After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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今話の登場人物

フラスト・スコール(機動戦士ガンダムUCより)
 29歳。短く刈り込んだ金髪。しゃくれた顎。ヤクザのような鋭い目付き。
 瓦解しかかったネオ・ジオン、【袖付き】のミネバ派構成員。
 2代目の偽装貨物船《ダイニ・ガランシェール》の船長代行。
 一年戦争時は少年挺身隊に所属し、終戦時は10歳。
 どんだけ殺しが好きなんだよ、と突っ込みを入れたくなる経歴。

アレク(機動戦士ガンダムUCより)
 年齢不詳。プロレスラーのような巨体とサングラスがトレードマーク。
 《ダイニ・ガランシェール》のナンバー2。
 【インダストリアル7遭遇事件】にて、戦端を開いたと言われる頭突きを喰らう。
 吹き飛んだサングラスを咄嗟にマリーダが掴み、かけ直してくれたことに今でも恩義を感じている。

アイバンとクワニ(機動戦士ガンダムUCより)
 《ダイニ・ガランシェール》、艦載MS《ギラ・ズール》のパイロット。
 アイバン「OVAで全くセリフが無いってどういうことなの?」
 クワニ「もう俺、ネオ・ジオンやめるわ」




ダイニ・ガランシェール

 《ダイニ・ガランシェール》のブリッジで舵を握る短い金髪の男はひどく不機嫌だった。

 

「いや確かに言ったさ。『舵がだいぶ手に馴染んできたころだ』ってな。俺だってこの船が嫌いなわけじゃない。

 お前や古参の連中が、思い入れがあるのも分かる」

 

 そこで、フラスト・スコールは大きくタメを作るように、長く太い嘆息をついた。呆れるようだった目付きが、ヤクザの鋭いそれになる。

 

「しかしだ!だからって、今更、またこのロートル船をわざわざ好んで買うこたぁ、ねぇだろうがよっ!ええ!?

 お前もそう思うだろ、アレク?」

 

 そう言って、サングラスに短髪の巨漢に声をかける。

 ノーマルスーツを着込んだフラストも実はかなり鍛え上げられた肉体を持っているが、アレクと呼ばれたその男は規格外の巨大なノーマルスーツ姿で、超弩級プロレスラーのような体つきであった。アレクはその巨躯を航空士の狭いシートに窮屈に収めながら、ポーカーフェイスで針路を睨んでいた。

 ふたりともヘルメットは被っていないが、すぐに着用できるよう手元に置いていた。

 

「ジャンク屋からスクラップ寸前の船を拾ってきて、修理して使えるようにするなんて涙が出るねぇ。

 修理や改造費用でもっとマシな船が買えたんじゃねぇかと思うぜ、マジで。

 それによ、『この船はお前に任せる』って言っておいて、なんで俺が舵を握っているんだ?

 普通は任せるって言ったら、船長をやらせるってことじゃねぇのか?

 ところが、それが船長代行。代行の俺自身が舵を握ってるとくりゃあ、まさに、『ジオンに兵なし』だな」

 

 フラストは半ば諦めの雰囲気を持って、刈り込んだ金髪の後頭部を掻いた。

 事実、この船の定員は33名だが、今のクルーの総数は17名。およそ半数で船を運用しているため、一人二役など朝飯前。

 場合によっては、四役五役と働かねばならない状況も発生する。

 これは、地球圏~火星間を航行するために往復3ヶ月以上を要するため、少しでも積み込む水・食料を減らし、運搬物資を増やそうという、苦肉の策である。

 本来、この手の長距離宙行はもっと大型でかつペイロード量の多い宇宙船、例えば、連邦軍の《コロンブス》ないし《コロンブス改》級の武装を排した民間型《コロンビア》などの輸送艦船が行うのが普通であり、アナハイム・エレクトロニクス社(以下AE社)などの民間企業や引越し公社、コロニー公社などでは、一般的な標準宇宙船として広く普及している。

 《ダイニ・ガランシェール》が上記艦船より優れている点は、船足の速さと大気圏往還能力だけである。

 ちなみに、全クルーの内、先代の同型船から乗り込んでいるクルーはフラスト、アレクを含めて、5名しかいない。

 よって、フラストがアレクのことを『お前や古参の連中』と呼んだのである。

 

「大体船名にしたって、何なんだ?《ダイニ・ガランシェール》って。未練バリバリじゃねぇか。

 連邦にしたって、こんな分かりやすい名前じゃ喧嘩売ってんのかって、思ったって・・・」

 

 フラストの愚痴は続くが、恐ろしいまでの無口なアレクは相槌や頷きすらなく、ひたすら、各モニターを見比べるのみだ。

 しかし、フラストを無視している訳でもなく、所々でサングラスを指で押し上げたり、眉間のシワを深くしている。

 なんと、それが彼なりのリアクションらしい。

 慣れたもので、フラストの方も長年の付き合いで、それで会話が成り立っているらしい。

 奇妙な雰囲気に包まれた二人である。

 一通りの愚痴も言い終わったところで、フラストはまたひとつ嘆息する。

 

「うちのキャプテンももういい歳だ。死んだ子供()()やカミさんのこともあるんだろうがよ・・・。

 いい加減、引退して後妻でももらって、ゆっくりしてもいいと思うんだよな」

 

 フラストは《ダイニ・ガランシェール》にいない艦長であり、遠く離れたところの上官を思った。

 

「フラストはどうなんだ?結婚、しないのか?」

 

 突如、岩が喋ったのかと思うほど珍しいアレクの言葉。

 

「あ・・・?

 あぁ・・・!?俺は・・・まだ・・・。

 そもそも出会いがねぇよ」

 

 そして、その内容にゴツいフラストが似合わず狼狽する。

 

「だな。針路、仰角コンマ05、方位010」

「了解、と。

 そろそろ、お客さんとのランデブーポイントのはずなんだがな・・・、よっと」

 

 フラストはわずかに舵を修正した後、ヘッドレストに引っ掛けておいた通信用ヘッドセットをつかみ、無線のスイッチをひねる。

 

「ギャンブラー01、02。こちらフラスト。聞こえるか?」

『誰が博奕打ちだって?』

『変なコードで呼ぶな、勝手に変えるな』

 

 すぐに《ダイニ・ガランシェール》の直掩に回っているギャンブラー01と02ー普段はゴルフ01、02というコールサインで呼んでいるー、すなわち2機の《ギラ・ズール》パイロット、クワニとアイバンが応答する。

 

「こんなオンボロで火星くんだりまで来て、これから怪しい闇取引しようってんだ。ギャンブラー以外の何者でもないだろうが。他にこんな酔狂者がいるかい」

『確かにそうだな、はは・・・』

 

 針路前方、水先案内人を務めるクワニが笑う。

 

『しかし、本当に来るのか、先方は?何も反応はないぞ、今のところ』

 

 後方のしんがり、アイバンが疑念のこもった口調で言う。

 

「そもそも、ネタが急に降って湧いて出てきたようなもんだしな。おまけに、出所がチャンのおっさんからだしな」

『信用できるのか、あの禿げオヤジ?』

 

 フラストの言葉に、口調こそ疑問形だが、アイバンはまったく信用していない様子だ。

 

「できるわけないだろ。だからこうして、堂々と直掩にお前らを出しているわけだし」

『まぁ、俺たちだって信用できるテロリストって、訳じゃあないけどな、はは』

(そもそも『信用できるテロリスト』って何だよ?)

 

 クワニの矛盾する言葉に苦い顔のフラストである。

 彼ら《ダイニ・ガランシュール》のメンバーはネオ・ジオン残党、通称【袖付き】に所属していた。

 もっとも、【袖付き】は組織としては今や瓦解しかかっていた。

 

 

 数時間前、友軍の動向調査も兼ね、火星のジオン残党に物資を運搬し、帰路に付く《ダイニ・ガランシェール》に暗号電文が入った。

 ガエル・チャン。かつて、ラプラス戦争で知り合い、因縁浅はかならぬ関係となった人物からの暗号である。

 解読すると、

 

『木星船団《ジュピトリス》所属のMSを火星に送り届けろ』

 

 それだけの内容である。

 

(どうも俺は好きになれないんだよな・・・)

 

 以前、上官のキャプテンからガエルのことを『嫌うなよ』と釘を刺されたが、フラストは損得利害だけで簡単に気持ちが割りきれるほどの人間でもなかった。

 キャプテンが何と言おうと、

 

(怪しい奴は怪しい。臭い物は臭い)

 

 である。

 元々ガエルは連邦軍にいたようだが、軍を抜けた後は、地下組織とも関係があったようで、そのネットワークは多岐に及ぶ。

 

(一体、どこから情報を仕入れてくるのだか・・・)

 

 いちジオンの落武者に過ぎないフラストには想像もつかないことであった。

 もっとも、約束された報酬も相当なものであった。

 

(ヘリウムと金塊とはな。毒じゃないことを願うぜ)

 

 

「おしっ、機関減速。手すきの者は全員対空監視!厳と為せ!異変があったら何でもいい。知らせろ」

 

 全船通達すると、フラストは操舵席を離れ、前方の窓際へ飛んだ。相手がどんな方法でこちらに接触してくるか分からない以上、やれることはすべてやっておくべきだ。

 船長代行自ら双眼鏡を手に取り、ブリッジの窓、有機プラスチック板ごしの虚空を睨んだ。

 

(さぁて、鬼が出るか、邪が出るか)

 

 

「やっぱりモビルスーツが出てきた。ネオ・ジオンの亡霊め」

 

 私、マリア・アーシタは特殊ファンネルから採取した映像を照合して、モニター表示された2つの『AMS-119?』の型式番号を見て、忌々しげにつぶやく。

 末尾にクエスチョン・マークが付いたのは、《キュベレイ》が持っているデータベースと映像データとの間に一定の差異が認められたためである。

 マリアは知らなかったが、本来はその機体はAMS-129、通称《ギラ・ズール》と呼称されていたが、木星圏往還中の《ジュピトリス》はその機体データを持っていないため、《キュベレイ》のデータベースがアップデートされないまま《ギラ・ドーガ》のバリエーションモデルと認識していた。

 しかし、MSこそネオ・ジオンで使われていた機体であるが、船の所属もそうとは言いきれない。

 というのも、地球連邦政府の目が届きにくい火星、アステロイド、木星圏では自衛のためにMSを護衛につける民間船が公然と航行していたからである。

 本来は、強力な機動兵器であるMSを民間企業が運用するなど許されることではないのだが、海賊が跋扈(ばっこ)し、連邦軍からの正規の護衛が望めぬ以上、積荷を奪われて泣き寝入りするぐらいなら、多少連邦政府に賄賂などで目をつぶらせ、武装化してゆく艦船が増えていったことはむしろ自然といえる。

 またそういった警備需要に応えるために、BSS社のような民間軍事会社が隆盛するのである。

 《ギラ・ズール》にしろ、《ギラ・ドーガ》にしろ、マリアと《キュベレイ》にとっては撃墜すること自体は簡単だ。たとえ、敵規模が2~3個小隊であったとしても、やれる自信がある。

 ただ、散々墜とし、殺してから、相手が民間船の所属だったとすると、

 

(すいません、間違えました。じゃ済まないよな、さすがに)

 

 私は逡巡するが、中々妙案は浮かばない。

 というのも、そもそも私ひとりで素性のよく分からない船に乗り移るという行為自体が、ひどく危険で無謀なことだと、今になってはっきり思えてきたからである。

 一度《キュベレイ》を相手の船の貨物スペースに搬入し、MSから降りてしまえば私はパイロットから、一個人という戦闘単位になってしまう。

 連中のクルーに力と数で圧倒されてしまえば、簡単に捕縛・監禁されてしまうだろうことは想像に難しくない。

 そうなれば、強力なサイコミュ搭載のMSをみすみすくれてやったようなものである。

 もちろん、ニュータイプや強化人間の類にしかこの機体は扱えないし、連中に都合良くそんな人間がいる可能性も無くは無いが・・・。

 海賊ならば、単純に転売するだけで一財産築けるぐらいの技術と性能は《キュベレイ》には詰まっている。

 もちろん、自分自身の身の安全も全く無い。

 

(とすると、殺さない程度に攻撃して、圧倒的に有利な状況を作り出して、尋問と交渉をする・・・。しかないか・・・。

 なんだか面倒臭そうだな)

 

 私は心底うんざりし、また嘆息し、そして状況を精査した。

 彼我の相対距離は20キロほど。こちらは岩石のくぼみに隠れているのだし、偵察に出している特殊ファンネルも、よほど高精度な対物感知センサーでなければ、完全には捉えきれないはずだ。

 奇襲となるのは明らかだ。その点は私に有利に働く。

 

(兵は拙速を尊ぶ、か・・・)

 

 だが、私は速さだけでなく、より効果的にクルーに脅しをかけられるように、考えを巡らせた。

 

「よし。戻れ、ファンネル」

 

 策をまとめ、私は特殊ファンネルをリア・アーマーに回収するや、次々と隣の岩石やデブリに《キュベレイ》を移動させていった。

 まるで、水面を跳ねる飛び石のようで、飛翔と制動の瞬間だけスラスターを噴かしたその機動は、遮蔽物に隠されて《ダイニ・ガランシェール》側からは噴射光がまったく見えない。

 すぐに《ダイニ・ガランシェール》の船底斜め下、後方の岩石ー差し渡し40メートル程ーに潜んだ《キュベレイ》はしんがりの《ギラ・ズール》から片付けることにした。

 

「行け、ファンネルたち」

 

 再度つぶやくと、同時に飛び出した8基のファンネルが主の《キュベレイ》同様、岩石やデブリに身を潜め、攻撃体勢をとった。

 

 

「一杯食わされたんだよ、やっぱり」

 

 いつまでも現れない取引相手に落胆し、しんがりの《ギラ・ズール》パイロット、アイバンは《ダイニ・ガランシェール》のブリッジへ無線を送る。

 

「俺たちは上手いように上層部に使われ過ぎなんだよ、そもそも。ラプラスの時だって、うちは貧乏くじだろ?」

『そもそもといえば、お前が貧乏くじなのは、この世に生まれたことだろう?』

 

 アイバンの文句に船長代行のフラストも辛辣な一言で応酬する。

 

『もっとも、《ガランシェール》隊の貧乏くじは今に始まったことじゃねぇ。諦めるしかねぇな。

 あと1時間で何もなかったら、引き上げだ』

「了解」

 

 短く答えて、アイバンはリニア・シートに座る自分の右斜め上に漂っていた、音楽携帯デバイスを手にし、ヘルメットのジャックに差し込んだ。

 重厚な管弦音楽がヘルメットの中に流れ出した。アイバンは曲の冒頭の弦の響きがお気に入りだった。

 組曲『惑星』より火星、戦争をもたらす者。

 

「♪ダダダ、ダン、ダン、ダダ、ダン♪」

 

 執拗に繰り返す5拍子にアイバンは手足、頭でリズムを取りながら、計器類、全天周モニターに目を凝らす。

 やがて演奏がクレシェンドに差し掛かり、不穏を秘めたバイオリンの高音が鳴り響き始めたと、同時に、《ギラ・ズール》の対物感知センサーがごく小さな反応を告げる。

 

「何だ?ゴミか?」

 

 まるで、自機を取り囲むように、複数の小さな光点がセンサー画面に表示しては、ロストする。対象が小さすぎるらしい。

 そして、演奏が激しく弾けた瞬間、《ギラ・ドーガ》の装甲も弾けた。

 

「何!?」

 

 右肩から上腕を保護する装甲がイエローに輝く軌跡ービーム砲のそれだーに焼かれ、焦げていた。

 

「クワニ!敵・・・」

 

 前方警戒中のクワニへ無線で急を告げるまでも無く、スピーカーから流れる相棒の悲鳴が耳朶を打つ。

 

(くそっ!前からもかよっ!)

 

 続いて別々の方角から射ち出される3条のビームが次々とアイバンに襲いかかる。

 それらはスレスレで機体をかすめ、頭部、コクピット前面、腰部の装甲の表面を焼き、虚空へ消えて行った。

 

「畜生!囲まれていやがる!」

 

 敵は2個小隊以上だ!ミノフスキー濃度が低いのに、なんでこんなにされるまで接近に気が付かなかった!?

 

「《ガランシェール》逃げろ!!」

 

 叫びながら、アイバンは《ギラ・ズール》が右マニピュレータに装備した、MMPー80マシンガンを四方の見えない敵に向けて撃ちまくる。

 レッドの断続的な曳光弾が暗い宇宙を照らし出した。

 しかし、直後にイエローの敵ビームが再度閃き、マシンガンごと右手首は撃ち抜かれ、千切れていった。

 

「畜生、ちくしょう、チクショーォ!!」

 

 すぐさま腰の斧状近接戦闘用武器、ビームホークを左マニピュレータで抜き、アイバンは全天周モニターの上下左右に目を走らせるが、敵影はまったく見当たらず、あるのは対物感知センサーに、点いては消える小さな光点のみであった。

 

「どこに隠れやがったーぁ!」

 

 フットペダルを踏み込み、メイン・スラスター全開で前方に突っ込みながら、アイバンの《ギラ・ズール》はビームホークを闇雲にやたらめったら振り回す。

 空間に留まっているのは危険だ。

 そして、正面からまたイエローのきらめきが走り、今度は左肘から先が機体から離れていった。

 そのときアイバンは見た。

 そのビームが前方の小さなデブリと誤認した物体から発射されたところを。

 先端に伸びた短砲身、漏斗形状のボディ。だが、大きさはせいぜい人間サイズ。センサーは認識し切れていない。

 

(あれは・・・、まさか・・・)

 

 アイバンの記憶の奥から蘇るものがあった。

 

(・・・ファンネルとか言ったか?《クシャトリヤ》が装備してて、あれは確か・・・)

 

 型式番号NZー666、通称《クシャトリヤ》は先のラプラス戦争において、新生ネオ・ジオンの戦闘部隊を率いる高性能MSであり、戦争の戦端を開いたコロニー・インダストリアル7内の戦闘において、単機で連邦軍ロンド・ベル部隊のMS7機を撃墜せしめたことは記憶に新しい。

 その戦果の多くが《クシャトリヤ》のファンネルによる標的を取り囲んでのオールラウンド攻撃と言われている。

 そして、ファンネルを機動させる根幹になっているサイコミュ・システムを扱える者が・・・、

 

(こいつっ!敵はニュータイプか!?)

 

 あの頃は味方機だったサイコミュ搭載MSが、今まさに目前にせまる敵機としてアイバンの間近に潜んでいた。

 彼は2年前のインダストリアル7で落とされた連邦軍MS、《リゼル》パイロットと同じく、絶望に似た思いにとらわれた。

 

 

『ぐ、うぅあー・・・!』

『《ガランシェール》逃げろ!!』

 

 先方MSパイロットのクワニの悲鳴と後方のアイバンの警告の無線がほぼ同時にスピーカーから流れた。

 

「機関増速前進!防護シャッター下ろせ!」

 

 ヘルメットを被り接合部のジッパーを締めながら、《ダイニ・ガランシェール》ブリッジのフラストは窓際から操舵席へと飛ぶ。

 すぐさま、対応したアレクがタッチパネルを操作し、全船の防護シャッターを下ろす。

 ブリッジのシャッターの裏面はすぐにスクリーンによって周囲の宇宙が投影された。

 前方でクワニの《ギラ・ズール》が敵の攻撃と思われる複数のイエローのビームの軌跡に晒されていた。

 

『囲まれてる!後ろにも3機はいるぞ!!』

 

 対空監視をしていた、普段は整備士のトムラの裏返った無線が続く。

 フラストは舵を握るや全力でそれを引き、最大仰角で退避行動に移った。

 

(ハメられた。ビームの数が尋常じゃない。2個小隊か、いやそれ以上か?どこの部隊だ?連邦か、それとも海賊!?)

 

 後方に遠ざかりつつある、戦闘の光をモニターで確認しつつ、フラストはほぞを噛むが、もう遅いという思いが占めた。

 

(クワニ、アイバン・・・すまん)

 

 武装の無い《ダイニ・ガランシェール》には、味方を見捨てて、戦線を離脱するという選択肢しか残されていなかった。

 

「後方から高熱源体接近!速い!!」

 

 いつになく、焦るアレクの声に、フラストは舵を握る手に力が入る。

 レーダーを確認すると、秒速単位で敵機動兵器が2機の《ギラ・ズール》をジグザグの航跡を描いてスルーし、《ダイニ・ガランシェール》の後方へ迫っていた。

 

(速過ぎる!)

 

 フラストがそう思ったときには、《ダイニ・ガランシェール》を追い抜き、ブリッジ正面モニターに4枚の巨大な蒼い炎、スラスターの花弁が映し出された。

 その1秒後には船首の2km先までそれは到達していた。

 その機動兵器ーおそらく、MSだろうーが振り向きざま放ったイエローの光がフラストの網膜を正面から焼いた。

 

(やられた)

 

 と思ったとき、1条のビームはブリッジをかすめ、船の上部甲板を放射熱が焦がしながら、後方の宇宙へと消えた。

 

(!?)

 

 反射的に腕で顔を隠していたフラストが正面のモニターに向き直ると、未だに自分の肉体は蒸発しておらず、《ダイニ・ガランシェール》も健在であることに気付く。

 再び、前方MSの左前腕部のビームガンからイエローの閃光が《ダイニ・ガランシェール》に向けて発射される。

 

(また外した!?いや・・・、わざとか?くそっ、なめやがって!)

 

 やろうと思えば、後方から《ダイニ・ガランシェール》を沈めることも、そのMSにとっては造作もないことだったろう。

 先回りしての威嚇射撃なのか、それとも、

 

(なぶり殺しにするつもりか・・・?)

 

 フラストは歯噛みしながら、《ダイニ・ガランシェール》に右旋回をかける。正面のMSの左をすり抜け、あとは船足に運を任せるつもりであった。

 しかし、敵MSはフラストの思惑や操舵を『すべて先読みしていた』かのように、相対速度と機動を完全に合わせて、文字通り、ブリッジの鼻先にへばりついた。

 そのMSの肩部から張り出した4基の巨大なバインダーが蒼い火炎を吹き出し、そのシルエットを鮮明にする。スクリーンに迫るそれはまるで、

 

「よ、四枚羽根だと、!?」

 

 フラストが呻き、航空士席のアレクも腰を浮かす。

 先代の偽装貨物船《ガランシェール》に艦載され、連邦軍から『四枚羽根』と忌まれたMS、《クシャトリヤ》の幻影がよぎる。

 ブリッジのふたりは先代からの古いクルーであるから、目前のMSは《クシャトリヤ》とはカラーリングも頭部形状もシルエットも違うことが分かるが、全体が曲線で構成されたデザインからそのMSがネオ・ジオン由来のものであることは想像できた。

 MSは左前腕に装備されたビームガンの不気味で暗い砲口をブリッジのふたりに見せつけながら、右手を船体に接触させ回線を開いた。

 

『《ダイニ・ガランシェール》に告ぐ。停船せよ。従わぬ場合は撃沈する』

 

 船内に響く突然の敵パイロットの声。

 

「「「女・・・!?」」」

 

 自らの素性も明らかにせず、その女性パイロットの声は一本調子で棒読み、失礼千万であったが、古参のクルー、フラスト、アレクそして、整備士のトムラはまた別の思いにとらわれた。

 

(((この声、似てる・・・)))

 

『繰り返す。直ちに停船せよ。従わぬ場合、・・・』

 

 

 


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