新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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カザーブの村①

 

 

 

 朝を迎えた一行は、朝食を取り始める。

 朝食の間中、メルエはリーシャの後ろに隠れながらチラチラとカミュの方に顔を出していた。

 その様子を不思議に思い、カミュが声をかけるが、カミュの声を聞くとまたリーシャの後ろに隠れてしまう。

 

「……何だ?」

 

「あははっ、メルエはお前が怖いんだ。また怒られるのではないかと思ってな」

 

 疑問を口にするカミュに答えたのはリーシャだった。

 朗らかな笑顔を浮かべながら、背にメルエを隠して話すリーシャを忌々しげに睨みつけるカミュの目は、いつもよりも迫力に欠けている。

 

「…………」

 

「……メルエ、俺は別に怒っている訳ではない。昨日話した事も、メルエには憶えておいて欲しいだけだ」

 

 再びリーシャの背中から少しだけ顔を覗かせてきたメルエに溜息を吐きながら、カミュはその幼い少女に話しかける。

 明け方に自分を心配して必死になって起こそうとしてくれ、起きた事に安心すると自分の膝枕で眠ってしまった筈のメルエが、今朝になって自分に怯えているという事をカミュは不思議に思っていた。

 

「あははっ、嫌われたな、カミュ」

 

「…………きらい………ない…………」

 

 尚も笑いながら話すリーシャの言葉に、先ほどよりも顔を出したメルエが反論する。言葉の抑揚に伴わない強い瞳を向けるメルエに、リーシャは少し戸惑った。

 

「…………メルエ………カミュ………きらい…じゃ……ない…………」

 

「そ、そうか……」

 

 続くメルエの言葉にリーシャはたどたどしく答え、サラは昨晩自分に向けられたメルエの言葉とカミュへの言葉の違いに不満を持ち、頬を膨らませていた。

 はっきりとした拒絶を向けられたサラにとってみれば、当然の感情だろう。

 

「もう一度言うが、俺は怒ってない。だから、メルエが怯える必要はない」

 

「…………」

 

 暫くカミュを見つめていたメルエは、こくりと一つ頷くと、リーシャの背中から身体を全て出し、カミュの傍に座りなおした後、朝食の果物を口に入れ始める。

 そんな様子を微笑みながら見つめるリーシャと、『何故自分よりもカミュの方がメルエに好かれているのか』とカミュを睨みつけるサラの姿があった。

 

 

 

 朝食を取り終わり、再びカザーブへと一行は歩み始めた。

 果てしなく続きそうな山道を、途中に何度か休憩を挟みながらもひたすら北上する。昨日はへばっていたメルエも、旅慣れてきたサラに不思議な対抗心を燃やし、弱音を吐く事なくカミュの後ろを必死について行った。

 カミュの歩く速度がいつもよりも若干遅い事を感じ、サラは釈然としない想いを抱くが、リーシャはそんなサラをも励ましながら山道を進んで行く。

 途中では、何度か魔物との戦闘もあったが、昨日リーシャが混乱に陥った<軍隊がに>や、アリアハンに住む<さそりばち>の上位種に当たる<キラービー>などであり、リーシャの剣、メルエの魔法、サラの補助魔法などの活躍で問題なく駆逐されて行った。

 

「なんだ、カミュ。今日は役に立たないな。お前もサラと一緒に、槍の稽古でもした方が良いのではないか?」

 

 扱えるとはいえ、本来の武器ではない<鉄の槍>を使っているカミュは、この旅に出て初めてパーティーの中で戦闘中に出番がなかった。

 それは、カミュが自ら出る事を拒んだ訳ではなく、実は今カミュに厭味を言っている張本人であるリーシャが、メルエとサラの力量を上げる為、カミュを抑えていたのだ。

 今思えば、只単にこの厭味を言いたかっただけなのかもしれない。

 

「…………カミュ………だめ…………?」

 

「ふふふっ、そうですね。今回はメルエの方が凄かったですね」

 

「あはははっ、その通りだな。カミュは駄目だ」

 

 メルエの好意を受けるカミュへの嫉妬から、サラは珍しくカミュへ攻撃的な言葉を発した。

 リーシャに至っては、先ほど<キラービー>を両断した剣に付着する体液を振り払った後、メルエの言葉を肯定し、豪快に笑い飛ばして行く。

 

「……そうだな……<かに>の登場でパニックを起こすような騎士よりも、メルエの魔法の方が役に立っている事は確かだな」

 

「な、なんだと!!」

 

 しかし、リーシャの笑いもいつものように長続きはしない。そのやり取りはもう見慣れた光景になりつつあり、サラもあたふたする事なく見守っていた。 

 

「…………メルエ………いちばん…………?」

 

「ふふふっ、そうですね。メルエが一番ですね」

 

 リーシャとカミュのやり取りをそのままに、サラも笑みを浮かべながらメルエの問いかけに答える。昨日の焚き火での出来事以来、メルエは自分からサラに話しかけて来るようになった。

 それは、言葉は少ないものの、しっかりとサラの目を見て話しかけるもので、サラはその事を心から喜んでいた。

 

 

 

 山道を下りきった一行は、周囲を山々に囲まれたのどかな盆地に辿り着く。見渡す限りを山々に囲まれたそこは、山からの吹き下ろしの風は吹いているが、自然豊かで、空では鳶の鳴き声が響くような場所であった。

 ただ、そんなのどかな場所にも魔物は出現するのか、所々に『人』の手で作られた物の残骸や、『人』そのものの骨などが埋葬される事なく野ざらしになっている。埋葬するための『人』が来る事が出来ない程に危険な場所なのか、『人』を手配する余裕がないのかは解らないが、その骨は新しい物から古い物まで様々であった。

 

 人が踏み歩いた土が道のように続く場所を一行は歩き続ける。

 山を降りしばらく歩くと、前方に簡易な柵で覆われた集落が見えて来た。

 おそらくあれが『カザーブ村』なのであろう。

 入口の門のような物の場所まで歩くが、その周囲に駐在所のような場所はなく、兵士が門番をしている様子などもなく、カミュが木で作られた門につく金具で叩き、村への来訪を知らせるが、しばらくは村から何の反応もない。

 何度も門を叩き、声を上げ続けると、門の中側にある見晴らし台の上に人影が現れた。

 

「アンタ達、何の用だ!?」

 

「旅の者です。今晩の宿をこの村でとらせて頂ければと思い訪れました」

 

 何かに警戒するような物言いでカミュ達一行を拒むような仕草をした男であったが、一行の中に少女と言っていい程の子供が混じっている事に気が付き、門を開ける事を了承した。

 徐々に開いて行く門の向こう側が一行の目に飛び込んで来る。村の中の様子にメルエを除く一行は息を飲んだ。

 

「遠いところ大変だったな。さあ、何もない村ではあるが、ゆっくりしていってくれ」

 

 門を開き、中に一行が入った事を確認すると、再び門を閉めて行く。

 男の表情は先程のように警戒心に覆われた物ではなく、山道を歩いて来た旅人の労を労うような優しい表情に変わっていた。

 門を閉め終わった男は、カミュ達に一言告げると、村の奥へと歩いて行ってしまう。

 

「……さびれている……」

 

「……酷いな……」

 

「……なるほどな……」

 

 男の姿が見えなくなり、改めて周囲を見渡したサラが発した言葉に、リーシャも同意を示す。メルエは二人の様子を不思議そうに眺めていた。そんな三人を余所に、カミュは一人納得したように頷いていた。

 

「何が『なるほど』なんだ? この村の惨状はどういうことなんだ?」

 

 カミュが一人で納得している内容が理解できないリーシャが、カミュへと問いかけを洩らす。リーシャと共にサラもカミュに視線を向けた事から見ても、同じ様に理解出来てはいないのだろう。

 メルエに関しては、初めて見る生まれた場所以外の集落に目を輝かせていた。

 

「……つまり、この村がロマリアに取っての暗部そのものなんだろう」

 

 カミュの洩らした言葉は、言葉が足りず、リーシャとサラの両名は理解出来ない。

 この<カザーブ>の村と、その存在が暗部となるロマリア王国との関連性が見えないのだ。

 それは、感情に置き換えられ、リーシャの口から飛び出した。

 

「どういう事だ!?」

 

「宿を取る前に食事にしよう。そこで話す」

 

 リーシャの声量の大きい問いかけに、周囲の視線を気にしたカミュが場所を変えるよう提案し、サラも同じ事を気にしていたため、すんなりと場所の移動に移る事となった。

 ただ、メルエだけは、少し寂しげな表情を映し出していた。

 

 村の一番奥に酒場があり、そこで食事を出しているという事を聞き、一行は酒場へと場所を移す。酒場に入ると、寂れた村に相応しい寂れた雰囲気を漂わせる内装で、客も二人きりという、なんとも言い難いものであった。

 

「いらっしゃい。空いている席に適当に座ってください」

 

 カウンター越しに、マスターであろう男の声が響き、その指示に従って全員が一つのテーブルを囲うように座る。メルエを椅子に座らせたリーシャが最後に席に着き、水を持って来たマスターに、適当に食事を持ってくるよう注文した後、先程の話題へと戻って行く。

 

「それで、カミュ。どういう事なんだ?」

 

 口火を切ったのは、やはりリーシャ。

 サラもカミュを注視している。

 メルエだけが水を口に運んでいた。

 その様子を横目で見ていたカミュは、一つ息を吐き出し、ゆっくりと口を開いて行く。

 

「アンタ方は、ロマリア城の様子を見たか?」

 

「ああ、それがどうした?」

 

 カミュの問いかけに即座に反応したリーシャであるが、その問いかけが何に繋がるのかは理解出来ていない。その姿に、カミュは盛大に溜息を吐き出した。

 吐き出されたカミュの溜息は、静けさが広がる酒場に良く響き、何とも言えない空気を生み出して行く。

 

「……ロマリア城下町は比較的落ち着いていた。だが、本来なら考えられない筈だ」

 

「……何故ですか……?」

 

 カミュが話す一言一言にリーシャやサラが疑問を挟む。二人とも頭が悪い訳ではない。だが、育ってきた環境で、自分の目で見た物をそのまま信じるという体質が身に付いているのだ。

 そこへ疑問を挟むという考えに辿り着く前に、納得してしまう。

 

「……ある英雄と呼ばれる男の為に、各国が相当の支援を出した。それは、『魔王』という最悪の根源を討伐する為の物だ。半端な量ではない。それこそ一国が傾く可能性がある程の量だろう」

 

「……」

 

 『ある英雄と呼ばれた男』

 それこそ、カミュの父であり、アリアハンが誇る英雄『オルテガ』その人であろう。

 そんな誇るべき父の名前すら呼ばないカミュに、再び怒りが湧き上がるリーシャではあったが、昨晩のカミュとのやり取りで、そこを追求するのは後回しにすると決めたばかりだった。

 故に、その怒りを飲み込む事とする。

 

「支援の為に、国庫にある財産を全て吐き出す訳がない。前にも言ったが、その物資や資金のほぼ全ては、国民に重税などを課して搾取した物だ。そうすれば、当然国力が弱まる。国の生産力を支える国民を虐げるのだから、生産力が上がる訳がない」

 

「で、でも、城下町は潤っていました。とても搾取が続けられた様子はありませんでしたよ」

 

 カミュの言葉に挟まれたサラの疑問は、至極当然の物である。

 ロマリア城下町は、寂れてはいなかった。国民は普通に生活し、店には商品が並び、買い物客などで賑わいも見せていた。

 

「それを不思議に思わないのか?……本来あり得る形ではない。ロマリアはアリアハンとの交流も多かった事から、一番多く援助を行っていた筈だ。最初は、あの王女が色々と奔走して国を立て直したと思っていた。だが、この村の現状を見て、その考えが間違っているとは感じないのか?」

 

「だから、どういう事なんだ!!」

 

 言い回しが回りくどいカミュの言葉に、痺れを切らしたリーシャの大きな声が飛ぶ。

 店にいた二人の客の視線を浴び、恥ずかしそうにするサラとは対照的に、そんなことを気にも留めないリーシャは真っ直ぐカミュを見つめていた。

 

「……少し声量を落としてくれ……」

 

「リーシャさん……」

 

「…………リーシャ………うるさい…………」

 

「うぅ……すまない」

 

 サラやメルエにまで、嫌な視線を浴びせられリーシャは声を落とした。

 メルエは水を持っていた両手で耳を塞ぎ、眉を下げてリーシャを睨んでおり、『奴隷』であった少女が向ける眼差しではないが、それがこの少女の心の中でリーシャという存在が大きくなっている事を示していた。

 

「つまり、搾取はこの村からだけだったのだろうな」

 

「!! しかし、この村にはそんな資金が出るようには見えません」

 

 カミュの言葉にサラが反論を返す。寂れたとはいえ、本来の村の姿はアリアハンにあるレーベの村とそれほど大差がある訳ではないだろう。ならば、膨大な資金援助分の搾取など出来る訳がない。

 

「もちろん資金の全てがこの村から出たとは言わない。だが、ロマリアの武器屋に聞いたが、この村の特産は『鋼鉄』だそうだ。『鋼鉄』は鉄を練成した物。つまり、この村は周囲の山が鉱山なのだろう」

 

「……この山々は鉱山なのか……?」

 

 カミュの語る推測は、リーシャには驚きの内容であった。

 この村を取り囲む山々の全てが鉱山である事は想像も出来なかったのだ。それに合わせて、この辺境の場所にある<カザーブ>という名の村の特産を、何時の間にか情報として仕入れていたカミュに驚いていた。

 

「ああ、鉱山から取れる『鉄鉱石』を他国などに売却する事で国は資金を得る。ロマリア国に属する村の鉱山だ。国有化すれば、この村の男達を安い賃金で雇い、鉄鉱石を掘らせて生産量を上げれば良い」

 

「じゃあ、この村の人達は……」

 

 サラは一抹の望みを託し、カミュの答えを待った。ようやくカミュの言いたい事が見えて来たサラは、この<カザーブ>という名の村の実情を把握し始め、その先にある重い現実を予想してしまっていたのだ。

 

「……使い捨てだ……」

 

 サラの願いを無視するように、カミュから出た解答は『絶望』

 何の希望もない物であった。

 リーシャとサラが顔を伏せたところに、マスターが料理を運んで来る。

 肉と豆を炒めた物に、生野菜のサラダ。

 塩で味付けしただけのようなスープ。

 正直、ロマリア城下町で食べた食事に比べれば、貧相極まりない。

 それでも初めての食事らしい食事に、メルエは目を輝かせて顔を近付けていた。

 メルエにとって、カミュの話す内容には興味が湧かないらしい。彼女にとっては、カミュやリーシャ達と行動が出来るのならば、その他の事はどうでも良い事なのかもしれない。

 

「……メルエ、食べても良いぞ」

 

 カミュの許可が下り、嬉しそうに頷いたメルエは、フォークを鷲掴みにして皿に乗った豆を突き刺し始めた。

 メルエの必死な様子に沈みかけていた空気が再び和む。

 メルエの加入により、このパーティーの気分が深く沈みこむ事が少なくなっている事を感じ、リーシャはメルエの頭を撫でつけた。

 

「…………???…………」

 

「気にせずゆっくり食べろよ。誰もメルエの分を取り上げたりはしないから」

 

 不思議そうに見上げるメルエの頭を撫で続けながら、リーシャは柔らかな微笑みを浮かべる。サラはそんなリーシャの様子を複雑な思いで見てはいるが、内心はメルエに感謝していた。

 

「……国に献上する『鉄鉱石』の他の僅かに残った鉱石で、剣や鎧などを造って売り、山々にある薬草類で商売をしようとはしているだろうが、こんな辺鄙な村に人が来る事はまずない。自然と金の収入はなくなり、自給自足の生活になって行ったのだろう」

 

 メルエのおかげで和んだ空気を犯すような毒をカミュは続けて吐き出した。

 一息つけたリーシャとサラはカミュの言葉を再び聞く態勢を取る。それは、とても重い現実ではあるが、それを知らない事には何も始まらないのだ。

 

「ロマリア国は、この村を犠牲にする事で、対外的な視線の的である城下町の優雅さを守った事になる。犠牲にされた村は、朽ち果てないような最低限の場所で保たれているのだろう。村の住民が全て去れば、鉱山を掘る人間すらも失ってしまうからな」

 

「……」

 

 カミュが話す内容は、所詮全て推測の域を出ない物である。だが、ロマリア城下町を見た後にこの村を見れば、カミュの言葉の信憑性は何倍にも膨れ上がる。

 それは、疑う余地など残された物ではなく、リーシャとサラの心に『事実』として植えつけられた。

 

「…………カミュ………たべない…………?」

 

「ん?」

 

 暗く沈む雰囲気をただ一人理解できず、全員が食事に手をつけない事を不思議に思ったメルエが、フォークを口にしながら声をかけて来た。

 話が一段落ついたカミュがメルエに視線を向けると、メルエの皿の上の料理は半分以上無くなっている。

 

「…………カミュ………だめ…………?」

 

「ぶっ!?」

 

「あはははっ、カミュもメルエには片なしだな!あはははっ」

 

 不意に発したメルエの言葉にサラは盛大に吹き出し、リーシャは大笑いする。

 おそらくメルエは、昨晩カミュがメルエに言った事を言いたいのだろう。

 『空腹でもないのに、食事を頼んだのか?』と。

 そうなれば、カミュは魔物以下の存在となる。

 不思議そうに小首を傾げたメルエの姿に困惑した表情を向けるカミュの姿は、リーシャとサラの顔に笑みを戻した。

 

「カミュ、話は解った。それは今も続けられていると思うか?」

 

「……いや、おそらく今は、鉱山の採掘を国から派遣された人間が行っているのだろう。だからこそ、ここに男たちがいる。この村は収入源を国に奪われ、自給自足でしか生き残って往けない村になっているのだろう」

 

 メルエの言葉で一斉に食事を始めた一行ではあったが、リーシャが再び話を戻した事で、カミュがその手を止めて話し始めた。

 

「食事が終わり次第、武器屋へ向かう。俺の剣を新調しなければならないし、新しい防具があるかもしれない。それに、流石にメルエの服を何とかしてやらなければならないだろうからな」

 

 カミュの言う通り、メルエの服は奴隷として運ばれた時のままで、<布の服>一枚なのである。しかも、湯浴みもしていない事から、正直発している臭いも結構なものであった。

 カミュ達は気にはしていなかったが、やはり酒場のマスターや他の客からは、奇妙な者を見るような視線が注がれている。

 

「そ、そうですね……メルエの服は新調しましょう。女の子がいつまでもこのような格好では可哀そうです」

 

 このカミュの意見には一も二もなく、サラは賛同の意を表す。

 リーシャもまた頷く事で同意を示した。

 話題の人物であるメルエだけは、自分の名前が出て来る度に反応を示しながら、不思議そうに首を傾げている。

 

 

 

 食事を終え、カウンターのマスターの場所に行く間に、他の客の横を通った。

 その客は、若い男女であり、食事はすでに終え談笑を楽しんでいるところであった。

 

「だからね、その村はエルフを怒らせた為に、村中の住民が眠らされたわけ!!」

 

「そんな村が何処かにあるだなんて信じられないよ」

 

 何気ない会話ではあるが、『エルフ』という単語が、一行の耳には残った。

 『エルフ』という種族は、人々の間で魔物と同様に恐れられている。その魔力は魔物以上といわれ、寿命も人間よりも遥かに長い。ただ、繁殖能力は魔物よりも更に低く、その人口は人間の数%にもならない程の物であった。

 

「……エルフ……?」

 

 サラはその男女の会話に引っかかりを感じるが、カミュがカウンターへさっさと向かってしまい、慌ててその後を追う事にした。

 

「ご馳走さま。いくらだ?」

 

「ああ、ありがとうございました。5ゴールドで結構です」

 

 カウンター越しにグラスを磨いていたマスターが、カミュの問いかけに答える。その勘定を聞き、カミュは革袋からゴールドを取り出し、カウンターへと置いた。

 

「マスター、この辺りにカンダタ一味は出没するのか?」

 

「!! アンタ達、まさかロマリア王からカンダタ様の討伐を依頼されて、ここへ来たのか!?」

 

 カミュがゴールドを置きながら発した自然な問いかけに、マスターは過剰と言えるほどの反応を返して来る。

 その過剰なまでの反応を見たカミュは、全てを察したように、その答えを濁して行った。

 

「いや……」

 

「そうだ。カンダタ一味が盗みを働き続ける事で、国王様をはじめ、民が困り果てているという事だったからな」

 

 しかし、マスターの様子に疑問を感じ、否定の言葉を口にしようとしたカミュの横合いから、よせば良いものをリーシャが割って入って来た。

 カミュはリーシャの言葉に溜息を吐き出し、もう一度マスターの方へ視線を向ける。そこで、事の重大さに気付く事となる。

 

「くっ、ロマリア王の狗かよ! 食事なんか出すんじゃなかった。もう出て行ってくれ! そして、ここへ二度と来るな!!」

 

 視線を上げたカミュに向けられた罵声は、先程のカミュの話が唯の推測ではない事を如実に物語っていた。

 カミュは諦めたように息を吐き出し、リーシャは目を白黒させる。突如響き渡った怒鳴り声に、メルエはカミュのマントの中へと潜り込んでしまった。

 

「えっ!? ちょっ、ちょっと待って下さい」

 

「うるさい!! 早く出ていけ!」

 

 突如変貌したマスターの様子に、サラが慌てて抗議をしようとするが、全く取り合う気もない。まさか、村の一般人に手を上げる訳にも行かず、成す術もないままに店の外へと追い出されてしまった。

 

 

 

「な、なんだ!?わ、私が悪いとでも言うのか!?」

 

 店の戸が閉じられ、外に追い出されたカミュ達は未だに状況を掴みきれてはいなかった。

 カミュの溜息と同時に送られた呆れたような視線を受けたリーシャは、開き直りに近い反応を返す。

 

「……俺は、アンタにこの村の状況の予測を話した筈だ。もし、俺が話した事がこの村での事実であれば、この村の住人がロマリア国に良い感情を持っていない事ぐらい理解出来るだろう?」

 

「……」

 

 カミュの言葉は正論である。

 もし、先程のカミュの話の可能性を理解していれば、リーシャの話す言葉は出て来なかった筈だ。

 ましてや、『カンダタ』という名に、過剰な反応を示していたマスターを見た直後ならば尚更である。

 

「アンタは、本当に脳味噌まで筋肉なのか? 少しは考えてくれ。今後交渉や、情報収集の場では口を開かないと約束してもらえないか? アンタが口を開いて、碌な事になった試しがない」

 

「……ぐっ……」

 

「……カミュ様……」

 

 カミュの言う通り、ここまでの旅でリーシャが相手の感情を逆立てた事は多い。それは、サラや張本人であるリーシャも十二分に理解している事だった。

 元々、一人で旅をするつもりであったカミュにとって、サラやリーシャの発言や行動に怒りを感じる事は多々あったのであろう。それでも、サラやリーシャのようにその怒りを表に出し、相手にぶつけるような事はしては来なかった。

 しかし、今回は、村の状況の予想を話した直後の出来事だっただけに、カミュの怒りが臨界点を超えてしまったのかもしれない。

 

「…………カミュ………おこる…………?」

 

 しかし、リーシャを糾弾するカミュのマントの裾を掴んでいたメルエが、カミュの顔を見上げて問いかける姿が、再び場の雰囲気を変えて行く。視線を落としたカミュの深い溜息が周囲に響いた。

 

「……怒ってはいない……」

 

「…………おこる………だめ…………」

 

 カミュの否定を信じていないのか、メルエがもう一度口を開いた。

 眉は垂れ下がり、自信なさ気に見上げるメルエの姿を見て、カミュはもう一度溜息を吐き出す。

 

「……怒るにも値しない……」

 

 カミュは、メルエの目を見ることもせずに答えると、そのまま武器屋へと足を向けた。

 メルエはカミュのマントの裾から手を離し、リーシャの前に立つ。何かを告げるように見上げるメルエの瞳は、どこか必死な想いが籠っていた。

 

「…………カミュ………おこる……ない……だいじょうぶ…………」

 

「……メルエ……」

 

 何かを訴えるように、優しく語るメルエの姿に、リーシャもサラも言葉が出て来なかった。

 もしかすると、メルエは『人』と『人』の争いを絶えず見て来ていたのかもしれない。

 故に、それを彷彿とさせるカミュとリーシャのやり取りは、その不安感を大きくする物であったのだろう。

 

「メルエ、私は大丈夫だ。ありがとう。さあ、カミュの所へ行こう」

 

「…………」

 

 リーシャがメルエの頭に手を乗せて微笑む。

 すると、今まで心配に歪んでいたメルエの表情が緩み、こくりと一つ頷くのだった。

 サラはそんなメルエの様子を見て、複雑な表情を見せる。それが、どんな感情なのかは、サラ本人にも理解出来なかった。

 

 

 

「いらっしゃい。何がご入用で?」

 

 リーシャ達が追いついたのは、カミュが武器屋の門を入る頃だった。

 入った先は、ロマリアやアリアハンよりも小さな武器屋で、陳列されている商品も所々埃が被っている状態である。

 

「この村の特産は『鋼鉄』だと聞いて来た。<鋼鉄の剣>等は置いていないのか?」

 

「おっ、今時この村の特産を訪ねて来るなんて珍しいね。あるよ、<鋼鉄の剣>というのが。それにアンタが着込んでいるのは<革の鎧>だね? これも特産になるんだが、<鉄の鎧>という防具もあるぞ。よく見て行ってくれ」

 

 カミュの問いかけに気分を良くした武器屋の主人は、次々と商品を出して来る。店の中に陳列されている埃の被った物ではなく、店の奥から出して来ている辺りがとても良心的な人間に見えた。

 

「これが<鋼鉄の剣>か……」

 

 店主が出して来た一振りの剣を見たリーシャが、感嘆のため息を漏らす。

 鉄を型に流し込んだだけのリーシャの剣とは違い、何度も練成を重ねた剣は、その刀身の輝きも違っていた。

 切れ味も相当な物なのであろう。

 

「オヤジ、その剣を一振りくれ……アンタもこの剣に変えておくか?」

 

「むぅ」

 

 <鋼鉄の剣>の輝きに目を奪われていたリーシャは、カミュの問いかけに即答する事が出来なかった。

 リーシャの持つ剣は、下級騎士に配給される大量生産の剣で、その剣にアリアハンの国章等はついてはいないが、それでも長年苦楽を共にし、手入れもして来た大事な剣であり、愛着もある。

 それをここで捨て去る事を決断出来なかったのだ。

 

「リーシャさん。これから先は、良い武器に変えて行った方が良いのではないですか? 魔物もアリアハンとは比べ物にならない程ですし、このロマリア大陸を出れば、更に強い魔物が出て来る事が予想出来ます」

 

「むぅ」

 

 カミュの言葉に続き、珍しくサラがリーシャに意見をする事に若干驚きながらも、リーシャは更に悩む。<鋼鉄の剣>を睨みつけながら悩むリーシャに溜息を吐いたカミュは、もう一度カウンターに視線を戻した。

 

「……まあ、好きなだけ悩んでくれ。オヤジ、この<鉄の鎧>だが、動き辛くはないか? これでは、重騎兵だ」

 

「う~ん。まあ、そうだねぇ。重騎兵とまでは行かなくても、少し動きに制限されるかもしれないな……」

 

 カミュの言うとおり、<鉄の鎧>は、首から腰まですっぽりと鉄で覆うような鎧で、お世辞にも俊敏に動けるような見掛けではない。

 魔物と対峙するカミュ達にとって、行動を制限される事は決して良い事ではなかった。

 

「オヤジ、この<鉄の鎧>を改良してはくれないか? 肩当てと、胸当てを残す形で良い」

 

「う~ん。それじゃあ、<鉄の胸当て>になっちまうぞ? まあ出来なくもないが……」

 

 カミュと武器屋の主人が、ああだこうだと防具について議論している間、リーシャは未だに悩み、サラは物珍しげに周辺を歩き回るメルエの世話をしていた。

 メルエにとっては、武器屋という場所自体が初めての物なのだろう。所狭しと並べられている商品を見上げては見下ろしていた。

 しかし、決して手を触れようとしないのは、彼女の育ちが影響しているのかもしれない。

 

「よし!! 私の剣もこれにしよう」

 

 意を決して、リーシャが顔を上げた時は、防具の買い物も終わり、商品を受け取ったカミュがカウンターに代金を置いている頃であった。

 

「……まだ悩んでいたのか? もうアンタの分の剣も買っておいた。防具も新調したから、着ている<革の鎧>とその剣を置いてくれ。オヤジが引き取ってくれるらしい」

 

「あ、ああ」

 

 自分の一大決心を無碍に流されたにもかかわらず、サラやメルエの視線もあり、リーシャはいそいそと装備品を着替えて行く。

 

「それと、オヤジ。この娘に合うような服は何かないか?」

 

 メルエを前に出し、主人に見立ててもらう為に、話を続けるカミュは、先程のリーシャとの衝突がなかったかのような平然とした対応であった。

 

「ん? う~ん……うちは<旅人の服>は置いてないしな……あったとしても子ども用はないからな」

 

「……そうか……」

 

 メルエの服装を見て、一瞬顔をしかめた主人であったが、真剣に自分の店にあるもので代用出来る物はないかと考えてくれている辺りは善人なのだろう。品揃えを頭に思い浮かべる店主の頭の中に何かが閃いたのか、店主は突然顔を上げた。

 

「あっ! うちの店でこの娘に出せるのは、あれぐらいしかないな……」

 

 不意に何か思いついたように手を打った主人は、そのまま店の奥へと入って行った。暫くして出て来た主人の手には一つの帽子。三角にとがった帽子の周囲につばが付いているものだった。

 

「この<とんがり帽子>ぐらいしかないな……お譲ちゃん、これを被ってみるかい?」

 

「……」

 

 主人からの問いかけに、こくりと一つ頷いたメルエは、<とんがり帽子>を手に取り頭に乗せてみる。少し大き目だが、大き過ぎるという訳ではなく、メルエの頭に綺麗に収まった。

 

「おお、それはカンダタ様がどこからか持って来た物で、うちで売却した物だが、その小ささから買い手がいなくてね。格安の30ゴールドでいいよ」

 

「……メルエ、気に入ったのか?」

 

 頭に乗った<とんがり帽子>のつば部分を嬉しそうに持つメルエにカミュが問いかけると、今までで一番の笑顔をカミュに向けながらメルエは大きく頷いた。

 そんなメルエに笑顔を向けるリーシャは、何かを期待するような瞳をカミュへと向ける。

 

「……そうか……30ゴールドだったな。オヤジ、この辺で子供の服を売っている所はないか?」

 

「ありがとうよ。う~ん、この村では基本的に子供服は親が自ら作る物だからな……売っている場所はないと思うが……」

 

 自給時自足の村である。当然、自分達や子供の服に至るまで、母親が布から作成したりするのであろう。

 子供達は、親や兄弟のお下がり等を着る事も少なくない筈だ。

 故に、商売としては、防具ではない洋服などは成り立たないのだろう。

 

「……そうか……悪かったな」

 

 武器屋の主人の謝礼を背中越しに聞きながら、一行は武器屋を後にする。

 無言で武器屋を出るカミュの後ろを、初めて被った帽子を何度も被り直しながら、嬉しそうに続くメルエの姿を、リーシャはどこか痛々しげに見守っていた。

 

 

 

「アンタ達だね、カンダタ様の討伐の為にこの村に来ているってのは? アンタ達を泊める宿はここにはないよ。さあ、出て行った、出て行った」

 

 武器屋を後にし、宿屋に向かった一向に待っていたのは、酒場の主人から事の内容を聞いていたのであろう宿屋の女将からの冷たい拒絶であった。

 『一晩泊まりたい』というカミュの言葉の後、一行の姿を改めて確認した女将の言葉は、交渉の余地もない程の物で、血の気の多いリーシャだけではなく、冷静沈着なカミュまでも一言も言葉を発する間もなく宿屋を追い出される事となる。

 

「アンタ達も宿屋を追い出されたのか?」

 

 宿屋を追い出された一行の前に一人の男が現れ、カミュ達の状況をあらかた予想出来たと言わんばかりに話しかけて来た。

 『も』という部分に、その男も宿が取れなかった事を暗に示している。

 

「……アンタは……?」

 

「ああ、私は、カンダタがどこかの塔をアジトにしているという噂を聞きつけてここまで追って来た。しかし、村の人間に情報を確認しようと思ったのだが、アンタ達と同じようにこの様だ」

 

 カミュの問いかけに、カンダタの情報と共に自分の境遇までも男は話し出した。

 リーシャは、酒場での自分の失言の結果がこの状況を呼んでいる事を改めて突き付けられ項垂れてしまう。

 

「……どこかの塔……?」

 

「ああ、この村の西に塔があるらしいのだが、詳細が解らなくてな。この村でその塔の内部に詳しい人間でもいないかと思ったのだが……」

 

 男が話す情報は、カミュ達にとっては初耳の物で、その価値は計り知れない。カミュは突如現れたこの男が何か企んでいるのではとも考えたが、心底困った表情を浮かべる男の内部を窺う事は出来なかった。

 

「あ、あの! 何故、この村の人達はこれ程までに、盗賊であるカンダタを擁護するのですか?」

 

 疑惑の視線を向けるカミュの横から、今まで事の成り行きを見守っていたサラが口を開いた。

 その内容は、顔を伏せているリーシャも思っていた事であった。

 

「ん? ああ、どうやら、カンダタはロマリア王都で盗みを働いた後に根城にしている塔に向かう前に、この村で金を落として行くらしい」

 

「……金を落とす?」

 

 男の答えにリーシャの顔が上がった。男の表現が、宮廷騎士であるリーシャには想像出来なかったのだ。

 良くも悪くも、彼女は貴族であり、戦士である。

 経済の流れ等に関する知識は持ち合わせてはいないのだ。

 

「この村で宿を取り、酒場で酒や食事をたらふく頼み、そして武器屋で武器や防具を揃えて行く。早い話が、カンダタ一味はこの村にとって金づるなんだよ」

 

「……金づるですか……」

 

 リーシャに説明を返すような男の表現は、サラにとっては理解出来ない物。

 良くも悪くも、温室育ちの『僧侶』であるサラには、男の表現は難しかった。

 

「すまない。言葉が悪かったな。カンダタ一味は、本来貴族や豪商などからしか盗みは行わない。そして盗んだ金や物を使って、この村のような貧しい村々に落として行く。この村のような自給自足しか生きて行く術がない村々にとっては、村という集落を維持する為にもカンダタ一味はありがたい存在という訳さ」

 

「……義賊という事か……」

 

 続く男の言葉に、ようやくリーシャの口が開いた。

 カンダタ一味が盗みを働く相手は、国民から金を巻き上げ私腹を肥やす貴族か、商売で大きな財産を築いた商人に限定されるという事らしい。私腹を肥やす貴族は論外として、大きな財産を築いた商人には、少なからず商いをする中で後ろ暗い事があるのだろう。

 しかし、基本は自ら稼いで作った金である。盗んで良いという物ではない。それでも、貧しい人間にとっては、不遜な事をして稼いだ金をばら撒いてくれるカンダタ一味は義賊と映るのだろう。

 

「そう言う事だな。しかし、この村の人間は解っていない。例え、カンダタの標的が貴族や豪商だとしても、盗賊は盗賊だ。自分達の邪魔になったり、自分達の障害となれば、アイツらは容赦なくその人間達を殺すだろう」

 

「……」

 

 続く男の言葉に、リーシャもサラも黙り込んでしまった。

 義賊を謳ってはいても、所詮は盗賊。自分達の行動の邪魔となれば、その者を殺す事ぐらいは行って来ただろう。

 それは、何も過去だけの話ではない。

 これから先も、彼らが盗賊団を組織している限りは続く事ではあるのだ。

 

「現に王都でも、奴らが逃げる過程で、罪もない一般国民が犠牲になっている。必要となれば人も殺すし、人も犯す。それが盗賊だ。だからこそ、討伐できる時に討伐するべきなんだ」

 

 いつの間にか、語る男の口調は熱くなっていき、その拳を握り締めながら熱弁を振るっていた。

 もしかすると、この男の身内はカンダタ一味の犠牲になった者なのかもしれない。

 

「しかし、根城も判明している中、何故ロマリア王国程の国が討伐隊を組織しない?」

 

「……カミュ様……」

 

 そんな男とは対照的に、熱の全く感じられない口調でカミュが発した言葉は、当然の疑問であった。

 国の大罪人とも言える『カンダタ』を、何故国を挙げて捕縛しないのか。

 その罪状を見る限り、アリアハンを揺るがせた盗賊『バコタ』の罪の比ではない筈だ。

 

「討伐隊は何度か組織されたさ。しかし、それも悉くあしらわれた」

 

「……国が組織した討伐隊で敵わないのならば、それこそアンタ一人でどうにかなる次元の話ではない筈だ」

 

 カミュの容赦のない追及は、男の心に影を落とす。

 暫しの間、カミュの瞳を睨んだ男は、そのまま肩を落とすように俯いてしまった。

 だが、カミュの言う事が正論である以上、リーシャもサラも助け舟を出す訳にはいかない。

 

「……わかっている。私は、別に国から依頼を受けた訳ではない。これは私個人の問題だ……」

 

 男は悔しそうに俯き、吐き出すように言葉を洩らす。

 やはり、この男が持つ感情は、カミュの後ろに立つサラと同じく『復讐』なのだろう。その証拠に、男の拳は固く握り込まれていた。

 

「カンダタ自体を討伐するのが目的でもない。その一味にいる人間が目的なんだ。カンダタを追えば、必然的にそいつにもぶつかる筈だからな」

 

「……」

 

 男の内情を推測する事が出来たリーシャとサラは、その口を固く閉ざしたままであった。

 メルエだけが、その中身を図る術を持たず、カミュのマントの裾をつかんだまま、男を見詰めていた。

 

「……すまない。つまらない話を聞かせてしまった。この村に泊まる所がない以上、村の外に出て野宿するしかないな。私は、まだ陽の光がある内に宿場を探すよ。アンタ達も早いところで見切りをつけて今日休む場所を探すんだな……」

 

しばらく俯いていた男の顔が上がり、一度太陽を見上げた後、そのまま村の出口へと歩いて行った。男の背中を見送りながら、リーシャとサラの胸中には複雑な感情が湧き上がっていた。特に、他人の『復讐』に関する感情を初めて感じたサラは、自身の中に何かが生まれ始めていた。

 

「……カミュ……すまなかった……」

 

「リーシャさん!?」

 

 男の背中を見えなくなるまで眺めていた後、カミュの方を向き直ったリーシャが徐に頭を下げる。リーシャが頭を下げるという初めて見た光景に、サラは驚きの声を上げた。

 

「……悪気はなかったとは言え、私の不用意な発言の結果がこのような事態を引き起こしたのは紛れもない事実だ。その為にこのパーティーの全員が身体を休める場所を失い、メルエに至っては身体を清める事すらできなくなった。本当にすまなかった」

 

「…………リーシャ…………」

 

 メルエですら、そんなリーシャの姿に見入っている。

 リーシャにとって、酒場での発言に悪気がなかった事は事実なのだろう。ただ、村での宿泊を不可能にしてしまった事もまた事実なのだ。

 その為に、旅慣れぬメルエやサラの疲労回復の手段を奪い、そしてカンダタ討伐への情報収集を困難にさせてしまったという事がリーシャの胸に圧し掛かって来ていた。

 

「……別にアンタが言わなくても、結局こうなった可能性が高い。この村を訪れる理由が、現段階ではカンダタ一味以外はあり得ないのだからな」

 

「……カミュ様……」

 

 カミュの言葉通り、この村を通り抜ける理由は、あの男の情報を信用するとするならば、カンダタ一味の根城となっている西にある塔に向かう為という物しかあり得ないのだ。

 必然的に、カミュ達がカンダタ一味でなければ、カンダタ討伐の為に動いているという事になる。大々的に組織された物ではなかったとしても、村の住民に悪感情を持たれる事は間違いないだろう。

 実際は、『カザーブ村』を抜けて辿りつける場所は他にもあるのだが、この時点でのカミュ達には知る由もない。

 

「この村にもう用はないな。陽も暮れて来た。外に出て野営の準備をする」

 

 空を見上げながらのカミュの言葉に、リーシャやサラも頷き、村の出口へと歩き出す。

 メルエは未だに、初めてカミュ達から買い与えられた『とんがり帽子』を嬉しそうに何度も被っては脱ぎ、被っては脱ぎを繰り返しながら歩いており、その様子に、リーシャの罪悪感は更に増長して行く。

 帽子一つであれ程の喜びを表すのだ。

 カミュはああ言うが、もし、リーシャの一言がなければ、宿屋の女将にでも頼めばメルエの服ぐらい作ってくれたかもしれない。

 宿屋で湯浴みをさせ、新調した服を着せてやればどれ程喜んでくれたであろう。

 リーシャは思わず目を瞑ってしまった。

 

「おっと!!」

 

 その時、帽子に気をとられているメルエの方向から何かとぶつかった音が聞こえ、リーシャの目は開かれる。

 そこには、大きく尻もちを付くメルエと、これまた大きな荷物を担いだ男の姿があった。

 男の年齢は三十過ぎと言ったところか。どことなく影を匂わす風貌で、呆然と尻もちを付くメルエを見つめていた。

 

「メ、メル……」

 

「アン!!」

 

 慌てて駆け寄ろうとするサラとリーシャの声を掻き消す程の声量で、男はメルエに向かってどこの誰かも分からない名前を叫んだ。

 後ろの状況に気がついたカミュもメルエの下に歩み寄って来る。

 大きく名前を呼んだにも拘わらず、呆然と立つ男。

 そんな男を訳も分からないというように見るリーシャとサラ。

 奇妙な空気が辺りに流れていた。

 

「…………違う………メルエ…………」

 

 そんな空気を破ったのは、いつものようなリーシャの声ではなく、未だ地面に尻を付けているメルエの少し憤慨したような声であった。

 

「……あ、あっ、すまない……大丈夫かい? 怪我はないか?」

 

 メルエの反論に我に返った男は、メルエを立たせる為に手を差し伸べながら、その安否を確認を始めた。

 男の手を取り立ち上がったメルエは、即座にカミュのマントの中へと消えて行く。カミュももはや慣れたもので、メルエが立ち上がると少しマントを広げ誘導するようにメルエを受け入れた。

 

「本当にすまない。少し考え事をしていて、周りを見ていなかった」

 

「いや、こちらこそ注意を怠っていました。そちらが謝る事ではありません。幸い怪我もないようですし、むしろそちらの荷物に損傷はありませんか?」

 

 メルエをマントの中に導いたカミュは、対外的な仮面を被り男と相対した。

 リーシャとサラもカミュの言っているように、幼いメルエの行動に注意を払う事を怠っていた非がこちらにある事を感じ、カミュと共に男へ軽く頭を下げる。

 

「ああ、こっちの荷物には全く問題はない」

 

「そうですか。お急ぎのところ申し訳ありませんでした」

 

 男の荷物についての回答を貰ったカミュは、再び軽い会釈を男に返す。そんなカミュの姿に、男は苦笑しながら荷物を持っていない方の手を何度か振って答えた。

 何事もなく、安堵の溜息を吐き出したサラは、少し笑顔を浮かべる。

 

「…………アン………誰…………?」

 

 そんな大人の対応をする一行とは別の所から声がする。何時の間にか、カミュのマントから顔を出したメルエが、先程男の口から出た名前を聞いて来たのだ。

 その声の出所に驚いた男は、幼い少女へと視線を移した。

 

「ん?……ああ……」

 

「こ、こら! メルエ!」

 

 答え難そうな男の姿に、リーシャはメルエに視線を送りその言動を窘める。そんなリーシャの声に、メルエは再びカミュのマントの中へと逃げ込んでしまった。

 男は、一行のやり取りに苦笑を浮かべながら口を開く事となる。

 

「あ、いや、良いのですよ。すまなかったね、名前を間違えてしまって」

 

「…………」

 

 男の謝罪に再度顔を出したメルエは、その頭を数回横に振る事で、『気にしていない』という事を男に伝え、男はメルエの返事に、もう一度苦笑に近い微笑みを返した。

 

「……アンというのは、おじさんの娘の名前なんだ。ちょうど、君と同じぐらいの歳でね。一瞬見間違えてしまったのさ。娘と他人を見間違えてしまうなんて、親として失格だね……あはは……」

 

「……」

 

 男の乾いたような笑いを含んだ言葉に、一行はかける言葉が見つからない。

 『アン』という名前を口にし、メルエを見詰めていた男の表情は、どこか心を失っている様子であった。

 自分の娘と見間違ったとしても、何か事情がなければ、このような表情を浮る筈がない。

 しかし、その事情までも聞き出すような資格は、カミュ達にはないのだ。

 必然的に言葉が出ないようになる。

 

「もしかして、アンタ達かい?……カンダタ一味の討伐に来たって言うのは……?」

 

 黙り込む一行をしばらく眺めていた男が、今思いついたとばかりにカミュ達の素性を聞いて来る。

 その言葉に、一行は再びその口を閉ざしてしまうのだった。

 このような状況に陥った一番の責任が自分にある事を既に理解しているリーシャにとってみれば、男の問いかけは、身に積まされる物であったのだ。

 

「そうです」

 

「……カミュ様?」

 

 否定するだろうと思っていたサラは、カミュが男の問いかけを肯定した事に驚き、声を漏らした。

 リーシャも顔を上げカミュを見詰め、不思議な雰囲気が漂う中、それを感じる事無く、男が口を開く。

 

「そうか……ならば、宿は取れなかっただろう。この村じゃ、カンダタ一味は救いの神だからな」

 

「……」

 

 沈黙するカミュ達を一通り見渡した男は、少し考え込むように腕を組んだ。

 カンダタ一味の討伐という目的を話してしまった以上、宿屋の時のように糾弾される可能性を考えたサラは、幾分か距離を取りながら身構える。しかし、再び口を開いた男の言葉は、サラの予想とは大きく異なっていた。

 

「そうだな……なんなら、うちに来るかい? 小さな家で、宿屋のように設備は整っていないが、野宿をするよりは幾分かはマシな筈だ」

 

「いえ、そこまでして頂く訳には……」

 

 男の申し出に、若干の疑心の視線を送りながらカミュは答えた。リーシャやサラはどうだかは分からないが、カミュにとって『人』の好意と言う物程信じられない物はない。

 常に、『人』の裏側を見て来たカミュだからこそ、『人』の好意には、何か企みが隠されているのではないかと疑ってしまうのだが、純粋な好意であろうが、カミュには判断する経験がないのだ。

 

「その娘とぶつかったのも何かの縁だろう。私は、この村の住人と違って、カンダタを崇拝している訳じゃないからな。まあ、無料でと言うのが嫌なら、うちの商品を買っていってくれ」

 

「……商品……?」

 

 サラは男の語った『商品』という単語に反応を返した。

 その単語が出て来る以上、この男が商売を営んでいる事は確かだろう。そうであれば、『カンダタ一味』の恩恵を預かる身の筈であり、崇拝していない理由が見つからない。サラと同じように疑問を感じたカミュの中に、新たな疑惑が生まれてしまった。

 

「ああ、うちは宿屋の北側で道具屋をやっているんだ。品揃えはそんなに豊富ではないが、旅をしているのなら必要な物もあるだろう?」

 

 サラが挟んだ言葉にも律儀に答える男に、リーシャとサラは好感を持った。未だに男に疑惑の目を向けるカミュのマントが下から引かれる。

 

「…………カミュ………いく…………?」

 

 下からカミュを見上げるメルエは、純粋にカミュが行くと言えば行き、行かないと言えば行かないという様子である。もはや、リーシャとサラの二人の心は、男の好意に甘える方向に傾きかけていた。

 カミュにしても、メルエやサラをこの村で暖かなベッドで休ませた方が良い事くらい理解はしてはおり、未だに下から受けるメルエの視線に頷く他、カミュには選択肢がなかったのだ。

 

「……すみません……では、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

「ああ、そうか。じゃあ、ついてきてくれ」

 

 そう言って、荷物を持ち直した男は、一向に背を向け歩き出す。一つ大きな溜息を吐いたカミュは、未だにマントの裾を掴むメルエを促して男の後を追った。

 カミュが自分達の前を過ぎて行くのを確認した後、リーシャとサラも男の背中を見ながら後に続く。皆が先を行く男の背中を見ながら歩いて行く中、ただ一人、メルエだけは皆とは違う方向を見ていた。

 

 

 

 


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