新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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エジンベア大陸②

 

 

 

 エジンベアの町にある宿屋で一泊をしたカミュ達は、改めてエジンベアという町を見る。実際に、他国の者を見下している国で営業する宿屋は閑散とした物であろうと考えていたカミュ達は、客質の高さに驚きを隠せなかった。利用者のほとんどは貿易を行っているであろう商人達であったのだ。

 魔物が横行する中で、貿易船などはほとんど出ていない筈。だが、蛇の道は蛇なのだろう。何かしらの方法を取って、危険を冒してまでも利益という甘い誘惑を手にしようとしているのだ。

 世界の中でも技術や政策が進んでいるエジンベアには大きな資金が眠っている。それは未来永劫に続く物ではないだろうが、『魔王バラモス』の台頭によって疲弊し切った今の世界では、これ以上ない程の魅力を持つ物なのだろう。

 商人達の国籍は様々。色々な国の商人達が協合し、貿易を行っていた。だが、それは非公認。何故なら、商人達が危険を冒してまで求めているのは大きな利益なのであるからだ。国の認可があれば、利益の何割かを国へ納めなければならない。この時代では国の認可があろうとも、国から支援を受けられる訳ではなかった。船を用意してくれる訳でもなく、警護団を雇ってくれる訳でもない。全ては商人達の自己責任であり、国は許認可状を与える事によって、利益だけを手に入れるのだ。

 それが通常の世の中であれば良い。船にとっての敵は、荒れる海と天候のみであり、海賊程度であれば、国の軍でも討伐は可能である。しかし、今は魔物が横行する世であり、それによって『人』の心も荒んで来ている。故に、商人達は闇貿易を行うのだ。

 

「意外と活気があるのだな」

 

「しかし、武器や防具のお店は見当たりませんね」

 

 町を一通り眺めたリーシャは、その活気に若干の驚きを示す。初見の貿易者は、『田舎者』として入国の許可は下りないが、それでも懲りずに何度も貿易の為に来訪する者は、『田舎者』としての立場は変わらないまでも、商いをする権利を与えられるのかもしれない。

 そして、このエジンベア国の異色な点はもう一つあった。それが、サラの言葉にあった、武器と防具の店がない事である。魔物が横行するこの時代に、自衛に必要な武器や防具の店がない事は異常と言っても過言ではないのだ。

 このエジンベアでは民が外へ出る事はない。そして、旅人が来訪する事も少ない。訪れる者は貿易をする商人であり、その者達も武器や防具ではなく、宝飾品や衣服と言った趣向品を売る為に来訪していた。他国で売れる武具が売れず、他国で全く必要とされない物が高値で売れるのだ。そこに、危険を冒してまでも、彼等がこの国へ貿易で訪れる理由と意味があるのだろう。

 

「活気があり、これだけの食材もあるのに、宿の食事は雑だったな……」

 

「また食事か……」

 

「…………おいしく………なかった…………」

 

 エジンベアには様々な食材が売り出されており、そこにはリーシャでも見た事のない物も存在していた。料理を得意とするリーシャは、その珍しい食材をみて、色々な想像を膨らませていたのだが、その期待は、宿屋の食堂で出て来た食事を見て、落胆へと変わる事となる。それはメルエも同様であったようで、出て来た料理を口に入れた瞬間、眉を顰め、それ以降は手を付ける速度が明らかに落ちて行った。ただ、以前にカミュから言われた事を憶えているのか、料理を残す事はなかったのだが。

 

「少し食材も買って行こう。この国での食材補充は、私達しか出来ないだろうからな」

 

「そうですね。大量には買えないでしょうけれど、そうしましょう」

 

 リーシャの言葉に頷いたサラは、メルエの手を引いて立ち並ぶ店へと歩き始めた。溜息を吐き出しながらも、カミュはその後を続き、そんなカミュの姿に微笑みを浮かべたリーシャは、店に並ぶ食材の品定めを始める。

 目を輝かせて色々な食材を指差すメルエへ、その食材の使い方を答えるリーシャ。所々で初見の物は店の人間へ問いかけるサラ。買い物は和やかな雰囲気で進む。朝市とも言える店は、屋根の付いた店構えではなく、茣蓙のような物の上に商品を並べているだけの簡易的な店。だからであろうか、売り手には、兵士や官僚のような高圧的な態度はない。

 

「なんだ、田舎の人か? なら、これなんて珍しいのじゃないか?」

 

 だが、認識はやはり『田舎者』である事に変わりはなかった。嘲笑のような物はないが、気分が良い物でもない。顔を顰めて商品へと視線を移したリーシャは、その食材を見ると、思考を始めた。おそらく、調理の方法を考えているのであろう。彼女の頭の中には、笑顔で料理を口に運ぶメルエの顔が浮かんでいるのかもしれない。

 

「アンタ方の船は港かい? 港行きの馬車がそろそろ出るから、良ければそれに乗せて貰う事も出来るぞ」

 

「……魔物はどうするつもりだ?」

 

 品定めをしているリーシャに向けて放った売り手の言葉に、カミュは引っ掛かりを覚える。馬車であれば、魔物との遭遇確率は低くなるだろうが、それは決して皆無ではない。カミュ達が対応出来る魔物であっても、一般の兵士が対応出来るかと言えば、それは不可能である。

 カミュ達は現在、『人』が誇る最高戦力であり、その人間達と比べられる事自体が無謀に近い物なのだ。

 

「この国に来る田舎の商人達が物を運ぶ馬車に、一緒に載せて貰うんだ。運賃はそこそこ掛るが、傭兵みたいな者達を雇っているみたいだからな。まぁ、魔物に襲われたら、諦めるしかないだろう」

 

 売り手が笑いながら話す言葉は、容易に受け入れる事が出来る物ではない。もし、馬車が魔物に襲われでもしたら、購入した物も、支払った運賃も、全てが無駄になってしまう。それは、賭けにも近い物。それならば、カミュ達が運んだ方が遙かに良いだろう。だが、それには、必要な物が多々ある。

 

「荷台や馬車を借りられるような場所はあるのか?」

 

「いや、田舎者に貸すような酔狂な人間はいないだろうな」

 

 ある程度の量を買うつもりのカミュ達にとって、絶望的な回答が返って来た。今回は船員を伴っていない為、運び手はいない。運び手がいない以上、カミュ達が運ぶしかないのだが、その為に必要な道具も無い。となれば、荷を諦めるか、荷を失う危険を冒してまでも馬車で運んでもらうかの二択しかないのだ。

 

「船の人間達には世話になっている。食料は出来るだけ多く持って行ってやりたいな。カミュ、多少の危険と出費には目を瞑ろう」

 

 考える素振りを見せるカミュへ発したリーシャの言葉で、一行の方向性は決まった。リーシャが品物を次々と選んで行き、カミュがゴールドを支払う。流石はエジンベアと言えるのか、値引いてくれる事はなかったが、購入した物はそのまま荷台へと積まれて行った。

 

「これは、教えてもらった人間へ届くように手配しておく」

 

 買い物を終えたカミュは、港にいるであろう頭目の名を告げ、荷を任せる事にした。運ばれて行く荷へ少し目を向けた後、カミュ達は市場を出て行く。陽が昇り、朝市も店仕舞いの様子を見せる町の中を、カミュ達四人は門へと向かって歩いて行った。

 

「カミュ様、このまま門へ向かえば、あの門兵に見つかってしまいますよ」

 

 門が近付き、視界に入る程になった頃、サラが徐に口を開く。城門の際は、夜間であった事もあり、城から出て来る者に関して、それ程強い警戒をしてはいなかった。元々、入る際にカミュ達の顔を見ていない事もあり、『交代前の人間が通したのだろう』と考えたのかもしれない。

 だが、この先の門にいるであろう門兵は違う。カミュ達を一度完全に拒絶していた。運良く門兵が交代していれば良いが、そうでなければ問題になる事は明白。エジンベアは、カミュ達が持参したポルトガ国王の書に目を通してはいない。故に、『勇者一行』ではなく、不法入国の犯罪者と看做される可能性まで出て来るのだ。

 

「カミュ、あの粉はまだ残っているのか?」

 

「残ってはいるが、量は少ない。一人分が限度だな」

 

 リーシャの言葉に、カミュは腰に下げた袋を手に取った。その中に入っているのは、<消え去り草>を乾燥させた粉末。入る時と同じように身体を透明にして門を抜けようと考えていたリーシャの目論見は、瞬時に崩れ去る。一人分しかないとなれば、抜けられたとしても一人だけという事になり、全員が抜けられない以上、エジンベアの門で立ち往生になってしまうのだ。

 

「どうしましょうか……」

 

「カミュ、私に粉を掛けてくれ」

 

 縋るような瞳を向けるサラの横から、リーシャの力強い声が響いた。あれ程、自分の身体が消えてしまう事を恐れていたリーシャからの言葉に、サラは驚きの表情を浮かべる。カミュも同様で、何かを行う為の解決策に於いて、有効策を出した事のない女性が自信に満ちた瞳を自分へ向けている事に、純粋に驚いていた。

 

「何か策があるのか?」

 

「ああ。私に任せろ!」

 

 リーシャは、カミュの問いかけにも力強く頷きを返す。何時にない自信を見せるリーシャに、カミュは『どんな策だ?』と聞く事を諦めた。

 サラやメルエの場合は、カミュは詳しく方法を問わない。それだけ相手を信じているという事になるのだが、カミュ自体がそれを認識しているかどうかは疑問ではある。

 

「……わかった……」

 

 リーシャに向かって頷いたカミュは、腰に下がっている袋から粉を取り出し、リーシャへ振りかけ始めた。例の如く、カミュの右手首から先も消えてしまってはいるが、払えば落ちると解っている以上、サラやリーシャに慌てる様子はない。

 頭から粉が掛ったリーシャの姿が、三人の前から徐々に消えて行き、袋の中の粉が無くなる事には、リーシャの色は完全に消え失せた。

 

「…………メルエも…………」

 

「……もう、粉がない……」

 

 先程の会話を聞いていなかったかのようにせがむメルエを見たカミュは、軽い溜息を吐き、<消え去り草>の粉が入っていた袋を逆さにして、軽く振ってみせる。頬を膨らませたメルエは、リーシャが居た方向へ視線を向け、『ずるい』という言葉を発するのだ。

 

「メ、メルエ、少し待っていてくれ。すぐに戻るから」

 

「…………むぅ…………」

 

 何もない場所から聞こえて来るリーシャの声に、メルエは更にむくれてしまう。それっきりリーシャの声が聞こえなくなった所を見ると、彼女はメルエの不機嫌さから逃げ出したのであろう。

 自分達の目の前からリーシャが消えた事を悟ったカミュとサラは、門に付けられている通用口へと視線を移す。予想通り、静かに開く通用口の扉を確認し、三人は素早く通用口へと移動した。

 

「えっ!?」

 

「なっ!?」

 

 しかし、カミュとサラが通用口の隙間から見た物は、言葉を失わせるのに充分な威力を誇っていた。あのカミュでさえ、驚きの余り声を上げてしまった程である。カミュとサラの身体の間に割り込むように顔を出したメルエは、訳が解らないように首を小さく傾けた。

 メルエが見た物は、前のめりに倒れている門兵の姿。それも、うつ伏せに寝るような姿ではなく、膝と顔を地面に付け、臀部だけを突き上げているような奇妙な姿。その姿を見たメルエは何が起きたのかを想像する事しか出来ない。そして、メルエは一つの結論に到達した。

 

「…………リーシャ………ぶった…………?」

 

 メルエの出した結論は、カミュとサラが目にした光景をそのまま示した物。リーシャの姿が見えない以上、正確に何が起きたのかを結論付ける事は出来ない。だが、カミュとサラが通用口から顔を出したと同時に、門兵の顔が真横に大きく振られ、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた事を見る限り、メルエの考え通り、リーシャの拳が門兵の顎を捉えたと考えるのが普通だろう。

 

「……策とは、あれの事なのか?」

 

「そ、そのようですね……」

 

 呆れたように言葉を発するカミュへ、サラも溜息混じりに言葉を洩らす。門兵を殴り倒してしまうなど、国家問題に発展しかねない物だが、門兵自体が誰に殴られたのかも解らず、他の人間も見ていない以上、彼自身が昨日追い返したと考えているカミュ達に火の粉が飛んで来る事は、まずないだろう。

 

「……今後は、アンタに何かを託す事はない……」

 

「な、なぜだ!?」

 

 身体を叩き、色彩を取り戻したリーシャに向かって告げられたカミュの言葉は、当の本人にとっては、甚だ不服な物だったようだ。

 別段、リーシャとしても、考えなしで行動したつもりはない。姿を消し、相手を一撃で沈める事が出来るのは自分だと自負していた。カミュであってもその力はあるかもしれないが、魔物ばかりを相手にして来たカミュが人体の急所を的確に突けるとは思えない。人間を相手に訓練を重ねて来たリーシャだからこそ、門兵の顎を正確に貫き、一撃で昏倒させる事が出来たのだ。

 

「と、とりあえず、早めに出てしまいましょう。人が来てからでは、大変な事になってしまいます」

 

「そ、そうだな」

 

 慌てて出て来たサラの言葉に、リーシャも状況を正確に把握し、頷きを返す。もし、この場で他の人間が来たとしたら、カミュ達は問答無用で犯罪者の烙印を押されてしまうだろう。それでは、結局同じ事になってしまう。カミュは溜息を吐きながらエジンベアへの入口から離れ、平原へと足を踏み入れた。

 

 

 

 エジンベアという特殊な国を出たカミュ達は、エジンベアの公式港を目指して歩き出す。公式の港に着港出来ずに、近場の入り江へ停泊している船であるが、カミュ達がその入り江の場所を知らない以上、頭目若しくは、船員の誰かがカミュ達の戻りを港で待っている可能性は高い。

 

「…………ん…………」

 

 陽が昇り始めたエジンベア大陸は、雲の少ない晴天。心地よい風が頬を凪ぎ、温かな太陽の光は、カミュ達四人に降り注いでいる。

 そんな気持ちの良い天候に目を細め、軽く伸びをしたメルエは、にこやかな笑みを浮かべてリーシャに手を伸ばす。門兵を殴り倒した事に対して、若干の怯えを見せていたメルエの手を、リーシャは喜びに満ちた笑みを浮かべて握り返した。

 

「良い天気ですね。風も強くありませんし、空気も澄んでいます」

 

「そうだな。ほら、メルエ。海の向こうの山々まで見えるぞ」

 

 サラの言う通り、周囲の空気が澄んでいるのか、エジンベア大陸の西に見える小さな大陸の山々が微かに見えている。正確に言えば、リーシャの目に映っている半島もエジンベア領であるのだが、その景色にメルエは目を輝かせていた。

 

「……陽が落ちる前に港に着きたい」

 

「そうですね。メルエ、行きましょう」

 

 三人が立ち止まって半島の山々に見入っている横を、呟きを洩らしたカミュがすり抜けて行く。カミュの言葉に頷いたサラは、メルエの手を握り、カミュの後ろに続いて歩き出した。

 離れてしまったメルエの手の温もりを名残惜しむリーシャであったが、ここで置いて行かれる訳にはいかない。まるで、メルエという彼等三人の心の支えを取り合うような行為を繰り返しているように感じたリーシャは苦笑を浮かべて、サラの背中を追った。

 

 

 

 歩き続けるカミュ達の鼻に潮の香りが漂い始めたのは、エジンベアの城を出て、丸一日近く歩いた頃だった。

 陽が落ちた頃に野営をした為、正確に言えば相違があるのだが、再び陽が昇った頃である事が事実である以上、丸一日という解釈は当然であろう。天候は昨日と同様の雲が少ない晴天。空気は澄んでおり、風も穏やかな物であった。

 

「メルエ、海が近いぞ」

 

「…………ん…………」

 

 既に、メルエにとって芳しい匂いに変化している潮の香りは、メルエの表情をも笑みへと変化させて行く。駆け出して行きそうな程に『そわそわ』し始めたメルエにサラは苦笑を洩らし、リーシャは柔らかな笑みを浮かべる。先頭を歩くカミュだけは、後方での会話を聞いていない為、警戒感を持ちながら周囲を見渡していた。

 天候が良いからなのか、ここまでの道中で魔物と遭遇する機会は多い。何度か戦闘を繰り返して来たために、時間が予想以上にかかってしまったのだ。

 カミュ達が苦労する程の魔物と遭遇する事はなかったが、それでも一太刀で倒す事が出来る程の物でもない。メルエの魔法の出番も多くあり、何度もサラへ確認を繰り返すメルエに、リーシャも苦笑を浮かべる出番も多かった。

 

「……ちっ……」

 

 潮風が強くなり、青く輝く海が視界に入って来た時にカミュの大きな舌打ちがリーシャ達の耳に聞こえて来る。背中の剣に手を掛けたカミュの姿が魔物の襲来を示し、リーシャ達もそれぞれの武器を手に取った。

 戦闘の開始の合図である。一気に走る緊張がリーシャ達三人を包み込む。

 

「カミュ、上だ!」

 

 周囲への警戒を強めているカミュへ向かって、上空を見上げたリーシャの声が届く。全員がリーシャの視線を追うように空へ目を向けると、晴れ渡った空に見えて来る巨大な鳥が視界に入って来た。海の方角から飛んで来るその鳥は、明らかに目標をカミュ達へと定めており、以前に遭遇した事のある魔物に酷似している姿をしている。

 

<ヘルコンドル>

トルドが残り、町を作り始めたあの場所で遭遇した<ガルーダ>の上位種とされている魔物。死肉を貪る際に魔物へと変化したコンドルの亜種とも伝えられている。海岸の険しい崖や洞窟に棲みつく魔物であり、海辺で漁をする人間や、陸地へ近付く船を襲う。攻撃方法などは、他の鳥類と変わりはないが、その鋭い嘴と足爪は、人の肉を容易く貫き、命を奪う程の威力を誇っていた。

 

「降下して来たところを狙う」

 

「わかった」

 

 上空を見上げて剣を構えたカミュの言葉に、リーシャは大きく頷いた。空を飛ぶ魔物と対峙する際、カミュ達の攻撃方法は限られている。最も効果的なのは、メルエの放つ魔法であるのだが、今はそれを頼みにする事をカミュもリーシャも躊躇っていた。故に、杖を掲げるメルエを下がらせ、上空から近付いて来る<ヘルコンドル>を身動きせずに待つ事となる。

 

「クェェ―――」

 

 徐々に近づいて来る<ヘルコンドル>は三体。一番最初にカミュ達の許へ到達した一体は、カミュの予想通りに急降下を開始する。狙いは先頭にいるカミュ。一気に距離を詰めて来た<ヘルコンドル>を見据え、カミュは<草薙剣>を振り抜いた。

 それは本当に一瞬。鋭い嘴がかすめて行ったカミュの腕から血が噴き出す。それと同時に、<ヘルコンドル>の身体が真っ二つに斬り裂かれた。

 

「クェェ―――」

 

 襲いかかった一体が一瞬の内に斬り殺されたのを見た残りの二体は、上空に滞空し、カミュ達の様子を窺うように旋回を繰り返している。

 降下して来なければ、手を出す事の出来ないカミュ達は睨み合う事しか出来ない。暫しの間、旋回していた<ヘルコンドル>であったが、カミュ達が手を出して来ない事を理解し、ある程度に高度を下げて来た。

 

「メルエ!」

 

「…………ん………ヒャダルコ…………」

 

 しかし、それこそがこのパーティーの頭脳が待っていた瞬間。魔物との距離が遠い程、魔法の効力も薄れて行く。高度を下げた二体の<ヘルコンドル>との距離は、サラの魔法では微妙な距離であっても、メルエの魔法であれば充分に威力を発揮できる程度の物であったのだ。

 吹き荒れる冷気。

 凍りついて行く大気。

 それは、少し前へと出ていた<ヘルコンドル>の一体を簡単に飲み込んで行く。一瞬の内に凍りついた一体の翼はその性能を発揮する事が出来ず、時間を置かずに全身が凍りついて行き、そのまま落下を始めた。加速と共に地面へと叩き付けられた氷像は、粉々に砕け散り、周囲へ飛散する。

 

「まだだ!」

 

 二体は殲滅した。しかし、残る一体は、辛うじて難を逃れている。翼の一部が凍りついている為、高度を維持する事は出来ず、手が届く場所を飛んではいるが、しっかりと生きてはいたのだ。

 ここで、サラが推し進めて来た、メルエの魔法力制御の弊害が出たのだ。メルエはサラの話の全てを理解している訳ではない。『調節』という言葉を正確に理解し、実践している訳でもないのだ。

 未熟で不完全なメルエは、毎回同じ様に魔法を制御する事は出来ない。今回は完全な威力不足であった。

 

「任せろ!」

 

 斧を構え、駆け出したリーシャは、真っ直ぐ<ヘルコンドル>へと向かって行く。その行動は当然の行為であり、誰一人としてそれを止める者はなく、駆け抜けて行くリーシャの背中を見つめていた。しかし、カミュはそれを後悔する事となる。

 

「クケケェ――――」

 

 <ヘルコンドル>に肉薄し、手にした斧を振り被ったリーシャの耳に、特殊な鳴き声が響いた。それは、カミュ達が何度も見て来た魔物の特別な行動。魔法の行使に他ならない。

 その事は、四人全員が気付くのだが、それは余りにも遅すぎた。既に、何かしらの魔法の詠唱を完成させ、それの発動を待つばかりとなった状態では、対抗する時間も術もない。振り下ろそうと掲げられたリーシャの腕は、振り下ろす事も無く、魔法の餌食となって行った。

 

「うおっ!」

 

 斧を振り被っていたリーシャは、<ヘルコンドル>の鳴き声と同時に凄まじいまでの突風を全身に受けた感覚に陥った。

 前方から押し込まれるような抵抗。それは、強い拒絶。まるでそこから先へ進む事は許されない領域へ入ってしまったかのような抵抗感を受けたリーシャの身体は、宙へと浮き上がる。浮き上がったリーシャの身体は、更に強い力を受けて後方へと押し出されて行った。

 

「…………リーシャ…………」

 

「あ! メ、メルエ!」

 

 自らで抵抗出来ない程の強い力で後方へと飛ばされるリーシャの腕に、メルエが間一髪でしがみ付く。しかし、幼いメルエの力では、リーシャを引き戻す事など出来る訳はなく、メルエの小さな身体もまた、宙へと投げ出された。

 メルエの傍で見ていたサラは、宙へと投げ出されたメルエの足を両手で抱えるように掴むが、サラの身体も同様に空中へと浮かび上がる。

 

「きゃあ!」

 

 そして、サラの合流を待っていたかのように、リーシャの身体は強大な力を受けて、一気に後方へと飛んで行く事となる。最後に、サラの叫び声を残し、三人の身体は南西の方角へと消えて行った。

 それは、まるで<ルーラ>を唱えた時のような光景。魔法力の念の残しながら消えて行った三人を、信じられないといった表情で見ていたカミュであったが、勝ち誇ったような泣き声を上げた<ヘルコンドル>に意識を戻し、剣を構え直す。

 

「やぁぁ!」

 

 素早く距離を詰めたカミュの剣が<ヘルコンドル>の身体を真っ二つに斬り裂いた。断末魔の叫びを残して地面に落ちた<ヘルコンドル>を一瞥したカミュは、視線を南西の空へと向ける。

 それは、彼が『仲間』だと認め始めた者達が消え去った空。眩しく輝く太陽の光が指し示しているように青く澄んだ空。

 

「……」

 

 何も言葉は出て来ない。

 彼の心の内は解らない。

 南西の空を無言で見つめていたカミュであったが、マントを翻し、港へと足を進め出す。暖かな太陽の光が降り注ぐ中、一陣の風がカミュのマントを靡かせた。

 いつもならば、マントが風に靡き、邪魔になる事などありはしない。そのマントは、常に彼が連れて行くと決めた幼い少女が握っていた。しっかりと握られたマントは、彼女が微笑むと揺らぎ、怯えれば突っ張る。そんな些細な動きが今はない。

 

 そして、彼の一人旅は始まった。

 旅立った時から望んでいた旅。

 誰にも咎められる事のない旅。

 誰とも衝突をしない旅。

 

 しかしそれは、誰も頼る事の出来ない旅。

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。

ちょっと短めになってしましました。
私的には、少し物足りないですが、これ以上詰め込むのも物語が変になるので。
とりあえず、これにて第九章は終了となります。
次話は、いつも通り、勇者一行装備品一覧を記します(あまり変化はありませんが)

ご意見、ご感想を心よりお待ちしております。

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