After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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今話の登場人物

ウド・バッハ
 ドイツ系の中年男性。短い金髪。彫りの深い顔立ち。長身。
 連邦軍・木星船団所属《ジュピトリス2》の艦長にして、マリアとイリーナの養父。
 背中にまっすぐな針金でも入ったような姿勢は一本気なドイツ人気質。
 曲がったことが大嫌い。

カール・アスベル
 白人の壮年男性。太い鼻筋と厚い唇。黒い瞳。
 BSS社所属《ジュピトリス2》の警備MS隊の責任者。マリアの上司。階級は司令補(軍の大尉相当)。
 妻と一人娘は戦争で行方不明。


キアーラが消えた

 

 コンテナが奪われた敵襲からすでに15時間が過ぎていた。

 

 15時間前。

 擱座した《ギラ・ドーガ》と捕虜の敵パイロットを《ジュピトリス》に収容すると、私はすぐに《ジムⅡ》で再発艦し、ロストした味方哨戒機の捜索に入った。

 海賊、ーそのほとんどがジオンの残党であるのだが、ーとの戦闘が発生しうる危険がある《ジュピトリス》は、常に哨戒のための早期警戒機を展開させていた。

 《ジュピトリス》を囲むように2機の《アイザック》が円と螺旋を描きながら、宇宙ににらみを利かしていた。

 その両機がこの敵襲の直前に行方不明となっていた。

 

 

「お前らは何をやっていたんだ!!」

 

 30人からが集まる会議の序盤、連邦軍制服に身を包むウド・バッハ艦長の怒声が飛ぶ。

 長身に短い金髪、彫りの深い顔に刻まれた数多のシワと、背中に針金でも入っているかのような一直線の姿勢が質実剛健、一本気質な軍人を思わせた。

 当直だった戦闘指揮所要員の面々が戦々恐々といった面持ちの後、一様にうつむく。

 

「会議が終わるまで全員廊下に立っていろ!!」

 

 次々と退出してゆく者の中に、私の所属するBSS社(Buch security service)の濃紺の制服を着たオリヴァーの顔を認めた。

 私に敵襲を最初に伝えてきた男だ。

 見れば、彼は半べそだった。

 

(男のくせにだらしない奴)

 

 私は冷笑して、彼から顔をそむけた。

 状況は泣けば、どうにかなるほど容易なものではなく、同時に泣きたくなるほど、深刻なものでもあった。

 敵襲の一時間前。

 CIC端末のログによれば、哨戒小隊の3番機、右舷方向約150kmを移動中のリボル・チャダ士長が操縦するRMS-119・《アイザック》が最初に《ジュピトリス》を離れ、レーザーコンタクト不能の暗礁宙域ーデブリや岩石群で航行が困難な宙域ーへと消えていった。

 後を追うように14分後、艦首前方で普段とは異なるジグザクの不審な機動を描いていた1番機の《アイザック》が、《ジュピトリス》に置いていかれるように減速してゆき、後方へ消えた。

 そして、発見することができた機体がこの《アイザック》であった。

 私が機体を見つけたときには、一瞬それが《アイザック》だと、だったものだと認めることができなかった。

 それほど、機体の損傷が激しかった。

 真空中では、大気中と異なり、距離に比例しての対象物の輪郭のぼやけがなく、すべての物がはっきりと見える。

 遠目にもその《アイザック》が浮遊岩石に激突し、四肢はでたらめの方向へねじ曲がり、コクピットはひしゃげ、巨大な円盤を載せたようなロト・ドームを装備した頭部は主人の元を離れ消えていた。

 岩に張り付いたような《アイザック》はまるで、叩き潰された蚊やハエのようだった。

 何が起きたのかは分かるが、原因は分からない。もう一機に至っては存在すら定かでない。

 

 

「それじゃ、順次報告してくれ」

 

 落ち着きを取り戻したバッハ艦長が短い言葉で副長をうながす。

 小太りの中年女性、ボイル副長が立ち上がった。

 

「はい。ではまず、《ジュピトリス》の航行状況から報告します」

 

 手元のリストに目を落としたボイルはしばたかせながら答える。彼女もこの長時間の緊張状態に疲労のピークにある様子だった。

 

「今回の件で地球圏、リーア帰還への大きな遅延は認められません」

 

 まず、その一言でその場の全員に張り詰めていた疲労と緊張が緩むのを、私は感じた。

 ラグランジュ点L4に位置するリーア。旧サイド6。現サイド5のそのコロニー郡には木星船団本部が置かれており、この航海の最終目的地である。

 

「動力や舵に損害は皆無。哨戒機の捜索に時間を取られましたが、遅れが発生しても当初のスケジュールより数日程度と思われます。

 正確なシミュレーションは明日までには完了します」

 

 バッハ艦長が頷く。

 

「続いて、艦内の物的損害ですが、・・・」

 

 《ジュピトリス》の会議室はそこらの宇宙艦艇とは比べ物にならないほど広い会議室を備えている。

 そもそも、《ジュピトリス》自体が宇宙船といっても、そのサイズは小型のコロニーに匹敵するほどであるのだから、当然である。

 その広い会議室の片隅に座る私はイライラしながら、その被害報告を聞いていた。

 デスクの下で組んだ長い脚は不均等なリズムで揺れ、腕組みしたまま左手の中指、人差し指は右の上腕二頭筋を叩き続けていた。

 

(何を前口上ばかり言っている!なぜ早くキアーラのことを言わない!?)

 

 私がそう思ったときには、ボイル副長は延々と、どこそこの廊下の壁に銃撃痕だとか、どこどこのブロックで手榴弾の破片が天井に突き刺さっただとか、無価値な情報を垂れ流していた。

 苛立ちが頂点に達しかけたとき、私の左の二の腕辺りが突っつかれる感触があった。

 見れば、モビルスーツ整備長のイイヅカである。

 

(気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着けや)

 

 イイヅカが小声でささやく。

 『あんたに何が分かる』と、カッとなり言いかけたが、思いとどまって私はこの中年をひと睨みするに留まる。

 昔の私なら『うるさいっ!』とか言いながら殴っていただろう。子供なら許されるかもしれないが、さすがに、二十歳にもなれば感情の制御もできなければ社会生活も上手くこなせない。

 しかし、・・・。

 ぷいっと顔を戻すが、

 

(なぁなぁ)

 

 イイヅカがしつこく二の腕を突っついてくる。

 

「またか。なんだ?」

 

 腕組みを解き私は露骨に嫌そうな顔を向けると、予想外なイイヅカの真顔にすこしどぎまぎした。

 

「なんでノーマルスーツ、着替えたんだよ?」

「はぁ?あんた何を言ってる?こんな時に」

「今のやつより、・・・さっきのボディコンスーツの方が良かったのに。おじさん、残念だわ・・・」

 

 ごっ!

 

 結局、殴った。しかし、自業自得といえよう。今回は脇腹に肘鉄を喰らわした。

 

(不愉快なやつがッ!!)

 

 さすがに半日以上も同じノーマルスーツを着ていたら、ベテランパイロットの私でも汗とかで張り付いた下着が生理的に気持ち悪い。

 まして、あんなにきついのではなおさらだ。会議に参加する前に、普段使いのものに着替えておいたのだ。

 

(ほんとはシャワーも浴びたかったが・・・)

 

 時間の都合上、タオルで拭く程度で済ませてきたのだ。

 イイヅカは私の隣で体をくの字して、デスクに突っ伏している。

 

「SSの方は何かな?」

 

 ボイル副長の報告を遮って、バッハ艦長がこちらへ声と視線を向ける。SSとはセキュリティ・サービスの略、つまり我々のことだ。

 会議室の視線を一斉に集めた。

 

「あ・・・、え・・・、その」

 

 急なことに焦り、私は言葉が出ない。

 彼女のことを言わなければならない、と思えば思うほど、何と言えばいいのか分からなくなる。

 太い鼻筋と厚い唇を持った右隣の上司が、困った奴、という表情を浮かべる。

 警備MS中隊責任者のカール・アスベル司令補だ。

 彼はその苦笑のまま、立ち上がる。

 

「お邪魔をしてしまい申し訳ございません。部下たちも長時間の捜索活動で疲労の限界に来ております。

 もちろんそれは皆さんも同じことでしょう。この辺で休憩でもどうでしょう?コーヒーか紅茶か・・・」

 

 疲れていた全体の雰囲気が和んだものとなり、そちらに傾きかけていたが、私は意を決して挙手した。

 

「よろしいですか、お養父(おとう)・・・、・・・いえ、艦長!」

「どうぞ、アーシタ士長」

 

 慌てて訂正して言った私に、眉根を少し引き上げたバッハが答える。隣の上司は少し怪訝そうな複雑な表情を浮かべていた。

 固い表情のまま立ち上がりひとつ深呼吸すると、私は心が揺らがぬ内に一息で続けた。

 

「キアーラ・ドルチェが敵の・・・、ジオン残党に拉致されたというのは本当ですか?」

 

 和みかけた空気が暗礁宙域のように暗く沈んでいくのを、全員が感じた。

 誰もが私の方をなるべく見ないように、視線を牽制し合っていたが、やがてそれは《ジュピトリスⅡ》の総責任者たるバッハの元へと集まっていった。

 

「すべての状況から判断するに」

 

 重々しい口調で語るバッハ艦長に、私は嘘であってほしいと願ったが、それが叶わぬことだと思い知らされた。

 

「それは事実だ。彼女は【火星ジオン】に連れ去られた」

 

 


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