新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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アリアハン大陸②

 

 

 

 アリアハン大陸は二つの陸地から成り立っている。

 大きく分けると、アリアハン城がある比較的小さな陸地と、レーベの村がある大きな陸地となり、その間に、アリアハン城から西に聳える<ナジミの塔>がある小島があるが、それもアリアハン国の一部と認められている。

 その陸地同士を分けている大きな川があり、昔そこに橋をかける作業がとても難航していた。

 海へと続く大きな川の流れはとても速く、橋の土台となる部分が作成出来なかったのである。その為、レーベの村へ向かう時は一度船に乗り、ナジミの塔の側で上陸してから歩く方法しかなかった。

 しかし、カミュがアリアハンを出た日から四十年程前に、一人の青年が川底への橋の土台作成に成功した。

 

 その青年は橋職人ではなく、レーベに住む小さな鍛冶屋の息子であった。

 基盤のできた橋は、時間をかけながらも少しずつ作成されていき、その完成までは実に7年の歳月を費やす。

 完成を迎えた橋ではあったが、アリアハン国は、橋の基盤を築いた青年に何の恩賞も与えなかった。

 今まで、何人もの名のある橋職人が挑み、すべて失敗に終わった事業をレーベに住む一青年が成し遂げてしまったのである。それは、アリアハンが国を挙げての資金と労力が全て無駄であったという事実を、全世界に公表する事になってしまうという、一国の威信に係わる重大な案件となってしまったのだ。

 故に、国は青年の功績を認めなかった。

 その青年は生まれ育ったレーベにも戻る事が出来ず、行方が分からなくなってしまったと言う。

 だが、その真実はアリアハン国民のほんの一握りしか知らない。カミュ達一行はそんな橋に差し掛かっていた。

 

「いつ見ても大きな橋だ……」

 

 幅は馬車が横に四台並んでもまだ余り、長さは橋の袂から向こう岸が見えない程もある。

 声を発したリーシャも、その横にいるサラも初めて見る物ではないが、その雄大さに思わず見とれてしまう程の物であった。

 そんな二人の感慨を余所に、何の感情も読み取れない表情でカミュは橋を渡り始めた。

 その大きさの為、緩やかではあるがアーチ状になっている橋を、カミュは脇目も振らずに前だけを見て渡って行く。後ろから続くサラは、物珍しそうに橋の上から見える<ナジミの塔>や、その後ろに広がる大きな海原を眺めていた。

 橋を渡り始め四半刻ほど歩いて、やっと橋を渡り終える事となる。

 アリアハン城下町を出て、もう随分経ち、太陽が真上を越え、疾うに昼時を過ぎていた。

 橋を背にしばらく歩き、大きな木の麓にカミュが腰を下ろす。前を歩くカミュが腰を下ろしたのを見て、リーシャとサラもその近くの木の根に座り込んだ。

 

 日頃から宮廷騎士としての鍛練を欠かさないリーシャとは違い、サラのその姿は疲労困憊の言葉がぴたりと当てはまる姿であっただけにこの休憩はありがたかった。

 おそらく、サラにとって初めての旅なのだろう。これ程に長く歩く事も初めてならば、魔物との戦闘の緊張も初めての体験。それらの見えない疲労がサラを蝕んでいた。

 カミュは、腰に付けた水筒を取り外して口を付け、腰のポーチから干し肉を取り出すと、それを千切って口に入れた。

 ふと、リーシャやサラの方に視線を向けると、そんなカミュの仕草を呆然と眺めているのが見える。

 

「……聞く事も嫌になるが、まさか水や携帯食も持たずに旅に出たとでも言うつもりか?」

 

 そのカミュの質問に、サラは恥ずかしそうに下を向き、リーシャはカミュを睨みつける。

 リーシャの瞳を見ようともせずに、干し肉を口に入れるカミュの姿に、リーシャは口火を切った。

 

「私は国王様の命でお前に同道しているんだ。国王様から、この旅の資金や物資を頂いたのはお前だろう!? それには私達の分も含まれているのではないか!?」

 

 リーシャは、旅を共にする者の食糧や水、その他の旅に必要な物を、旅のリーダーが管理するのは当然だと考え、カミュへと嚙付く。

 実際、魔物討伐に向かう際にも、その隊の隊長が物資の管理をしていた。

 隊員の数や目的地までの日数などを計算しながら、隊の人間に物資を配っていたのだ。

 『魔王討伐』という命を受け、国王から必要な資金や物資を受け取ったのは、他でもないカミュである。

 ならば、その管理から同道者への分配なども、カミュが行うというのが筋だとリーシャは思っていた。

 

「……国王から渡された旅に必要な物資とは、資金50Gと<こんぼう>二本、<ひのきの棒>一本、<旅人の服>一着の事か?……そんな物は、街に出てすぐに道具屋に売り、その金で<薬草>を買った」

 

 溜息と共に吐き出されるカミュの言葉。

 それは、一国の国王を蔑にするような物を含んでいた。

 

「それに、俺は一人で旅に出ると言った筈だ。勝手に付いて来たのはアンタだ。ならば、アンタの物資は自分で用意するのが筋なのではないか?……それと……そこの僧侶の面倒はアンタが看ると言っていたはずだ。ならば、それもアンタが用意するのが当然の筈だ」

 

「!!」

 

 サラはそのカミュの発言に愕然とした。

 同道は認められた筈であったが、それは自分の認識が甘かったという事を実感したのだ。

 確かに勝手にしろと言われたが、それでもパーティーとして認められたと思っていた。

 それは、今のカミュの発言で完全に否定されてしまう。呆然とするサラとは逆に、リーシャは、カミュの言葉の別の部分に意識が行っていた。

 

「ま、待ってくれ! 国王様から頂いた支度金が50Gだと!? そんな金額では、<銅の剣>どころか<革の鎧>すら、街の武器屋では買えないぞ!? それに、物資の中身が<こんぼう>二本と<ひのきの棒>だと!? <薬草>は? <毒消し草>は? <キメラの翼>すらないのか?」

 

 アリアハン国が、英雄オルテガの跡目として、国を挙げて送り出す勇者に与えた物資と支度金の酷さに、リーシャは我が耳を疑った。

 アリアハンの勇者として祭り上げて送り出した筈だ。

 しかも、それは城周辺の魔物退治にではなく、その魔物を統括している魔王の討伐という物への筈。

 それにも拘らず、アリアハン城下町で武器すらも買えない支度金しか、カミュには与えられてはいなかった。

 これでは、物資にない<薬草>などを購入すれば、行く先々で宿を取る事もできはしない。

 

「……アンタがどんな勘違いをしているかは見当がつくが、この程度だろう……アンタは、本当にアリアハンから剣の腕を買われて、魔王討伐の同道を命じられたとでも思っているのか?」

 

 カミュの投げかける言葉は、リーシャには理解が出来なかった。

 『それ以外に何があるだろう?』

 自分は、父クロノスには劣るかもしれないが、他の騎士たちとの模擬戦で一度も遅れを取る事はなかったし、戦った事はないが、現騎士隊長にも負けるとは思っていない。

 

「当たり前だ。剣の実力や旅に耐えられる若さを考えれば、私の他にいないと自負もしている。それがなんだと言うんだ!?」

 

「……本当に戦士という職業の人間は、脳味噌まで筋肉でできているのか?」

 

「な、なに!?」

 

 カミュの人を馬鹿にしたような、いや、確実に馬鹿にしている物言いにリーシャの頭に血が上った。

 そんなリーシャに視線も向けず、カミュは持っていた水筒を溜息交じりにサラへと投げ、腰に下げた小さな袋を手に取る。水筒を投げられたサラは、その水筒を落とさないよう必死に両手で掴み、そのまま口へと運んだ。

 

「では聞くが、アンタはそれ程の剣の腕を持っていながら、何故下級の宮廷騎士の地位にいる?……アンタが着ている鎧は、下級騎士に支給される、アリアハン城下町の防具屋で買える<革の鎧>だ。他人に誇れる剣の腕を持つ騎士を、下級騎士として扱うのは何故だ?」

 

「そ、それは、私はまだ若い。上級騎士となれば、戦闘での経験を基に隊を率いて魔物と戦わなければならない。それには私の経験がまだ足りない為だろう……」

 

 カミュの歯に衣を着せぬ物言いにリーシャは気圧され気味に答えた。

 その瞳は、動揺を隠せない程に揺らいでいる。彼女の中にも、何か思い当たる節があった事は明白だった。

 

「ふん。では、アンタより後に騎士となり、アンタと同年代の隊長はいなかったとでも言うのか?……それに、先程の戦闘を見て、アンタの戦闘経験が乏しいとは思えない。アンタのように、前線で戦って来た若い騎士がいたのか?」

 

「そ、それは……だが、その人間達は家柄も良く、それに……若くから隊の指揮を学んでいたからだろう……」

 

 何とか言葉を繋げるリーシャであったが、その言葉遣いとは逆に、勢いは失われている。水を飲み、幾分か落ち着きを取り戻したサラは、そんなリーシャの様子を心配そうに見ていた。

 

「ならば、前宮廷騎士隊長クロノス殿の嫡子であり、その手解きを受けて来たアンタも、立派な家柄ではないのか?……少なくとも、俺のような、アリアハン城下町の外れに住む一国民よりも格式の高い家だと思うが?」

 

「ぐっ、そ、それは……」

 

 先程とは違い、瞳を真っ直ぐ見て話すカミュの視線を受け、リーシャは僅かに視線を逸らす。カミュの瞳に宿る冷たい光を見る事が出来なかったのだ。

 その奥には、リーシャが意図的に気付かないようにしていた物を突きつけられるように感じた為だった。

 

「アンタも、既に気付いている筈だ。何故、アンタが下級騎士のままなのか……明確な答えが欲しいのならば言ってやる……それはアンタが女だからだ」

 

「!!」

 

 リーシャにとっては、それは一番言われたくない言葉だった。女だからと馬鹿にされない為に、父の死後も鍛練を続けて来た。

 男の騎士にも馬鹿にされないように、力だけではなく技も磨いて来たのだ。

 それでも、下級騎士から上に昇進出来ない。

 薄々は解っていたが、それでも、それは自分の力が足りないからだと言い聞かせ、無理やり納得をして来たのだ。

 

「違う! 女であっても、国王様に直々にお呼び頂き、お言葉を下さった。『魔王討伐』という名誉を与えて下さったのだ」

 

 認められない。

 これを認めてしまったら、今までの自分を否定するのと同じ事だ。

 だが、そんなリーシャの葛藤をカミュは容赦なく破壊する。

 

「お目出度いな。要は、アリアハン国宮廷騎士団にとって、アンタの存在は邪魔だったのだろう。例え、前宮廷騎士隊長の子でも、力量が無かったり、あったとしても男であれば何も問題はなかった筈だ。だが、アンタはその鍛練のおかげで、他の騎士をも圧倒する程の実力を示した。宮廷内は基本的に男社会。例え、技量があったとしても、女が自分達の上司になる事など、ちっぽけな国の騎士達の、ちっぽけなプライドが許さないのだろう」

 

 『ちっぽけ』という部分を、吐き捨てるように強調して発した後、カミュは一息つき、再びリーシャの瞳を真っ直ぐ見て、口を開いた。

 

「だが、実力がある分、解雇は出来ない。ならば、魔物退治の前線に出して戦わせ、間違って父親と同様に死んでくれれば、国としては良かったのかもしれないな。だが、アンタは功績は残しても、命は落とさなかった」

 

「…………」

 

 リーシャもサラも口を開く事など出来ない。

 カミュの醸し出す雰囲気に完全に飲まれてしまった。

 その言葉一つ一つに、異様な説得力を有し、心と頭に直に響いてくる内容に、彼女達は言葉を発する余裕はなかったのだ。

 

「ならば、死が確実視される『魔王討伐』に同道させれば良い。『実力があるのだから、万が一にも魔王討伐を成し遂げてくれるかもしれない』。最悪、討伐が叶わないとしても、アリアハンとしては、国内の英雄の息子と、女とはいえ国内トップクラスの戦士を魔王討伐に出せば、周りの国家に示しも付き、後々大きな発言権を得る事になる。そして、討伐に失敗したと言う事は、アンタも生きてはいないという事だ。正に一石二鳥だな」

 

 淡々と述べるカミュは、その顔に侮蔑も嘲笑も浮かべず、いつもの能面のような無表情である。

 サラはその話している内容も然る事ながら、何も感じていないような顔で、人の傷を抉って行くカミュに怯えていた。

 

『これが、自分があこがれ続けた勇者の姿なのだろうか?』

 

 育ての親である神父からは、『あと数年すれば、アリアハンの英雄と謳われたオルテガ様の息子が、魔王を討伐して下さる。そうすれば、皆に笑顔が戻る。それまでの辛抱です。その時はサラ、貴女達の時代です』と聞かされて来た。

 そんな希望ある未来を切り開く筈の青年が、今、同道者の傷を深く抉っている。サラは、頭の中にある、希望に満ちた未来の世界が歪んで行くのを感じていた。

 

 一方、リーシャは、まだ昼時が過ぎた程だというのに、自分の周りが夜になってしまったかのように暗くなって行くのを感じていた。

 女だから上に行けないという事実は認めたくはないが、自分でも感じていた事だ。言われたくない事だが、言われたとしても怒り以外には何も感じないだろう。

 しかし、カミュによって齎された可能性は、驚愕の物であった。

 まさか、自分の死までも望まれていたのかもしれない等、リーシャは今まで考えた事もなかったのだ。

 

「勇者様、何もそこまで……」

 

 完全に沈黙してしまったリーシャを見かねて、サラが重い口を開くが、聞く気がないとばかりにカミュは立ち上がる。

 そして、顔を下げてしまったリーシャを見下ろして、止めの言葉を発した。

 

「何れにせよ、勝手に付いてくると言ったのはアンタ達だ。魔物との闘いや、俺の言動が気に喰わないなら、去ってくれて構わない。付いてくるのなら、一々俺の行動や発言に突っかかるのは止めてくれ。それと、俺は『勇者』でも何でもない。アリアハンから出たばかりの唯の旅人だ。何も成し遂げていない者を『勇者』と呼びはしない」

 

「……しかし……」

 

 サラの反論は、歩き出すカミュの背中に空しく消えて行った。

 茫然自失のリーシャに声をかけ、何とかカミュの後に続いて歩き出す二人であったが、その心には自分達が描く勇者像と、目の前を歩くカミュとの違いに大きな溝ができて行く事になる。

 

 

 

 

 

 


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