After La+ ジュピトリス・コンフリクト 作:放置アフロ
「人が効率よく死ねばいいなんて、それはお前のエゴだろう!」
『ハハハっ! おもしろいな。試験管ベビーというエゴそのものの、お前に言われようとはな。
えぇ、そうだろう!? 違うのかっ、クローンの強化人間っ!』
MS格闘戦の最中であっても、マリアとカール、ふたりは心から湧き上がる衝動を抑えることはできなかった。
『コロニーの墓標なんて最高じゃないか。敵に股を開いていたような女と、そのガキには十分すぎる大きさだ』
「お前だって、女の腹から生まれた人間だろう!? いくら自分の妻が不貞を働いたからって、それは人間の存在を否定する行為だっ!」
『人工子宮器の培養物がっ、人間を語るな――ぁぁ!』
カールの激情と《FAZZ》の斬撃が、マリアと《キュベレイ》を噴き飛ばす。
『あの女は生まれた娘を、俺の子だと言いやがった。俺の子が蒼い瞳なわけがない。
こんな欺瞞と不誠実を許せるかっ!』
だから、初めて会った時からお前のことが気に喰わなかった。
お前のその蒼い瞳だ。別に鋭い目付きがどうのこうのじゃない。
その色だ。腹が立つ。ナイフを突き立て抉り出してやりたい。
「違う! 不誠実なんかじゃない! きっと彼女はあなたに手を握って欲しかったんだ。
それを突き放してしまったら、女は」
その先が続けられない。胸が重苦しくなる。
自分自身で発した言葉に追い詰められ、幾度となく味わった虚無という虫に食われていく。
(そうだ。あぁ、アンジェロ。なんで、あの時)
-あなたが私のマスター?
救いを求める問い。どうしようもできない状況に私は助けを求めた。
けれど、彼は首を振った。
そのマリアの心に空いた穴に真っ黒い思惟が入り込んでくる。
『フハハハッ! またかっ、くだらん失恋か。一年前から変わってないな、お前は。
そんなことだから、生身の人間を撃ち殺したぐらいで簡単にトラウマになるのさっ!』
その言葉はマリアの心を陵辱した。
『お前は人間兵器としても中途半端だ』
「だっ、黙れ!」
光刃をぶつけ合う状態から、二刀流のもう片方のマニピュレータに握らせたサーベルで、一撃を狙う《キュベレイ》。
『なぜだか教えてやろう』
だが、《FAZZ》は後退機動で逃げる。
追いすがる《キュベレイ》とそのファンネル。
《FAZZ》頭部バルカンが火を噴く。その牽制射撃を《キュベレイ》は横ロールでかわすが、ファンネルは火線に巻き込まれ墜とされた。
『お前は壊れた人形だ。出来損ないだ。
意思を持つな。人間になりたいなどと思うな』
さらに、《FAZZ》の右腕、ダブル・ビームライフルの砲口が上がると、《キュベレイ》はさらに緊急回避を取らざるを得ない。
「それが、・・・・・・いけないことなのかよっ!!」
縦ロールでビームライフルの射線を外すと、マリアはまたフットペダルを踏み込んだ。
(えぇい、ちょこまかと不愉快な奴!)
《FAZZ》コクピット前席のエイダはイライラしながら、サイコミュを通し攻撃のイメージをファンネルに送り込む。
だが、相対する《キュベレイ》の気配がふたつにも三つにも分かれるような感覚を覚え、彼女の狙いはしっかりと定まらなかった。
分かれる度に、その機体から緑の燐粉を散らしているように思える。
(頭が、痛くなってくる)
エイダはその小さな眉根にシワを寄せながら、脳の芯に響くチクチクとした感覚に抵抗した。
加えて、2機の《ギラ・ズール》が地味だが、堅実に1基ずつファンネルを墜とし、数を減らしていった。
そして、今また1基のファンネルがビームマシンガンの緑の光弾を受け、わずかな黒煙を引いた後、虚空に爆散した。
瞬間的なサイコミュの逆流が起き、自分の頭の一部が針に刺されたような感覚に、エイダは思わず左手を操縦桿から離し額を押さえ、「くそっ!」と呟く。
その様子に、
(こいつ限界か・・・・・・)
後席のカールは一段高くなったリニアシートから冷たく少女を見下ろす。
(やはり門外漢の『刷り込み』では、不完全な付け焼刃か。まぁ、いい。正気を取り戻したときが、このガキの最後だ)
カールは腰の拳銃ホルスターの蓋を外した。
『カーァル! これ以上、エイダをっ!』
「ふっ、うるさいっ!」
感情をむき出しにして突撃するマリアと《キュベレイ》に、カールと《FAZZ》は冷笑と通常の1.5倍出力にも達するビームサーベルで迎え打つ。
(何度、斬り込んで来たとしても、無駄だ。《キュベレイ》の貧弱なサーベルでは、勝てん)
カールはまた弾き返そうと、操縦桿を押し込んだ。
その時!
《キュベレイ》の機体が急回転、スピンターンし、鍔競り合いしていた荷重を急激に抜く。
《FAZZ》は無重力空間の反作用を失い、前につんのめるようになり、すぐさま前方回転運動へと変化した。
(やるじゃないか、人形)
《FAZZ》の姿勢制御バーニアを小刻みに噴き、なんとかバランスを回復するや、対物感知センサーが、格闘戦の距離にある20mサイズの物体を捉える。
頭で考える前に、手が操縦桿を動かしていた。
咄嗟に振るったハイパー・ビームサーベルは《キュベレイ》のシルエット、その腹部を真っ二つに切り裂いた。
そして、そのダミーバルーンが負圧により、急速にしぼんだ時には、【敵機接近!】の緊急警報が《FAZZ》のコクピットに鳴り響いていた。
全天周モニター下方。足元から《キュベレイ》の暗い影が亡霊のように沸き上がり、左手のサーベルを腰溜めに据えたまま、一直線に向かってくる。
(エイダ。ごめん)
マリアは心の中で少女に詫びた。彼女はその子を救いたかった。
しかし、今まさに《FAZZ》に喰らわせようとしている一撃はあまりにも強烈で、かつ正確にコクピットを狙っていた。
《キュベレイ》コクピット内、モニター正面のレティクルが赤い十字に切り替わり、それは敵腹部へ攻撃距離に接近したことを示している。
百分の数秒という一瞬の中で、マリアはトリガーを絞り、《キュベレイ》はサーベルを真っ直ぐ突き込んだ。
そして、《FAZZ》コクピットのカールはリニアシート下の緊急レバーを引いていた。
《キュベレイ》のサーベルは狙い誤らず、《FAZZ》のコクピット前面を貫いた。
しかし、
(なにっ!?)
貫いたのは『前面』の多重空間装甲だけであった。
カールがレバーを引くと同時に《FAZZ》全体で起こった小爆発は、機体を白煙に包み込んだ上、《キュベレイ》に向けパージされた増加装甲の破片を撒き散らしていた。
瞬間的に《キュベレイ》の視界を白煙と装甲片が奪う。
その混沌を掻き分け、真の姿を現したMSがマニピュレータを見せる。
ノーマルスーツの下、マリアの肌を否定の意思が舐め回し、ぞくりとさせる。
(犯される!)
《キュベレイ》のバインダー・バーニアを前に向け、後退機動しようとした時には、もう遅かった。
白煙から、ぬっ、と頭部を出した正真の《ZZガンダム》は、パイロットの意思そのままに狼狽する《キュベレイ》に対して、横蹴りを放った。
腰部アーマーにそれを喰らった《キュベレイ》は内臓を抜き取られるかのような後方への加速Gと共に吹き飛ばされる。
マリアの思い出のひとつである『龍飛』と書かれた装甲は回転しながら、虚空の彼方へと消えていった。
続く背部の岩石への激突に、コクピットの彼女もリニアシートのヘッドレストへしたたかに後頭部をぶつける。
それはヘルメットを被っていても脳震盪を引き起こした。
(あぁ、チクショウ。早くしろ、動け!)
自分の手足に、敵の追撃に対して対応を取るように命じるが、全くそれは言うことを効かなかった。
視界がかすむ。嘔吐しても出るものは、わずかな胃液しかない。
モニターの正面に、ダブル・ビームライフルを構えたトリコロールカラーのMSが迫る。
(怖い。やられる。誰か・・・・・・)
《ガンダム》は敵。恐ろしい敵。
どうしようもない、厳しい現実となって、私の前に立ち塞がる高い壁。全身が恐怖に震える。
霧の中にいるような私の脳に、彼方の罪悪感が響いてくる。
*
(プルツー、ごめん。あのね。言いにくいんだけどさ、・・・・・・もうお店に来ないでくれる、かな? ビーチャがね、ちょっと)
(エル・・・・・・。うん、わかった)
トゥルルル、ガチャ。
(はい、こちらモンド)
(私だ、プルツーだけど)
(え。あ、ごめん。今、ちょっと忙しいから、かけ直すわ)
ガチャ。ツー、ツー。
トゥルルル、ガチャ。
(『はい、イーノ・バップです』)
(あ、わ、私、プルツーだけど)
(『ただいま、電話に出られません。メッセージを残し』)
トゥルルル、ツー、ツー。
(いいんだ、別に。私は今まで独りで生きてきたんだし、仲間なんて要らない。
グレミーだって、私を道具、人形としてしか見ていなかったんだし。
私には依るべきマスターなんて、マスターなんて・・・・・・)
(プルツー・・・・・・。いや、マリィ)
(ジュドー! あのさ。その、もし、ジュドーさえ、いいなら)
(ごめん、マリィ。俺はルーのことが好きだから。彼女のことを大切に思っているから。
だから、・・・・・・君とそういうことはできない)
(ああ、もちろんだ。分かってるよ)
(はは、ふふふ。なんて馬鹿なんだろう、私は。受け入れてもらえるはずがないじゃないか。
うつむいて生きていけばいいのさ。そうすれば、この栗毛に隠れて、本当の瞳を見せなくてすむ。みっともない泣き顔を見せなくてすむ。
そうだ、生きてさえいれば、
きっと、いつか。
優しい瞳をした誰かに逢える、はずだから・・・・・・)
(それはない)
(っ!? ジ、ジュドー、な、なんで)
(生きてさえいれば、だって? アハハっ! プルを殺しておいて、なんで生きていられる?
死んじゃえよ、お前)
(・・・・・・ジュドーは絶対にそんなことは言わない。お前は誰だ。姿を現せ)
(ふふ、ばれたか。久しぶりだね、いつぞやの拷問パーティー以来だ)
(また、あんたか、グレミー。いい加減消えろよ)
(今日は口達者だな。本当は怖いくせに)
(ああ、怖いさ。昔、そう思うように刷り込まれたせいでな)
(刷り込み、か。そうだね。だけど、プルツー思い出さないのかい? 自分の存在意義を。でなければ、君は《ガンダム》には勝てない。このままでは、君は死ぬ)
(私の、存在意義、だと? ・・・・・・消えた? どこだ、グレミー!)
(後ろだよ、プルツー。ああ、この髪だ)
(なにをっ!? やめっ、ぁ・・・・・・っ!)
(指に絡みつくこの感触、かすかな甘い匂い。
あぁ、思い出してよ。この髪が炎に炙られ、焦げた時のことを。
まだ分からないのかい? 哀しいな。君はあの時、ぼくを裏切った後悔に苦しみながら泣き叫んでくれたというのに)
(いやだ、やめろ! 早く私の前から消えろ!)
(だが、思い出さないというのなら、思い出させるまでだ)
(な、何をする気だ、グレミー!?)
(また味わうがいい。苦しむがいい。自分の体が消えるような感覚を。
大切なものを奪われる苦しみを)
*
吹き飛んだ《キュベレイ》は、叩き潰されたハエのように岩石に張り付いたまま全く動かぬ。
《キュベレイ》頭部のデュアルアイ・センサーはすでに光を失っていた。最後の1基のファンネルもサイコミュ接続が切れ、デブリとなって虚空を漂っている。
《FAZZ》のハリボテの装甲を脱ぎ捨て、本性を現した《ZZガンダム》。
全天周モニター正面、レティクルの先に《キュベレイ》を射線上に捉えたまま、ダブル・ビームライフルの暗い砲口は微動だにしなかった。
しかし、いつまで経ってもそこから亜光速の高熱は発せられなかった。
(つまらんな)
心底、という感じでカールは呟いた。
先程、ビームサーベルで《FAZZ》の体勢を崩した時には、善戦の期待もしたのだが、
「まだまだだな。今のお前では俺の心を満足させられない。もっと怒れ」
カールは《ZZ》を反転させ、
「しっかりとそこで見ていることだ」
わずかに、背後のモニターを振り返ると、眼下の巨大宇宙艦船《ジュピトリスⅡ》に向けて、フットペダルを踏み込んだ。
『うおっ!? クワニ、やべぇ!』
ファンネルの攻撃をかわしながらのアイバンは、相棒に対して発することが出来たのはそれが精一杯であった。
だが、それだけで十分。クワニもアイバンの意図することを理解した。
《ZZガンダム》が岩石に衝突し擱座した《キュベレイ》に、ダブル・ビームライフルを向けていた。
すでに、ビームマシンガンの予備弾倉も全て撃ち尽くしたアイバン機は、マシンガンを投げ捨て、ビームホークを抜き放ちながら、《ZZ》に向け捨て身の特攻を仕掛ける。
しかし、それよりも早く《ZZ》はAMBAC機動で方向転換すると、直下12時方向へ飛び去った。
アイバンが安心する前に、《ZZ》の進行方向に位置する細長い艦船のシルエットをモニターに捉え、
『野郎っ! 母艦をやる気だ。クワニっ!』
『ダメだっ! 間に合わん』
クワニ機は膝下を失ったことで、推力に頼った旋回をするのがやっとで、機敏なAMBAC機動など求めるべくもなかった。
『おいっ、そこの《ジム》! 奴を止め』
クワニがオープン回線に叫ぶ前に、最後の《ジムⅢ》は《ZZ》にすれ違いざまハイパー・ビームサーベルの一閃を腰部に喰らい、あっけなく爆散した。
その頃になって、ようやく《ZZ》の攻撃の意図を察知した《ジュピトリス》が狂ったように対空砲の火を噴く。
だが、遅すぎた。
鮮やかな機動で続々と迫る火線を縫うようにかわすと、直近の近接防御火器の砲台を足で踏み潰し、《ZZ》が《ジュピトリス》甲板上に着艦した。
目前に艦橋が迫っていた。
*
艦橋正面のモニター。画面一杯に映し出される大型MSの不遜な姿。ただ一人、キャプテンシートのバッハはそれを見た。
続いて手にした拳銃を眺める。これでは豆鉄砲どころの話ではない。
バッハはヴァルター通信長以下全員に
『祈りは捧げたか、艦長?』
オープン回線が艦橋に響く。
「不要だ。私は無神論者でね」
バッハは幾分不満げに応えた。
《ZZ》はその巨体をますます近付け、手にしたハイパー・ビームサーベルのグリップを逆手に持った。
『結構』
*
霧の中から何かが響いてくる。
誰かが、怒りと焦りの入り混じった叫び声を上げている。
-これは、アイバンとクワニだ。
頭が少しずつ状況を理解する。動かなかった手指、足先の感覚が戻ってくる。
ーよし、動け。《ガンダム》を倒して、全てを終わらせよう。
蒼い瞳に力が戻ってくる。呼応するように《キュベレイ》のデュアルアイ・センサーにも光が灯る。
-大丈夫だ。まだやれる!
そう決意した直後だった。
(ありがとう)
懐かしくて温かい思惟が私の心に優しく触れた。
「えっ? なに?」
全天周モニターの下方。離れて小さく映る《ジュピトリス》。そこから小さな爆発の光が見えた。
そして、百分の一秒という一瞬の中で、私は全てを理解し・・・・・・。
「あああぁぁぁ――!」
彼の皮膚が、肉が、骨が焼けていく。溶けていく。
あの時と同じだ。10年前、この髪を焦がした時と。
ーあの人が消えていく! グレミーの時みたいに。
ー待って! 行かないで!
必死に呼びかけると、まだ消え残っていた彼の残滓が、
ーなんで・・・・・・?
ーなんで笑いかけるんだ?
ー私はあなたにまだ娘らしいことを何一つ。
(もうもらったよ)
彼の思惟が満足そうに微笑み、そして、
『ありがとう、バッハさん』
13歳の彼女の誕生日。
バラの花束を手にした栗毛の少女がうれしそうに笑い、少し頬を赤らめる。
礼を言うその幸せそうな笑顔が彼の意識をよぎり、
その精神は蒸発した。
あの時のバラが燃えていく、消えていく。