After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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前哨戦

 その様子を、タイガーバウムの宇宙港出入り口の程近い宙域から濃紺色のMSが窺っていた。

 ダミー岩石・デブリに隠れたそれは、連邦軍のジム系MSだったが、所属は《ジュピトリスⅡ》護衛のブッホ・セキュリティ・サービスである。

 型式番号RGM-79SR、通称《ジム・スナイパーⅢ》、その近代改修機である。

 右マニピュレータにロングレンジ・ビームライフル、両肘から多面体可動式シールドを装備。

 一撃必殺、ヒット&アウェイの狙撃専用機、と思われがちだが、実際には、背部にキャノン付きバックパックが換装できたり、腰部ハードポイントにミサイルポッドを付けられるようになっていたり、どちらかといえば、何でもこなす高性能マルチロール機という印象が強い。

 ベースとなった機体は10年ほど前、ティターンズの一部部隊で運用されていたカスタム機だった。

 ブッホ社はこれをグリプス戦役後貸与され、《ジュピトリスⅡ》にて、さらに改修を施して、護衛・哨戒業務に使用していた。

 

(しかし、この使い方は仕事から逸脱してる)

 

 後継主力機の《ジェガン》と同一の球形コクピットに換装されたその中で、パイロットのローマンは顔をしかめる。

 彼は上司からタイガーバウムを出港する貨物船《ダイニ・ガランシェール》の偵察を命じられていた。

 今、彼が行っているのは隠密偵察であり、《ジム・スナイパーⅢ改》のライフルが火を噴けば、とたんに威力偵察へと変わる。

 この機体はセンサー有効半径こそ《ジェガン》と同程度だが、狙撃仕様のため頭部に増設された光学スコープバイザーは優秀で、センサー圏外に遠ざかりつつある《ダイニ・ガランシェール》所属のMS3機をはっきりと映像に捉えていた。

 

(ん?)

 

 見れば、2機の《ギラ・ズール》の内1機からメイン・スラスターから噴射光が見えず、僚機であるもう1機の同型機に手部をつながれ、曳航されていた。

 

(エンジントラブルか?あちらさんも大変だな

 これからどうする・・・?)

 

 誰に向けた疑問でもなく、ローマンは思う。

 

 

 2ヶ月前。マリアが《ジュピトリスⅡ》を出奔したとき、ローマンはこの《ジム・スナイパー》に搭乗し、艦の前方、水先案内人として哨戒業務をしていた。

 《ジュピトリス》からの緊急のレーザー回線を受信し、機体を回頭させたときには、《キュベレイ》はまさにスラスター全開で宙域を離脱するところだった。

 

(間に合わないっ!)

 

 思いつつも、ローマンはレティクルを《キュベレイ》に照準しようとしていた。

 通常のMSに比べて、高速で宙行する《キュベレイ》に手動の照準でビームを命中させるなど神業の類だが、武装の性能としては十分有効射程距離内であるし、命中しさえすれば、長距離射撃用の高威力も相まって、《キュベレイ》を爆散させることは確実だった。

 また、当たらなくても、その前方移動予測位置に対して威嚇射撃し、ビームの強い閃光を見せることによって、逃走を留まらせるような努力をするべきだった。

 だが、ローマンは撃たなかった。それは撃ったところで、彼女と《キュベレイ》の機動に当たるわけがない、ということもあったが、

 

(撃てるわけがない・・・)

 

 昔からローマンはマリアのことを知っていた。彼は今、木星圏にいるジュドーとルーの二人とも親しく、彼らの結婚式にも呼ばれ、彼らを祝福した。

 そのときのマリアの様子も覚えていた。

 

(あの娘、あんなに明るかったのに、・・・)

 

 その後の変わりぶりを思い出すと、心が沈む。

 先天的に遺伝子設計されたマリアは、後天的に改造された強化人間のように常時投薬や刷り込みが必要なわけではない。

 普通に生活していれば、精神に不安定をもたらすことなどない。

 

(それなのに、精神安定剤を飲んでいた)

 

 ローマンは以前見てしまった。哨戒・護衛業務に出る直前、コンテナの陰に隠れ人目を避けるように、安定剤を服用するマリアの姿を。

 彼女は何事もなく、《キュベレイ》に乗り込んでいたが、心中を察するとローマンは複雑な心境になる。

 《ジュピトリスⅡ》が長い航海の終盤に差し掛かり、ようやく地球圏に到達したとき、

 

『マリアが《ジュピトリス》に向かっている、戻ってくる』

 

 上司カール・アスベルの言葉を聞いたときには、純粋にうれしかった。《ジュピトリス》はサイド3宙域に足止めされたが、それほど苦痛でもなかった。

 

(マリアが帰ってくるんだ)

 

 だからこそ、カールからこの仕事を頼まれたときに、不明瞭な尾行のような内容にも関わらず引き受けた。

 今度こそ自分の抱いている想い、淡い気持ちを彼女に直接伝えようと決心していた。

 

 

 全天周モニターでそれぞれズーミングしたMS3機のシルエットは、いよいよ《ジム・スナイパー》から遠く離れていた。

 

(これ以上、離れるとまずいな)

 

 ローマンはそう思い、フットペダルを静かに踏み込もうとした。

 その時。

 接近警報が鳴ると同時に、コクピットを激震が襲った。下方6時の方向から急接近したMSが《ジム・スナイパー》に後ろから組み付いてた。

 機体は前につんのめるような姿勢となり、その上、相手MSが左マニピュレータで《ジム・スナイパー》の頭部を目隠しするように鷲掴みにした。

 リニア・シート後方を振り返ると、そこに監視していたはずの《ギラ・ズール》のガスマスクを被ったような頭部が映し出されていた。

 

(なっ!どうして!?)

 

 コクピットの後ろから再度鋭い衝撃が走った。

 《ジム・スナイパー》のモニターにはダメージ・コントロール・システムが立ち上がり、背部の損傷・異常を伝えるメッセージが現れる。

 

『今、ヒートダガーを背中に突っ込んだ。分かるか?』

 

 接触回線を通して《ギラ・ズール》パイロットの冷たい声がコクピットに響く。混乱するローマンの脳のひだに、その言葉の意味が少しずつ入り込んでいった。

 彼の座るリニア・シート。その後方数メートルも離れない機体の中に、高温で装甲を溶解するMSサイズのナイフが刺し込まれている。

 

『お前がフットペダルを踏んで《ジム》のスラスターで俺を引き剥がすのが先か、』

 

 ローマンが今まさにしようと思っていたことを、相手に言われ、彼の足は動けなくなり、ヘルメット・バイザー内を嫌な汗が舞った。

 

『それとも、俺が操縦桿のトリガーを引いて、ダガーでコクピットを焼き切るのが先か。

 好きなほうを選べ』

 

 ローマンはヘルメットの内で呼吸が荒くなった。曇り止め加工を施しているにも関わらず、バイザーの内が曇りがちになる。

 

『落ち着けよ』

 

 呼吸音を聞かれたのか、棒読みだった相手の口調が少しローマンを気遣ったものに変わる。

 

『どっちも嫌なら質問に答えろ』

「・・・・・・」

『どうした?返事しろ。イエスかノーか?』

 

 

「これが、・・・答えだ!!」

 叫ぶやローマンが床までフットペダルを踏み込むと、メイン・スラスターが爆発的に噴射し、掴まれていた《ジム・スナイパー》の頭部を引きちぎりながら、《ギラ・ズール》を後方に引き離した。

 追撃する《ギラ・ズール》だが、推力の違いを見せ付けられ、追いつけない。相手と距離を取ると、《ジム・スナイパー》は縦ロールをかけ180度回頭する。

 必死にこちらに向かってくる《ギラ・ズール》のシルエットを捉えた。 

 

「こっちだって海賊相手に何度もやり合ってる!」

 

 メイン・カメラを失った《ジム・スナイパー》だが、胸部にも補助カメラを持ち、これだけでも精密狙撃でなく、中・近距離射撃であれば十分に照準することが可能であった。

 進路が交錯することを察知した《ギラ・ズール》が《ジム・スナイパー》の水平3時方向へとロールする。

 射撃モードとなった全天周モニターの正面レティクルに敵機の予測位置を合わせようと、ローマンは操縦桿を小刻みに揺らす。

 

「落ちろっ!」

 

 言いつつ、トリガーを引く。銃口を発した亜光速のピンクの一筋が暗い空間を引き裂いていく。

 通常のビームライフルよりも照射時間が長いそれは、まるで火炎放射器か曳光弾の火線のように、逃げる《ギラ・ズール》を追い迫った。

 とうとうビームは《ギラ・ズール》の両膝から下を焼き切ったが、そこで銃身加熱により冷却サイクルに入り、光軸はメガ粒子同士の干渉によって徐々に宇宙に拡散していった。

 

「くそっ!」

 

 敵機はヒートダガーをMS用マシンガンMMP-80に持ち替え、こちらへ牽制射撃してくる。

 だが敵機も膝下を失っているので、AMBAC機動に支障をきたしているだろうし、そもそもの推力・機動力で言えば、《ジム・スナイパー》の方が上である。

 このまま距離を取って逃げ回り、MMP-80の有効射程に入らなければ、敵のアウトレンジから一方的な射撃で落とせる。

 

(次は落とす!)

 

 衝動に駆られたローマンに撤退という選択肢はなかった。

 そして、自分を納得させていた彼は次の瞬間、コクピットに鳴り響く接近警報に驚愕する。

 それは、《ギラ・ズール》とは全く異なる方角、真下からだった。モニターの下に目を移すと足元の全天周モニターが、回転するビームナギナタの残像を描きながら、不気味に光るモノアイのMSが接近する様子を映し出す。

 《ジム・スナイパー》の近傍を擦過しながら、そのMS《ゲルググキャノン》はナギナタでロングレンジ・ライフルを両断していた。

 Eパックに誘爆しなかったのは、幸運だった。

 しかし、続いて正面から断続的な火線が《ジム・スナイパー》に迫る。《ギラ・ズール》が接近していた。

 口径90ミリの実体弾。その数発が《ジム・スナイパー》に命中し、不快な衝撃がコクピットを揺らす。

 

(やられるっ!)

 

 咄嗟にローマンは両前腕を胸部を守るように前方に突き出し、可動式シールドで覆い、後退機動に入る。

 追いすがる《ギラ・ズール》が凄まじい猛射をシールドに浴びせてきた。モニターにはシールドの裏からでも激しい銃撃で、火花と装甲片が光りながら飛び散っている様子が分かり、不気味な着弾音はコクピットまで到達した。

 しかし、永遠とも思える着弾の音楽は、実際には数秒で終わり唐突に途切れた。

 100連発バナナ弾倉をすべて撃ち尽くした《ギラ・ズール》は空の弾倉を捨て、腰部装甲上に付けたボックス弾倉に交換しようとする。

 一瞬の隙を突いて、ローマンは反撃に転じた。逃げていた《ジム・スナイパー》を一転、前方に突っ込ませ、接近戦を挑む。

 右マニピュレータが背中に装備されたビームサーベルのグリップを引き抜き、高温の光刃を形成したとき、《ギラ・ズール》はまだ予備弾倉を左手に握ったところだった。

 

「俺の勝ちだ!!」

 

 勝利の雄たけびをコクピットで上げながら、ローマンは操縦桿のトリガーを引く。

 次の瞬間、《ギラ・ズール》は両断される。

 はずだった。

 後方より忍び寄った《ゲルググキャノン》のビームナギナタに一瞬早く、《ジム・スナイパー》は、両脚を膝上から切断され、大きくバランスを崩した。

 袈裟切りに打ち込まれるはずだったサーベルは空しく虚空を切り裂き、質量バランスを大きくずらされた機体はコントロールを失って回転しながら、流れていった。

 ローマンは汚い罵声を吐きながら、姿勢制御バーニアを吹かし、なんとか機体を立て直す。

 その正面モニターにMMP-80を構える《ギラ・ズール》が映りこんだ。

 それが彼の見た最後の映像だった。

 

 

 無情にパイロットのクワニはMMP-80の銃弾を《ジム・スナイパー》のヴァイタル部位である胸部に叩き込む。

 指切り射撃で断続的に打ち込まれる銃撃に、《ジム・スナイパー》はロープ際でサンドバッグにされるボクサーのようによろめき、上下半身の連結部で小爆発を起こすと、完全に動かなくなった。

 

『大丈夫か、クワニ』

 

 レーザー通信で《ゲルググキャノン》のベイリーが呼びかけてくる。

 

「助かりました、少尉。もう少しでこちらがやられるところでした」

『AMBAC機動は?』

「約30%減少」

『掴まれ』

 

 クワニの《ギラ・ズール》はベイリーの《ゲルググキャノン》に曳航され、先行して《ジュピトリス》に向かうマリアとアイバンを追った。

 

「ダミーバルーンに引っかかるような奴だから、たいしたことないと思ったんですが。結局、殺してしまいました」

 

 苦い味がクワニの口中を占める。

 戦闘の前にエンジントラブルと見せかけて、アイバン機が曳航していた機体はクワニ機ではなく、ダミーバルーンであった。

 

『気にするな。戦士としては奴も意地を見せた。最後に見せたインファイトなど、なかなかどうして、気合がこもっていた』

 

 敵の最後に賛辞を贈るベイリー。

 

「ええ。あんな奴が《ジュピトリス》にあと10機もいると、・・・」

『老兵には辛いな。だが、なにより辛いのはマリアをかつての同僚と戦わせることだ。だから、私たちが露払いするしかあるまい。泥はこっちがかぶろうや』

 

 ベイリーは砕けた口調でクワニに呼びかけた。

 

 

 




「中距離支援MSで積極的にチャンバラ仕掛けるとか、バカなの?」

 ・・・・・・すいません。ハァ、だめだなぁ。


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