け道>だ」

 

「何故教えてくれるんだ?」

 

 木や石を積み上げて隠していた通路を開いたノルドは、その通路にオルザを誘う。

 突如として現れた希望の道を呆然と見上げていたオルザではあったが、疑いというよりは心からの疑問と言った感じでノルドへと問いかけた。

 

「さあな。お前達『人』の歩む道を見てみたくなったのかも知れん」

 

 『異端』として恐れられて来た一人のホビットは、同じ様な『人』としての『異端』を目にし、その異物が何を成すのかを見てみたくなった。

 おそらく彼一人では何も成し得はしないだろう。それでも『人』の数はエルフを遥かに超えている。

 ならば、同じ様な『異端』の数もエルフとは比べ物にならぬ筈。

 

 『人』の『異端』

 

 それは、ノルドの語った『世界を変えていく者達』なのかもしれない。

 故に、ノルドは祖先が切り開いた道を、彼らの第一歩としたのだ。

 彼のような『人』が育ってくれる事を願って。

 

「ノルド! ありがとう」

 

「さっさと行け」

 

 感謝の意を伝えるオルザに素っ気無い答えを返すノルド。

 そんなノルドの手をオルザは取った。

 小さなノルドの手を取ったオルザの手はとても温かい。

 

「お礼を何か……」

 

「そんな物は良い」

 

 無碍に断るノルドの言葉を無視し、オルザは自らの身体を探る。しかし、荷物といえば、小さなバッグを肩から下げるだけのオルザに相応の謝礼等なかった。

 

「あっ! これを!」

 

「な、なんだ?」

 

 しかし、オルザはそのバッグに手を掛け、何かを思い付いたようにバッグを開け始める。オルザの勢いにノルドは一瞬怯んでしまうが、そのバッグから出て来た物に目を奪われた。

 

「これは、『絹』という材質の布らしい。ポルトガに来た最後の貿易船に乗っていた物だ。何でも<テドン>という村で織られている物で、触り心地は最高級だぞ」

 

「……これは随分高級な物なんじゃないのか……?」

 

 オルザから手渡された布は、キラキラとした輝きに近い光沢を持ち、それとは反した滑らかな触り心地の物だった。エルフ族であるノルドでさえ、今まで見た事のない物である。

 その価値は、触っただけでも解ってしまう程であり、改めて物造りとしての『人』の技量の高さをノルドは知る事となった。

 

「まぁ、それなりの価値はあると思うが、<テドン>の名産らしいからな。また貿易船が来るようになれば、手に入るさ。少し汚れているかもしれないが、洗えば落ちる」

 

「そ、そうか……お前が良いのなら、有り難く頂いておこう」

 

 屈託のない笑顔を向けるオルザに、ノルドは断る事を諦めた。

 これ以上拒めば、この男の心を傷つけてしまうだろう。

 ならば、有り難く頂戴しよう。

 この『人』の『異端』と出会う事の出来た記念に。

 

「じゃあ。本当にありがとう。また会いに来るよ!」

 

「お前がこの抜け道を通った後、この道は完全に塞ぐ。帰りは船を使うか、魔法の使える者と共に帰るんだな」

 

 ノルドの言葉に、一瞬目を見開いたオルザだったが、すぐに笑顔に戻った。

 自分が通るこの道は、公には出来ない道なのだという事を悟ったのだ。

 故に、一度ノルドに向かって頷きを返す。

 

「わかった。本当にありがとう」

 

「さっさと行け」

 

 そして、彼らは別れた。

 互いに口にしてはいないが、それぞれの心に互いの存在が刻み付けられる。

 それは、『同志』として。

 そして『友』として。

 

 暗く細い道を歩いて行くオルザは、その姿が見えなくなるまでノルドに手を振っていた。そんなオルザの姿に苦笑を洩らしながらも、ノルドも手を振り返す。

 そして、オルザの背中が消えて行った。

 静けさの戻った洞窟で、大きな溜息を一つ吐いた後、ノルドは抜け道の入り口を岩や土で塞いで行く。オルザが戻って来る可能性を考え、それは何日かに分けての作業となった。

 

 しかし、その後、ノルドがオルザと出会う事はない。

 月日は流れ、抜け道を塞ぐ岩壁も頑強な物となり、ノルドでなければ開けない程になった頃、遠く西の国で新たな国王が誕生した噂を耳にした。

 

 

 

 

 

「…………ルド………ノ……ド…………」

 

「は!?」

 

 少し感傷に浸っていたノルドは、自分の袖を引く何者かに意識を戻された。意識を戻したノルドの目の前には、少し頬を膨らませた同じぐらいの背丈の少女。

 

「…………いっぱい………よん……だ…………」

 

「これは、すまん。どうした?」

 

 『むぅ』と頬を膨らませた少女の純真な瞳に、ノルドは苦笑を浮かべながら謝罪を返す。ノルドの謝罪に対して、暫しむくれていた少女であるが、表情を緩め、肩から下げていたポシェットに手を入れる。

 

「…………あげる…………」

 

「ん?」

 

 ポシェットの中から取り出した物は、青く透き通る石。

 少女の小さな掌に納まる程の大きさではあるが、その輝きは聖なる光を宿していた。

 

「あれ? メルエ、その石は……」

 

「それは、あの時の『命の石』か?」

 

 ノルドに何かを手渡すのを見て、その少女の連れが顔を覗かせる。

 そんな二人の女性に対し、少女はにこやかに微笑み、自慢げに大きく頷いた。

 

「……おい……」

 

 メルエと呼ばれた少女の満足気な頷きに、たった一人苦い表情を浮かべる青年。青年の苦虫を噛み潰したような表情に、二人の女性は苦笑を浮かべた。

 その様子がどこか暖かく、彼らの旅の一端を見た気がしたノルドは表情を緩める。

 

「あの時、具合が悪いのに、それを拾っていたのですか?」

 

「…………ん…………」

 

「そんな、縁起の悪い物を他人に渡すな」

 

 手渡された石の欠片よりも深い青色に輝く石を嵌め込んだサークレットを頭につける女性の問い掛けに、メルエは大きく頷き、その頷きを見て、再び青年は溜息を吐きながら愚痴のような言葉を漏らす。

 

「いや、良いんだ。ありがとう。この石にどんな謂れがあるのか知らないが、この石は聖なる輝きを宿している」

 

「そうなのか? おい、カミュ。この石にはまだ効力があるんじゃないか?」

 

 手渡された石を見たノルドは、メルエに対して礼を述べ、その石に微かに宿る神聖な物について述べる。その石を覗き込んでいた女性が、青年に確かめるように言葉を掛けるが、カミュと呼ばれた青年は顔を顰めるだけだった。

 

「それとは別なのですが、これも受け取って下さい」

 

「ん?……これは?」

 

 そんな客人達のやり取りに久しく浮かべていなかった笑みを洩らしたノルドの前に、一袋の革袋が置かれた。

 テーブルの上へと革袋を置いた女性以外の人間も何も言わない事から、それをノルドに渡す事は、この一行の総意なのだろう。

 自分を囲む四人の『人』を見回した後、ノルドはその革袋の紐を緩めた。そして、緩めた途端にテーブルに零れ出す小さな粒に驚きを表す。

 それは、ノルドも何度か見た事のある物だった。

 

 オルザと別れてから十数年。彼の下には、何度かこの粒が送られて来た事がある。

 それは人の手ではなく、ノルドの住む洞窟の入り口にひっそりと置かれていたのだ。

 ノルドはそれがオルザからの贈り物である事に気付いていた。王となり、簡単に国外に出る事が出来なくなった彼の精一杯の好意の証だったのだろう。

 

「『黒胡椒』か……これ程の量をどうやって手に入れたのかは知らないが、私一人で使用出来る量ではない。テーブルに零れた分だけ頂くとするよ」

 

 彼ら四人の表情を見れば、これを断る事が失礼になる事ぐらいは理解できる。故に、ノルドはテーブルに散らばった粒を集め、その分を有り難く受け取る事にした。

 

「これだけあれば、かなりの期間、食事が楽しくなるな」

 

「そ、そうなのか!? この粒はどうやって料理に使うんだ!?」

 

「リ、リーシャさん」

 

 『黒胡椒』の粒を見て嬉しそうに呟くノルドに、リーシャと呼ばれた女性が詰め寄って来る。その勢いに驚いたノルドは、思わず噴き出してしまった。

 笑うノルドに『むっ』と表情を変化させたリーシャは、軽く睨みを向ける。

 

「いや、すまん。アンタは料理をするのか?」

 

「ああ。私が料理をするのは変か?」

 

 どこか拗ねたような答を返すリーシャに、ノルドは再び噴き出した。いつの間にか、メルエもカミュと呼ばれた青年も、サラという女性も笑顔を浮かべている。

 ノルドは久しく味わった事のない、何とも言えない暖かな空気を感じていた。

 

「すまん、すまん。そうではないんだ。料理が出来るのであれば、ちょうど良い鶏肉もあるし、この『黒胡椒』の使い方を教えるよ」

 

「本当か!?」

 

「…………リーシャ………ごはん………おいしい…………」

 

 『黒胡椒』の使用方法を教えて貰えると聞き、リーシャは全身で喜びを表す。リーシャの笑顔を見て、メルエも微笑みながらノルドにリーシャの腕を伝えた。

 言葉の少ないメルエの話す内容をしっかりと理解したノルドは、メルエに向かって柔らかく微笑み、『黒胡椒』の粒を持って台所へと向かって行く。

 

「ありがとう、メルエ。今日も飛び切り美味しい物を作るからな!」

 

「…………ん…………」

 

 メルエの頭を撫でた後、リーシャもノルドを追って台所へと消えて行き、サラとカミュはその場に残される形となった。

 

「ふふふ。これでは、ポルトガに向かえるのは明日になりそうですね」

 

「……はぁ……」

 

 サラは笑みを浮かべながらメルエの傍にある椅子に腰を下ろし、カミュは大きな溜息を吐きながら背中の剣を取り外す。今夜は、このホビット族の住居で宿を借りる事に決定した。

 メルエはその事に嬉しそうな笑みを浮かべ、リーシャの入って行った台所へと向かって行く。

 

 ノルドが見た『異端』の切り開いた道を、次代の『異端者』達が歩んで行く。

 その道の先が何処に繋がるのか。

 それは、まだ誰にも解らない。

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございます。

この回も、完全な独自解釈です。
ゲームでは、ポルトガ王というのは嫌なイメージしかありませんでした。
ですが、そんな王が異種族と「友」になれる訳がないと思うのです。
そんな二人の過去を久慈川式に解釈した結果がこのお話となります。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしております。

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