新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

226 / 277
マイラの森①

 

 

 

 翌日、マイラの村を出た一行は、村の北側にある森を目指す事となる。温泉から出たリーシャ達はカミュと合流し、今後の予定を確認する作業に入り、その時に『妖精の笛』を持つ森の精霊についての話となったのだ。あらゆる呪いを解く事が可能だと伝えられるその笛を手に入れる事で、精霊神ルビスの封印を解呪出来る可能性をサラが強く訴えた。元々、今ある情報と言えば、オリハルコンという金属の目撃情報のあるドムドーラという町の事しかない。精霊神ルビスの復活という大事と天秤に掛ける程の事ではなく、サラの提案にカミュが頷いた事で方針は定まった。

 マイラの村周辺の森は深く、木々達が生い茂っている。若い木の成長を妨げる事を嫌った古木は立ち枯れ、葉を失くし、本来であれば降り注ぐ太陽を若い芽に届けようと役目を終えていた。森が自然に循環出来る訳はなく、このような循環も森の精霊と呼ばれる者の力である事は明らかである。

 

「……魔物が多いな」

 

 そんな深い森の中、稲妻の剣に付着した体液を振り払いながらカミュが言葉を漏らす。その言葉に同意を示すようにリーシャ達も闇に包まれた森の中で『たいまつ』の炎を翳し、周辺に注意を払っていた。

 森の中は、精霊の加護を受けているとは思えない程に凶悪な魔物達が闊歩している。ここまでの間にも、サマンオサで遭遇した事のあるゾンビマスターや、それに操られたグールなどといった死者の成れの果てが多く見受けられた。森の中である為、火炎呪文なども使用する事が出来ず、メルエやサラの放つ氷結系の呪文で対処するしかなかったのだ。

 剣を納めたカミュの足元には二体のサタンパピーの死骸があり、その後ろで斧を背中へ括りつけるリーシャの足元にも二体のサタンパピーの死骸がある。計四体のサタンパピーと一度に遭遇するという確率を考えると、それは異常であった。

 

「……部位の刈り取りはアンタの仕事だ」

 

「ふぇ? わ、わたしですか?」

 

 剣を納めると同時に、カミュが口にした言葉を聞いたサラは驚きに目を丸くする。ここまでの旅の中で魔物の部位を刈り取る作業というのは主にカミュが行って来た。数が多い時などはリーシャも手伝いはするが、基本的にサラやメルエにその作業をさせる事はなかったのだ。

 命の尊さという部分を学ぶ為には、部位の切り取りなども重要な仕事ではあったのだが、カミュもリーシャも幼いメルエにそのような事をさせたくはなかったのだろう。だが、ゴールドを手に入れる為には、彼等にとってその作業は無視出来ない物でもある。

英雄オルテガなどは、倒した魔物をそのまま放置して旅を続けて来た可能性が高い。彼は様々な国家から金銭的な援助を受けていたし、各所に残る逸話などを聞く限りでは、可能な限り人助けを行っていたのだろう。その見返りに宿を取る事が出来たり、道具を手に入れたりする事が可能だったのかもしれないが、そのような事をカミュは好まない。

 それは、リーシャが例える、『太陽』と『月』の違いなのかもしれない。

 

「アンタには10000ゴールドの貸しがある。その程度は働いて貰わなければ、貴重な資金を無駄にした穴埋めにはならない筈だ」

 

「……そうだな。確かに、皆の装備品は買うという約束はあったが、マイラの村へ寄付したのはサラだからな。サラ個人の買い物と考えるべきかも知れないな」

 

「えぇぇぇ! あ、あの時は皆さんも納得してくれたではないですか!?」

 

 カミュが口にしたのは、マイラの村の武器屋での出来事だった。あの武器屋で購入した『賢者の杖』は、その武器屋へ貸し与える事で、マイラの村を訪れる怪我人などの対処に使用する公共の物とされている。それは、サラという賢者の残した偉大な産物となるではあろうが、カミュ達一行の持ち物であっても、正確には所有物ではなくなる事と同意であった。

 まだメルエが加入していないレーベの村でカミュとリーシャが交わした約束は、『一行の所持金の大半はカミュが管理し、その所持金の中から仲間達の装備品を購入する』という物である。そこに公共物として提供する物は含まれておらず、そのような決断をしたサラの個人的な資産から捻出するというのが、カミュやリーシャの考えであった。

 しかし、サラが所有しているゴールドなど、仲間と逸れてしまうという緊急事態に備えた程度の額しかない。とてもではないが、10000ゴールドなどという大金を所持している訳はなく、カミュとリーシャという二人を敵に回してまで我を通す力強さがないサラは、その指示を蹴る事など出来はしなかった。

 

「カミュ、森を闇雲に歩いても仕方ないのではないか?」

 

「だが、何か道標がある訳でもない」

 

 苦心しながら魔物の部位を切り落とすサラを見ながらリーシャはこの先の行動を問いかける。サラが一所懸命に行う姿を屈み込みながら見ているメルエは手伝おうと手を伸ばすが、それはサラによって拒まれていた。

 二人のやり取りが見える場所で地図を広げたカミュは、リーシャの言葉を肯定しながらもそれ以外に方法がない事を口にする。確かに、マイラの森に居ると伝わる精霊ではあるが、その姿を見た者は皆無に近く、その場所を特定する事など不可能に近かった。

 温泉で聞いたリーシャとサラの話に頷いたカミュではあったが、この行為自体が無謀である事は十分に理解している。それでもこの状況で歩き続けているのは、今懸命に剥ぎ取りを行っている賢者と、それを興味深げに眺めている少女が居るからであった。

 

「もし『妖精の笛』という物が、本当にルビスを解放するだけの力を宿しているのだとすれば、『悟りの書』と同じように向こうから勝手に寄って来る筈だ」

 

「サラへか?」

 

 『賢者』であるサラは、この世で生きる人間と精霊神ルビスの架け橋となる存在と云われている。それが事実であるとすれば、封印された精霊神ルビスの解放という使命もサラの物と考えられた。故にこそ、カミュはこの無計画な森散策を続けていたのだ。

 もし、本当にサラが精霊神ルビスの祝福を受けた賢者であれば、精霊神ルビスの解放を託す為に森の精霊の方から彼女に接触を図って来る筈だと考えられる。そしてサラと共に行動している少女は何故かカミュ達にも感じられない気配に対して敏感であり、上の世界で湖の精霊と接触する状況を作り出したのもこの幼い少女であった。

 ダーマ神殿の教皇が口にしていた言葉に、『選ばれし者であれば、必ず呼びかけて来るだろう』という物がある。カミュはその言葉を憶えていたのだ。

 

「あの賢者なのか、それともメルエなのかはわからないがな」

 

「お前かもしれないぞ?」

 

 サラかメルエに向けて森の精霊が呼びかけて来るというカミュの発言に、リーシャは納得したように頷きながらも、もう一つの可能性を口にする。カミュ自身は認めないだろうが、この青年こそが精霊神ルビスに認められた勇者なのだ。あのバラモス城でサラが聞いた声がルビスの声であるのだとすれば、このアレフガルドで精霊神ルビスの封印を解く者もまたこの青年だけだろう。

 そんな言葉に苦笑を浮かべながら首を横へ振るカミュを見て、リーシャもまた小さな笑みを浮かべる。何故なら、カミュのそんな反応が以前では考えられない程に柔らかな物だからである。救いを求めても報われる事はなく、その教えと言われる狂った教義によって命の危機を何度も超えて来た彼にとって、精霊ルビスという存在は親同様に憎むべき存在であった。

 それでも、今のカミュにはそのような激しい憎悪は見えない。心の中に受け入れるつもりはないだろうが、明らかな拒絶を示す事もなく、何処か落ち着いた雰囲気を持ったその姿は、彼の成長を示していた。

 

「キィィィィィ」

 

 何処か優しい雰囲気が流れていた一行の空気が、突如響き渡った切り裂くような奇声によって霧散する。魔物の襲来かと考えた一行はそれぞれ戦闘態勢へと入り、奇声が聞こえて来た方向へと身構えた。

 暫くすると、そちらの方向の木々や草が擦れるような音が徐々に大きくなって行き、カミュ達の間近で聞こえ始める。生い茂った草が揺れ動き、その襲来を感じ取ったリーシャが一歩前に出た。

 しかし、前に出たリーシャが勢い良く振り返り、斧を持った手とは逆の手を大きく横へと薙ぐ。彼女が何を示しているのかが理解出来ないサラとメルエは一瞬身体を硬直させるが、その後で飛び出したリーシャの言葉で一行は一斉に横へと飛んだ。

 

「カミュ! 魔物ではない! 相当の数の獣達だ!」

 

 その声と同時に森の奥の草を分けて飛び出して来たのは、森を棲み処とする様々な獣達。先んじて鹿や馬といった足の速い草食動物達が飛び出し、その後ろをウサギや猿などの小動物達が続く。最後尾の猪や熊などといった獣が出て来た頃には、カミュ達が歩いて来た森の草などは踏み躙られ、大量の泥と埃で周囲の視界さえも奪われてしまった。

 大好きな動物達が真横を通り過ぎて行く姿を見ながらも、メルエは何が起きているのか解らず、目を白黒させるだけであり、そんな少女を護るように抱えたサラもまた、過ぎ去って行く集団の脅威に驚きを隠せない。

 即座に態勢を立て直したカミュとリーシャは、後続の動物達が疎らになって来た事を確認し、動物達が来た方向へと視線を凝らした。

 

「……あそこまで動物達が恐慌に陥るとなれば只事ではないな」

 

「奥に何かあるのだろう。行ってみるか?」

 

 今も尚、自分達の横を擦り抜けて行く動物達を横目に呟かれたカミュの言葉にリーシャは即座に反応を返す。先程二人が会話していた通り、この動きが森の精霊と関わりがあるのだとすれば、その場所へ行くという選択肢以外はないのだった。

 頷きを返したカミュを見て、リーシャは後方のサラとメルエに呼びかける。呆然としていた二人ではあったが、この出来事が只事ではない事を理解し、森の奥へと進み始めたカミュを追って歩き出した。

 木々の上ではリスなどの小動物達が今も逃げ惑っており、その恐怖に駆られた動きを見たメルエは哀しそうに眉を下げた後、小さな怒りを胸の奥へと灯す。彼女にとって、大好きな者達を傷つける者は全て敵なのである。正確に言えば、そのような小動物達を食すメルエもまた敵になってしまうのだが、幼い少女にはその辺りの区別は難しいだろう。

 

「メルエ、氷結呪文の準備を!」

 

「…………ん…………」

 

 表情を変える少女の手を引いて森の奥へと進むサラの視界が真っ赤に染まり始める。それと共に襲って来る熱気が、その正体が炎である事を物語っていた。森を形成する木々が炎に包まれている。それは、この場所を棲み処とする動物達にとっては生死に関わる程の重大事であろう。故に、その炎から逃げるように、動物達は移動を始めたのだ。

 サラやメルエが唱える事の出来る魔法の中に『水』を生み出す物はない。これ程に大きな森の火事を消し止める事が出来る水の量となれば相当な物であり、サラ達が持っている水の量など僅かな足しにもならないだろう。

 故に、サラは氷結呪文で炎ごと凍結させる方法を取った。メルエという稀代の魔法使いが行使する氷結呪文は、人類という枠から大きく飛び出しており、氷結呪文のみで言えば、魔物の放つ物以上と言っても過言ではない。ネクロゴンド付近でフロストギズモという冷気の塊さえも氷漬けにしてしまった物が、メルエの放ったマヒャドと呼ばれる最上位の氷結呪文であれば、この程度の炎であれば瞬時に消火出来るとサラは考えたのだ。

 

「カミュ、またあの手の化け物だ!」

 

「近付いて来る物達は全て斬り伏せろ! メルエ、魔物達は構うな!」

 

 既に徒歩ではなく、駆け出し始めたカミュとリーシャの視界に、最早見慣れた魔物の姿が映り込む。アレフガルド大陸へ降り立つ前に遭遇した魔物は、この世界では当然のように各地で繁殖している。正確には繁殖ではないのかもしれないが、大魔王の魔力が及ぶ場所であれば何処にでも出現する魔物なのだろう。

 地面に生えた手のようなその魔物を斧や剣で斬り飛ばした二人は、その奥に広がる惨状に眉を顰める。一面覆い尽くす程のマドハンドという魔物が地面から生え、そのマドハンドさえも飲み込む炎が森を包み込んでいた。

 炎に包まれて燃え尽きるマドハンド達と入れ替わるように新たに生えて来る手が、その半永久的な惨状を生み出している。炎に焼かれては生まれ、生まれては焼かれるという光景は、例え魔物の姿と言えども気持ちの良い物ではない。そんな魔物へ視線を向けたメルエに指示を出すカミュの声には若干の怒りさえも込められているようであった。

 

「…………マヒャド…………」

 

 少女の背丈よりも大きな杖の先から吹き荒れる冷気は、一気に森の木々を包み込み、炎に焼かれた木々を凍りつかせて行く。真っ赤に燃え上がる炎を纏っていた木々は、メルエが放った最上位の氷結呪文によって死に至る事はなく、表面上が凍り付く程度に抑えられていた。

 それは、炎に巻かれていたという部分を差し引いても、メルエという人類最高位の魔法使いによる微妙な魔法力の調整に原因があるのだろう。立ち上る煙が未だに残る中、火が消えて行く事によって漆黒の闇を取り戻して行った。

 そんな森の沈静化に安堵しながらも、鋭い視線を魔物へと向けた少女の杖が再度振り抜かれる。再び巻き起こる圧倒的な冷気が、地面から沸き始めたマドハンドに襲い掛かり、その内部の細胞までも死滅させて行った。

 

「この魔物は、灼熱呪文さえも行使出来るのか?」

 

「いや、その可能性は低いな……」

 

 氷像と化したマドハンドの死体を砕こうと近寄るリーシャの身体を、カミュの左腕が制する。森の周囲の炎は鎮火し、マドハンドという魔物も既に全滅している。それにも拘らず行動を遮るカミュに視線を向けたリーシャは、その瞳を見て再び戦闘態勢に入った。

 カミュが視線を向けている先は森の奥。そして徐々に伝わって来る振動が、これから現れる物の巨大さを物語っている。奥から吹いて来る熱気が、この森の惨状を生み出した者である事を示しており、再び放たれる炎を警戒した二人は、手にする盾を構え直した。

 

「来るぞ」

 

「メルエ、炎には即座に氷結呪文で対応を。私も一緒に放ちます」

 

「…………ん…………」

 

 緊張感に満ちたカミュの言葉に、全員の気が引き締まる。アレフガルド大陸の魔物が上の世界の魔物よりも強力である事は既に全員が確信していた。その上で考えた場合、この振動を生み出す巨体で、尚且つ森を焼く程の炎を吐き出す魔物となれば、魔王バラモス並の存在であっても可笑しくはない。サラマンダーが吐き出す程の炎となれば、メルエのマヒャドでも相殺が限界となり、その炎を喰らって尚、吐き出した魔物を攻撃するという事は不可能であった。

 今は、この森を護る事が最優先であり、森を焼こうとする炎に対処が可能な者がサラとメルエしかいない以上、魔物の相手はカミュとリーシャとなるのは必然である。いつものように前線に二人が立ち、現れる強大な魔物に備えて万全の態勢で待ち受けた。魔王を討ち、大魔王を討とうとする者達が万全の態勢で構えたのだ。それを打ち崩す事は、どれ程に強力な魔物であっても不可能であると思われた。

 

「飛べ!」

 

「!!」

 

 だが、何かを察したカミュがリーシャの身体を横へ押すように声を掛け、二人が逆方向へ飛んだその場所に一気に炎の海が広がった事でその予想は完全に覆される事となる。

 詠唱のような奇声は聞こえなかった。魔物が口から吐き出す時の轟音も聞こえなかった。まるで無から炎が生み出されたような感覚にさえ陥る程、その炎は突如としてカミュ達の目の前に姿を現したのだ。

 吹き荒れる熱気は近場の木々へと燃え移り、カミュ達の視界を再び真っ赤に染め上げて行く。立ち上る煙が、この森で生きていた木々の命を神の許へと運ぶ道となるように漆黒の空へと吸い込まれていた。

 

「ヒャダイン」

 

「…………マヒャド…………」

 

 広がる炎を食い止めるように周囲を冷気が包み込む。世界唯一の賢者が放つ緻密な氷結呪文が木々達を護る壁となり、人類最高位の魔法使いが放つ氷結呪文が一気に炎を消し去って行った。

 それでも、焼かれた木々の命が戻る訳ではない。黒く焼け焦げた木々の表皮は痛々しく、先程まで咲いていた花々は、その姿をこの世から消していた。

 『人』として生きる以上、材木を手に入れる為に木々を伐採する事もある。好意を寄せる相手に想いを伝える為に花々を摘む事もある。食物として草花や木々に実る果実を採る事もあるだろう。それでも、この惨状を生み出した者への強い怒りと、この惨状への深い悲しみをサラとメルエは胸に宿していた。

 

「……あの石像か」

 

「カミュ、一体であれば何とかなる。だが、二体以上となれば話は別だぞ」

 

 炎が消え、再び闇が濃くなった森の中で、周囲の木々が焼けた事で出来た小さな空間に招かざる客が到着する。それは、先んじてこの場所に湧いていたマドハンドが呼び寄せていたであろう物であり、本来であればこの精霊が住む森を護るという目的を持って生み出された英雄の姿であった。

 大魔人と呼ばれ、今や忌み嫌われる存在へと落ちてしまった古の英雄を模した石像は、森の木を薙ぎ倒しながらカミュ達の前に姿を現す。先に出て来た一体の大魔人を見たカミュは表情を険しくし、その横でリーシャが現状を冷静に分析していた。

 カミュ達に恐れを抱かせた事もあるこの石像ではあるが、一体であれば打ち倒した事もある。だが、これ程の力を有した石像が二体以上となれば、必然的にカミュとリーシャに一対一以下の状況が生まれてしまい、かなり厳しい戦いとなる事は明白であった。

 

「…………あたらしい………おぼえた…………」

 

 そんな緊迫した状況で数歩後退したカミュとリーシャに聞こえるように呟かれた少女の言葉は、久しく聞いていなかった物。魔法という神秘を行使する事だけが自分の存在意義であり、当初は新たな呪文を修得したという事を保護者達に伝える事で、『自分は役に立つよ』という事実を伝える為に発せられていた言葉。それは、常に彼女の回りに居る三人を驚かせ、その新呪文の効果で言葉を失わせて来た物である。それを今、この場で発したと言う事は、その新呪文がこの状況を打破出来る可能性を持っているという事を示していた。

 メルエの魔法の師はサラである。ある地点を境に、少女の呪文契約の際は必ず立ち合う事となっており、その修得状況も共有している。故に、久しぶりに聞いた誇らしげな声を聞いたカミュとリーシャは、その少女ではなく師へと視線を向けた。

 

「駄目です。あの呪文をこのような場所で使う事は許しません。メルエは、先程の炎のように、この森で生きる動物や木々を破壊したいのですか?」

 

「…………むぅ…………」

 

 自分の成長を伝えた筈の前衛二人は視線を自分へ向ける事はなく、ある意味競争相手とも言えるサラを見た事が不満であったメルエではあるが、自分の修得した呪文の効力を考えると、姉のように慕う師の言葉が正しい事を理解し、頬を膨らませるだけとなる。

 このような緊迫した場面には相応しくないメルエの表情が、先程まで焦りさえも感じていた前衛二人の心に余裕を齎す。どちらかともなく小さな笑みを浮かべたカミュとリーシャは、既に目の前に姿を現した大魔人の後方から出て来たもう一体を見て、各々の武器を構え直した。

 

「……剣? カミュ様、あの剣はもしかしたら神代の物かもしれません」

 

 迫り来る驚異の前で、若干の余裕を持ったサラは、後方から現れた大魔人が手にした剣を発見する。怪しく輝きを放つその剣は、まるで先程の炎を思わす熱気を纏っており、有象無象の剣ではない事が窺えた。

 巨体の大魔人の身体には合わない大きさではあるが、それでも人間が持つには巨大な剣である。だが、以前に動く石像という同じように城を守る英雄を模した魔物が『魔神の斧』を所有していた時の事を考えると、所有者に合わせて形状を変化している可能性もあった。

 幅広の刀身は中程までは細くなって行き、それ以降は末広がりに広がっている。剣というよりも、断頭台の刃を思わせるようなその姿は、見る者の心の奥深くにある恐怖を呼び起こしてしまうだろう。大魔人が持つ事により、通常の人間が持つ剣の倍近くの大きさを持ったそれは、カミュ達のような強者の心さえも抉って行った。

 

「メルエ!」

 

「…………マヒャド…………」

 

 大魔人が天に捧げるように、その剣を大きく掲げる。その瞬間、圧倒的な熱量を生み出した剣は、闇に包まれた森を真っ赤に燃え上がらせた。咄嗟に放たれたサラの指示に頷くよりも先に、幼い少女がその杖を振るう。異様な剣が生み出した熱量をも上回る冷気が一気に吹き荒れ、燃え上がった炎ごと凍らせて行った。

 異様な剣が生み出した灼熱の炎は、メルエやサラが行使可能なベギラゴンに匹敵する熱量を持っている。だが、魔物が使用しているとはいえ、道具から生み出される炎が世界最高位に立つ魔法使いが放つ最上位氷結呪文に勝る訳がない。冷気と熱気がぶつかり合った事で生じた霧のような水蒸気をサラがヒャダインを唱える事で消し去ると、炎を飲み込む冷気の余波によって、剣を持たない大魔人の足元は凍り付いていた。

 

「カミュ、まずは武器を持たない石像を倒すぞ」

 

「わかった」

 

 即座に駆け出したリーシャは、足元を凍りつかせて動けない大魔人に斧を振り抜く。迫って来るリーシャに対して巨大な腕を振って悪足掻きのような攻撃を繰り出す大魔人であったが、その腕は振り抜かれた斧と激しく交差した瞬間、派手に砕け散った。

 メルエが放ったマヒャドという最上位の氷結呪文は、石像の内部さえも脆くさせてしまっていたのだ。本来であれば石の内部を脆くさせる事など出来はしない。だが、人類最高位の魔法使いが放った氷結呪文は、石像を模る岩の内部の空洞などを凍らせ、衝撃に対しての耐久度を下げてしまっていた。

 力で魔物と競り合って、人間が勝てる訳がない。大魔人の腕を粉砕したリーシャであったが、その身体は後方へ弾き飛ばされ、マヒャドによって氷が付着した大木へ衝突する。それを好機と取った大魔人が足元の氷を破壊して動こうとした時、カミュの持つ剣が稲妻のような一撃を見舞った。

 

「メルエ!」

 

「…………マヒャド…………」

 

 カミュの一撃が態勢を崩す大魔人の眉間に突き刺さる瞬間、もう一体の大魔人が持つ神代の剣が輝いたのを見たサラがメルエへと指示を飛ばす。雷の杖と呼ばれる炎を生み出す杖から吐き出された圧倒的な冷気が、大魔人の持つ剣が生み出す火炎が大地に下りる前にその効力を無効化して行った。

 吹き荒れる冷気は神代の剣を持つ大魔人の腕を凍りつかせ、その行動を制限する。眉間に剣を突き入れられた大魔人が、稲妻の剣の解放によって頭部を破壊され、その活動を停止させた頃、サラによって傷を癒したリーシャが一気に距離を詰め、魔の神が愛した斧を振り抜いた。

 過去の英雄を模し、大魔王の魔法力によって『魔人』と化した石像であっても、魔の神が愛した武具の一撃に耐える事は出来ない。リーシャの力と魔神の斧の力が合わさった時、その一撃は精霊神ルビスに愛された勇者でさえも届かない至高の物となる。母なる大地を割り、大いなる海を裂く程の一撃が、大魔人の大腿部を斬り裂いた。

 

「メルエ! 貴女のイオ系は駄目です!」

 

「…………むぅ…………」

 

 大腿部から真っ二つに斬り裂かれた大魔人が、大地へ落ちる瞬間を狙って杖を振ろうとするメルエを見たサラは大きな声でそれを制止する。開けた平原などであれば、確かにメルエの判断は正しかっただろう。倒れ込もうとする無防備な大魔人に向かって止めの一撃を放とうとするメルエの考えは正しく、それは彼女が彼女なりに戦闘の経過を正しく見ている事の証明でもあった。

 だが、その止めの一撃として選択する呪文は、ここまでの戦闘の経験から爆発呪文である事は明白であり、それを察したサラの言葉に対して少女が唸り声を上げて杖を下ろした事で、その予測が正しかった事を証明している。

 この魔法の選択に関してもメルエが正しいのだ。石で出来た石像を完膚なきまでに破壊するのは、火球呪文でも灼熱呪文でも氷結呪文でも不可能である。現にカミュは稲妻の剣に付随していた効果によって大魔人の頭部を破壊していた。

 

「自分の呪文の力と、他者の呪文の力の違いを知りなさい! メルエは誰が何を言おうと、世界で一番の魔法使いなのです! カミュ様の武器の力など、貴女の力の足元にも及びません。私の呪文でさえ、メルエに及ばないのです。メルエはカミュ様達も、この森も、この森で暮らす多くの生物達も護るのでしょう!?」

 

「…………ん…………」

 

 しかし、如何に神代の武器と言えども、今や押しも押されぬ勇者一行の魔法使いとなったメルエの呪文と肩を並べる事など出来はしない。稲妻の剣が放つイオラに似た効力であれば、サラの放つイオラの方が威力は数段上である。そうであれば、サラよりも上位にいるメルエの攻撃呪文は別格と言っても過言ではなかった。

 これ程の厳しい言葉をサラがメルエにぶつけたのは何時以来であろう。そこにどれだけの想いがあるかという事はカミュやリーシャには解らないかもしれない。魔法力を発現する才が欠片もないリーシャは勿論、呪文よりも武器での攻撃を主体とするカミュもその想いの一部も理解出来ないだろう。しかし、そんな姉のように慕う賢者の想いを、幼い少女は全て理解した。

 仲間を傷つけないように呪文を放つという努力は常にしている。だが、それが最優先になっているメルエにとって、森を護り、森の生物達を護るという部分に割く想いが希薄になっていた。メルエがイオラを放てば、大魔人は完膚なきまでに破壊されただろう。だが、それと同時に周囲の木々も花も、虫も、二度と戻らない程に破壊されてしまっていただろう。真剣に頷きを返したメルエの瞳に、異なる強い光が宿った。

 

「…………メラゾーマ…………」

 

 残る片足で何とか態勢を立て直した大魔人は、突如として目の前に現れた大火球を避ける術はない。片腕を前に出すが、その腕は瞬時に融解して行き、神代の剣を放り出してもう一方の腕を防御に向けて尚、その火球の勢いは衰えなかった。

 放り出された巨大な剣はカミュが見上げる近くの地面に突き刺さり、その姿を変化させて行く。収縮して行くように縮んだ剣は、丁度稲妻の剣の刀身よりも一回りほど大きな状態で変化を停止させた。

 大魔人の両腕を融解させ、その胴体へ突き刺さった火球は、苦悶の表情と声を上げる大魔人の仮初の生命を奪って行く。最早赤い色ではなく、何処か黄色くさえ見える火球は、大魔人の胸部を抉って行った。

 

「…………マヒャド…………」

 

 大魔人の胸部に大きな穴を開け、その後方へと火球が抜けようかという時、再び少女が杖を振るう。吹き荒れる冷気が、大魔人の融解させた事で赤色に戻った火球を包み込んで行く。お互いがお互いを相殺するように威力を発揮する中、木々へ到達する前にその火球を飲み込もうと冷気が猛威を振るった。

 

「ヒャダイン!」

 

 そして、それを支援するように、唯一の賢者となった女性が被せるように氷結呪文を唱える。威力が弱まりを見せたマヒャドの冷気を後押しするように吹き荒れ始めたヒャダインの冷気が一気に火球を包み込み、石像一体の両腕と胸部を奪った脅威を消滅させて行った。

 吹き荒れる冷気は木々に氷を付着させて行く。しかし、大魔人へ向かう火球を対象として唱えられた氷結呪文の冷気の余波は、木々の強い生命力を奪う程ではない。同様にカミュやリーシャの持つ装備品に付着した氷も、彼らの命を脅かす物ではなかった。

 前衛二人が各々の武器を背中に納めた頃、森に猛威を振るっていた二体の石像は完全に沈黙する。静けさと闇が戻った森の奥から、フクロウの鳴く声が小さく聞こえ始め、それが長い戦闘の終了を告げていた。

 

「流石はメルエです」

 

「…………ん…………」

 

 一つ息を吐き出したサラは、隣で心配そうに眉を下げながら見上げて来る少女に満面の笑みを浮かべる。帽子を取り、その頭部を撫でて賞賛するサラの手を受けたメルエは、嬉しそうに目を細めた後、誇らしげに胸を張った。

 少女は一歩一歩成長している。己の力を知り、その力によって仲間を傷つけてしまう事を恐れ、その力の使い方を考え続ける。そして、今その先にあるもっと大きな世界を守る為にその力を使い始めたのだろう。他者を滅ぼす力ではなく、他者を守る力。その本当の意味を彼女は徐々に学んで行くのかもしれない。

 

「カミュ、この剣は大丈夫か?」

 

「呪われた武器という事か? アンタならば解るのではないか?」

 

 そんな姉妹のようなやり取りを余所に、前衛二人は地面に突き刺さった一本の剣の傍へと歩み寄っていた。片刃ではなく、両刃の剣は、先程までの効力の名残を残すように、相当な熱を有している。それは、カミュ達の想像通り、この剣が神代の剣として付加効果を持っている事を意味していた。所有していた大魔人が滅んで尚、原形を留めて地面に突き刺さっている事が何よりの証拠であろう。

 ただ、魔物が所持していた武器なのである。それは呪われた武具と考えても不思議ではない。リーシャの持つ魔神の斧も同じような石像が所持していた武器であるが、それはこの剣が呪われた武器ではない事の証明にはならない。現に、魔神の斧と同様に動く石像が装備していた兜は、リーシャの勘という不確かな物ではあるが、不吉な物であった。

 

「私は……何となくだが大丈夫だとは思うが、商人ではないからな。正確な鑑定などが出来る訳でもなく、神代の武器に詳しい訳でもない」

 

「まぁ、それはそうだろうな」

 

 リーシャの持つ不思議な感覚に対し、奇妙な話ではあるがカミュはそれ相応の信頼を持っている。だが、確かに商人ではないリーシャが武具の鑑定などを正確に出来る訳はなく、呪いがあるかどうかなど熟練の商人であっても判別する事が難しい事も承知していた。

 どうした物かと剣を眺めながら腕を組む二人の許へサラとメルエが辿り着いた頃、静寂と闇に包まれていた森に奇妙な変化が起り始める。

 去って行った小動物達が戻って来たのだろう。自然界に生きる物達にとって脅威への察知能力は死活問題に発展する。故にこそ、危険を感じれば一目散に逃げるが、危険が去ったとなればその場に戻って来る事もあるのだ。あの炎を身を持って感じた動物達は、その危険を心と脳に刻み付けられ、その場に近寄る事はないかもしれないが、周囲に居た動物達は、元々の住処へと帰還を果たした。

 

「メルエの護った場所に、たくさんの動物達が戻って来たみたいだな」

 

 近くに寄って来たメルエの頭を撫でながら口にしたリーシャの言葉は、幼い少女の自信と誇りを刺激する。くすぐったそうに微笑むメルエは何処か誇らしげに見えた。

 そんな一行の周囲を一陣の風が吹き抜けたのは、満足そうに帽子を被り直したメルエが突き刺さった剣へと視線を移した時であった。

 吹き抜けた風は、木々に護られた森の中とは思えない強い物で、被り直した帽子が飛ばされそうになったメルエが必至に頭を抑えなければならない程の物であり、水のようにしなやかな水の羽衣が波立つ程の物。森の奥から吹き抜けて行く風がその勢いを弱め、舞った木の葉がカミュ達の目の前に集まり始めた。

 

「この森を護ってくれた事を感謝します」

 

「え?」

 

 まるで舞った木の葉が形を成すように、カミュ達の目の前に人型の姿が生まれる。透き通るように美しいその姿は、とても人類には見えない。どちらかと言えばエルフに近いような美しさを持つ姿から直接脳へと響く声が聞こえて来た。

 突然の出来事にサラは驚きの声を上げ、リーシャとカミュは呆然と目を見開く。唯一幼い少女だけは目を輝かせてその不可思議な現象へと視線を向けていた。

 徐々に色を成すその姿は、森を吹き抜ける風のように穏やかであり、木々のような暖かさを湛えている。花々のように香る芳しい香りは見る者を魅了し、闇の中でも伸びる草木のような逞しさも備えていた。

 

「驚かせるつもりはありませんでした。私はこのマイラの森の精。貴方達がこのマイラの森を護り、救ってくれた事に感謝を述べます」

 

「森の精霊様……」

 

 マイラの村の温泉の中で森の精霊の存在は聞いており、上の世界で湖の精霊に遭遇した事もあるサラは、その存在を信じてもいたし、拝謁出来ると考えてもいた。だが、実際に神秘の存在である精霊を目の前にすると、身体も思考も固まってしまうのが当代の賢者らしいとも言えるだろう。

 思考が固まってしまったそんな姉のような存在に対し、目を輝かせていたメルエはサラの前に出て森の精霊を眩しそうに見上げる。完全なる未知ではない。以前に遭遇した湖の精霊は幼いメルエに対して高圧的な態度に出る事などなく、あの時に底辺にまで困り掛けていた少女の悩みを完全に解決してくれた優しき者であった。故にこそ、メルエという少女は森の精霊に対して好意的な態度を示しているのだろう。

 

「この森にも魔物達の手が伸びて来ました。森で暮らしていた魔物達も大魔王の魔法力の影響を受け始めています。最早、この森で生きる者達を護り切る事も難しい」

 

「森の精霊様は、ルビス様の封印を解く事の出来る『妖精の笛』をお持ちだとお聞きしました」

 

 大魔人の所持していた剣が生み出した灼熱の火炎と、メルエの放った最上位の冷気の影響を受けた森の姿を寂しげな表情で見回した森の精霊は、一人呟くように懺悔を溢す。サラはその言葉を敢えて流し、マイラの村で聞いた事を確認するように問いかけた。

 自分を飛び越えて森の精霊と会話をしようとするサラを見上げたメルエは頬を膨らませるが、サラの言葉を聞き取った森の精霊が何処からともなく取り出した一つの笛を目にして頬を緩める。それは、メルエの首から下がっている『山びこの笛』とは形態が異なっていた。山びこの笛がオカリナのような形をしているのに対し、妖精の笛は縦長の横笛と同じ形をしている。

 

「これをお持ちなさい。ルビス様が封じられた場所でこの笛を吹けば、その呪いさえも解く事が出来るでしょう」

 

「……何故、私に?」

 

 森の妖精は取り出した横笛を、目の前で期待に胸を膨らませて目を輝かせている少女にでもなく、その後ろで精霊へ問いかけるように声を発した女性にでもなく、そんな後方組二人を護るように立つ青年へと預ける。その行動は一行の内三人が驚きの表情を浮かべる物であり、森の精霊の予想外の動きに納得の表情を浮かべているのは、僅か一人だけであった。

 『むぅ』と頬を膨らませ、恨めしそうに見上げて来るメルエの視線を受けながらも、妖精の笛を手にしたカミュは自分を選んだ事への疑問を精霊に対して投げかける。カミュとしては、音楽の才能もなく、笛など奏でた事もない自分を選んだ理由が理解出来ないのだ。ましてや、大魔王ゾーマを討伐する為に旅をしているとはいえ、精霊神ルビスに対して思い入れもなく、むしろ憎しみに近い感情さえも持っている自覚のある自分が、その封印を解く為の笛を奏でるという行動が出来るとは思えなかった。

 

「貴方の中にある魂がその笛を奏でるでしょう」

 

「カミュの魂が笛を奏でるのか?」

 

 森の精霊の言葉は、誰もが理解出来る物でありながら、誰もが本当の意味で理解出来ない物でもあった。カミュ自身が笛を奏でる事は出来ず、それでもカミュの魂が笛を奏でる。そんな現象がどうして起り得るのかが解らない。それを最も素直に表現したのは、先程まで何処か納得した表情を浮かべていたリーシャであった。

 リーシャの言葉に対し、同じように首を傾けたメルエは、先程までの嫉妬を忘れたように森の精霊を不思議そうに見上げてる。賢者であるサラであっても、森の精霊の言葉の真意には辿り着けてはいなかった。

 

「ルビス様の事は頼みましたよ。太陽の恵みがなければ、いずれ森は死に絶えます。貴方達の歩む道に大いなる加護と、輝ける光があらん事を」

 

 短い会合は終わりを告げる。カミュの質問に明確な答えを返す事もなく、見上げるメルエに優しい笑みを溢す訳でもない。賢者であるサラの信奉に応える訳でもない精霊は、最後にカミュとリーシャの後方へと視線を向けた。

 その場所には先程の戦闘で大魔人が取り落とし、地面に突き刺さったままの両刃の大剣。未だにその刀身に熱を帯びている剣は、主となる者以外が持つ事を拒むような雰囲気を醸し出している。だが、闇に覆われた天に向かって伸びた柄は、逆に主を待つように佇んでいた。

 

「その剣は、『雷神の剣』。古の英雄が持ちし剣としてこの世界に伝わる物のようです。神や精霊の祝福を受けている剣ですから、持って行くと良いでしょう」

 

 地面に突き刺さった剣を指差すように名を告げた森の精霊は、その言葉を最後に再び一陣の風となって森の奥へと消えて行く。現れるのも突然であれば、去るのも突然の出来事に、一行は言葉を失ったままその場に立ち尽くすしかなかった。

 闇と静けさが戻った森の中で、『たいまつ』の炎に照らされた剣は眩く輝き、反射された光に妖精の笛が瞬く。

 精霊神ルビスの封印を解く方法が解り、それに必要な道具は手に入った。それが行使可能な物なのかは不確定ではあるが、それでも彼らが向かう場所は決定し、彼らがやるべき事も確定する。

 目指すは『ルビスの塔』。

 精霊神ルビスがこの大陸に降り立つ場所であり、それを迎える為に人間が造りし塔。そして、その輝きが封じられし場所。

彼らは北にある小島を目指す事となる。

 

<雷神の剣>

稲妻の剣と同様に、神代から伝わる剣。

その刀身に秘められた神秘の力は、稲妻の剣よりも上位にあるだろう。稲妻の剣の効果が、『まるで稲光が落ちた時のような音を立て、周囲を更地にしてしまう』という伝承を持っているとすれば、雷神の剣は『その稲妻を操る事の出来る雷神が暴れ回る様に激しい炎で包み込み、全てを焼き尽くしてしまう』という伝承に基づく物である。

『悟りの書』に記載された最上位灼熱呪文であるベギラゴンと同等の威力を持つそれは、本来は剣という武器に付随する効果ではない。雷の神と謳われる雷神が愛し、その手から離さなかったという逸話さえあるこの剣は、人間が手にするには余りある力を宿していた。

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございます。
更新が遅くなり、大変申し訳ございません。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。