新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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アッサラームの町②

 

 

 

 カミュとサラは、一件の酒場のテーブルについていた。

 二人の前には、先程声をかけた女性が注文した酒を呷り、出て来た料理を口に入れている。

 酒場で酒と食事の代金を肩代わりする事を条件に、カミュ達は彼女の話を聞ける事となり、彼女の言う酒場までついて来たのだ。

 彼女は、聞いていた通りにメルエの母親だった。

 ただ、義理のではあったが。

 

「まぁ、そんな話さね」

 

「そ、そんな話!?」

 

 グラスに酒を注ぎながら、ぼそりと呟いたメルエの母親と名乗る女性の言葉に、サラが勢いよく立ち上がる。

 サラにとって、それは『そんな話』で許されるような問題ではない。それこそ、目の前の女性を八つ裂きにしてしまいたい程の怒りを覚えた。

 

「貴女は……貴女は……メルエをなんだと思っているのですか!?」

 

「私の娘さね。娘なんだから、何をしようと私の勝手だろ」

 

 サラの怒りの発言も、この女性にはまさにどこ吹く風。

 返って来た余りの言葉に、サラは絶句する。

 隣に座るカミュの瞳も、かなり厳しい物になっていた。

 

「よりにもよって、『人』を……『人』を、たかだか20ゴールドで売り払うなど……」

 

「はっ! メルエはそのお陰でアンタ方と一緒にいる事が出来たんだろ?……感謝こそされ、恨まれる謂れはないね」

 

 自分の非を棚に上げる発言に、サラの感情が遂に爆発した。

 握りしめていた拳を開き、目の前のテーブルに叩きつける。テーブルに乗っていたスープは零れ、料理の一部が引っ繰り返った。

 

「メルエは……メルエは殺されるところだったのですよ!!」

 

「!!」

 

 その時サラには見えていなかった。

 目の前の女性の目が一瞬見開かれた事が。

 女性の物言いに激昂し、周囲の視線も気にせずに叫ぶサラにはそれに気が付く余裕などなかったのだ。

 

「……もういい……」

 

「……カミュ様……」

 

 激昂するサラを抑え、口を開くカミュ。

 そのカミュの言葉に、目の前の女性も落ち着きを取り戻す。

 

「ど、奴隷なんだから、何をされても仕方ないんだろ?」

 

「……そうだな……それもこれもアンタが招いたものだ。メルエには、ここで幸せに暮らすという可能性もあった筈だ。それを潰したのはアンタだ」

 

「……カミュ様……」

 

 カミュは、先程の女性の動揺を確かに見ている。それでも、自分の胸の内に湧き上がる黒い衝動を抑える事はしなかった。

 自分の叫びを抑制した筈のカミュが、女性に向かって冷たい言葉を投げかける姿をサラは呆然と見守るしか出来ずにいる。カミュは、先程まで被っていた仮面を取り外していた。

 もはや、その口調の何処にも遠慮などない。

 

「……話はそれだけだな……」

 

 カミュは腰の袋に入っているゴールドをいくらかテーブルに置き、立ち上がる。それは、メルエの義母であるアンジェとの会話を打ち切るものだった。

 

「……メ、メルエは……メルエはアンタ方とは話をするのかい?」

 

 背中を向けるカミュに、テーブルを見つめたままアンジェは呟いた。

 アンジェの頭には、未だにメルエとの別れの場面がこびり付いて離れない。

 あの、救いを求める瞳が、救いを求める言葉が。

 

「……ああ」

 

「……アンタ方には、笑顔を見せるかい?」

 

 いつからだろう。

 メルエがアンジェに笑顔を見せなくなったのは。

 まだ、アンジェに口を開いてくれていた頃、言葉を知らず、声を洩らすだけだった頃は、確かにメルエはアンジェに笑顔を向け、アンジェの傍に近寄ろうとしてくれていた。

 

「……ああ」

 

「……そ……そうかい……うぅぅ……」

 

 カミュの返事に、アンジェは机に崩れる。カミュやサラに聞こえないように嗚咽を漏らし、顔を上げる事はなかった。

 

 アンジェは、あの日、メルエを奴隷商人に引き渡したその日から、摂取するアルコールの量が一段と増えていた。

 いくらアルコールを飲んでも、あのメルエの瞳が忘れられない。

 あのメルエの声が耳から離れない。

 あの日から、アンジェの心に自分を裏切った男も、自分を裏切った娘も浮かんで来る事はなかった。 

 浮かぶのは、全てメルエの事。

 他人の乳を懸命に飲むメルエの姿。

 腹を満たし、満足そうに目を閉じ眠るメルエの姿。

 自分の姿が見えなくなると泣き、自分が近寄ると輝くような笑顔を向け笑うメルエ。

 裏切られ、自暴自棄になり、その捌け口をメルエに求めた自分に、それでも笑顔を向けるメルエ。

 叩いても、叩いても、真っ赤に腫れあがった頬をしながらも、自分に手を伸ばすメルエ。

 そして、最後に必ず、あの怯えたメルエの瞳と、助けを求めるメルエの声がアンジェを襲うのだ。

 気が狂いそうだった。

 何度も死のうと考えた。

 メルエを奴隷として僅かなゴールドで売り払った立場にも拘わらず、その安否に思い悩む自分を許せなかった。

 故に、自分の前に出て来た今のメルエの保護者が、自分がメルエにした行為に激昂し、叫び声を上げる姿を見て、感極まった。

 メルエは今、幸せかどうかは別にしても、自ら笑顔を見せる事を躊躇う事はないのだ。

 

「……行くぞ……」

 

「……はい……」

 

 テーブルに伏せるアンジェを残し、カミュとサラは酒場を後にする。

 サラの心には暗い影が残った。それは、あのメルエの母親と名乗る女性が行った行為に対する怒り。

 だが、今サラを苦しめているのは、『僧侶』という身分でありながら、あの女性を許す事も導く気も起きずに、ただ『殺してやりたい』という想いを持ってしまっている黒い自分に対してのものだった。

 サラの復讐の対象は『魔物』であり、『人』ではない。

 『魔物』の脅威に怯える『人』の未来を救う事がサラの目標なのだ。

 あの女性も、大まかに括れば、その『人』である事は間違いがない。この世の中に生きている『人』は少なからず『魔物』の脅威に怯えている。

 それでも、サラはあの女性が『魔物』に襲われていたとしても、それに救いの手を差し伸べる気持ちは微塵もなかった。

 そんな自分をサラは許せなかったのだ。

 

「……ついて来たのが、アンタで良かった……」

 

「えっ!?」

 

 宿屋への道を歩きながら、ぼそりと呟いたカミュの言葉に、自分の思考の中に入り込んでいたサラは、弾かれたように顔を上げた。

 

「……あの戦士が隣にいたら、あの母親は、俺が止める前に叩き切られていたかもしれない……」

 

「えっ!? そ、そんな、いくらリーシャさんでも、それは……」

 

 カミュの言葉に反論しようとするサラであったが、自分の頭の中でその事を想像すると、決して強く反論出来る物ではなかった。

 

「この事を……リーシャさんには話すのですか?」

 

 リーシャは間違いなく激昂するだろう。

 それこそ、殺しかねない程に。

 それは、サラにも予想が出来た。

 

「……話さない訳にはいかない……あの戦士は、この情報を掴む為に俺を外に出したのだろうからな……」

 

 しかし、カミュから返って来た言葉にサラは再び言葉に詰まる。それはサラの予想だにしなかった物だったからだ。

 メルエの素姓を知る為に外へ出た等、サラは考えもしていなかった。その証拠に、カミュがあの失礼な女性にメルエの母親について尋ねた時、サラの頭には疑問符しか浮かんでいなかったのだ。

 

「えっ!? そ、そうなのですか? 次の目的地に関する情報の事ではなかったのですか?」

 

「……アンタは、あの戦士が、そこまで頭が回ると思っているのか?」

 

 カミュの言葉に、サラは再び答えに窮する。

 サラはてっきり、<ノアニール>で聞いたオルテガの足取りを追うために外に出たと思っていた。

 <魔法のカギ>という物を求めて<アッサラーム>に向かったオルテガがどこへ向かったのか。それが解らなければ、自分達の行動もここまでが限界となる。

 

 サラが戸惑っている間に、二人は宿屋の入口に到着した。

 そのままカミュは宿屋の階段を上がり、サラ達が泊まっている部屋の前に辿り着く。部屋のドアをノックすると、中からリーシャの声が聞こえて来た。

 サラは、そのリーシャの声で、自分の中を渦巻く黒い衝動が幾分かの落ち着きを見せて行くのを感じていた。

 

「で?……どうだったんだ?」

 

「……メルエは?」

 

「もう寝た。疲れていたんだろう。食事をして湯浴みを終えたら、もう寝ていた」

 

 メルエの状況を聞くと、リーシャは優しい笑みを浮かべて、膨らんでいる一つのベッドに視線を向ける。

 サラは、『これこそ母親が我が子に示す母性ではないか?』と思う。

 メルエの身を案じてその身を投げ出し、優しい笑顔を向けメルエを労わる。そんな表情が出来るリーシャが、サラは好きだった。

 

「……そうか……下で話す……」

 

「……わかった……サラ、メルエを見ていてくれるか?」

 

 カミュの発言に、リーシャが問いかけた内容が、重く、苦しい話だと理解したリーシャは、サラにメルエの事を頼み、カミュと共に階下へと降りて行った。

 残されたサラは、メルエのベッドへと近寄る。

 そこには、あどけない表情で眠るメルエの姿。

 この町に入る事を拒む程、メルエの心は傷ついていたのだろう。

 

「……メルエ……私は、メルエを護りますよ……」

 

 サラの呟きは、灯りを消した部屋の闇に溶けて行く。

 

 

 

「……カミュ……今、その義母親(ははおや)はどこにいる?」

 

「……行ってどうするつもりだ?……斬り殺すつもりか?」

 

 宿屋の一階部分にあるラウンジの様な場所で、カミュは先程メルエの義母に聞いた話を、脚色などせず、そのままリーシャに伝えた。

 案の定、リーシャは話の途中から、その身体を震わせ始め、カミュの話が終わった時にはその震えが収まっていた。

 夜中に差し掛かり、宿屋のラウンジの灯りも消されている。真っ暗な中、月明かりに照らされたテーブルで、表情の見えないリーシャの呟きは、サラではないが『悪魔』の呟きに聞こえるような物だった。

 

「お、お前は! お前は許せるのか!? メルエを……メルエをそんな目にあわせた人間を許せるのか!? メルエはお前にとって何なのだ!」

 

「……」

 

「カミュ!」

 

 リーシャは、カミュがサラに話した予想通り、激昂した。

 怒りに震えていた肩は、その震えを収め、目は怒りに染まっていた。

 その怒りは、抑えようと口を開くカミュへと向けられる。

 リーシャは、自分でも理不尽である事は承知していた。それでも、胸の奥から湧きあがる怒りを抑える事が出来なかったのだ。

 

「……メルエに関しては、アンタと同じだ……だが、許す許さないは、俺達が決める事ではない。それを決めて良いのは、メルエだけだ」

 

「……カミュ……」

 

 リーシャは自分の中で暴れ回っていた怒りの炎が鎮火していくのを感じた。

 それは、カミュが言った言葉にある、『メルエに関しては、リーシャと同じ』という物が原因である。

 何度も確認して来た筈だ。カミュがメルエを大切に思っている事など、リーシャも解っていた筈なのである。それでも、聞かずにはいられなかったのは、カミュが余りにも冷静だからだった。

 しかし、それは間違いだった。

 最近の表情があるカミュを見ていたリーシャは忘れていたのだ。

 カミュが怒る時、興味がない人間と対する時、その表情が失われる事を。

 今のカミュの表情は『無』。リーシャを見てはいるが、見てはいない。それが、カミュの怒りの度合いを顕著に表しているものだった。

 

「……すまない……感情的になり過ぎた……」

 

「……それが、アンタだ。気にするな……」

 

「なにっ!?」

 

 カミュの怒りに気が付き、素直に頭を下げるリーシャに対し、表情を失くしたままカミュは失礼千万な事を口にする。

 カミュの言い分では、まるで自分が常に感情むき出しで突っ走っている頭の悪い人間の様に聞こえたのだ。

 しかし、失礼な言い分に顔を上げたリーシャは、カミュの表情が変わっていない事に気が付く。

 もし、カミュがリーシャをからかっているのだとしたら、口端を上げるような仕草をしているはずだったが、そんな素振りは少しもない。つまり、カミュの発言は、リーシャを馬鹿にしていたのではなく、本心からそう思い、それを悪い事とは思っていないという事なのだろう。

 

「……決めるのは、メルエだ……」

 

「……お前は……この町に……そんな親の下にメルエを置いて行くつもりなのか?」

 

 続くカミュの言葉にリーシャは恐怖した。

 カミュは自分達が怒りを覚えるような親の下へメルエを置いて行くつもりなのか、メルエを大事に思っているのにも拘わらず、メルエが幸せになる可能性を潰すつもりなのかと。

 

「……それも……メルエが決める事だ……」

 

「あっ!? ま、待て、カミュ!」

 

 リーシャの追随にも、同じ回答をし、カミュはそのまま外へ出て行ってしまう。

 一瞬カミュの行動を掴みきれなかったリーシャは反応が遅れるが、慌ててカミュを追って外へと飛び出した。

 

 

 

 夜の喧騒はまだ続いている。

 町の灯りは灯り続け、夜だというのに昼の様な明るさを誇る。

 月明かりはその人工的な光に阻まれ、地上に降り立つ事はない。

 外に出てカミュを探すと、宿屋の裏手に向かって歩いて行くカミュの姿を見つけ、リーシャはその後を追った。

 

「……お前は、よく月を見上げているな」

 

「……もう、話は終わった筈だ……」

 

 宿屋の裏手という、町の灯りが届かない場所で月を見上げるカミュに、リーシャは後ろから語りかけるが、それに対するカミュの答えは、簡素な拒絶だった。

 それでも、今のリーシャはめげない。

 

「まだ終わっていない。お前は、メルエがその義理の親の下に戻り、再び虐待を受けたとしても、それを無視する事が出来るのか?」

 

「……」

 

「カミュ!」

 

 リーシャの問いに黙して語らないカミュに、リーシャの我慢も限界に達した。

 そのリーシャの叫びにカミュはゆっくりと振り返るが、その表情を見たリーシャは驚く事となる。

 無表情でもない、笑顔でもない、その哀しみの交る表情に。

 

「……俺は、親という物が解らない……アンタは、親は子を愛するというのが、当然なのだろうな……」

 

「なっ!? 当たり前だろ!?」

 

 カミュの呟きが、リーシャの胸を抉る。

 『何を当然の事を言っているのだ?』と。

 

「……子供にとって『親』とは、何があっても自分を護ってくれる象徴だ……それは、おそらく産まれ落ちた時から植え付けられているのだろう……」

 

「……カ、カミュ……」

 

 突然語り出すカミュ。

 リーシャは戸惑った。

 

「……どんなに傷つけられても……どれ程痛めつけられても……どれだけ突き放されても。子供にとって、頼る者は自分の親しかいない……」

 

「……」

 

 もはや、リーシャは言葉すら発する事は出来なかった。

 カミュが何を話すのか解らない。しかし、身体を襲う寒気はまるで周囲の気温が急激に下がったのではないかとすら思わせる。

 

「……『自分が何か悪かったのではないか?』、『言う通りにしていれば、笑いかけてくれるのではないか?』、『辛いと言っても助けてくれないのであれば、我慢していれば、哀れと思い、抱きしめてくれるのではないか?』と常に考える。絶対の保護者である『親』が自分を傷つけるのは、自分が悪いからだとな……」

 

「……」

 

 リーシャの歯が噛み合わない。

 カミュが語る内容に恐怖すら感じる。

 『怖い』

 『逃げ出したい』

 リーシャの脳は足へと指示を出すが、足は動かない。

 

「絶対の保護者である『親』がする事は正しい筈。それでも、自身の身体は痛み、悲鳴を上げる。自分が悪い……親は正しい……だが、痛く、苦しい。救いを求めても、それを拾い上げてくれる筈の保護者に払い除けられる。親の言いつけを守り、必死に耐えても、報われはしない……子供の願いはどこへ行く?……願いを聞き入れて貰う為に、また耐えるしかない。何度も何度も……」

 

「……」

 

 もはや、リーシャの身体は小刻みに震え始めていた。

 生まれてから、これ程の恐怖をリーシャは味わった事がない。

 頭が考える事を拒絶する程の恐怖。

 自分の知らない世界を垣間見た時、『人』は恐怖を感じ、それを拒絶しようとする。それでも、リーシャはカミュの言葉自体を拒絶する事はなかった。

 

「……だが……それでも……それでも報われない時、最終的に子供が何を思い、どう考えるのか……アンタに解るか?」

 

「……」

 

 カミュがリーシャの目を見据えた。

 リーシャは恐怖のあまり、首を横に振る事しか出来ない。

 

「……『他人』だ……」

 

「!!」

 

 一息吐き出した後に紡いだカミュの言葉は、リーシャの予想を遙かに超え、その身体を硬直させる。

 いつの間にかリーシャの額に滲み出した汗が、頬を伝い、地面へと吸い込まれて行った。

 

「……これは、『親』ではない……ただの『他人』だと認識する……」

 

 哀しすぎる。

 それは、父親であるクロノスの愛を一身に受けて育ったリーシャに取っては、考えたくもないものだった。

 

「……メルエは、その認識をするのが早かったのだろうな……」

 

「そ、それ……」

 

 『それは、誰と比べてだ!?』

 そう言おうとして、リーシャは思い留まった。

 それは解りきっている事。

 おそらく、今カミュが話した内容は、メルエではない。

 カミュ自身の体験なのだろう。

 

 カミュは生まれながらにして『勇者』としての責務を負わされた。

 アリアハンの英雄オルテガの死が決定的になった時、それは『次代の』という物や『勇者候補』という物ではなく、カミュの存在自体が『勇者』である事を義務付けられたのだ。

 おそらく、オルテガの父オルテナも、オルテガの妻ニーナも、カミュが『勇者』として生きて行く為に厳しく接したのだろう。

 リーシャよりも幼い頃から剣を学ばせ、魔法を学ばせる。剣を学ぶ時には、怪我など付き物だ。魔法にしても、実戦で使えるようになる為には、それ相応のリスクを背負う事となる。

 何度も傷つけられては立ち上がる事を要求され、立ち上がれば再び傷つけられる。

 リーシャの場合は、自分で学びたいと父に話した事がきっかけであり、父の剣も厳しかったが、娘であるリーシャを傷つける事はなかった。

 ましてや、剣を握った途端、討伐隊への同道などを求められる事もなかった。

 それでも、幼いカミュは、親であり祖父であるニーナとオルテナに救いを求めていたのだろう。それは、カミュがメルエにルーラの話をしていた時の内容に表れていた。

 おそらく、カミュはあの時から、ニーナとオルテナを『他人』として見るようになってしまったのかもしれない。

 

「……メルエが……それでもまだ、あの義母を母として見ているのなら、俺が口を挟む問題ではない。メルエはあの女性を、まだ本当の母親だと思っている筈だ」

 

「……なに?」

 

「あの女性は、捨て子であった事をメルエに話してはいない」

 

 カミュが話を聞いた限り、メルエの義母であるアンジェは、メルエが自分の本当の娘ではない事を話してはいない。メルエは、最後の最後まで、アンジェを母と思い、親と思い、救いを求めていた。

 奴隷商人に引き渡される時、救いをアンジェに求めていた事をカミュも、サラも聞いてはいない。

 もし、カミュの言う通り、メルエがアンジェを『他人』として見ているとすれば、あの時、救いを求めて母を見つめた自分の瞳から目を逸らされた時からかもしれない。

 

「……カミュ……お前は……」

 

「後は、メルエの判断に任せる」

 

 その言葉を最後に、カミュは自室へと戻るため、宿屋の入口に入って行った。

 取り残されたのは、リーシャ唯一人。

 

「……カミュ……お前は、メルエがお前より母親を選ぶとでも思っているのか?」

 

 リーシャの呟きはカミュの耳に届く筈もなく、夜の闇へと溶けて行く。

 先程感じた冷気などどこにもなく、町の喧騒が遠く聞こえていた。

 

 

 

「カミュ! これは何なんだ!?」

 

 翌朝、まだベッドに入っていたカミュの部屋を強引に開け、怒鳴り声を上げたリーシャが入って来た。

 その後ろには眠そうに目を擦るメルエ。そして、寝癖も直しきっていないサラがその後ろについて来ている。

 何故そこまでして、自分の部屋に突入してきたリーシャについて来たのか。

 それがカミュには皆目見当もつかなかった。

 

「……何があった?」

 

「『何が』ではない! 昨日は聞きそびれてしまったが、これは何だ!?」

 

 リーシャが怒鳴り声と共にカミュに突き出した物は、昨晩カミュが購入した物だった。

 サラがそれを手にするリーシャを想像し、身震いした物。

 そこで、ようやくカミュも事の顛末を理解した。

 朝起きたリーシャが、部屋に置いてある包みを見て、昨日武器屋が持って来た事を思い出す。そして、サラを叩き起こして事情を聞くが、要領を得ない為にカミュも部屋に突入して来たという事だろう。

 メルエは騒がしさに目を覚まし、皆が部屋を出て行くからついて来ただけのようだ。

 

「……見て解らないのか? 鉄の斧という武器らしい」

 

「だから! 何故、それが私の下に届けられたかを聞いているんだ!?」

 

 ベッドから身体を起こすが、出ようとはしないカミュに一歩近づき、リーシャは唾を飛ばして詰め寄って行く。

 メルエはサラの足に手を置きながら、その包みを興味深げに眺めていた。

 

「……手紙を添えておいた筈だが?」

 

「『アンタの武器だ』の一言しか書いていないこの紙の事か!?」

 

「……カミュ様……」

 

 一枚の紙を振り回すリーシャが叫ぶ内容を聞いて、サラは溜息を溢した。

 『いくら何でも、それはないのでは?』と。

 リーシャの為に買ったとはいえ、少しばかりの説明はあって然るべきだとサラは思っていた。

 

「……斧は使えないのか?」

 

「そう言う問題ではない! 私には、<鋼鉄の剣>がある。他の武器も使う事は出来るが、剣が一番得意だ。得意な武器を使用していた方が戦闘の時には役に立てる」

 

 宮廷騎士ともなれば、どんな武器にも対応する事が出来るように求められる。それは、戦場で自分の得物が破損する可能性もあるからだ。その場合、近くに落ちている武器、または敵から奪った武器で対応しなければならない。その為に、『騎士』や『戦士』は、ほぼ全ての武器の対応性を求められるのだ。

 しかし、リーシャの言う通り、それぞれに得意分野というものがある。それは、幼き頃より訓練を積んだ武器や、訓練の中で自分の戦いにあった武器などだ。それがリーシャにとっては剣なのであろう。

 

「……そうか……似合うとは思ったのだが……」

 

「……ほぅ……お前は、私にはこのような無粋な斧を振り回すのが似合うというのか?」

 

「……そこの僧侶もそう言っていたぞ……」

 

 サラは突然振られたことに、驚き、咄嗟の反論ができなかった。

 ゆっくりと振り返るリーシャの手には、<地獄の鎌>ならぬ<鉄の斧>。

 カミュの発言に怒りが湧き上がって来ているリーシャは、すでにその包装を解いていた。

 

「……サラ?」

 

「い、いえ。な、何故、私なのですか!? に、似合い過ぎていて怖いなとは思いましたが、言ってはいませんよ!」

 

 振り向くリーシャへの恐怖からなのか、髪の毛が所々跳ねているサラは、不用意な発言を溢してしまう。

 言い出したカミュですら、そのサラの発言に表情が固まってしまった。

 

「……ふふふ……そうか……サラが私をどのように思っているのかが良く解った。拳骨くらいでは足りなかったのだな……」

 

「ふぇっ!?」

 

 笑顔を見せながら、リーシャは包装を解いた<鉄の斧>を構え、サラへと一振りする。間の抜けた声を上げたサラの目の前に、リーシャが振るった斧の切っ先が落ちて来た。

 

「……ほぉ……」

 

「…………おお…………」

 

 そのリーシャの斧捌きに、ベッドからカミュが嘆息を漏らし、リーシャの傍にいたメルエは感動の声を上げた。

 心なしか、斧に向けられるメルエの瞳は輝いている。

 

「……サラ、覚悟は良いな?」

 

「えっ、えっ、えぇぇぇ!?」

 

 斧の切っ先をサラに向けたまま、呟くリーシャの言葉に、ようやくサラの意識が現実に戻された。

 今自分が置かれている状況を認識し、部屋中に響く程の大声を上げる。

 

「…………リーシャ…………すごい…………」

 

「メ、メルエ、危ないぞ。今は斧を持っているんだ。危ないから下がっていろ」

 

 『その切っ先を仲間に向けているのは誰だ!?』

 そうサラは叫びたかった。

 輝く瞳を向け、近寄ってくるメルエに注意を促すリーシャをサラは恨めしそうに見つめる。

 メルエは斧という武器を持った人間を『カンダタ』しか知らない。

 それは、メルエが加わって初めての強敵。

 あの塔での戦闘は、幼いメルエの心にもしっかりと残っていた。

 メルエが敬愛する、カミュもリーシャもあの大男には敵わなかった相手。そんな大男が持っていた武器である<斧>という武器を軽々と振るうリーシャが、メルエにはとても頼もしく見えたのだ。

 

「…………リーシャ………つよい…………?」

 

「ん?……もちろんだ。例え、武器が剣ではなく、この斧だとしても、カミュ程度であれば負けるような事はない」

 

 斧を持った方とは反対の腕にしがみ付いたメルエは、小首を傾げながらリーシャを見上げている。

 『斧を振う者=強者』という図式が成り立っているメルエにとって、その疑問は当然の事だったのかもしれない。リーシャは、そんなメルエの意図を理解せずに、メルエの求めている答えを伝えた。

 

「…………カミュ………より…………?」

 

「ああ! カミュが私に一度も勝てていない事は、メルエも知っているだろう?」

 

 メルエの問いに、胸を張って答えるリーシャ。そのリーシャの問いかけに、一度カミュの方に視線を向けたメルエは、大きく首を縦に振った。

 そんなメルエの姿に少し表情を歪めたカミュの姿を、サラは横目で見てしまう。

 

「……どうでも良いが……その<鉄の斧>は使わないのか?」

 

「い、いや、ちょっと待て……う~~ん……」

 

「…………すごい………すごい…………」

 

 顔をしかめながらも、問いかけるカミュに、先程までの勢いが失われたリーシャは、考え込む素振りを見せる。傍で目を輝かせているメルエの視線が気になっているのだ。

 この町に入って初めて見せるメルエの笑顔。その笑顔がリーシャの回答次第によっては消えてしまう可能性がある。

 

「そ、その斧は、結構な値段がするのですよ。カミュ様も私もそれを使えるのはリーシャさんしかいないと思っていましたし」

 

「……そうだな……それに、<鋼鉄の剣>では、この周辺の魔物には苦戦する事はこの前の戦闘で解っただろう?」

 

 切っ先が外れたサラが、斧の値段を口にし、それに同調するようにカミュが斧の必要性を説く。

 見事なコンビネーションだった。

 

「そ、それならば……カミュ、お前はどうするんだ?」

 

「……俺は、斧を使えない……」

 

 明らかに嘘である。

 サラはそう思った。

 『勇者』として育てられたカミュが、斧という武器を使用出来ない筈がない。

 

 それはリーシャにも解っていた。

 カミュの今までの行動を見れば、それぐらいの事は解る。

 剣を失った時、サラの持つ<鉄の槍>を扱っていた。それは、そこいらの兵士では太刀打ち出来ない程の腕である事は間違いないものだった。

 そこまで考えて、リーシャは思い当たる。先程のリーシャの言動の中にその答えはあったのだ。

 おそらく、カミュはリーシャに剣の腕で劣る事を良しとしていないのであろう。剣で劣る者が、武器を変えた所で変わらない。カミュは、剣を極めるつもりなのかもしれない。

 

「…………リーシャ………おの………きらい…………?」

 

「ん?……そうだな……わかった。この<鉄の斧>は私が貰おう」

 

 返答をしないリーシャに、その下から心配そうに眉を下げたメルエが尋ねる。そんなメルエの頭に手を置いて、リーシャは笑顔でその斧を武器とする事を了承した。

 

「…………ん…………」

 

 メルエはくすぐったそうにリーシャの手を受け入れ、そして笑顔で頷く。

 メルエの笑顔に、その場にいた三人の表情も緩んで行った。

 

「……それで……いつまで、俺の部屋に居座る気だ?」

 

「あっ!? す、すみません。すぐに出て行きます!」

 

 和やかな空気を破るカミュの一言。その言葉に、サラは自分の身なりに気が付き、大慌てで部屋を飛び出して行く。その後に続くメルエ。

 そして最後にリーシャだけが残った。

 

「……カミュ、昨日の話は、メルエにするのか?」

 

「……いや……あの義母が会いに来ない限り、こちらから出向く気はない」

 

 その答えに満足そうに頷いたリーシャは、カミュの部屋を出て行く。

 誰も居なくなった自室で、しばらく天井を見つめていたカミュは、ベッドから出て、身支度を整え始めた。

 

 

 

 朝食を取り終え、一行は再び<アッサラーム>の町に出る。

 そこは、昨晩カミュ達が見た光景とは何もかもが違っていた。

 喧騒など何もなく、人も疎らにしか歩いてはいない。昨晩酒に酔ったものが吐き出した嘔吐物やゴミをその少ない人間で清掃を行っている。

 とても、昼間の町とは思えない程の物であった

 

「……メルエ……大丈夫か?」

 

「…………ん…………」

 

 外に出た途端、メルエの声に元気がなくなった。カミュのマントに包まっている為、メルエの表情は見えないが、カミュのマントの中から聞こえて来るか細い声が、サラの胸を締め付ける。

 それと共に、再びサラの心にどす黒い感情が湧き上がり、サラは苦しむのだ。

 カミュ達は、リーシャの<鋼鉄の剣>を引き取ってもらう為に、昨晩訪れた武器屋に向かうが、そこは店仕舞いをした後だった。

 

「そう言えば、夜の間しか営業していないと言っていましたね」

 

「……そうだったな……」

 

 昨晩武器屋が言っていた事を思い出したサラとカミュは、他の店が空いていないかどうかを確認するために、周囲を見回す。そんな二人の姿に状況を判断したリーシャが、左手に武器屋の看板が見えている事を伝え、一行はそちらの方に移動する事にした。

 

「おお! 私の友達! お待ちしておりました!」

 

 武器屋の入口を入った途端、カウンターにいた主人らしき男性に声をかけられる。それは、とても初対面の人間に対する対応ではなく、リーシャは驚いた。

 

「カ、カミュ……この店主は知り合いなのか?」

 

「……全く知らないが……」

 

 昨晩、知り合いになったのかもしれないとリーシャが声をかけるが、かけられたカミュの反応は酷く冷たいものだった。

 『何かあったのか?』とも思ったが、横にいるサラも首を横に振った事から、カミュが言っている事が本当である事を知る。

 

「お客様は、皆さん私の友達! どうぞ好きなだけ見て行ってください!」

 

 気の良い笑顔を向ける店主に、リーシャは『そう言う物なのかもしれない』と思う事にし、店の中を見回すと、今朝論議の種となった武器が飾ってあるのを見つけた。

 <鉄の斧>に目をつけたリーシャを店主が目敏く見つける。

 

「おお! お目が高い! それは<鉄の斧>という武器です。今ならなんと、40000ゴールドです!」

 

「よ、40000ゴールドだと!!」

 

 リーシャは驚愕する。まさか、自分の為にとカミュ達が買って来てくれた武器が、それ程の高値をつける物だったとは思いもしなかったのだ。

 そして、それ程の金額を支払ってでも、自分の為に武器を調達して来てくれたカミュ達に、自分が吐いてしまった暴言を悔やんだ。

 

「……す、すまない……カミュ。ま、まさか、それ程に価値のある物だとは知らなかった」

 

「えっ!?」

 

「……はぁ……」

 

 素直に頭を下げるリーシャに、サラは驚きの声を上げ、カミュは呆れの溜息を吐く。サラにしても、まさかリーシャがこの店主の言う事を鵜呑みにするとは思わなかったのだ。

 如何に値段を知らないとはいえ、40000ゴールドは余りな値段だ。

 昨晩、訪れた店で『昼間はぼったくり店などもあるから気をつけなさい』というような事を言われていた為、カミュとサラはすぐに合点がいった。

 

「友達! 買ってくれますか!?」

 

「……いや、いい……」

 

 当然のようにカミュは首を横に振った。

 リーシャは、それを『既に所有している為』と受け取るが、サラは呆れて物が言えなかった。

 2500ゴールドの物を数十倍の40000ゴールドという値をつけ、『買ってくれますか?』はないだろう。

 

「おお! 友達、とても買い物上手。私、困ってしまいます。では、20000ゴールドに致しましょう。これでどうですか?」

 

「なにっ!?」

 

 カミュの断り文句に、言葉と反して左程困った様子も見せずに発した店主の言葉に、リーシャは驚きの声を上げる。それもその筈、いきなり半額になったのだ。

 それでも、20000ゴールド。

 

「……いや、結構だ……」

 

「おお! これ以上まけると、私、大損してしまいます! でも、あなた友達。では、10000ゴールドに致しましょう! これならいいですか?」

 

「なんだと!」

 

 更に半額。

 もう、当初提示した金額の四分の一になっている。

 徐々に湧いてくるリーシャの怒り。

 

「……いらないと言っただろう……」

 

 対するカミュは辟易していた。

 人の話を聞かない人間と対する事が苦痛な事など、カミュは経験済みだ。

 それでも、これは今まで経験した物の中でも、余りにも酷かった。

 

「おお! あなた、酷い人。私に首吊れと言いますか?……わかりました……では、5000ゴールドにしましょう。これなら良いでしょう?」

 

「……この!」

 

 もはやリーシャの我慢も限界だったが、それに気が付いたサラが必死にリーシャの身体を抑え、それを見たメルエもカミュのマントから顔を出し、リーシャに飛び付いた。

 メルエの場合は、リーシャを止めるという理由ではなく、サラが抱きついたから自分もというような単純な物であったが。

 

「……先程から、俺は買わないと言っているのだが……」

 

「そうですか、残念です。またきっと買いに来て下さいね」

 

 断りを入れるカミュに、肩を落とす店主は、それ以上値段を下げる事はしなかった。

 カミュやサラは、昨晩<鉄の斧>の正規の値段を聞いていた事から、店主が最後に言った値段が正規の倍の値段である事を知ってはいたが、リーシャは違った。5000ゴールド以上値段を下げないという事は、それが正規の値段だと勘違いしてしまったのだ。

 急に大人しくなったリーシャに、サラはその拘束を解き、それと同時にメルエもカミュのマントの中へと戻って行った。

 カミュが買わない代わりにリーシャの<鋼鉄の剣>の引き取りを頼むと、店主はちょっと複雑そうな顔をしていた。それでも、大変意外な事に、その引き取り価格は正常な価格であったのだ。

 店主の言う値段にカミュはしばらく驚いていたが、問題がない事を認識し、<鋼鉄の剣>を渡し、ゴールドを受け取った。

 

「……それでも、5000ゴールドもする物だったのだな。カミュ、ありがとう。この斧は大事に使わせてもらうよ」

 

「えっ!? リ、リーシャさん……それは……」

 

「……ああ、そうしてくれ……」

 

 リーシャの言葉を慌てて訂正しようとするサラの言葉を遮って、カミュが真面目な顔でリーシャに答える。そのカミュに大きく頷いたリーシャは、斧を背中に担ぐように結びつけ、歩き出した。

 サラは、一度『良いのですか?』というようにカミュを見るが、カミュが何も言わない事から、リーシャの後を追う事にした。

 

「それで、カミュ。この町を出たらどこに向かうんだ?」

 

「あっ!? そ、そうですよ。昨日の夜は、その情報を聞きそびれてしまいました」

 

 町を歩きながら、次の目的地を聞くリーシャの言葉に、サラは思い出したかのようにカミュへと視線を向ける。そんなサラを見たカミュは、呆れたように溜息を吐き出した。

 

「……アンタが、変な女と言い争っていたからな……」

 

「そ、それは……」

 

 カミュは昨日のサラと妖艶な女性の会話を言っているのだ。

 その事にサラは言葉が詰まった。

 

「ん?……何だそれは?」

 

「な、なんでもありません!」

 

 会話を聞いていたリーシャは疑問を口にするが、咄嗟に反応したサラの発言に目を丸くしていた。

 サラの慌てぶりが何かあった事を確実に示しているが、それは追求する程でもない事である事はカミュの口ぶりから解る。

 結局リーシャは、柔らかな笑顔を向け、再び町を歩き出した。

 

 

 

「ん?……<カギ>?……ああ……十何年前に、オルテガという人間がカギを求めて南に向かったらしい。まぁ、あの人間なら、例え<魔法のカギ>がなくとも道を切り開いただろうけどな」

 

「……」

 

「……南へ……」

 

 情報収集のため、町の中を清掃する人間に話を聞いて行く。

 陽も高い事もあり、アルコールを摂取している人間もおらず、皆まともに相手をしてくれる。清掃の合間である事から、視線を向けずに話す人間もいるが、思い出す為に頭を捻ってくれる者もいた。

 何人目かの男の話の中で、ついに『オルテガ』の名が出て来た。

 その足取りは、南だという。この<アッサラーム>の南と言えば、正直地図には徒歩ではいけないようになっている。

 

「……<カギ>?……う~ん。カギが関係するかどうかは解らないが、この町の南西にある砂漠の更に西に<イシス>という国があるそうだよ。古い国らしいから、そういう不思議なものがあるかもしれないね」

 

 更に他の男に話を聞くと、少し興味深い話が返って来る。

 先程の男の話と組み合わせると、オルテガが向かった場所が見えて来た。

 

<イシス>

それは、ロマリア王からその国に入るための書状を頂いた国。

『必ず行く事になるだろう』と言われた国でもあった。

これで、行く先は決まった。

そう思ったリーシャとサラは、続くカミュの言葉に驚いた。

 

「……一度、<ノアニール>に戻る……」

 

 驚きの声を上げるリーシャとサラの二人を無視し、カミュはさっさと<ルーラ>の詠唱準備に入った。メルエは既にマントの中でカミュにしがみついている。

 驚きの声を上げ固まる二人であったが、<ルーラ>を使う事の出来る二人が先に行ってしまえば、<キメラの翼>がない以上、自分達は完全に置き去りになってしまうと気付き、慌ててカミュの腕に掴まった。

 

「……ルーラ……」

 

 カミュの詠唱と共に、一行の身体が魔力を纏い、上空へと投げ出される。メルエの故郷でもある<アッサラーム>が急スピードで小さくなり、そして見えなくなっていった。

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

アッサラームは一先ず終了です。
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