新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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カザーブの村②

 

 

 

 陽も落ち始め、辺りが薄暗くなって来た頃、一行は男の家である道具屋へと辿り着いた。

 男の家は大きな家と言う訳ではないが、この村の中では宿屋に次ぐ大きさの建物で、それこそロマリアにある道具屋よりも大きな家である。

 

「ただいま。さぁ、何もない家ではあるが、遠慮せずに入ってくれ」

 

 家のドアを開け、男はカミュ達を中へと導き、男の帰りを待つ人間がいるのか、男は自分の帰宅を告げる言葉も発している。

 男に続くように中に入って行く一行であったが、先頭を歩くカミュの歩調が、どこか警戒を示していた為、最後のリーシャが家の中に入るのには、少し時間を要した。

 

「ああ、おかえり。ん?……その方達は?」

 

 中に入ると、初老の男が出迎えに出て来る。

 年齢から考えて、道具屋の男の父親であろう。その顔には年輪を表す皺が濃く刻まれ、実年齢が予測し辛い。

 人柄の良さは、外見でも判断できる程に滲み出ており、サラは若干の安心感を覚えた。

 

「ああ、今夜の宿に困っていてね。少し縁があって、今晩はうちに泊まって行ってもらおうと思ってさ」

 

「申し訳ありません。勝手な事とは重々承知していますが、宿が取れなく困っていた事は事実でして、ご好意に甘えさせて頂く事になりました」

 

 男の紹介にカミュが前に出て、いつもの仮面を被った口調で挨拶をする。カミュの言葉に後ろでリーシャとサラも軽く会釈を行った。

 男の父親らしき人物は、カミュの言葉を疑う様子もなく、すぐに笑顔を向ける。

 

「そうでしたか、それは大へ………アン!!」

 

 笑顔で対応しようとした父親は、カミュのマントに隠れていたメルエが現れると、その姿を見た途端、先程の男と同じように、その名前を叫んだ。

 父親の瞳は大きく見開かれ、口は驚きで開いている。

 それ程の衝撃を受けたのだろう。

 

「…………ちがう…………」

 

 しかし、またもや自分の名前を間違えられた事に憤慨したメルエは、頬を膨らまして、『アン』と呼びかけた老人を睨みつける。

 サラは、メルエの物怖じしない言動と態度に焦るが、老人の表情を見て、その心配がない事を感じて安堵した。

 

「そ、そうか。すまなかったの。いやいや……まぁ、懐かしい顔を思い出してしまい、思わず名を呼んでしもうた」

 

 泣き笑いのような表情で老人はメルエへと謝罪をし、道具屋の男と顔を見合わせると、苦笑を浮かべた。

 そんな二人の表情に、サラは何か事情がある事を感付いたが、それは聞いて良い物なのかを悩む。 

 

「さあ、何もない所ですが、一晩ゆっくりとして行ってください」

 

「ありがとうございます。お二人でお住まいなのですか?」

 

 サラが自分の中の疑問を抑えておく事が出来ずに口を開いてしまう。カミュは明らかに呆れたような顔をしていたが、リーシャは真剣な表情で親子を見つめていた。

 リーシャもまた、サラと同じような疑問を感じていたのであろう。

 

「いえ、家内がおりますが、生憎身体を患っておりまして、床に伏しています」

 

「あっ、申し訳ございませんでした」

 

 自分がした質問の回答が予期せぬものであったため、反射的にサラは頭を下げるが、老人は軽く笑いながら手を振っていた。

 

「いえいえ、お気になさらずに。ただ、男二人ですので、食事など至らぬ点も多いかとは思いますが、ゆっくり疲れをとってください」

 

 サラを気遣うように話す父親の言葉の一つに、リーシャの眉が動いた。剣以外で自慢出来る物。その触手が反応したのだろう。

 

「食事なら、私が作ろう」

 

「はあ……」

 

 自分の出番だとばかりに声を上げたリーシャに、道具屋親子は先程とは打って変わって気のない返事を返す。

 しかし、リーシャにしても自分に対しての周囲の反応にはもう慣れていた。

 

「何を言いたいのかは予測できるが、自分で言うのもなんだが、私の料理の腕は確かだぞ。疑うのなら、そこにいる二人に聞いてみろ」

 

 リーシャが指差した場所には、カミュとサラが立っている。親子はおもむろに視線を向けるが、実は親子だけでなく、カミュは下からメルエの視線も感じていた。

 『お前は、あの戦士の調理する猪の肉をたらふく食べただろ』、とカミュは言いたかったが、何も言わずに、道具屋親子に向かって一つ頷いた。

 

「だ、大丈夫です。リーシャさんはお料理がとても上手ですので」

 

「そ、そうですか……あまり材料などもありませんが、でしたらお願い致します」

 

「承った。では、台所を見せてもらえるか?」

 

 満足そうに頷いたリーシャは、男と共に台所に消えて行く。

 残されたカミュ達は、老人と相対する事となるが、外観から見るよりも建物の中は広く、ゆったりとした生活感が溢れていた。

 失礼とは知りながら、サラはその家屋を眺めていた。

 

「湯を沸かしましょう。まずは、身体を清められた方がよろしいでしょうな」

 

 老人は、三人の身体を見てそう提案する。

 実際、カミュやメルエは気にしていなかったが、ロマリアを出て既に野営で数日過ごしている。その間、川等もなかった事から、身体を清める事なども出来なかった。

 実を言えば、サラは自分の体から発せられる汗の臭いなどを気にはしていたので、老人の申し出に喜び、勢い良く頭を下げる。

 

「何から何まで、申し訳ない」

 

「気になさるな。このような村は、本来であれば旅人あっての村なのです。旅人が困っていれば手を差し伸べる。それが昔は当たり前だったのですがな……」

 

 カミュの感謝の意に、老人は少し遠い目をしながら村のあり方への疑問を口にした。

 確かに、このような村では、いかに『鉄鉱石』が採掘出来たとしてもそれを国家相手に売却する術がない。必然的に、それを元に作成した物を旅人などに買ってもらい、生計を成す事が生業となるのだ。

 

「…………アン………は…………?」

 

 老人とカミュの会話の中、この家に入ってから自分の名前しか口にしてなかったメルエが、不意に話し出した。

 自分と同じぐらいの娘がいると聞いていた為に、その所在を知りたかったのであろう。しかし、それは事情を察しているカミュやサラにとっては禁句と言っていい程の内容であった。

 

「メ、メルエ!!」

 

 堪らずサラが、カミュのマントの中にいるメルエを叱責するが、何故サラが慌てているのかが解らないメルエは小首を傾げている。

 メルエにとって、カミュやリーシャの叱責は恐怖を感じるようだが、サラの叱責には全く動じる様子がない。カミュやリーシャは父や母、もしくは兄や姉と同じ感覚なのだろうが、サラに関しては、良くて自分と同等の友人という位置か、悪ければ自分より下の人間として見ているのかもしれない。

 

「……ふむ……アンは、もうこの世にはおりません。早いもので、三年になりますかな……村の外で母親と共に魔物に襲われておりました」

 

「……」

 

 メルエの問いかけに目を瞑っていた老人は、自分の中の膿を吐き出すようにゆっくりと話し出す。その内容にカミュとサラは言葉を見つける事が出来なかった。

 予想していたとはいえ、他人にその事を話す老人の心情を考えると、かける言葉が見つからなかったのだ。

 

「…………やまで…………?」

 

「ん?……そうじゃな。山中で二人の遺体は見つかった」

 

 だが、メルエにはまだ他人の心情を推し量る術が備わっていない。故に、老人の表情からその心情を量る事が出来ず、自分が持った疑問をそのまま吐き出していたのだ。

 そんなメルエの顔を見ながら、老人は辛い過去を口にした。

 

「……魔物に……心中お察しいたします」

 

 魔物に殺されたと聞いたサラの表情はあからさまに歪み、その胸の内に『憎悪』の炎が灯り始める。

 未来のある少女が、魔物に襲われ命を落とすという事実。

 それを魔物の食事の為と納得する事は、サラにはどうしても出来なかった。

 

「…………やまに………女の子………いた…………」

 

「ん?」

 

「メ、メルエ!」

 

 悲痛な表情を浮かべるサラを余所に、常に無口なメルエが言葉を紡ぎ始める。カミュのマントから出て来たメルエは、老人に近寄り、見上げるような視線を向けて言葉を発していた。

 メルエが何を言いたいのかを理解したサラが止めに入ろうとするが、メルエは再び口を開く。

 

「…………またいたら………なまえ………きく…………」

 

 メルエが老人に向かい、何かを話そうとしている。常に単語だけを並べるように話すメルエが、一生懸命に何かを話そうとしている姿に、サラはその内容を察したのだ。

 だが、もはやメルエを止める事は出来なかった。

 

「…………アン………つれてくる…………」

 

「……メルエ……」

 

 メルエが老人に宣言した言葉を聞き、サラは全てを理解した。

 メルエは昨晩の事を言っているのだ。

 サラには見えなかったが、メルエには見えていた少女。メルエは、その少女が魂だけの存在だという事が解っていない。

 メルエには、はっきりと見えていたのであろう。しかも、あの時の事をよくよく思い出すと、メルエは確かに会話をしていたようにも見えた。

 故に、老人が如何に魔物に襲われ命を落としたと言っても、メルエにはそれが飲み込めないのだ。

 『遺体が見つかった』とは言っていたが、魔物に襲われたのならば、骨だけなっていた可能性が高い筈なのだった。 

 

「……メルエ……それはできないの……もう、できないのよ……」

 

 老人に向かって一生懸命に『自分に出来る事をする』と伝えるメルエの姿に、サラは思わず涙を流していた。

 既にカミュのマントから身体の全てを出しているメルエの身体を、後ろから抱き締めたサラは、そのまましくしくと泣き始める。

 

 そんなサラの姿がメルエには理解できない。

 『何故泣くのか?』

 『何故出来ないのか?』

 メルエの頭の中に様々な疑問が浮かび、そして消えて行く。

 

「メルエちゃん、ありがとう。もし、メルエちゃんが出会った女の子が、アンであったら、『私達は心配いらないから、ゆっくり休みなさい』と伝えてくれるかな?」

 

「…………ん…………」

 

 メルエの言葉を子供の戯言とせず、老人はメルエの言葉を有り難く受け取っていた。

 そして、メルエに仕事を託す。

 メルエは、しばらく老人の目を見た後にこくりと一つ頷いた。

 

「ありがとう……さぁ、湯を沸かそう。メルエちゃんも手伝ってくれるかの?」

 

 少し潤んでいた目を一擦りした老人は、次の行動に移る為に、年齢に見合わない大きな声を上げる。手伝いを依頼されたメルエは、また一つ頷いた後、未だに自分に縋り付きながら涙を流すサラを引き摺るように老人の後について行った。

 一人残されたカミュは、何かを考えるように目を瞑って、大きな溜息を吐く。

 それが何を意味する溜息なのか。

 それは、近くにあった椅子に座り天を仰いでいるカミュにしか分からない。

 

 

 

 湯が沸いた後、リーシャが調理中だったため、サラがメルエを連れて浴場に向かって行った。

 その際に、メルエが少し怯えた表情でカミュに助けを求めていたが、カミュはそれを敢えて無視する事にする。その時のメルエの絶望にも似た表情を思い出すと、流石のカミュも口元が緩んでしまった。

 

「……そうか……あいつ等はまだ山中を彷徨っているのか……」

 

 父親からメルエの話した内容を聞いた道具屋の男は、テーブルの上に置く手を握り締めて、唸るような声を絞り出していた。

 

「……」

 

「これ、トルド! お客人の前でそのような顔をするな。まだ、アン達だと決まった訳ではなかろう」

 

 『トルド』というのが、この道具屋の名前なのであろう。

 父親に窘められ、ようやくカミュの存在を思い出したように顔を上げたトルドは、『すまない』と一言言葉を放つが、再び俯いてしまった。

 

「……このような事を聞いて良いものか迷いますが、何故奥様とお子様は村の外に出たのですか?」

 

 村の外は魔物が蔓延る危険地帯だという事は知っていた筈だ。

 それでも、妻と子の女二人で外に出たには訳があるのだろう。そう考えていたカミュは、会話を始める為に口を開いた。

 他人の内情に対して、自分から干渉する事の少ないカミュには珍しい事である。

 

「……わからない……」

 

「……」

 

 しかし、トルドの答えは予想外のものであった。

 トルドの父親も同じ様に顔を下げた事から、父親も知らないのであろう。そんな二人の態度に、カミュの疑問は更に大きくなって行った。

 

「普段は絶対に村の外には出なかった。出る理由もなかった……何故か、あの日に限って出て行ったんだ」

 

「……そうですか……」

 

 トルドは眉を顰め、何かを吐き出すように言葉を紡ぐ。それはとても痛々しいものであり、問いかけたカミュ自身の表情も歪んでしまう程の物だった。

 

「いや、出て行ったんじゃない。アイツは近くに買い物に出る時や水汲みに行く時にすら、あそこに書置きをしていく奴だった」

 

 トルドが指差す場所には、壁にかかった黒板があり、石灰を固めたような物で文字などを書けるようになっていた。

 つまり、忙しい道具屋を営む家族内で、何かを伝える時は黒板に用事を記す事になっていたと言う事なのだろう。

 

「それが、書置きもなかった。俺は連れ出されたんじゃないかと思っている」

 

「誰にですか?」

 

 カミュは静かに話の続きを促す。父親の方の顔は、話が進むにつれて表情を一段と歪めて行っていた。

 その表情から見る限り、この先でトルドが語る者の名を、この父親も予想していたという事なのだろう。

 

「あの時はちょうどこの村にカンダタ一味が来ていた。そして、妻たちが居なくなった日に、カンダタ一味もまた、この村を出て行った」

 

「トルド!!」

 

 トルドが真相を語ろうと口を開いた拍子に、父親の大きな声が響いた。

 トルドの口から出た名は、この村の救世主である者の名。

 義賊と名乗る盗賊団の総裁の名前だったのだ。

 トルドを諌めるように声を上げた父親の表情は複雑な物であり、カミュは二人の様子から、大凡の全貌を悟る事となる。

 

「あの娘達は、魔物に襲われたのだ。山中で魔物に襲われて命を落としたのだ。お前も見ただろう?……あの娘達の骨を……」

 

「……ああ……傍に矢が数本落ちていたがな……」

 

「……矢……?」

 

 父親には、トルドに言い聞かすというよりは、自分がそう思い込もうとしているような節があった。

 それは、返したトルドの言葉に込められた一つの単語が示しており、そして、それはカミュの予測が間違っていなかった事も示唆している。

 

「ああ、弓矢の矢だ。妻たちの遺品と一緒に矢が数本落ちていた」

 

「……それは……」

 

 見当はついてはいるが、それでもカミュはトルドへと問いかける。もはや父親の表情は、悲痛を通り越して、苦痛へと変化していた。

 そんな父親の表情が見えていないかのように、トルドはカミュの問いかけに答える為に、まっすぐカミュの瞳を見つめ返す。

 

「この辺りで、弓矢を使う魔物はいない。必然的に人間の物だろう。妻と娘の死に関係はないかもしれない。だが、俺は……」

 

「……トルド……それこそ、この方達には関係のない事だ。もう、よしなさい」

 

 トルドの独白はどこまでも続くような感じで進められていたが、父親がそれを止めた。

 父親の言う通り、トルドの語る内容は個人的な話であり、カミュ達には関係がない話であろう。それを十分に理解していて尚、カミュは問いかけ、トルドは語っているのだ。

 カミュを知る者から見れば、自身に関係のない事を問い質す今日のカミュは、異常である。

 

「わかっているさ。だけど、納得いかないんだ。本当に、俺の妻と娘は魔物に襲われたのか?……アンタ、カンダタの討伐に向かうんだろう?……だったら頼む。その真実を聞いてきてくれないか? 頼む!」

 

「トルド!!」

 

 カミュはようやく、何故トルドが自分達を家に招いたかを理解した。

 最初から、これを言うつもりだったのだろう。

 カミュ達がカンダタ討伐に向かっている事は、トルドとの最初の会話で認めていた。つまり、トルドはカミュ一行の実力が確かならば、必ずカンダタ一味との接触があると踏んでいたのだ。

 

「……わかりました……」

 

「お客人!!」

 

 カミュの了承の言葉は、トルド親子には意外な物だったのだろう。父親はカミュを窘めるように言葉を発し、トルドに至っては完全に言葉を失っていた。

 おそらく、この場にリーシャやサラが居たとしたら、二人の口はぽっかりと開いていた事だろう。

 

「……真実が解るかどうかはお約束できませんが、それに向けて行動する事はお約束致します」

 

「そ、それで構わない。ありがとう。頼む」

 

 トルドも、真実を知る為に、この家を飛び出して行きたいと何度も考えた筈だ。ただ、年老いた両親、しかも母親の方は嫁と孫を同時に失ったショックで寝たきりになっていて、父親もその母の看病でつきっきりの状態で置いて行く訳にはいかなかった。

 だからこそ、自分でその真実を知る為の行動が出来ない悔しさを噛みしめながらも、カミュへと託すしかなかったのだ。

 

「よし、ある程度仕込みはできた」

 

 そんな三人の間に流れる空気を全く無視した声が居間に響いた。

 巻くってあった袖を元に戻しながら台所から戻ったリーシャである。

 久しぶりに調理をした事に喜びを感じているのか、充実した良い笑顔を作りながらの登場。カミュはそんなリーシャの顔を暫く見ていたが、いつものように一つ溜息を吐いた。

 

「ん?……何かあったのか?」

 

「いや、なんでもない。料理の仕込みが終わったのなら、メルエ達の後にアンタも湯浴みをして来たらどうだ?」

 

 カミュの表情に自分が場違いであるような感覚を持ったリーシャがカミュへと問いかけるが、返って来たのは溜息交じりの回答であった。

 しかし、それはどこか温かみを宿している。

 

「いや、私は食事が終った後に入らせてもらおう。サラとメルエが一緒に入っているのか? ならば、カミュがその後に入れば良いだろう。カミュが上がった後に食事にしよう」

 

 溜息混じりながらも、女性である自分に湯浴みを先に勧めてくれたカミュの心遣いに幾分感謝しながら、リーシャは席についた。

 カミュもそれ以上リーシャに勧める事はせず、自分が次に入る事を了承する。

 

 

 

 その後、身体から湯気を上げて浴場から出てきたメルエの姿に、リーシャとカミュは少なからず驚いた。

 黒に近い茶だと思っていたその髪の毛は、明るく綺麗な茶であり、少し日に焼けたように褐色がかったものであった肌は、透き通るような白になっていたのだ。

 髪の毛は、奴隷として買われた頃から洗う事が出来ずに、埃と油に塗れていたのであろう。肌も、垢と埃や泥等で色を変えられていたのかもしれない。

 

「驚きましたか?私もメルエの身体や髪を洗って行くうちに、驚いてしまいました」

 

 サラも言葉通りにメルエの変貌に驚きながら世話をしていたのであろう。それ程にメルエの姿は変化していた。

 白く透き通るような肌は、湯を浴びた事で上気しており、表情は柔らかな笑みに変わっている。

 

「その服はどうした?」

 

 メルエの変貌はそれだけではなかった。

 リーシャが問いかけた通り、湯上りのメルエは、カミュに買ってもらった<とんがり帽子>こそ、その手に持ってはいるが、服装は今まで着ていた<布の服>ではなく、緑を基調とした可愛らしい服に変わっていたのである。

 

「ああ、お下がりで申し訳ないんだが、<布の服>一枚ではあまりにも可哀そうだと思ってね。アンの着ていた物なんだが、サイズもピッタリのようだし貰ってもらえないか?」

 

「……良いのですか……?」

 

 リーシャの問いに答えたのはトルドであった。

 メルエの為に、自分の中で踏み込んではいけない思い出の扉を開き、最愛の娘の着ていた服を取り出したのであろう。それは、決して軽々しく着て良い物ではない。

 故に、カミュはトルドへと問いかけたのだ。

 

「家の中で眠らせているよりも、メルエちゃんのような女の子に着て貰えれば、服も喜ぶだろう。それに思い出になる物は他にもある」

 

 カミュの問いかけに、哀しみを帯びた笑みを浮かべながら、トルドは優しく答える。実はトルドも、アンの服を着たメルエを見た時に不覚にも涙が出そうになっていたのだ。

 正直、アンとメルエはそこまで似ていたとは言えない。

 だが、何故かその面影を想わせるのだ。

 

「メルエ、お礼を……」

 

「……???……」

 

 サラがメルエの背中を押し、トルドへ感謝の意を示す事を促すが、当のメルエは何をすれば良いのか分からずに、サラの顔を見て小首を傾げている。

 

「メルエ、おいで」

 

 そんなメルエにリーシャが呼びかけ、メルエが『とてとて』と自分の下へ駆け寄って来るのを見ながらリーシャは顔を綻ばせる。メルエが不思議そうにリーシャを見上げ、リーシャはメルエに視線を合わせるように屈み込んだ。

 

「メルエ、人から何かをしてもらった時には、感謝の言葉を伝えるんだ。メルエはトルドさんから娘さんの服を頂いた。メルエが今まで着ていた<布の服>より着心地が良いだろ?」

 

「…………ん…………」

 

 メルエを傍に寄せ、諭すように一から教えるリーシャにメルエは真面目に頷いている。サラはその二人の様子に、再び母子の姿を思い浮かべる事となった。

 それは、サラだけではなく、トルドもトルドの父も、アンとその母を思い起こしていた。

 

「感謝の言葉は何か分かっているな? カミュや私、それにサラも、メルエに対して言った事があるだろ?」

 

 リーシャの確認の意味を込めた問いかけに、メルエは考え込むように眉を下げ、暫し黙り込んだ。

 そして、自分の頭を撫でながらカミュやリーシャが発した言葉を思い出す。自分が言われて、とても嬉しかった言葉を思い出したメルエは、自信なさ気にリーシャを見上げた。

 

「…………あり………がと………う…………?」

 

「うん。そうだな。では、今度は、メルエがその言葉をトルドさん達に言う番だ」

 

 リーシャの言葉にこくりと頷き、確認の意をこめてメルエはカミュの方を見た。

 カミュも自分に視線を向けたメルエに対して頷き返す。カミュの頷きを見たメルエは、トルドとその父の前まで移動して行った。

 

「…………ありが………とう…………」

 

「……ぐすっ……い、いや、良く似合っていて……良かった」

 

「……そうじゃな。よう似合っておる」

 

 今までの一行のやり取りにトルドの涙腺は壊れていた。

 トルドの父も同じである。そんな二人とメルエを見て、何故かサラまでもが涙を流していた。

 自分の言葉でトルドを泣かせてしまったらしい事に驚いたメルエは、リーシャとカミュの方を慌てて振り向くが、そこにあったリーシャの優しい笑顔を確認し、安堵する。

 

 

 

 その後、寝ていた筈のトルドの母も、トルドに抱きかかえられながら一行の前に姿を現し食事を共にする事となり、精神的な面から体力を失くしていた母親の方は、意識等はしっかりとしていて、メルエの姿を見て涙を流しながら微笑み、その姿にまたトルド親子は涙するという何とも言えない優しい雰囲気が、数年ぶりにトルド家を満たして行った。

 食事も終え、後は眠るだけとなり、ベッドが二つしかないという事から一つのベッドをサラとメルエで使い、もう一つをリーシャが使う事になった。

 カミュはというと、居間の暖炉のそばに毛布を敷き、その上で寝るという、野宿とあまり変わらないものとなる。

 そして夜が更けて行った。

 

 

 

 家の中を闇と静寂が支配する真夜中。

 家の者が誰も起きていないことを証明するように、家の中では物音一つしない。

 そんな中、サラは何故か目が覚めた。

 目を開いても、その先は真っ暗な世界しか広がっていない。暫くして、目も闇に慣れ、周囲の物の輪郭が確認できるようになって初めて、サラは自分の覚醒の理由が分かった。

 

 メルエがいない。

 

 いざ寝るとなった時、てっきりメルエはリーシャと一緒に寝る事を希望するだろうとサラは思っていた。

 しかし、リーシャが割り当てた物はサラとメルエが一つのベッドで眠るもの。考えれば、身体が大きなリーシャとよりも、サラとメルエの二人の方が窮屈な思いをする事なく眠る事が出来るだろう。

 自分と会話をするようになったとはいえ、母親のように慕うリーシャと共に居たがるのではと思われていたメルエは、素直に頷き、サラと共にベッドに入ったのだ。

 そのメルエの体温の温かさを感じながら眠りに落ちて行ったサラであったが、その温もりが失われ目が覚めたのだろう。もしかすると、やはり夜中に恋しくなり、リーシャのベッドに移ったのではないかとも思い、リーシャのベッドまで移動して、掛っている毛布を少し上げてみるが、中にはリーシャしかいない。

 

「うん?……どうした、サラ?」

 

 自分に近づく気配がサラのものである事が解っていたリーシャは、サラのしたいようにさせてはいたが、その奇妙な行動に声を掛けざるを得なくなる。

 

「あ、い、いえ、なんでもないです」

 

 起きているとは思わなかったリーシャから掛った声に驚いたサラは、慌てて両手を振りながら答えを返す。リーシャは目を開けてもいない。

 サラの行動は奇妙な物ではあったが、心配する程の物ではないと感じたのだろう。

 

「なんだ?……まさか、その年にもなって一人で眠れないとでも言うつもりか?」

 

「そ、そんなことありません!」

 

 リーシャの言葉は、完全にサラを子供扱いしているものであり、サラは思わず声を上げる。

 正直、サラはアリアハンにいる頃、一人で眠るのが怖くなった事は何度もある。神父様と一緒に除霊に向かった後や、神父様から勉強の為にと除霊の話を聞いた夜だ。

 しかし、そんな夜も自分のベッドで毛布に包まり耐え、誰かのベッドに潜り込む事などありはしなかった。

 

「……サラ……声が大きい。メルエが起きてしまうだろう。何でもないのなら、もう寝ろ。明日も、朝の礼拝が済んだら鍛練だぞ。寝ておかなければもたない」

 

「……は、はい……すみません……少し用を足してきます」

 

 サラの言葉を聞き、再びリーシャは毛布をかけ直し眠ってしまった。

 サラの気配を感じる事の出来るリーシャが、メルエがいなくなっている事に気付いていない事を不思議に思いながらも、サラは部屋の戸を開け外に出る。この部屋にもいないとなると、メルエが外に行ったのは間違いないからだ。

 カミュのところかとも思ったが、居間の暖炉の傍で、座りながら眠るカミュの姿を見てメルエがいない事はすぐに分かった。

 ならば、やはりこの家にもいないだろう。

 つまりは外。

 

 『まさか、アンを探しに山の中に入ったのではないか?』

 

 そんな最悪の考えがサラの脳裏に浮かぶ。

 音をたてないように家の戸をあけ、サラは外へと出て行った。

 村の中も人工的な明かりは皆無となり、完全に闇に支配されていたが、満月に近い月明かりが明るく村を照らしているおかげで、足元に注意を払う必要はない。

 村の中央の通りを歩き、右手に泉を見ながら村の出口の方向にサラは歩を進めて行った。

 左手に昼間に寄った武器屋があるが、当然その明りは消えており、戸も閉まっている。そのまま真っ直ぐ歩くと、左手に教会が見えて来た。

 その教会は、アリアハンやロマリアの教会とは違い、墓地も併設されているようで、教会の右手に柵で覆われた墓が見える。

 

「えっ!?」

 

 自分の中で湧き起こる夜の墓地への恐怖を鎮める為、出来る限り墓地の方向を見ないようにしていたサラであったが、確認の為とちらりと見た視線の端に、月夜に明るく輝く茶色の髪をした小さな人影を見つけた。

 

「メ、メルエ!?」

 

 恐怖心を抑え込み、もう一度墓地を見ると、やはりその人影はメルエに間違いない。一つの墓の前に佇んでいるように見え、彼女はこちらに背を向けているので、その表情までは確認できないが、サラは焦燥感に駆られ、教会へと急いで駆け出した。

 

 

 

 教会に辿り着き、息を切らせながらその大きな扉に手をかけると、何の抵抗もなく扉が開く。

 基本教会は、夜中だろうが早朝だろうが、救いを求める者にその扉を閉ざす事はない。不用心と言えば不用心ではあるが、神父などが済む住居にはしっかりと鍵が掛けられているのだ。

 教会の内部に入ると、礼拝堂が広がり、前方にはルビス像が天に向かって祈りを奉げている。ルビス像の後ろや、天井にはステンドグラスが貼られており、月夜に照らされ綺麗な色彩を放っていた。

 その美しさにアリアハン時代を思い出し、祈りを捧げようかと思ったサラであるが、まずはメルエを探さなければと墓地へと通じる道を探すため周辺を見渡す。暫し周囲を見渡していたサラは、ルビス像へと続く赤絨毯の道から外れた右側に、小さな一つのドアを見つけた。

 完全に閉じてはいないドアの隙間から月光が漏れている事から、そのドアの先が外である事を示している。

 ドアノブに掛ける自分の手が小刻みに震えている事を意図的に無視し、サラはドアをゆっくりと引いて行く。ステンドグラスを通しての物ではない直接的な月光に、サラの目は一瞬眩んだ。

 何とか慣れて来た目を見開き、メルエを探すと、一つのお墓の前で男性と思われる人間とメルエが話しているのが見える。

 

「メルエ! こんな夜中に外へ出ては駄目ですよ」

 

 人と話している事に幾分か安堵したサラは、メルエへの叱責も兼ねた呼びかけをしながら近づいて行く。メルエはサラの声に気が付き、ゆっくりと近づいて来るサラを不思議そうに見つめていた。

 

「…………サラ…………?」

 

「そうですよ。メルエが一人で出て行ってしまうから、探しに来たのです。何をしていたの………!!」

 

 メルエに近づいたサラは、発していた言葉を途中で飲み込んでしまう。メルエの足元に男性が転がっているのだ。

 墓地で倒れている男性という事実が、サラの言葉を失わせてしまう。そして、その横に平然と立っているメルエに疑惑の視線を向けてしまうのだった。

 

「メ、メルエ……何をしたのですか……?」

 

 サラの問いかけに、一度地面に倒れている男性に視線を向けるが、何の興味も示さず、再びサラへと視線を戻した。

 

「…………ねてる…………」

 

「えっ!?」

 

 『男性が倒れている=死人』

 そう考えてしまったサラであったが、返って来た答えは簡潔明瞭な物だった。

 驚いて確認すると、確かに地面に転がっている男は、ゆっくりと身体を揺らしながら小さないびきをかいていた。

 

「……よかった……」

 

 『ほうっ』と息を吐き安堵を表すサラの視線が、自然とメルエが対峙していた男の足元へと移って行く。メルエの姿を確認していた事で忘れてはいたが、確かにメルエは男性と話をしていた。

 恐る恐る、サラはその足元から視線を上げて行く。先程とは違い、今や手だけではなく、サラの身体全体が小刻みに震え始めていた。

 

「……あ………あ……あ…あ……あ………あ……」

 

「やあ、今晩は……君はこの娘のお姉さんなのかな? 私は、この村では偉大な武道家として知られている者だ」

 

 サラが見上げた男性。非常識にも、今サラに向かって自己紹介をしている男性は、サラにもしっかりと見えている。

 先日の女の子のように、メルエだけが見えている訳ではない。

 ただ、その姿は、はっきりとは見えているが、身体の向こうにある景色までもはっきりと見えるのだ。

 つまり、その男の身体は透けているという事になる。

 

「……あわわ……あわ……あ……」

 

「…………あわ…………?」

 

 完全に尻を地面に付けてしまったサラは、うわ言のように何か言葉を発してはいるが、それが何なのか判別できない。メルエもまた、サラの言葉の意味を図りかねて、小首を傾げていた。

 

「……ふむ……そうだの……これも何かの縁。お主達に良い事を教えてやろう」

 

 サラの混乱状態に全く関心を示さず、その武道家を名乗る男の魂は話を進めて行く。既に、サラの目は白目をむき始めており、発している言葉通りに口端に泡が出来始めていた。

 普通の人間ならば、それが危険な状態なのが解るのだが、そこにはメルエしかいない。サラの状況より、武道家の魂の話し出す内容の方がメルエの興味を引いていた。

 

「私は、素手で熊を倒したと噂になってはおるが、実は<鉄の爪>を装備していたのだ。アハハハッ、非力な者でも装備品で変わって行く。忘れるな……」

 

「…………ん…………」

 

 サラがいよいよ危なくなっている横で、メルエが武道家に向かってこくりと頷いた。

 そのメルエの頷きに満足そうな笑顔を浮かべた武道家は、その姿をゆっくりと景色と同化させて行く。サラは、残る黒目の端でその姿を捉え、そしてそのまま意識を失った。

 

 

 

「おい! おい!」

 

 サラは自分にかかる声と、揺さぶられる身体に意識を覚醒させて行く。ゆっくりと目を開けると、自分の顔を覗き込むカミュの顔と、その横から心配そうに顔を歪めたメルエの顔が映った。

 

「…………おきた…………?」

 

 サラの目が開かれた事に安堵したような言葉を漏らし、メルエの表情から歪みが消えて行く。カミュはそんなメルエの頭を撫でながら、再びサラに向き直った。

 

「大丈夫か?」

 

「え、えっ??……あ、は、はい。あれっ、私、何でこんな所に……」

 

 サラは、意識は取り戻したものの記憶が混乱していた。

 いや、無意識にサラの頭脳が感じた恐怖を忘れようとしていたのかもしれない。しかし、彼女の仲間達はそんな事を許す程、甘い人間達ではなかった。 

 

「…………サラ………あわ………あわ………言ってた…………」

 

「……幽霊を見て失神する僧侶とはな……」

 

「なっ、なっ……」

 

 メルエの冷たい実況中継。

 止めを刺すようなカミュの一言。

 サラの記憶は、否応なしに復元されていく。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「…………サラ………うるさい…………」

 

「まだ夜更けだ、騒ぐな」

 

 記憶の覚醒による叫びも、この二人は許してくれない。

 もはや、サラに残された選択肢は、泣く事だけであった。

 

「…………また………泣いた…………」

 

 『メルエは本当に自分のことが嫌いなのか?』

 そう感じずにはいられない程に、メルエの言葉は冷たいものだった。

 

 こつん

 

「!!」

 

 しかし、そんなメルエの容赦のない攻撃は意外な人物によって止められた。

 拳を軽くメルエの頭に落としたカミュは、突然頭を叩かれた事への驚きに、目を見開くメルエの瞳を見据えて苦言を呈す。

 

「コイツはメルエが夜中に出て行った事を心配して、ここまで来た。今回悪いのはメルエ、お前だ。本来なら、メルエがコイツに謝らなければならない」

 

「…………」

 

 メルエは、カミュの目が真剣なのを理解し、自分が叱責を受けている事を理解する。幼い頃から、罵倒や暴力を受けた事は何度もあるが、これ程真剣に叱られた事のないメルエの目に、自然と涙が溢れていった。

 

「後で、しっかりとコイツに謝れ」

 

「…………」

 

 溢れる涙を抑える事をせず、唇を噛みしめながらこくりと頷いたメルエの頭をカミュが優しく撫で、そんなカミュの仕草に、必死に抑えていたメルエの涙腺が崩壊する。

 泣き声を上げる事はなくとも、墓地の地面に水滴を落とすメルエに、カミュは一つ溜息を吐き出した。

 

「さあ、メルエ。あの脳筋戦士も呼んで来てくれ」

 

 ぼろぼろと涙を溢すメルエは、それでもカミュの頼みに大きく頷き、道具屋への道を駆けて行った。

 残ったのはカミュとサラ。

 自分の失態の全てを知られた事への恥ずかしさもあり、サラは口を開く事が出来ない。

 

「……カミュ様……この事は……リーシャさんには……」

 

 やっと開いた口から出た言葉は『せめてリーシャだけには隠してほしい』という、体裁を繕うための自己防衛だった。

 そんなサラの最後の望みも、カミュによって断ち切られる事となる。

 

「……アンタ、立てるのか?」

 

「えっ!?」

 

 サラはカミュの言葉を理解するのに時間を要した。

 『立つ?』

 そう言われてみれば、腰から下に力が入らない。

 

「……幽霊を見て……腰を抜かし、失神する僧侶か……」

 

「うぅぅ……どうしてメルエは、よりによってカミュ様をお呼びしたのですか!?」

 

 それはサラの切実な叫びであった。

 最初からリーシャを呼んで来てくれれば、カミュに知られないようにする事は出来たかもしれない。メルエが、今日の出来事を詳細に伝える事が出来るとは思えないし、必要がなければ話す事もしないだろう。

 それなのに、よりにもよって真っ先に伝えたのがカミュなのである。居間の暖炉の傍という、部屋に戻る途中にいたとはいえ、『何もカミュを呼ばなくても良いではないか』というサラの叫びであった。

 その叫びは、次のカミュの言葉で絶叫に変わる。

 

「それにな……運ぶだけなら俺だけでも出来るが……言い難いんだが……アンタ、失禁しているぞ」

 

「えっ、えっ!? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 カミュから告げられた最後通告。

 それは、サラを奈落の底へと落とす、とんでもない爆弾であった。

 腰を抜かし、失神。

 おまけに失禁までとは、もはや、余すところなく隅から隅まで網羅だ。

 

「うぅぅぅ……ぐすぅ……うぇぇぇぇぇん……」

 

「お、おい……」

 

 サラに残されたものは、もう泣く事しかなかった。

 十七歳にもなる、この時代では結婚適齢期の女性が、自分よりも年下の男性に失禁した事実を告げられる。

 こんな屈辱がある訳がない。

 逃げ出したくても、下半身に力が入らない。

 記憶を消去したくても、覚醒した記憶が消え去る事はない。

 サラの悲痛な泣き声は、事の顛末を知ったリーシャがカミュを追い出した後まで、この寂れた村の墓地に響いていた。

 

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

本日中に、もう一話更新したいと思います。
ご意見、ご感想を心よりお待ちしております。

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