新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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この辺りから、少しきつい話に入って行きます。
皆様、心を強く持ってお読みください。


シャンパーニの塔①

 

 

 

 メルエが目を覚ますと、他の三人は既に剣の鍛練を終えていた。

 カミュは森に果物などを取りに行っているのだろう。火の周りにはリーシャとサラしかいない。

 周囲は昨晩とあまり変わらない程の明るさしかなく、それが今日の天気も雨である事を物語っていた。 

 

「ん?……メルエ、起きたのか?」

 

 メルエの身体が起き上がるのに気が付き、リーシャの首が動く。

 どうやら、鍛練後の魔法についての勉強をサラとしている様子だった。

 

「メルエも文字の勉強をしますか?」

 

「…………ん…………」

 

 続いて掛った声の主であるサラも、カミュと衝突していたサラではなく、昨晩メルエと話していたような優しいサラのままである事に嬉しくなったメルエは、サラの問いかけにこくりと頷くのだった。

 

 

 

 その後、果物を両手に抱えたカミュの帰還と同時に朝食となり、それを食べ終わると三人は森を出る準備を始めた。

 <カザーブ>で購入したメルエの為の少し小さめのマントをリーシャがメルエに着せ、冷たい雨の中でも体温の低下を抑える為の処置をする。最初は自分に着せられるマントを不思議そうに見ていたメルエではあったが、マントという、カミュとお揃いの物を自分も着せられた事を素直に喜んでいた。

 

「さあ、行こう。カミュ、この雨では視界も悪い。離れずに行こう」

 

「ああ……しかし、あまり時間をかければ体温を奪われる。ある程度の速度を維持したまま歩く。アンタには悪いが、メルエの事を頼む」

 

 リーシャの提案を認めながらも、できるだけ早く塔内部に入る為に、自分にメルエの事を頼むカミュの姿を、リーシャはもはや驚く事もせずに受け入れた。

 

「わかった。サラ、メルエの手を引いて歩いてくれ。私は最後尾を歩く」

 

「あっ、は、はい。メ、メルエ……私で良いのですか?」

 

「…………ん…………」

 

 リーシャの声に慌てて返事を返すサラは、昨日のメルエの態度を思い出し、手を引くのが自分で良いのかを恐る恐る問いかけるが、しっかりサラの目を見ながら頷くメルエを見て、その頬を緩めた。

 

「よし! カミュ、行こう!」

 

 昨晩、共に眠る二人を見てはいたが、若干心配の残っていたリーシャは、サラに向かってしっかりと頷くメルエを見て、明るい声でカミュへ出発を促す。

 森から先は、一面が雨の世界。

 既に溢れんばかりに大地を濡らす雨の中、先頭のカミュが足を踏み出した。

 

 

 

 雨はその激しさを更に増し、一寸先すらも見えないという状況となって行った。

 メルエの手を握るサラは、自分の視界からカミュが消えてしまわないよう必死に歩き続ける。豪雨と言っていい程の雨であるからだろうか、一行は塔へと続く道で魔物と一切遭遇する事はなかった。 

 いや、実際、魔物と遭遇しながらでも、天気の良い晴れた道の方が一行にとっては良かったのかもしれない。昨日は見えていた塔は全く見えず、サラは自分達が本当に塔へと向かっているのかすら分かっていなかった。

 豪雨により衣服は下着までが濡れて来ており、それが原因による体温の低下、そして体温の低下による体力の低下。特に幼いメルエには厳しい物に違いないだろう。

 

「早く、中に入るんだ」

 

 塔の入口に辿り着いたカミュは、メルエの手を引くサラの腕をとり、塔の内部へと導いていった。

 突然握られた腕にサラは驚き顔を上げるが、体力が心配なメルエの事を考え、カミュに導かれるまま塔の内部へと入って行く。その後を、最後尾を歩いていたリーシャが続き、最後にカミュが中に入って行った。

 塔内部は、とても盗賊のアジトとは思えないほど静まり返っており、激しい雨音だけが響いている。カミュは内部を確認しながら壁伝いに進んで行った。

 ずぶ濡れの衣服を気にしながらも、その後をサラ、メルエ、リーシャの順に進んで行く。少し進むと、例の如く左右への別れ道に出た。

 

「ここは右ではないのか?」

 

「リ、リーシャさん!?」

 

「…………???…………」

 

 別れ道で立ち止まったカミュへと、最後尾からいつもの声がかかる。その声に、『またか!!』という想いからサラが声を上げ、その様子を理解できないメルエの首が傾いた。

 

「……アンタが右だと言うのなら、右が行き止まりという事か……」

 

「ど、どういう意味だ!?」

 

 先頭を行くカミュから溜息交じりの言葉が漏れ、その内容にリーシャは声高らかに反論しようとする。しかし、振り向いたサラの目を見て、口を噤んでしまった。

 カミュとサラは、リーシャの当てずっぽうには散々苦汁を舐めさせられているのだ。

 それを責める事はないが、『またか』という想いまでは隠そうとはしていない。それを、サラの瞳が物語っていたのだ。

 

「えっ? あ、あれ? カ、カミュ様!?」

 

 しかし、そこから起こしたカミュの行動に、サラの瞳は驚きに包まれ、素っ頓狂な声を上げる事となる。カミュは自分でも言ったように、リーシャの指し示した方向が行き止まりである可能性が高いと理解しているにも拘わらず、その方向へ向かって歩き出したのである。呆然とするサラを置いて、カミュの後を『とてとて』とメルエが続き、その後ろを若干得意気にリーシャが歩いて行った。

 釈然としない想いを胸に残しながらも、サラは皆の後ろについて行く選択肢しか残っていなかった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 しかし、やはりその先には、周囲を壁に覆われた少し開けた空間があるだけであった。

 サラにとっては当然の結果と言えるこの状況に、サラは溜息をつきそうになる。リーシャはリーシャで、この結果が悔しいながらも、皆に申し訳がないと言う気持ちが強く、項垂れていた。

 

「…………なに…………?」

 

 そんな二人それぞれの反応を余所に、メルエが口を開いた。

 メルエの視線の先には、この場所に先頭で入って行ったカミュ。メルエの声に顔を上げた二人もカミュへと視線を向ける。全員の視線を向けられたカミュは、マントの中で抱えていた革袋を逆さにし、塔の床に何かを落としていた。

 その革袋は、本来カミュが換金目的である魔物の部位を入れておくものだ。

 カミュは革袋の中身を換金した後、この革袋を洗ってから干している為、魔物の体液で満たされている事はなかった。

 カミュの行動を不思議そうに見ていた三人の目に、革袋から出てきた物が映り込む。

 それは、大量の枯れ木だった。

 

「……枯れ木? 何をするんだ?」

 

「……薪を取り出したら、する事など一つしかないだろう」

 

 革袋の中身を見て、その用途を問いかけるリーシャに、溜息を吐きながらカミュは答える。確かに、このような塔の中での行動としては少し妙な部分はあるが、この状況で枯れ木を取り出したとするならば、カミュの言う通り、する事など一つだろう。

 濡れたマントを脱ぎ、カミュは火を熾し始めた。

 全員の衣服はずぶ濡れの状態である。今の天候や気温を考えれば、衣服が乾くよりも先に体調を崩しかねない。

 故に、火を熾し衣服を乾かし、暖をとって体力の低下を避けようというのだ。

 

「随分と用意が良いのだな」

 

「……普通に考えれば分かる事だ。ただ、これは一度きり。この後は、暖を取る為の火を熾す事は出来ない」

 

 メルエは、カミュの手元で煙を上げ始めた木々に、目を輝かせている。カミュやリーシャを困らせたり、それによって自分を疎ましく思われたくなかったのかもしれない。口には出さなかったが、相当肌寒さを感じていたのだろう。

 

「……暖かいですね……」

 

 火が灯り、揺らぐ炎を囲みながら、四人は自分の身体を包む衣服を乾かし、身体を温めようと火へと近づいた。雨により濡れ切った衣服が水蒸気を上げて乾いて行く。それと共に体温も上昇し、四人の身体に体力が戻って行った。

 

「こ、こら、メルエ! そんなに、火に近づくな! 服が乾く前に燃えてしまうぞ」

 

「!!」

 

 リーシャに腕を引かれ、メルエはリーシャの腕の中にすっぽりと収まる。冷たい衣服によって冷え切った身体に、リーシャの体温による温もりは心地良かった。

 自然とメルエの瞼が落ちてゆく。

 

「あっ、メ、メルエ! 寝ては駄目ですよ!」

 

「!!」

 

 瞼が落ち、夢への旅路を歩み始めようとしたメルエを、サラの叫びが引き戻す。驚きと共に開いたメルエの目は、自分の心地よさを妨げたサラへと鋭い光線を発するのだった。

 

「うぅぅ……そんな目をしても駄目です」

 

「あははっ、そうだぞメルエ。まだこの塔に入ったばかりだ。衣服が乾いたら、すぐ出発だぞ。眠るのにはまだ早い」

 

「…………むぅ…………」

 

 メルエの視線に怯えながらも気丈に言い放つサラの様子に、リーシャは笑い声を上げ、自分の膝に乗るメルエの頭を撫でながら諭すが、メルエは眠い目を擦りながら不満げに頬を膨らませていた。

 

「さあ、さっさと服を乾かしてしまおう」

 

「…………ん…………」

 

 尚も優しく声を掛けるリーシャにしぶしぶながら頷き返すメルエにサラはほっと胸を撫で下ろした。

 サラの気が緩んだその時、カミュが背中の剣に手をかける。それは、望まない珍客の来訪を意味していた。

 

「何でこんな所に、女とガキがいやがるんだ!? ここは悪名高い<シャンパーニの塔>だぜ!?」

 

 現れたのはカミュが警戒していた魔物ではなく、二人の男だった。

 容貌は、ガラが悪く、目は血走ったように赤い。それに加え、無精髭とも言えない物を蓄えた人間であった。

 一目見ただけで、とてもまともな仕事をしているような人間ではないことが分かる。

 

「何の用だ!?」

 

「おお怖い。お前達こそ、この塔に何の用だ?」

 

 メルエを膝に抱いたまま、凄むリーシャに何の恐れも抱いていないように、男の内の一人が肩を竦めながらカミュ達の目的を聞き返す。リーシャの怒気に近い程の物に動じない程の実力者なのか、それともそれを感じ取れない程度の者なのかは解らない。しかし、疑問を疑問で返しながら不用意に近づいてくる男達の様子から、おそらく後者なのだろう事は推測出来た。

 

「……それ以上近づくな……」

 

 その証拠に、カミュが背中の剣を素早く抜き、前を歩く男の喉元に突きつける行動が、男達には見えていなかった。

 剣を突き付けられた男は、若干怯む様子を見せるが、一歩下がる事によって、再び厭らしい笑みを浮かべる。

 

「なんだよ? 俺達とやる気なのか?」

 

「へへへっ。こいつら、ここが誰のアジトなのか知らねぇんじゃねぇのか?」

 

 単純に見れば、4対2の構図である。幼い子供が見た所で、数の上では圧倒的にカミュ達が有利だ。

 それぐらいは、この男達も解っているだろう。それでも余裕を崩さない男達の中には、自分達が組みしている組織への絶対的な信頼があったのかもしれない。

 

「そうかもしれないな。へへっ、仕方がねぇから教えてやるが、俺達はカンダタ一味だ。まさか、『カンダタ』の名前も知らねぇとは言わねぇよな?」

 

「……」

 

 『カンダタ』という、このロマリアでは恐怖に近い存在の名を聞いても微動だにしないカミュ達を見て、男達は一瞬だけ戸惑いを見せた。

 しかし、その理由までもは想像する事は出来ず、ある推測に辿り着くのだ。

 

「おお、恐怖に声も出ないか? へへへっ、おい坊主、その三人の女達を置いて行くんなら、お前の命は見逃してやってもいいぜ?」

 

 だが、男達から見れば、四人のうち三人は子供と見えるのだろう。

 メルエは言うに及ばず、少女と言って良い。サラにしても、カミュより一つ年上とはいえ、見た目は大人の女性と言うには、まだ早いように見える。そして、カミュは唯一の男ではあるが、少年から青年に変わる頃の年相応の子供に映ったのだろう。残るリーシャは、剣を腰に差しているとはいえ、所詮女性だ。

 ロマリアの騎士達を幾度も撃退して来たという自信がある彼等にとって、それは大した脅威にはならないと判断したのだろう。彼等の口調と態度が、それを物語っていた。

 

「へへっ。命は大切にした方が良いぜ、坊主。この三人の女どもは、俺達が責任を持って可愛がってやるからさ」

 

 男達の態度と言動から、その実力を確認したのか、カミュが<鋼鉄の剣>を鞘へと戻す。その行動が、男達に更なる自信を付けさせた。

 自分達に恐れを成し、逃げる準備を始めたとでも思ったのだろう。

 

「カ、カミュ様!!」

 

「……」

 

 カミュの行動に、サラが驚きの声を上げる。

 まさか、カミュがこのような『ならず者』を恐れたという事はないだろう。しかし、『いい機会だ』と言って、自分達を見捨てるのではないかという考えを、サラは振り払う事が出来なかったのだ。

 それに対し、カミュと同じように『いつでも斬り捨てられる』と見ていたリーシャと、状況をいまいち掴めていないながらも、カミュとリーシャの態度から良い人間ではない事を理解したメルエは、ただ黙って成り行きを見ていた。

 

「そうだぜ、それでいい。後は俺達に任せて、さっさとこの塔から出て行きな」

 

「へへへっ、久々の上玉じゃねぇか? あの僧侶と剣士は俺達で楽しむとして、あのガキはどうする?」

 

 カミュが剣を鞘へと納めた事により、先程よりも余裕を大きくした二人が、カミュが消えた後の事を話し始める。それは、リーシャとサラにとっては我慢出来ない程の事であり、ましてやサラにとっては、一人で対処出来る物ではなかった。

 

「ああ……そうだな、前と同じように、狩りをすれば良いんじゃねぇか?」

 

「おお! そりゃ良い。この塔の中でガキ狩りか。でもよ、あの時は夜の森だったからな……少し簡単過ぎるんじゃないのか?」

 

「……なんだと?」

 

 しかし、続く男達の話の内容にいち早く反応したのは、憤るリーシャでも、顔を青ざめさせたサラでもなく、剣を鞘に仕舞い戦闘態勢を解除していたカミュだった。

 鋭い視線を男達に向けたカミュの纏う空気が変わって行く。

 

「ああ?」

 

「……もう一度、詳しく話してもらおうか?」

 

 女達を置いて早急に塔から立ち去ると思われていた少年が、自分達の話の腰を折った事に男達は腹を立てる。しかし、挑発的な返しをしながら振り向いた先には、先程と同じような無表情ながらも、全てを凍らせるような雰囲気を纏うカミュが立っていた。

 

「ああ!? まだいたのか、坊主! お前には、用はないんだよ! さっさと消えちまいな!」

 

「……お前達に無くとも、俺の方にはある……」

 

 怒気を通り越し、殺気に近い物を纏ったカミュの返答が、挑発的な言動を繰り返していた男達の口を縫いつけた。

 男達は、先程と別次元の雰囲気を醸し出すカミュを見て、石像のように固まり続ける。

 

「何度も言わせるな……お前達が話していた内容を、詳しく話せ」

 

「……カミュ様……」

 

「……カミュ……」

 

 地獄の底から響くような低い声に、サラは久しく感じていなかったカミュへの恐怖を思い出す。リーシャの方は、カミュの背中から漂う殺気の原因に見当がつき、果たして自分がカミュの怒りを止める事が出来るのかを悩んでいた。

 

「て、てめぇ! 誰に上等な口を利いてんのか、分かってやがるのか!?」

 

 カンダタ一味としてのプライドなのか、それとも身も竦むような思いを誤魔化す為なのか、男達は虚勢を張り続ける。そんな男達を冷ややかに、そして威圧的に睨むカミュの姿に、男達とは別に、後方に控えるサラの身体が恐怖で硬直して行った。

 最近は、メルエの加入により、カミュの物腰は幾分か柔らかい物になって来ている。サラに対しても、<カザーブの村>での出来事のように、多少は気を使ってくれるようになった。

 勝手について来た厄介者ではなく、『旅の仲間として見て貰えるようになったのではないか?』とサラは感じていたのだ。

 しかし、今のカミュの後ろ姿から、否応にもその異常さを受け入れさせられる。

 

 『あの勇者は、本当に人も魔物も同じと思っている』

 『例え人であったとしても、何の躊躇いもなく斬り捨てるだろう』

 『最近感じる優しさやメルエに対しての困惑など、表情に変化を生みだすカミュに自分は甘えていたのではないか?』

 『もし、カミュがその気になれば、自分等何の躊躇いもなく斬り殺されるのではないだろうか?』

 

 一般的な常識であれば杞憂に終わる筈のサラの心配は、自力で立っていられなくなったサラがリーシャの身体に捕まったその時に現実のものとなる。

 

「ギャ――――――――!!」

 

 鞘に納めた筈の剣が、カミュの右手に握られていたのだ。

 カンダタ一味の男達と問答をする気など毛頭ないカミュは、男達の挑発が終わるか終らないかの瞬間に背にある鞘から<鋼鉄の剣>を抜き放ち、男の腕を斬り落とした。

 

「……あ…あ……」

 

「……」

 

 恐怖から言葉がうまく出て来ないサラ。

 空中を漂い、枯れ木の如く地に落ちた男の肘から先を黙って見つめるリーシャとメルエ。

 そして、仲間の腕が一瞬にして消え失せたのを見て、自己の中での恐怖が明確化した男。

 

「て、て、てめぇ……」

 

「……話せ……」

 

 腕から盛大に血を噴き出させ、床を転げ回る仲間を見て、残った男は声を震わせる。しかし、返って来たカミュの静かな一言で、明確化した恐怖心が、男の怒りを覆い隠した。

 

「あっ」

 

 その時、今まで全く口を開かなかったリーシャが、場にそぐわぬ間抜けな声を上げる。

 恐怖に居たたまれなくなった男が踵を返し逃げ出したのだ。

 しかし、力量の差がある者から逃げ出す事など出来はしない。

 それは、魔物対人間も、そして人間対人間でも同じ事である。

 

「ギャ――――――――!!」

 

 先程まで雨音しかしなかった塔の一階部分に、再び絹を裂くような悲鳴が轟く。悲鳴と共に、逃げだそうとした男の大柄な体は地に伏すような形で崩れ落ちた。

 先程の男の肘から先を飛ばしたように一閃されたカミュの剣は、逃げようとした男の膝から下を斬り飛ばしたのだ。

 自己の大柄な体を支える杖の片方を失った男は膝から血を垂れ流しながら苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げ続ける。

 サラは二人の男の甲高い悲鳴を聞き、更に恐怖心を増して行った。

 何故、カミュは話を聞く前にこのような行動に出たのか。人々を導く勇者であるカミュが、例え盗賊といえども『人』である男達に行った行為は、決して納得出来る事ではない。しかし、その心を覆う恐怖心から、サラの口は言葉を紡ぎ出す事は出来なかった。

 

「話せ……お前らがした事を……」

 

「ひぃ!!」

 

 血を噴き出しながら転げ回る二人を足で踏みつけ、更に剣を突き付けるカミュの姿は、サラにとって『魔王』にも思えただろう。しかし、それはサラ一人だけだったのかもしれない。

 何故なら、同じ様に恐怖を感じる筈のメルエや、カミュの行動を諌めようとする筈のリーシャは、その双眸を細め、黙って光景を眺めていたのだから。

 

「……あ…あ、あ……い、いま……治療を……」

 

 ようやく口から吐いて出た言葉は、サラの人柄を滲ませるものだった。

 『どんな者であろうと、失くして良い命はない』

 カミュに言ったサラの言葉は、『人』に関してだけは、嘘偽りはないのだろう。

 しかし、言葉と共にようやく動き出したサラの足は、一人の青年の冷たい言葉に遮られた。

 

「……必要ない……」

 

 静かだが、有無も言わせぬ威圧感を持つその言葉に、サラはその発言元であるカミュを見た。

 そこにいたのは、とても『人』とは思えない程の冷酷な目をした無表情に立つ、一体の石造のような『勇者』。

 

「……お前達の傷は致命傷ではないが、このまま長く治療をしなければ死を招く。もし、治療を受けたいのなら話せ……」

 

「……カ、カミュ様……」

 

 更には脅し。 

 とても、人々の希望となる人物が取る行動ではない。

 何がカミュをここまで冷酷にさせたのか。

 先程、剣を鞘に納めた時のカミュは、無表情ではあるがここまで殺気立ってはいなかった。

 

「……話さないのなら……死ね……」

 

「ひぃっ!! は、話す!!」

 

 しかし、サラが考えていたのとは異なり、この場にいる人間の誰一人として、カミュの発言を脅しとは思っていなかった。

 リーシャですら、カミュは二人の男を殺すつもりだと感じていたのだ。

 それを誰よりも明確に感じたのは、血を流しながら床を転げまわっていた男達であろう。二人の男は、自分達の身体を襲う激痛に顔を歪めながらも、カミュの言葉に従う事を大声で示していた。

 

 

 

 男達が、カミュの顔色を窺いながら話した内容は、嘘偽りのない物だった。

 それは、嘘を言おうとすると、何故それが解るのかは理解が出来ないが、カミュの剣が喉元に食い込んで来るのだ。自然と男達は真実を話す事となる。

 全てを話し終わった時、男達が見た物は、本当に何も感じられない表情をした少年と、その後ろから鋭い視線を向ける少女の眼差しだった。

 

「……それで、全部か?」

 

「は、はい」

 

 話が終わってから、誰一人口を開こうとしなかった重苦しい空気を破る一言がカミュの口から零れた。

 今や、カミュに対して敬語になってしまった男達は、それぞれの患部を押えながらも何度も首を縦に振る。その滑稽とも言える姿に対しても、誰一人表情を緩める事はなく、逆に肯定を繰り返す男達に殺意に似た感情を持っていた。

 

「…………イ……!!……うぅぅ…………」

 

「メ、メルエ!! こんな所で魔法を使うな!」

 

 その証拠に、カミュの後ろでリーシャの足に掴まりながら成り行きを見ていた幼いメルエでさえ、男達に指先を向け魔法の詠唱を行おうとしていたのだ。

 メルエの不穏な動きに咄嗟に取ったリーシャの行動がそれを止めはしたが、リーシャ自身もメルエの行動を止めた事が、果たして正しい事なのか判断出来ずにいた。

 

「お、お前の言う通り、ちゃんと話したんだ。治療をしてくれ!」

 

「うぅぅ……いてぇよ……」

 

 足を斬り飛ばされ、立ち上がる事も出来ない仲間の代わりに、身体を起こした男の方が、先程のカミュの言葉の遂行を嘆願する。しかし、先程自分から志願して動き出そうとしたサラでさえ、その男の嘆願に動こうとはしない。

 いや、動けないのだ。

 

「……何の事だ?」

 

「なっ!?」

 

 それは、カミュの纏う空気が先程と全く変わらないどころか、サラの行動を抑制してしまう程に鋭かったのだ。

 もし、カミュのその眼差しやその言葉が、サラに向けられた物であったとしたら、サラは再び<カザーブ>で見せた失態をここで見せる事になったかもしれない。それ程、カミュの纏う怒気と殺気は凄まじい物であったのだ。

 

「……俺は、お前達と約束した覚えはない……」

 

「ふ、ふざけるな!! お前は、話せば治療をすると言っただろう!!」

 

 治療を望む男達にカミュが返したのは、果てしなく冷たい一言。その表情はとても冗談を言っている物ではなかった。

 怒りと共にカミュへ食ってかかるが、男達の胸には絶望感が広がって行く。それは、次のカミュの言葉と行動で確定した。

 

「……『治療を受けたければ話せ』と言っただけだ。治療をこちらがするとは言っていない。お前達を生かすとも言っていない筈だ……」

 

「イギャ――――――――!!」

 

 カミュの言葉は男達を奈落の底に突き落とすものだった。

 しかも、カミュは持っていた剣を再度振り、カミュに怒鳴り散らしていた男の足をも斬り飛ばしたのだ。それは、約束を守る等の次元の話ではない。

 

「カ、カミュ様!!」

 

 腕と足を斬り飛ばされた男は、盛大に血を撒き散らしながら地面を転げ回る。再び轟く、闇を切り裂く悲鳴に、皮肉にもサラの身体はようやく本来の活動を開始した。

 

「触るな!!」

 

 しかし、治療の為に動こうとしたサラに、今まで聞いたこともないような怒声が降りかかる。振り返ったサラは、声の主であるカミュを一睨みし、その声を無視して男達の治療に入った。

 <ホイミ>を詠唱したサラの右手を淡い緑色の光が包み、その手を翳していた患部を照らして行く。光と共に患部の痛みも和らいでいき、苦痛に歪んでいた男達の表情も同様に和らいで行った。

 

「……サラ……」

 

「…………」

 

 カミュの制止も聞かずに治療を始めたサラの名前を溢したリーシャの表情は、何とも言えない歪んだ物であり、その横に立つメルエのサラに向ける視線は冷ややかな物だった。

 それが、この場でサラだけが浮いた存在である事を明確に示している。

 

「……服は乾いたな? 行くぞ」

 

「ま、待って下さい! この方達はどうするのですか?」

 

 治療をするサラを冷めた目で見ていたカミュであったが、興味を失くしたように後ろを振り向き、リーシャとメルエの着ている服を確認し、出発を告げる。しかし、その確認の対象にサラは入っていなかった。

 

「カ、カミュ様! 質問に答えてください!!」

 

 自分の方を向く事なく足を進めるカミュに、サラは我慢できずに叫び声に近い声を上げた。

 それでもカミュは、サラを振り返る事なく歩いて行く。『勇者』と呼ばれる青年の行動は、サラの希望を大きく打ち砕き、現実へと突き落した。

 

「そのまま放置していれば良い……血の匂いに誘われて来る魔物達の恰好の餌になるだろう」

 

「そ、そんな!?」

 

「ひぃぃ!!」

 

 振り返る事なく呟いたカミュの言葉に、サラは自分の耳を疑いたくなった。

 とても『人』の所業とは思えない。しかし、リーシャやメルエにしてみれば、今芋虫のように転がっている二人の男達の所業も、『人』の物とは言えない。

 云わば自業自得なのだ。

 

「……それに、アンタこそどうするつもりだ?」

 

「は?」

 

 ようやく振り返ったカミュは、冷たく冷えた目をしたまま、サラに意味不明な問いかけを投げかける。カミュの言っている事が何の事なのか全く見当もつかず、呆けたように見上げるサラを、尚も冷たい瞳で見下ろしたカミュは、サラを奈落の底へと突き落す言葉を発した。

 

「……昨日、アンタが俺に言った事をそのまま返す……そいつ等を助け、生かす事で、またそいつ等の被害に合う人間がいたとしたら、アンタはどう責任を取るつもりだ?」

 

「えっ?」

 

 それは、<軍隊がに>を逃がしたカミュに向かって告げたサラの糾弾。更なる脅威となる者を見逃す事への責任の追及だった。

 サラは、その事実を認識するのに暫しの時間を要するが、次第に理解をして行く中で、カミュに対しての返答が出来ない自分をまざまざと見せ付けられる事となる。

 

「……アンタにとって、俺の行動全てが気に食わないのも解るが、時には自分の頭だけで考えてみろ……」

 

 その言葉を最後にカミュは、開けた場所を出て行った。

 その後を『とてとて』と歩くメルエが続き、そのメルエを保護するようにリーシャも歩いて行こうとする。サラは、リーシャぐらいは自分の意見に同意してくれるだろうと考えていた。

 しかし、それは見事に裏切られる結果となる。

 

「リ、リーシャさん!!」

 

 それでも諦めきれないサラはリーシャへと言葉を投げかけた。

 その最後の希望も、振り返ったリーシャの目を見て絶望へと変わって行く。

 

「……カミュの言葉を全面的に支持する訳ではないが、今の私は、メルエとカミュの怒りを抑える事で精一杯だ。そいつ等の命が、今ある事だけでも感謝して欲しい」

 

 それは詭弁。

 リーシャがサラと同意見であれば、カミュへと怒りをぶつけていただろう。

 それをしないという事は、カミュ寄りの意見なのだ。

 

「そ、そんな……」

 

 メルエはサラを一瞥もせずにカミュを追って行く。

 リーシャもその言葉を最後にその場を後にした。

 残ったのは呆然とするサラと、<ホイミ>により傷が塞がったものの、己から出た血溜まりの中で絶望の淵に落ちている二人の男達だけとなる。その空間を支配するのは、『絶望』と僅かな『期待』。

 男達は、縋るような眼差しでサラを見つめていた。

 

「お、おい!! た、たすけてくれ!! お前は『僧侶』なんだろ!? まさか、このまま俺達を見捨てて行ったりはしないよな!?」

 

「……」

 

 サラには答えられない。

 『自分一人で何が出来ると言うのだ?』

 大柄な男二人を担ぎ出す事など不可能に近い。

 

「な、何とか言えよ! 『僧侶』が嘘を付くのかよ!? 俺達はちゃんと話しただろ!?」

 

「!!」

 

 男の言葉に、サラの顔が跳ね上がる。男達が話した内容が、鮮明にサラの頭に呼び起された。

 そして男達はサラの表情の変化ではなく、感情の閉鎖を知る事となる。それと同時に自分達の未来へと続く扉も閉じた事を理解したのだ。

 

「お、おい……ま、まさか……」

 

「たすけてくれよ!!」

 

 徐に立ち上がったサラを、絶望の表情で見上げる男達。しかし、そんな男達の嘆願も、もはやサラには届かない。

 法衣の裾を皺が出来る程に握り締め、男達に背を向けるように暫く立っていたサラは、決意をしたように顔を上げ、猛然と走り出した。

 

「……あ……ああああ……」

 

 誰も居なくなってしまった空間に、もはや燃え尽きようとする焚き火と、焚き火の灯りがあるにも拘わらず、目の前が真っ暗になってしまうような感覚に陥った男達だけが残った。

 

 やがて、焚き火の炎も消え果て、その広間を冷たい空気が支配する。

 血の臭いが充満する中、何とか這ってでも移動をしようと試みる男達の前に大量の影が差し、塔の一階部分に再び絹を裂くような悲鳴が轟くが、その悲鳴も一瞬の内に潰え、『人』ではない物の咆哮と、肉を裂き、骨を砕く音だけが響いていた。

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

次話は更にきつい内容です。
ここからの数話は、賛否両論あると思います。
次話は明日の夜に更新します(もう既に今日の夜ですね)

ご意見、ご感想を心よりお待ちしています。


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