After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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どんなときでも、ひとりじゃない

 

(待ってくれ! 生きることをあきらめないでくれ!)

 

 それは失くしてしまったと思った、あの人の声だった。

 それに、みんなの声が聞こえる。なんて温かい・・・・・・。

 

 

 《ジュピトリスⅡ》の対空監視モニターから《キュベレイ》を見上げるバーバラは願った。

 

(生きて。命を粗末にしないで!)

 

 

 ダミー岩石に隠れながら、《ゲルググキャノン》のビームを照準するベイリーは焦った。

 

(組み付いた状態では、撃てない! あなたを死なせるわけにはいかない。それでは意味が無いんだ!)

 

 ベイリーは望んだ。

 

(キアーラ様の分まで生きてください!)

 

 

 遠く離れた《ダイニ・ガランシェール》からも仲間の声が。

 航空士席に巨体を押し込めたアレクが、短く力強く叱咤する。

 

(生きろ!)

 

 

 両手を組んだユーリアが一心に祈っている。

 

(まだあの人に自分の口で伝えてないでしょ? あなたの気持ちを。死んじゃダメ!)

 

 

 ブリッジで舵を握るフラストも、

 

(生きろっ! 生きて、この宇宙のどこかにいる、あの大馬鹿野郎と再会しろ!! あいつを一発ぶん殴るまで、死ぬな!!!)

 

 

 そして、今。

 死にゆく私がもっとも強く望んだ、あの人の想いが聞こえる、感じる。

 

(待ってくれ! 生きることをあきらめないでくれ!

 君にはまだ温かい血と肉が残っているじゃないか! それは作り物なんかじゃない。君が生きている証だ。心だけになってもいいなんて言うな!!)

 

 でも、アンジェロ、あなたは私から離れてしまった。行ってしまった。私を置いて。

 

(ずっと考えてたんだ、君と別れてから。独りにされる淋しさを私は誰より知っていたはずなのに・・・・・・)

 

 暗闇に座り込む蒼い瞳の少女。

 その横にたたずむ銀髪の少年。

 少女は触れば切れそうな、人間兵器の仮面を被っていた。

 少年は心をバラのトゲで包み、誰にも近寄らせない。

 寂しい。哀しい。お互い温もりを確かめ合いたいのに、そうすれば自身が持つナイフやトゲで相手を傷つける。

 背中合わせの二人。どうすれば、分かり合えるのだろう。

 

 その時、 

 

 両者の間に小さな男の子が霧のように沸き現れた。

 幼子は魔法のように輝く小さな手でもって、マリアの刃を、アンジェロのトゲを取り去ってくれた。 

 にっこり微笑み二人に手をつながせる。

 その子のやわらかそうな巻き毛はアンジェロの銀髪。その子の笑った目はマリアの深く蒼い瞳と同じだった。

 そして、唐突にマリアは今までの事象を理解した。

 

(そうか。そう、だったんだ。こんな私にも・・・・・・)

 

 自らの下腹部に優しく手を当ててあげる。

 アンジェロの想いは続く。

 

(誰であれ人は魂のよりどころが必要なんだ。今度は必ず受け止めるから。必ず帰るから。だから。

 生きてくれ!!)

 

 

 マリアは瞳を見開いた。それはすでに蒼いガラス球のように光を失っていた。

 だが、何倍、何十倍にも拡大された彼女の意識が今まで以上にはっきりと目前の敵を認識していた。

 

「死ねない! 私はあの人に会うまで!

 この体に宿る、希望の光を、誰にも奪わせはしない!」

 

 

 

 

「何の小細工だ? 小娘がっ!」

 

 激憤と共にカールが操縦桿を幾度となく押し込む。接触回線を通して、《キュベレイ》のマリアにもその様子が感じられる。

 呼応するかのように、《ZZ》が息を吹き返そうとしているのか、デュアルアイ・センサーが明滅した。

 

(暗黒面に落ちたか《ダブルゼータ》っ!)

 

 しかし、新たな思惟にまた《ZZ》は呪縛される。

 

「その声、まさか、・・・・・・お兄ちゃん?」

 

 その感触にマリアは呟き、彼方の惑星を思う。

 確かにそれは何億キロも離れた、遠く木星から届いたものだった。姉のプルが超光速で彼女の危機を知らせたのだった。

 

(マリア思い出すんだ! 俺が言った言葉を)

 

 それは10年前、彼が強い想いと共に発した心の叫びだった。

 

 

『俺は間違いなく、身勝手な人の独善に対して、皆の意志を背負って戦っている!』

 

 

 私が大好きだった、もちろん今も好きなジュドー。

 でも、彼に対する想いはここ最近まで抱いていた恋愛感情とは違う。

 

(そう。今はアンジェロがいる)

 

 はっきりと変わっていた。家族愛。命を救ってくれた兄の背中を無邪気に追いかけていた頃に戻っていた。

 ジュドーの心の叫び。私は子供で人間兵器として、戦っているだけの存在だった。あの頃は聞いても、本質は理解していなかったのかもしれない。

 でも、いまなら、

 

「解ったよ、お兄ちゃん・・・・・・。

 カール、あなたは哀れだ。あなたは命の片側しか見ていない。影があって光があるように、死があってこそ生がある。

 命は死があるからこそ、生きる輝きがもてる。死があるからこそ、精一杯この生を全うしようとする」

 

 亡くしてしまったキアーラのことを思い出す。哀しい。でも、

 

『あなた、の、声を聞けて、良かった・・・・・・』

 

 彼女は死に際まで私のことを想ってくれた。

 

『人はどんなにぼろぼろになっても、生きてゆくしかない』

 

 ベイリーの言葉が打ちひしがれた私を励ましてくれた。

 

『俺はその娘を助けようと決めた』

『俺たちは仲間だろ!!』

 

 フラストとトムラが、私はどんな時でもひとりじゃないと気付かせてくれた。

 

 そして、

 

『君が救われるというのなら。おいで』

 

 アンジェロの優しい瞳が、人間兵器プルツーをマリア・アーシタに戻してくれた。

 

「生と死。それは1枚のコインの表と裏と同じなんだ。どちらかしかないコインなんてこの宇宙のどこにもない。

 そして、別れがあって愛がある、人を亡くす悲しみがあって、生命の誕生の喜びがある」

 

 マリアの語りは《ZZ》コクピット前席のエイダも苦しめた。

 

(なんだ? なんなんだ、お前は)

 

 エイダの意識は《ZZ》と《キュベレイ》の装甲を貫通し、リニア・シートに収まるマリア、彼女の腹から、彼女とは違う別の鼓動を見た。

 少女がまだ知らない、子宮という母のベッドに抱かれ、細胞分裂を繰り返す小さな光の鼓動を。

 

「だから、人は限られた命の中で、影と光を与えられ、さまざまな可能性を模索して生きるんだ!

 人間の可能性をあなたのような死しか見えていない人に、潰されてはいけないんだ!」

 

 一転して強くなったマリアの叫びに、エイダの頭痛も激しくなる。

 

(頭が、割れる。誰か、助けて)

 

 今や両手で顔面を押さえるエイダ。

 しかし、その手を透過して、《ZZ》と《キュベレイ》の間の虚空に浮かぶ人型のシルエットを少女は見た。緑の燐光を放っている。エルピー・プルだ。

 

(妖精?)

 

 涙を浮かべて呟くと、プルはエイダに笑いかけた。

 

(あのお姉ちゃんは優しいことを言ってるんだよ。だから、ほら、おいで)

 

 そうだ。早くここから逃げたい。

 プルがエイダに手を伸ばし、少女もそれに応える。

 だが、《ZZ》のコクピット前面装甲が少女を遮る前に、黒い思惟が壁となって、両者に立ちはだかった。

 さらに、後ろから大蛇のような太い腕がエイダの首に巻きつき、締め上げる。

 冷たい声でカールが囁く。

 

(ダメだ。お前は殺しの道具だ。分かるかこの感覚が? 思い出せ)

 

 その腕越しにカールの全てを否定する思惟が染込んできて、エイダの全身の毛を逆立たせる。

 そう。少女が囚われの身となり、数多くの男たちから気持ち悪いものを体に突き込まれた、あの感覚。

 

「嫌、いや、イヤ・・・・・・」

(それとも、先にお前が死ぬか?)

 

 エイダの心が黒い闇に塗りつぶされそうになる。

 

 それは、死。

 

「いや―――ぁぁぁ! 死にたくないっ!!」

 

 その叫びに応えるように、《ZZ》は《キュベレイ》同様、全身から光を放ち始めた。

 少女の生存本能が《ZZ》を呪縛し動けなくしていた戒めを取り去ったのだった。

 その発光に吹き飛ばされて、プルが《キュベレイ》まで流されてくる。

 

(マリィ、あの娘を助けてあげて! こっちに来たがってる)

 

 手探りで右の操縦桿を握ろうとするマリア。プルは彼女の腕に触れ、場所を導いてやる。目は見えないが、プルが触れる皮膚は温かかった。

 

「わかったよ、プル」

(みんなが来てくれましたよ。姉さん、後少しです)

 

 また別の思惟が操縦桿までマリアの左腕を運んだ。マリーダだった。リニア・シート横に寄り添う彼女は深い慈愛に満ち、マリアを安心させるように頷いた。

 いや、ふたりだけではない。

 このシートの後ろは、虹の向こうにつながっている。たくさんの楽しげな笑い声が聞こえる。そこから彼女たちが駆けつけてくれるのをマリアは感じた。

 

「ありがとう、みんな」

 

 視力を失ったマリアにはもう見えない。

だが、《キュベレイ》のディスプレイにはあり得ない【FUNNEL READY】の表示が明滅していた。

 

 

 

 

「ひねり潰してくれる」

 

 カールはもはや狂気に憑かれた表情だった。

 《ZZ》の左マニピュレータが《キュベレイ》の右のそれを押し込む。何とか耐えているような《キュベレイ》だが、とうとう限界を超え、右肩から噴霧状の液体が宇宙に飛び出す。

 実体化したエーテルのきらめきが、それを押さえ込もうと亀裂部位に集まる。

 しかし、押さえても押さえても、近傍から次々と破断が始まり、到底追い付くものでもない。

 カールが勝利を確信した、その時。

 《キュベレイ》のファンネルコンテナから、小さな発光体が次々と発射された。

 

「馬鹿なっ!! 今頃、新たなファンネルだと!?」

 

 だが、それは一切の熱も持たず、装甲もスラスターもビーム兵器もない。質量すらなかった。それなのに、現世のあらゆる防御手段をいとも簡単に貫通する存在だった。

 人の姿をした、人の想い。

 真空を突き破って、《ZZ》のコクピットまで甲高い笑い声が伝わってきた。

 

「なに、違う? 子供だと!?」

 

 胸部コクピットの装甲を何事も無かったかのように透過したそのシルエットが、カールの目前に迫り、その顔をのぞきこむ。そして、にっ、と白い歯を見せ笑った。

 オレンジがかった栗毛、蒼い瞳、10歳ぐらいの少女。

 ひとりふたりではない。10に迫る数。それは緑の燐光を撒き散らしながらカールとエイダの周囲を飛び回った。

 

(キャハハハッ!)

(おじさん、あそぼっ!)

 

「なんなんだ、こいつら! 来るな! やめろ! まとわりつくんじゃない!!」

 

 ああ、腹立たしい、むかつく! 私はこいつらが、子供が大嫌いだ! 皆死ね。ここからいなくなれ!!!

 リニア・シートの上に立ち、息が上がるほど両手両腕を振り回して、少女の幻影を追い払おうとするカール。

 ふと、全天周モニターの正面に視線を戻すと、まるで《キュベレイ》を守るかのように両手を広げる別のシルエットを認め、『ひっ!』と小さく息を飲んだ。

 唯一、それは少女でなく、成人の女性だった。

 後ろで結んでいた髪を解き、末広がりに展開した長い栗毛が、カールの憎悪と怒りを遮る。

 

(あれは私が亡くしてしまった希望の光。もう二度と失わせるわけにはいかない)

 

 彼女、マリーダの声音も表情も穏やかだった。しかし、そこには決して踏み込ませないという、厳然とした決意を感じさせた。

 

「なにが希望だ! なにが光だ!

 光はっ、ダブリンの街を消した、あの光さえあればいいんだっ!」

 

 マリーダと姉妹たちが抱く希望。カールが(まと)う黒い絶望。

 両者は拮抗し、狭いコクピットの中で激突した。吹き荒れる嵐。

 しかし、

 

「ここから出て行け――ぇぇぇ!!!」

 

 何という強い負の心か。その黒い思惟は、とうとうマリーダと姉妹たちを弾き飛ばした。

 しかし、その反動はカールの精神にも強く衝撃を与えた。頭が大きくのけぞり、次には、がくり、と下に垂れる。

 その視界に、前席で恐怖に震える小さなノーマルスーツが飛び込んできた。

 すぐまた、怒りが湧き上がる。まだ膝が笑っていたが構わず、

 

「お前も消えろーぉ!!」

 

 コクピット・ハッチを開放するや、カールはエイダの首の後ろを掴んで、暗い宇宙に投げ飛ばした。

 無重力空間に突如投げ出され、回転し続ける少女。彼女の悲鳴は真空という、絶対の壁に遮られて生身の人間は誰も聞き取れない。

 

(マリィィィ、あの子が!)

 

 叫んだのはプルだったか、それとも他の姉妹の誰かか。いずれにせよ、彼女たちは水泡のようにきらめき、消滅した。

 

(見えないなら、感じろ!)

 

 マリアは自分自身、そして、単なるマシーンに過ぎなかった《キュベレイ》に言い聞かせた。

 

(そうだ。この宇宙で怖くて、泣いているあの子がすぐ近くにいるはずだ。《キュベレイ》、それを感じ取れ!)

 

 彼女の思惟を汲み取った《キュベレイ》の対物感知センサーが数倍にも感度を上げ、周囲を探索する。機械であるセンサーと神経細胞のシナプスが直結したようなダイレクトな感覚。

 

(いた!)

 

 コクピットの左斜め前方。左マニピュレータが届く。

 エイダを潰さないように慎重に、だが、素早く《キュベレイ》は少女をマニピュレータに包み、胸部コクピット前まで運んだ。

 彼女の体を中に引き入れようとしたハッチを開放する。

 急激な負圧により、起爆リモコンが宇宙に飛び出し、ついで前方から何か否定の意思のようなものが、飛び込んでくるのをマリアは感じた。

 シートの周囲、全天周モニターに小石ぐらいのものがぶつかって弾けている。真空中で音も聞こえず、マリアには目も見えない。

 深く考えている猶予はなかった。開いたハッチの端をしっかりと握り、半身を宇宙に乗り出して、エイダの体を手探りで求める。

 

(見えないことが、こんなに恐ろしいことだったなんて)

 

 マリアは膝が震えそうな恐怖と戦いながら、周囲をまさぐり続けた。

 すると、《キュベレイ》の装甲とは違う柔らかい感触を手が探り当てた。

 ほっ、としたその時。

 下腹部に衝撃と痛みが走った。瞬間的にマリアは理解した。

 

(撃たれた!)

 

「ハッハハ! やった、やったぞ! お前の光を奪ってやった! ざまぁみやがれ」

 

 カールはノーマルスーツの背部にランドムーバーと呼ばれる推進装置を付け宇宙に飛び出していた。マリアとエイダの前方斜め上から、拳銃を向ける。

 すでに、そのスライドは後退し、全弾撃ち尽くしていたが、すぐに弾倉を捨て、腰の予備を取り出す。

 マリアは夢中でエイダの体をコクピットに引っ張り込み、自身も中へ転がり込んだ。しかし、上下が狂い、ハッチの開閉スイッチがどこにあるのか分からなくなる。

 

(ああ、早くしないと! カールが)

 

 そこら中を手で探るが、焦りばかりが足元から上ってくる。

 カールがランドムーバーを吹かして、向かってくる。

 

「まったく無様な格好だな。犬かお前は」

 

 視界に四つん這いのマリアの姿が入り、カールは嘲笑う。いよいよ、彼はすぐ背後まで迫ってきていた。

 その気配をマリアも感じ取る。背筋は多足虫が這い回り、歯はいつまでもかみ合わない。

 

(ああ、ダメだ! もうそこにいる)

 

 マリアは自分の背中の一点が、高熱を持っているように感じられた。そこに銃口が向けられているはずだ。

 果たして、そうであった。

 カールは右人差し指の第一関節に力を込める。

 後退するトリガーがシアーにぶつかり、固い感触となる。

 さらに力を込め、とうとうシアーが外れる。

 ハンマーが撃針を叩き、撃針が雷管を打つ。

 火薬が爆発的速度で膨張し、弾頭を押し出す。

 銃身内のライフリングに回転運動を与えられ、弾はマリアの背骨と心臓を貫通する・・・・・・、

 

 直前で、一瞬早く《キュベレイ》のハッチが閉まり、弾頭は軽い衝撃を響かせ、跳ね返された。

 

「ちくしょおおおぉぉぉお!!」

 

 カールが叫びながら、残りの全弾を構わず、ハッチの装甲に叩き込み、空になった拳銃も投げつける。

 

「ぶち殺してやる!」

 

 悪鬼の顔つきで、《ZZ》のコクピットへと戻った。

 

 

「エイダっ!? エイダなの?」

「うん、私だよっ! お姉ちゃん、大丈夫?」

 

 すんでのところで、ハッチを閉鎖したのは正気を取り戻した少女、エイダだった。

 コクピットの内で這うようなマリアの姿に、エイダは心配と恐怖が入り混じった様子で、小さな体を震わせる。

 

「私のことはいいからっ! 早く《キュベレイ》で逃げて」

「ダメだよ。ぉ姉ちゃん、できないよ」

 

 リニア・シートに移ったエイダがベソをかく。

 

「大丈夫。あなたならできるよ」

「ダメだよ! 動かないよ」

 

 少女の言葉にマリアは、はっ、として、今までの戦闘と機動を頭脳をフル回転させて振り返る。

 

(ここまで来て、・・・・・・推進剤切れなんて)

 

 マリアが導き出した結果と、ディスプレイに表示された【FUEL EMPTY】の現実が一致する。

 

 

 組み付いたままの《ZZ》が頭部の最大俯角をとって、ハイメガキャノンのヘキサゴン短砲身、その暗い砲口を《キュベレイ》に向ける。

 

「こいつが《FAZZ》みたいにダミーだと思ったか! 頭はジュドーの《ZZ》のスペアパーツでできているのさ。

 この距離で撃てば、俺もただではすまん。だが、お前らはとにかく死ね」

 

(ぐっ! どうすれば。何かないか、何か・・・・・・)

 

 いまや全ての反撃手段を喪失した《キュベレイ》。姉妹たちの気配も、マリアにはもはや感じられない。

 自分の肩を抱きながら、チラつく全天周モニターを見上げるエイダ。その瞳に光の粒子が、ハイメガキャノン砲口の中心に収束してゆく様がやけにゆっくりと映った。

 可能性が全て否定され、開いた穴に黒い思惟が入り込む。

 それは、死、絶望、終わり、無。

 

(いや! まだだ!)

 

 歯を食いしばりマリアはリニア・シート下をまさぐり、緊急脱出レバーを引いた。

 《キュベレイ》の上・下半身が分離し、エマージェンシー作動。火薬が爆発し、球形コクピット・ブロックは一転脱出ポッドとして後方に飛び出した。

 

「フハハハッ! 馬鹿が。自分から距離を取るとは。これで死ぬのはお前らだけだ!」

 

 カールは遠ざかりつつある脱出ポッドに向け、照準のレティクルを追尾させる。

 姿勢制御用の限られたバーニアしか持たぬ、それに命中させるなど造作も無い。

 

「蒸発しろ!」

 

 砲撃のエネルギー・チャージは完了していた。

 カールは右操縦桿、そのトリガーに指をかける。

 

 

「ベイリ――ィィィ、今だっ!!」

 

 

 確かに、彼はマリアの叫び声を聞いた。

 ベイリーの意識は宇宙に拡大し、モニターに針の先のように表示される《ZZ》の元へ飛んでいった。体がちぎれ、顔だけが超光速で飛ぶ。

 やがて、口も耳もちぎれ、眼球だけが《ZZ》コクピットを貫通し、中に収まる狂気の黒い衝動に突き動かされる心臓を照準に捉えた。

 

 狙いあやまたず、《ゲルググキャノン》のビームは《ZZガンダム》コクピット正面に命中した。

 が、その一撃は胸部に設置されたIフィールド発生機構によって跳ね返された。

 そして、ビームの跳軸は《キュベレイ》のリア・アーマー内を貫通。内蔵されていた2発のシュツルム・ファウストの弾頭先端の信管を掠り、添装填薬に点火した。

 一瞬で爆発が始まる。

 高性能炸薬が生み出す、衝撃波と超高温の燃焼炎。続いて生み出されたジェット噴流が《キュベレイ》下半身の小型熱核反応炉を溶かしながら、穴を穿つ。

 

 

 

 

 百分の一秒が千倍に引き伸ばされた、その時の中でカールは思う。

 

(そうか。俺が一番殺したかったもの。それは、・・・・・・)

 

 《ZZ》の目前に小型の太陽が誕生しようとしていた。

 

(どうしようもなく、狂ってしまった自分自身)

 

 全天周モニター正面。穿った穴から放射状に広がってくるまばゆい光。ダブリンで見たあの光。

 

 

 

 そして、黒い思惟にまみれた《ガンダム》は宇宙に爆散した。

 

 




(あとがき)
 次回、最終話です。

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