新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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レーベの村②

 

 

 

 まだ、夜が明け切れてない時分に、一人の男が宿屋の階下に下りて来た。

 

「お早いご出発ですね。皆様、まだお休みになられていますが?」

 

 誰もいないと思っていたカウンターから突然声がかかり、驚いてそちらを見ると、宿屋の主人が帳簿に目を落としながら筆を走らせていた。

 

「ああ、既に料金は払っているのだから、構わない筈だが」

 

 見つかるとは思っていなかったのであろう。二階から降りてきたカミュは、鬱陶しそうに宿屋の主人の方に視線を動かし、そのまま出口に向かおうとしていた。

 

「ええ、それは構いませんが、おそらく簡単には出られないと思いますよ」

 

 そんなカミュに視線も向けず、宿屋は奇妙な事を言い出す。

 宿屋の主人には昨日のような気さくさはなかった。

 いや、始めからカミュに対しては気さくな口調ではなかったかもしれない。

 

「どういう事だ……?」

 

「いえ、あのお方に、貴方が勝てるとは思えませんので……」

 

 その言葉と共にやっと顔を上げた主人の表情を見てカミュは咄嗟に身構えた。

 主人の顔には、ある感情が張り付いたままだったのだ。

 

 それは『恐怖』

 『何故、こんな片田舎の宿屋の主人がこれ程までの恐怖を味わっているのか?』

 『あのお方とは誰の事なのか?』

 カミュは背中の剣に手をかけながら、宿屋の出口に向かう。

 

 まだ夜も明けきらぬ時刻。宿屋は暗闇に支配され、カウンターにある一本の蝋燭では、帳簿を見る事は出来ても、宿屋全体を照らす事は叶わない。

 カミュが慎重に足を進めていると、やがて一つの人影が見えた。

 

「ほう……やはり一人で行くつもりか?……主人に言っておいて正解だったよ」

 

 徐々に明らかになる人影とまだ聞きなれたとは言えない声。

 腰に挿した剣に金髪の髪。

 気の強さを表す吊り上がった瞳は、今まさに、目前に立つカミュを射抜いていた。

 

「……誰かと思えば、アンタか……」

 

 目の前に立つ人物が、カミュの胃の中で未だに消化されていない物を作った女性である事を認識し、緊張を解きながら、剣から手を離した。

 

「こんな早くにどこに行くつもりだ?……お前は昨夜、宿を出るのは、店が開いてからと言っていたのではないのか?」

 

 緊張を解いたカミュは、もう一度身を強張らせた。

 宿屋の入り口に立つリーシャの身体から立ち上る怒気が、想像を絶する程の物だったのだ。

 表情は、周辺の暗闇に隠れて見えないが、宿屋の入り口を中心に空気が変わっている事から、リーシャの怒りが相当な物であるという事は理解出来る。

 

「お前は、私と剣の鍛錬も続けると言ったな。それも嘘か?……アリアハンから認められた勇者は、嘘しか言わないのか?」

 

 一言一句に呪いが籠められているのかと思ってしまうほど、リーシャの発する言葉の振動が重い。

 ふとカウンターに意識を戻すと、先程までいた宿屋の主人は跡形もなく消えている。

 カミュにも先程の宿屋の主人の怯え様が、ようやく理解できた。

 

「……以前、森の中でも話した筈だ……俺とアンタ方の考え方は、決定的に違っている。このまま旅を続けたとしても平行線なだけだ。俺の考えが変わる事はないし、幼い頃からルビス信仰を擦り込まれて来たアンタ方の考えが、変わる訳もない」

 

 『擦り込む』という単語にリーシャの反応があったが、今はカミュの言い分を聞く事にしたようだった。

 いつも即座に怒声を飛ばすリーシャが、何の返答もしない事を若干不思議に思ったカミュだが、先を続ける事にした。

 

「もし、アンタ方がどうしても『魔王討伐』に出たいというなら、俺とは別に行ってくれ。その方がお互いの為だ」

 

 カミュはそれだけ言って、リーシャの立つ横を通り抜けようとする。

 だが、それはリーシャの剣に阻まれた。

 まるで、カミュの進行を邪魔するように突き出された剣は、明け始めた空から降り注ぐ太陽の光を微かに反射させる。

 

「……お前の考えは聞いた……だが、聞いた事と理解できる事とは違う。お前は『魔王』を討伐する為に出ているだけで、実際に『魔王』を討伐する気は、本当はないのだな?……もし、お前が本気で、単身で『魔王』を討伐出来ると考えているのだとすれば、お前の脳こそ筋肉で出来ているのではないか?」

 

 横を通ろうとするカミュに抜き身の剣を向けながら、リーシャはカミュをまっすぐ見据えている。

 カミュは先程からリーシャが放つ言葉の中に、自分を挑発している部分がある事には気が付いていた。

 だが、『魔王討伐に出ているだけで、実際に倒す気がない』という言葉が、カミュの胸に突き刺さり動けない。 

 

「『魔王討伐』という旅に出たのだ。『魔王』を討伐する目的の旅であることは、当然の筈だ。討伐の可否は、その場で『魔王』の前へ辿り着かない限り、解りはしないが……」

 

 自分の心の中を、たった二日間行動を共にした人物に見透かされたのではという動揺を表情には出さずに話すカミュであったが、リーシャと視線を合わす事は出来なかった。

 

「あのオルテガ様でさえ、一人旅の末に倒れられたのだぞ! 何故、そのオルテガ様にも遠く及ばないお前が、単身で『魔王』を討伐する事ができるのだ!」

 

「……オルテガと俺は、関係ない筈だ。それに、俺はアンタ方が『魔王討伐』に向かう事を否定はしていない。アンタ程の腕があれば、あの僧侶の他に何人か仲間を募って旅に出る事は可能な筈だ?」

 

「そういう事ではない!」

 

 カミュは困り始めていた。

 最初ほど殺気を放つ事はなくなってはいるが、その怒りは幾分も和らぐ事はなく、未だに自分の行く手を遮っているリーシャが、何故これ程の怒りを感じているのかが、カミュには本当に解らないのであった。

 

「何が不服だ?……俺は俺で旅に出る。そこで、俺の力が足りずに死ぬ事があったとしても、直接アンタに関係する事ではない筈だ……」

 

「……そうか……お前は、自分の重要性を何も解っていないのだな。お前は、望もうと望まなかろうとアリアハン国が認め、全世界に通知された『勇者』であり、ここ十数年、誰一人旅立つ事がなかった『魔王討伐』に向かう全世界の人間の希望なんだ。それが、旅の準備も碌にせずに一人で旅立った末、『魔王討伐』も出来ずに死んだとなれば、皆の期待と希望はどうなる!?」

 

 カミュの問いに答えたリーシャの言葉は、カミュの顔から表情を失わせて行く。

 能面のように冷たい仮面を被ったようなカミュの表情は、リーシャの怒気によって熱せられていた周囲の空気を冷やして行った。

 

「それこそ、俺には全く関係のない事だ。俺に期待や希望を背負わせるのは勝手だが、それを背負うかどうかは俺が決めることだ」

 

「!! ふざけるな! お前は、あのオルテガ様の息子なのだろう! オルテガ様は、全世界の人間の期待や希望をしっかりと受け止めていたぞ!」

 

 リーシャは、まさしく激昂している。

 幼き頃、英雄オルテガに憧れ、その強く暖かな瞳に淡い想いを抱いていた。

 そんな相手を、よりにもよって、その息子に侮辱されたという思いが、リーシャの頭に血を上らせていたのだ。

 しかし、感情を露わにするリーシャとは反比例に、目の前のカミュの表情が消えて行った。

 

「……顔を見た事もない人間を、親と思った事は一度もない。前にも言ったが、オルテガという男への憧れや希望を俺に向けようとするな。迷惑以外何物でもない」

 

「なっ!」

 

 確かに、カミュが生まれてすぐにオルテガは旅立ったのだから、カミュがオルテガの顔を憶えていないのは当然だろう。

 しかし、全世界の英雄と謳われた父を誇りに思う事はあっても、ここまで拒絶するカミュを、リーシャは理解できなかった。

 

「……くっ! わかった。では、こうしよう……私と毎朝勝負しろ! 私に勝つ事ができるようになれば、この旅に私は必要ないと認めよう……ただし、それまでは旅の仲間として行動してもらう。お互いの衝突などはあるだろうが、それはこの際目を瞑ろう」

 

「随分と勝手な条件だな……俺がそれを飲むメリットは、何一つ見当たらないのだが?」

 

「勝手なのはお互い様だ!」

 

 リーシャは、自分が身勝手な言い分をしている事を十二分に理解している。

 ただ、そうせざるを得なかった原因は、目の前の男にあると思っているので、押し通す事にした。

 

「……わかった……ここを押し通るにしても、アンタを倒さなければならないのなら、結局同じ事だろう」

 

 カミュは、出口とは反対側のカウンターまで歩き、持っていた荷物を肩から下ろした後、もう一度リーシャの前まで戻って来る。

 

「主人! この辺りに、少し広めの場所などはあるか?」

 

「は、はい! この店の裏に少し広い場所があります。そこであれば、余り人も来ないので大丈夫だと思います」

 

 戻って来たカミュを満足気に見つめ、リーシャはカウンターに向け声を張る。

 カミュが消えたと思っていた宿屋の主人は、カウンターの下に潜っていただけのようで、リーシャの声に素早く反応し、まるで、軍の上官に返答するように背筋を伸ばして質問に答えた。

 

「そうか、ありがとう。では、カミュ、準備は良いな?」

 

「……準備が良いも悪いもないだろう……」

 

 諦めたような溜息をつくカミュを無視し、リーシャは意気揚々と宿屋の外に出ていった。

 その後姿に、もう一度深い溜息を吐き出したカミュは、宿屋のカウンターへと振り返る。その瞳には、階段を下りて来た時のような鋭い光は宿っていなかった。

 

「ああ……悪いが、適当な時間になったら、あの僧侶を起こしてやってくれ。それと、朝飯を頼む。簡単な物で良いから、作ってくれないか?」

 

 もはや、一人で旅に出る事を諦めたかのような言葉を自分に向かって掛けて来るカミュに、主人は驚きながらも、苦笑を浮かべて頷いた。

 

「畏まりました。朝食の方は、昨晩の食事には遠く及びませんが、ご用意させて頂きます」

 

 宿屋の主人の返答を聞くと、それに対し何の反応も示さずカミュは宿を後にした。

 周囲に静けさが再び戻る。

 太陽の光が差し込み始めた窓を眺めながら、主人はようやく、安堵の溜息を洩らした。

 

 

 

 

「……う~ん……」

 

 木の扉をノックする音に、サラは夢の世界から引き戻された。

 昨日は食事の後、リーシャが湯浴みに行く隙に、強引にベッドに入ったが、戻って来たリーシャに再び起こされ、遅くまで愚痴に付き合わされていたのだ。

 出発は店が開く時間ぐらいという話だったため良かったが、これが朝早くの出発であったのなら、完全に寝不足になり、いつも以上に役に立たないどころか、足手まといになってしまうところであった。

 

「お客様、起きていらっしゃいますか? そろそろ朝食が出来上がります」

 

 半身をベッドから起こしてはいるが、未だ覚醒しきれていない頭でドア越しにかかってくる声を聞いていたサラは、その内容を次第に理解し、慌てて返事を返した。

 

「あ、はい。わかりました。すぐ着替えて下に降ります」

 

「そうですか。別段慌てる必要もございませんので、どうぞゆっくりご支度をなさってください」

 

 その言葉の後、階段を軋ませる音が続いた。

 サラは昨日聞いたことのない声を不思議に思ったが、自分をお客様と呼ぶのであれば、この宿の人間なのだろうと、大して気にもせずに準備に取り掛かる。

 

 サラは、そこで初めて隣のベッドが空になっている事に気が付いた。

 それと同時に昨日の朝に感じた恐怖が再び蘇って来る。

 いや、正確には昨日よりも悪い予感が強い。何故なら、隣のベッドの傍には荷物がないのだ。

 サラは身支度をする事も忘れ、寝巻きのままで廊下に飛び出し、隣の部屋をノックした。

 サラの鬼気迫るノックに対して無反応を決め込む部屋に、悪い予感が確信へと変わって行こうとするが、頭を振り、それを払い除けると、ドアノブに手をかけてみる。サラの考えを裏付けるように、ドアには鍵がかかっておらず、すんなりとノブが回った。

 ノブが回り切り、ゆっくりと開いていくドアの向こうにはサラの最悪の予想通りの光景が広がる。

 

 誰もいない。

 本当に、この場所に人がいたのかをも疑いたくなるような冷たい空間。

 荷物など何処にもある訳がなく、この場所に居た人間が、かなり前に部屋を後にした事を表している。

 サラは、暫く呆然とその光景を眺めていたが、弾かれたように階段を下りて行った。

 階段を降りた場所にあるカウンターには、昨夜共に食事をした、この宿の主人が帳簿を見ながら、お茶を飲んでいる。

 

「ど、どうしたんだ、そんなに慌てて!? 服も寝巻きのままじゃないか!」

 

 突然鳴り響いた階段を駆け下りてくる音に、驚いたように顔を上げた主人は、寝ぐせで跳ね回っている髪の毛を気にする事もなく、更には着崩れた寝巻きが肌蹴ていることにも気が付いていない様子で、息切らし降りてきた人物を見て、驚きを通り越して呆れてしまった。

 

「あ、あの! 私と一緒にいた二人は……二人は、もう出発してしまったのですか!?」

 

「え!? あ、ああ、あの二人な……」

 

 サラの発言に、最初は戸惑った様子を見せた主人が少し口籠り、話し辛そうにする様子を見て、サラの顔色は真っ青に変化して行った。

 

「や、やはり……私は置いて行かれたのですね……」

 

 そう言ったきり、力なく俯いてしまったサラに、主人は更に困惑した。

 主人が何と声をかければ良いのか悩みながらサラを見ていると、俯いていたサラの顔から、木で出来た床下に水滴が落ちている事に気が付く。

 その水滴は、陽が昇ってから主人が拭き掃除をしておいた床に徐々に染み込んで行くが、その上に新たな水滴が落ち、乾く間を与えなかった。

 

「い、いや、嬢ちゃん、ち、違うんだよ」

 

 サラの状況は、既に主人の手に負える状態ではなかった。

 主人には子供がいない。

 今の妻と結婚してから早二十年近くになり、その夫婦仲はこの<レーベ>でも有名な程ではあるが、子宝には恵まれる事はなかった。

 実は最近になって、ようやく養子という形で子供を引き取ったのだが、その子もある事情から塞ぎ込み、なかなか部屋から出てこようとはしない。故に、主人は小さな子供達と遊ぶ事はあっても、成長していく過程の少年や少女達の心の中身を推し量る術を知らない。

 そんな主人の心の負い目が更に困惑を招いていた。

 

「……うぅ……うぅ……ぐすっ……」

 

 本格的に嗚咽を漏らし始めたサラに、主人は匙を投げたくなった。

 もはや、自分が何を言っても聞かないだろう。小さな子供が泣くように、何かを堪えながら咽び泣くサラの姿を見て、主人も違う意味で泣きたくなって来てしまう。

 

「あらあら、どうしたの?」

 

 そこに、正しく女神の如く、朝食の支度を終えた最愛の妻が奥から出てきた事に、主人は歓喜した。

 藁にも縋る思いで、主人は妻に事情を説明し始める。

 

「……ちょうど良かった……このお嬢ちゃんが突然降りて来て、泣き出したもんだからよ……困っちまって……」

 

「ふふ、そうなの? どうしたのかしら?もうそろそろ、お連れ様もお戻りになるでしょうから、ご一緒に朝食を食べた方が宜しいかと思ってお呼びしましたけれど、何か不都合がおありでしたか?」

 

 本当に困り果てた表情で頭を掻く夫の姿を見た妻が、柔らかく微笑みながら、未だに俯いたまま床に水滴を落とし続けるサラに近寄り、肩を抱くようにして落ち着かせる姿は、とても子供を産んだ事のない女性とは思えない程に、慈愛と母性に満ちた姿であった。

 

「え、えぇぇぇ!? 戻って来られるのですか!? 私は置いて行……」

 

「ふはははっ! まだまだだな、カミュ。魔法が使えると言っても、それを生かすための剣がそれでは、まだオルテガ様どころか、私にすら及ばない」

 

「くそっ!」

 

 自分の肩を抱く女性の言葉に違和感を覚え、突如顔を上げて叫び出したサラの言葉を遮るように、入口のドアから入って来た二人の声が宿屋に響き渡る。

 

「あら、お帰りなさい。既に朝食は出来ていますので、少し汗をお拭きになってから食堂に来て下さいな」

 

 そんな二人に、何ともゆったりとした言葉を投げかけ、サラから離れた女性は、奥の方に入って行く。

 

「ん?……サラ、起きていたのか?……それにしても酷いな……髪は起きたままボサボサだし、寝巻きのままじゃないか? そんなはしたない恰好で、年頃の娘が男達の前に出て来ては駄目だろう」

 

 返事をする前に奥へと消えた女性が若干気になってはいたが、それよりも目元を濡らしながら、呆然とこちらを見ているサラの格好に眉を顰め、リーシャは説教を始める。

 

「……まぁ、見られて減る物は、何もないだろう……」

 

 そんなリーシャの後ろから、憮然とした表情で現れたカミュが、サラの格好を一瞥し鼻で笑うように声を洩らす。

 

「……えっ!? えっ!? えぇぇぇぇ!! あっ、あっ」

 

 そんな二人の反応に、今の自分の状況を理解したサラが素っ頓狂な声を上げ、先程よりも大きな音を立てて階段を上って行った。

 階下まで響く程の音を立てて閉まるドアを確認すると、リーシャは宿屋の主人の方へ、確認の為に視線を送った。

 

「いや、アンタ方に置いて行かれたと勘違いしたみたいでして……」

 

 主人の言葉を聞き、リーシャは目を丸くし、カミュは溜息を吐き出す。

 カミュの溜息を聞いたリーシャが、鋭い視線をカミュへと向けた。

 

「……そうか、あの子も、薄々感付いてはいたのだな……カミュ! 先程も言ったが、約束は約束だぞ。私に勝てるまでは、勝手に出て行く事は禁じるからな」

 

 少し寂しく笑った後、鋭い視線を投げかけ釘を刺すリーシャに、カミュは『わかってる』と一言返し、身体を拭きに流し場に向かって行った。

 

「それはそうと、主人。先程の女性は、もしかして奥方か?」

 

「ええ、紹介しそびれましたね。お~い!」

 

「はい? 呼びましたか?」

 

 主人の声に奥から女性が顔を出す。

 台所にいたのだろう。

 手元をエプロンで拭きながら出て来る女性は、にこやかな笑顔をリーシャに向けながら、夫である主人へと近付いて行った。

 

「昨晩のスープが効いたのか、明け方には熱も下がって、起きられるようになりましてね。止めたんですが、お礼も兼ねて朝食を作りたいって言うんで、任せようと思いまして。本当にありがとうございました」

 

 女性を自分の横に立たせて、リーシャに頭を下げる主人。

 その夫の言葉で全てを察した女性もまた、リーシャへと深く頭を下げた。

 

「本当にありがとうございました。昨日のスープは美味しかったわ。できれば、今度お料理を教えてもらいたいぐらい」

 

 頭を下げる女性を見ると、若くはないが、年をとても良く重ねて来た事を窺える程に、綺麗な笑みを浮かべていた。

 何やら、こちらまで『ほっ』とするような家庭的な笑みを見て、リーシャの表情も無意識に和らいで行く。

 

「いや、そんなに礼を言われる程の事はしていないさ。元気になって良かった。料理に関しても、宿の食事を一人で切り盛りをして来られた人に教える程の物は持っていない」

 

 おそらく自分よりも二十年近く年上の二人に頭を下げられ、リーシャは気恥かしさで一杯になり、逃げるように流し場に消えて行く。

 

「ふふふっ、最近では珍しい、とても気持ちの良いお客さん達ね」

 

「そうだな」

 

 逃げて行くリーシャの背中を見つめながら、宿屋夫婦はお互いに微笑み合うのであった。

 その後、流し場で上半身裸のカミュを目の当たりにしたリーシャが、顔を赤くして戻って来たのは、夫婦揃っての笑い話になるのはまた別の話。

 

 

 

 

 朝食とは思えない程の量と質を備えた朝食を食べ終え、カミュ一行は宿を後にする。

 

「また、レーベに寄る事があったら、是非うちに来て下さいね」

 

 宿の出口まで夫婦揃って出て来てカミュ達に声をかける夫婦に、リーシャとサラは温かい気持ちに包まれながら、手を振っていた。

 

 太陽も昇りきり、レーベの村はすでに活動を始めていた。

 まず、宿屋を出てすぐにある武器屋へと向かって行く。

 リーシャとサラは、カミュの後に続いて武器屋の門を潜った。

 

「いらっしゃい。ここは武器と防具の店だ。どんな用だい?」

 

 無骨な主人の無骨な言葉にサラは驚いたが、カミュはそんな店主の問いかけも一切無視して陳列している武器や防具に目を向ける。

 店内には所狭しと商品が並べてあり、品揃えはアリアハンと大差ないが、一つだけサラの目を引く物があった。

 

「……甲羅?」

 

 それは、亀がその身を護る為に、生来身につけている甲羅であった。

 何故、亀の甲羅が武器と防具の店にあるのか、それがサラには理解出来なかったのだ。

 

「おう、それは『亀の甲羅』だ。結構な守備力はあると思うぜ」

 

 サラのこぼした疑問に対して、即座に武器屋の主人は答えるが、その答えも見たままのものであった。

 故に、サラの疑問は晴れない。

 武器屋の主人が発した『守備力は高い』という言葉が、尚更サラの思考を混乱させて行った。

 

「なんだ、サラ、それが欲しいのか? 今日からは、必要であれば、装備品なども買う事はできるぞ。勿論、代金はカミュが払ってくれる」

 

「えっ!? そうなのですか!?」

 

 主人の言葉に首を傾げているサラの横からリーシャが声をかけて来るが、その内容にサラは驚き、話題に上がった本人の方に視線を向けた。

 

「……ああ、旅に必要な物であれば揃える……途中で死なれても、面倒が増えるだけだしな。その『亀の甲羅』は、アンタに良く似合うのではないか?」

 

 視線を向けられたカミュは表情を変えず肯定するが、その後に決して年頃の娘には言わない褒め言葉をつなげた。

 『亀の甲羅』が似合う事を喜ぶ女性などいる訳がない。

 それはサラも同様であり、決して着飾ったドレスを着たいとは思わないが、それでも人並みの女性と同じように美しくありたいと思っている。

 

「な、なぜですか!? 『亀の甲羅』が似合うというのは、私が鈍臭いという事ですか!?」

 

「……解っているのだな……」

 

「なっ!!」

 

 自分が否定を求める為にぶつけた疑問を、あっさりと肯定で返した相手に、サラは言葉を詰まらせる。

 何かを言い返したいが、頭の中が真っ白になってしまい、思うように口が動かない。

 

「冗談はそれぐらいにして、何か買う為に来たのだろう?」

 

 二人のやり取りを眺めていたリーシャは、絶句したまま顔を赤くしているサラを宥めながら、カミュへと視線を移す。

 

「……オヤジ……その<革の鎧>を、この僧侶の法衣の下に着る事ができるように調整してもらえるか?」

 

「おう、そのぐらいなら少し時間を貰えればできるが……調整代金も含めて150Gになるがいいか?」

 

 壁に掛けられている<革の鎧>を指差しながら武器屋の主人に依頼をし、主人の要求通りの額のゴールドを取り出す為に、カミュは袋に手を入れた。

 

「まいど。じゃあ、寸法を取るから、そっちのお嬢ちゃんはこっちに来てくれるか?」

 

 サラは、自分を絡ませずに進んで行く話に付いて行く事が出来ず、言われるままにカウンターの中に入り、主人に寸法を取られることになった。

 リーシャは店の中の品揃えの少なさに飽きたのか、何をする訳でもなく、サラの寸法取りを見ている。

 

「オヤジ、この大陸から出る方法等を知っている人間はこの村にいるか?」

 

 寸法を取っている最中に話しかけられ、若干眉を顰めながらも、主人はその問いかけに暫く考える素振りを見せ、口を再度開いた。

 

「う~ん……アンタ達、この大陸から出たいのか?……それならば、そこの泉の近くにある家の爺さんなら話を聞いてくれるかもしれないな。まあ、変わり者の爺様だから、手こずるかもしれないがね」

 

 武器屋の主人の言葉通り、武器屋の向かいには、少し大きめな泉があり、その泉の畔に一軒の家が建っている。

 サラは寸法を取られながらも、その家の美しい情景に息を漏らした。

 

「……そうか、ありがとう……150ゴールドだったな。ここに置くぞ」

 

 主人の回答に、カミュは一瞬首を向けただけで、袋からゴールドを取り出しカウンターの上へと置いた。

 

「カミュ。私が言うのも何なのだが、サラに自衛の為の武器を何か持たせたらどうだ?……<銅の剣>くらいなら、サラでも扱えるのではないか?……流石にあのナイフ一本では、この先厳しいだろう」

 

 買い物はこれで終いだとでも言うように、切上げ始めたカミュを引き止め、共に旅する仲間の武器に関しても気を配れとばかりにリーシャが声をかける。

 だが、そんなリーシャを一瞥した後、カミュは呆れたような溜息を盛大に吐き出した。

 

「……そいつが持っているナイフは、この店で売っているような唯の<ブロンズナイフ>ではないだろう。おそらく、聖水で清められたナイフだ。放っている雰囲気が違うのに気が付かないのか?」

 

「……聖なるナイフか?」

 

<聖なるナイフ>

それは元々切れ味の鋭いナイフを、長時間聖水によって清め、その刀身全体に加護を施したナイフであり、その切れ味、耐久性などは通常のブロンズナイフの比ではない。

 

「はい! このナイフは、私がアリアハンを出る前に神父様から頂いた物です」

 

 サラは、腰についている革でできた鞘を愛おしそうに撫でながら、カミュの推測を肯定する答えを発する。

 そんな、サラの様子をリーシャは優しい目で見ていた。

 

「アリアハン屈指の戦士ならば、もっと周りの状況を冷静に分析するのだな。自分の仲間の戦力を見誤れば、待っているのは『死』だけだ」

 

「なんだと!! その私にも勝てない奴が偉そうに言うな!!」

 

 溜息交じりに挑発するカミュの言葉に、先程まで本当に優しく細められていたリーシャの瞳は、鋭く吊り上がるように細められる。

 そんな二人に苦笑しながらも、サラはカミュの言葉に驚いていた。

 カミュが初めて『仲間』という言葉を使ったのである。昨日の夕食後でさえ、リーシャに対して、『村に残って、食堂でもやるように』と言っていた筈なのに。

 自分が眠っている間に何があったのかをサラは疑問に思ったが、仲間として認められたことが嬉しく、深く考えない事にした。

 

「……よし! お嬢ちゃん、もう良いぜ。寸法を変える作業に少し時間がかかるが、ここで待つかい?」

 

 ようやく寸法取りから解放され、安堵の溜息を吐きながら戻って来るサラに、カミュに噛み付いていたリーシャの意気も削がれてしまった。

 

「いや、話に出た老人の家に行って来る。その後で取りに来るから、仕上げておいてくれ」

 

 カミュは主人の問いかけに答えると同時に、踵を返して店を出て行った。

 そんなカミュの様子に主人は肩を竦めて、残った二人に視線を送るが、リーシャもサラも苦笑を返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 武器屋を出た三人は、泉の畔の一軒家の玄関に立っていた。

 近くで見ると、それなりの規模の家ではあるが、どこか生活臭のない雰囲気がある。 

 まるで、ここで何十年も通常の生活を送る人がいなかったような、そんな雰囲気に、ノックをするカミュを見ながら、サラは、『もしかしたら、誰もいないのではないだろうか』とさえ考えていた。

 サラが失礼な事を考えていると、不意にドアの鍵が開き、ほんの少しドアが開く。

 ドアの隙間から、こちらを射るような視線でのぞき込む老人の眼が見えた。

 

「なんの用じゃ?」

 

 カミュが挨拶をする間も与えず、呟くような疑問がドアの向こう側にいる老人から発せられる。

 その声は、お世辞にも友好的とは言えず、むしろ拒絶的といっても過言ではない物だった。

 

「……突然、申し訳ございません。このアリアハン大陸からの出方を知りたく、貴方であれば、その方法をご存じだと伺ったもので……」

 

 ドアを少ししか開けず、更にはこちらが何もしていないにも拘わらず、攻撃的な物言いをする老人に対してのカミュの接し方に、サラは息を飲んだ。

 リーシャは、アリアハン国王との謁見の際に同席しているので、カミュの外交的な態度を思い出し、多少の驚きはあっても、それを表に出す事はなかったが、今までの道程でのカミュの態度しか知らないサラにとって、今のカミュは別人に見えた事だろう。

 

「……お主は?」

 

 カミュの丁寧な問いかけに、すぐにでもドアを閉めようとしていた手を止め、老人は再度カミュに疑問を投げかける。

 

「申し遅れました。先日、アリアハンから旅に出ました、カミュと申します。後ろの二人は旅の同道者です」

 

 不意に話を振られた二人は驚いたが、紹介された手前、名乗らないのは失礼だと考え、二人は自己紹介をする事にした。

 

「あ、サ、サラと申します」

 

「アリアハン宮廷騎士のリーシャという」

 

 サラの言葉に視線だけを動かしていた老人であったが、リーシャの言葉にその双眸を大きく見開いた後、鋭くリーシャを睨みつけた。

 

「アリアハン宮廷騎士などと話す事は、何一つない!」

 

 突然の拒絶の発言に面食らった三人は、同時に力一杯閉まるドアを、ただ見送る事しかできなかった。

 

「どういうことだ!?」

 

 しばらく呆然としていた三人であったが、リーシャが覚醒と共に、閉まったドアを叩きながら、先程の老人の言葉に対しての疑問をぶつけているのを見て、時間が動き始めた。

 

「……やめろ……何をしても、今はドアが開く事はない……やはり、アンタ方を連れて来る事は、失敗だったかもしれないな」

 

「わ、私が悪いとでも言うのか!?」

 

 カミュの言葉にドアを叩く手を止め、その手を今度はカミュにぶつけるかのように振り向くリーシャは、何故こうなったのかを理解できない。

 しかし、視線の先にいる『勇者』には、朧気ながらも理解出来ているようだった。

 

「……おそらく、アンタ個人ではないとは思うが、アンタの名乗りが悪かったのは間違いないだろうな。何故かは解らないが、あの老人はアリアハンを嫌っている。いや、嫌っているのではなく、あの目は『憎しみ』を宿していた」

 

 家のドアから離れ、武器屋の方に足を向けながら、後ろに続く二人に、カミュは考えている事を語り始めた。

 カミュは、幼い頃から、大人に交じり魔物討伐をして来た事実がある。

 その中で、大人達が表す、ありとあらゆる感情を目の当たりにして来たのだ。

 それは、魔物に殺された親族に対する哀しみや憐み、その魔物に対しての憎悪。

 そして、魔物に対してだけではなく、同じ人間に対する、羨望や侮蔑。

 故に、人間の感情が籠る瞳は、カミュにとって、相手がどんな感情を持つのかを確認する事の出来る手段の一つであった。

 

「何故だ!?」

 

「……何故だかは解らないと言っているだろう……アリアハン国自体への恨みか、宮廷騎士に対しての恨みなのかすらも解らない。つまり、今は何も出来ないという事だ」

 

 カミュの言葉を頭では納得しながらも、心では納得が出来ないリーシャは、カミュの後ろで『うんうん』唸ってはいるが、サラはそんなリーシャを一先ず放置し、先程のやり取りについて話をしようとカミュの隣に付いた。

 

「カミュ様。あの方がアリアハンに対して特別な感情を持っている事は解りましたが、これからどうするおつもりですか?……アリアハン大陸から出ない事にはどうしようもありませんし……」

 

「……さあな……まぁ、大陸から出る方法を知っているのは、あの老人だけではないだろう。他を当たるさ」

 

 サラの問いかけが、特段重要な物でもないとでもいう様に答えを返し、カミュは武器屋の門を潜って行った。

 サラは、未だブツブツ言っているリーシャを促し、そんなカミュの後に続き武器屋に入る事にした。

 

 

 

「おう、早かったな。調整はもう少しで出来るから、その辺でちょっと待っていてくれ。それはそうと、うまく話は聞けたかい?」

 

 武器屋に入ってくるカミュの顔を見ると、手元で<革の鎧>をいじっていた手を止め、主人が話しかけてきた。

 主人の問いかけに三者三様の表情を返した事で、主人は彼らの成否を知る事となる。

 

「いや、何故かアリアハンに相当な思いがあるらしく、話すら出来なかった」

 

「ん?……ああ……アンタ達の中にアリアハンの国営に関わっている人間がいたのか?……それはしくじったな……前もって話しておけば良かったか……」

 

 カミュの返事を聞き、明らかに失敗したとでもいうように顔を顰め、手を額に乗せる主人にはその理由がわかっている様子であった。

 その主人の顔を見たカミュが、表情を変える。主人の顔を真っ直ぐ見つめたカミュは、こちら側の情報の一部を晒す事にしたのだ。

 

「国営に関われる程に頭の良い者ではないが、宮廷騎士だ。それよ……」

 

「なんだと!!」

 

 それまでサラの横で何か考え込んでいたリーシャは、カミュの発言の中に自分を侮辱する単語があった事に気が付き反応したが、それでは話が前に進まないと、サラが宥める役を買って出た。

 

「……失礼した。それで、オヤジはあの老人が宿すアリアハン嫌いの理由を知っているのか?」

 

 サラがリーシャを宥めている様子を横目で見たカミュは、話を続けるため、再度主人と視線を合わせる。

 カミュの視線を受けた主人は、少し眉を顰めた後、言い難そうに口を開いた。

 

「……ああ……まぁ、原因に関しては、実際の所は分からんが、俺の親父が言っていた話だと、あの爺さんの兄貴が関わっているらしい。詳しい内容は知らん」

 

「……お兄さん……ですか?」

 

「……」

 

 主人の言葉に、カミュの後ろにいるサラや、先程まで怒り心頭だったリーシャも聞く態勢に変わって行く。

 そんな二人を見て、一拍置いて再び主人が口を開いた。

 <革の鎧>を調整して行く音が一旦止んだ武器屋の中に、主人の声だけが響き始める。

 

「なんでも、あの爺さんとその兄貴は、この<レーベ>で暮らしていたらしいんだが……ある時期を境に、兄貴の方は<レーベ>では暮らせなくなったらしい。その辺にアリアハンとの関係があるんじゃないか?」

 

「その兄貴の方は、もう死んだのか?」

 

 武器屋の主人が実際会ったことがないという事は、主人の見た目の年齢からいっても四十年近く前の話になる。

 だとすれば、カミュが問いかけた内容のように、既に故人である可能性が高い。

 

「……そうだな……今はどうか分からないが、うちの親父の話だと、なんでも<レーベ>を出た後『ナジミの塔』に住んでいたって話だったがな。まあ、うちの親父も死んじまったから、その兄貴も生きてまだそこにいるという保証はないぞ」

 

「いや、それだけ解れば十分だ。ありがとう。これは少ないが、<革の鎧>の調整を急いでくれた分という事で受け取ってくれ」

 

 自信なさげに話す主人に対し、カミュは礼を言って、そのカウンターに10ゴールドを置いた。

 決して安い金額ではない。この<レーベ>では、カミュ達三人の食事付き宿代よりも多い金額なのだ。

 

「あ……いや、何か悪いな。ありがとうよ。一応、調整は出来上がったよ。お嬢ちゃん、向こうで着てみてくれ。実際着てみて、更に調整するところはするから」

 

 実際主人は、カミュに声をかけるために一度止めた手を、その後話しながらも再び動かしていた。

 サラは主人から<革の鎧>を受け取ると、奥にある試着室のような場所に移動し、法衣の中に着込む。

 着込み終わったサラは、そのままの姿で、もう一度主人の前へと出て来た。

 

「うん。お嬢ちゃん、どっか苦しいところとかあるかい?……見た感じはちょうどいいと思うが、実際魔物と出くわせば、動かなきゃいけないから、動き辛そうなところは言ってくれよ?」

 

 出て来たサラの姿を一通り見た後に、主人はサラの具合を聞いて来る。

 サラは主人に言われた通りに、何度か身体を動かし、動きづらい箇所も息苦しい箇所もない事を実感し、それを主人に告げた。

 

「そうか、じゃあそれで良いな。そういや、お嬢ちゃんの武器は<聖なるナイフ>なんだろ? あれは滅多な事じゃ刃毀れなんてしないが、血糊なんかはやはり付いてしまうからな。さっき貰った金額の事もある。アンタ方の剣の手入れが必要な時は寄ってくれ。三人とも一回だけ無料で手入れしてやるよ」

 

「……ああ……ありがとう」

 

 何とも豪勢そうに言う武器屋の主人であるが、全員一回ずつという制限をつけている辺り、やはり商売人なのであろう。

 そんな武器屋の主人に礼を言い、三人は武器屋を後にした。

 

 

 

「カミュ様、ひとまず『ナジミの塔』へ向かうのですか?」

 

「……ああ……ただ、正直『ナジミの塔』への行き方も解らない。その情報もどこかで得られると良いのだが」

 

「『ナジミの塔』であれば、地下道を通っていけば行けるぞ」

 

 サラの行先に関する質問を聞き、更なる課題が出てきたと悩むカミュの後ろにいた意外な人物から、その課題に対する答えは返って来た。その声に反射的に振り向く二人の顔は、異なった表情を浮かべてはいるが、その内心は同様の物である事が窺える。

 

「…………」

 

「~~~!! なんだ、お前達のその反応は! これでも、私は宮廷騎士だぞ。アリアハン国が管理している塔の行き方ぐらい知っている!」

 

 答えの出所に対し、言葉を失い疑惑の目を向けるカミュと、ただ単純に驚きを表すサラに、リーシャは癇癪を起した。

 二人の表情が、『リーシャに限って、知っている訳がない』という内心を明確に物語っている。

 そんな二人の内心が、手に取るように理解出来たリーシャは、切れ長の瞳を細め、二人を睨みつけた。

 

「……すまない……」

「……申し訳ありません……」

 

 癇癪を起すリーシャを見て、今のやり取りは完全に自分達に非がある事を認め、二人は素直に頭を下げる。その様子に、怒りを納めてリーシャは話を繋げた。

 

「勿論、アリアハン城内から続く地下道への入口には鍵がかかっており、見張りもいる事から無理だが、確か<レーベの村>の近くの森の中に、もう一つ入口があった筈だ」

 

「……確定した情報ではないのか?」

 

 続けたリーシャの言葉を聞き、明らかな落胆を態度で表すカミュに、隣のサラは胸をハラハラさせていた。

 貴重な情報ではあったが、胸を張って答えるリーシャも噂程度にしか聞いた事のない場所。

 それが本当にあるのかどうかも怪しい。

 カミュは、その不確定な情報に溜息を洩らしたのだ。

 

「まぁ、今の所はそれしかないのだから、行ってみるしかないだろ!?」

 

「……そうだな……」

 

「そうですね!」

 

 カミュの発言に若干気を悪くしたリーシャであるが、今の自分たちの状況を再確認させる事にし、行動を促す。

 それに対し、仕方ないといった様子のカミュと、一段落と胸を撫で下ろすサラといった対照的な二人の反応ではあるが、今後の方針が決定された。

 

「あっ、すぐに出ますか? もし少し時間があれば、教会に寄る時間を頂きたいのですが?」

 

 方針が決定され、村の外へと歩き始めたパーティーであったが、歩き出してすぐに、その場の雰囲気にそぐわないサラの一言が割って入って来た。

 サラにしてみれば、方針も決まり行動するのなら、先に教会で祈りを奉げたいというささやかな願いであったのであろうが、その願いを聞く程の時間はなかった。

 

「いや、すぐに出る。入口の場所が確定していれば時間も読めるが、探すところから始めるのであれば、一時でも惜しい。悪いが、教会に寄りたいのであれば、もう少し早く起きて行ってくれ」

 

「……は、はい……」

 

 サラにとっても、カミュの言う事は理解出来る物であった。

 ましてや、寝坊した挙句、置いてかれたと勘違いし、とんでもない醜態を晒した身としては、そんなカミュに反抗する事など出来よう筈がなかった。

 

「サラ、大丈夫だ。ルビス様もサラの頑張りは認めてくださる。これからは、朝のお祈りが出来るように早起きすれば良い。今日は夜のお祈りをいつもの倍すれば良いさ」

 

「……はい……」

 

 幼子を諭すように語りかけてくるリーシャの言葉が、益々サラの羞恥心を煽っている事にリーシャは気が付かない。

 恥ずかしそうに顔を俯かせるサラを、後悔していると勘違いしたリーシャは、サラの手を取りながらカミュの後を追い、レーベの村の出口へと向かった。

 

 

 

 

 


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