After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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今話の登場人物

イイヅカ
 日系の中年男性。短髪でM字禿頭。
 BSS社に所属する《ジュピトリスⅡ》艦載MSの整備長。
 愛銃は、ソウドオフ・スライドアクション散弾銃。
 エロオヤジ。


ジュピトリスのパイロット

 

 ざらついた感覚が入り込んできた直後のことだった。

 艦内の緊急警報サイレンと、急を告げる自室受話器の電子音が同時に鳴り響いた。ベットから跳ね起き、出入り口ドア近くの壁の受話器へ走る。

 

「こちらマリア。敵襲か?」

『士長!おやすみのとこっ、申し訳ありませっ。はいっ、第23コンテナ集積所が何者かに奇襲されましたっ!』

 

 部下のオリヴァーであったが、彼の声音はかつてないほど緊迫しており、おかしな語尾になっていた。

 

「23!?そんな内部で?」

 

 右手で受話器の向こうに応答しながら、左手はドア横に置かれた赤黒基調のノーマルスーツ(上下ツナギタイプの宇宙戦闘服)をつかむ。

 こういった緊急事態を想定して、部屋にはノーマルスーツが2セット、すぐに着用できる状態で常備してあった。

 さらには、下着姿で就寝しているので、脱衣する手間も無い。右手が使えないことを呪い、何とかノーマルスーツに下半身をねじ込みながら、頭は状況を素早く理解しようする。

 私が今いるここは、全長2kmにも及ぶ巨大資源採取艦《ジュピトリスⅡ》。その艦内深くに不意打ちの攻撃を受けるということは、

 

「モビルスーツ・・・じゃない!?潜入工作!?」

『ハイッ!現在、第1、第2小隊が敵と白兵戦を展開中。押されてます!手の空いてい

る者はすべて鎮圧に向かえとのことです!』

 

(やってくれたな・・・)

 

 私は奥歯を噛み締めた。オリヴァーはとにかく、すぐに増援が欲しいといわんばかりの焦りぶりだ。

 受話器の向こうで口角泡を飛ばしているのが、容易に想像できた。

 

「分かった。白兵の方はそっちで何とかしろ!私はモビルスーツを出す!」

『はっ!りょうか・・・はいっ!?えっ、モビ・・・!?士長の機体は整備中で・・・』

 

 私は受話器を壁に叩きつけると、側面に『P2』とマーキングされたフルフェイスヘルメットをつかみ、ドアを飛び出した。

 廊下を全力で駆け抜けながら、片腕をノーマルスーツに通そうとするが、途中で引っかかって上手くいかない。

 

(胸がきつい。やっぱりもう着れない。小さくなってる。作り直しておけばよかった・・・)

 

 上半身のノーマルスーツを不格好にバタつかせて、風のように走る半裸姿の私は、慌てふためく多くの整備員、無反動ライフルを抱えた警備員の間を駆け抜けていった。

 

 低重力下の居住区画から、無重力区画へ移動する円筒エレベーターの中で、私はようやくノーマルスーツを着終え、栗毛のショートボブをヘルメットの内に押し込んだ。

 イアホンのスイッチをオンにすると、次々と緊迫した艦内無線が飛び込んできた。

 時々雑音が混じるのは、電波を妨害させるために散布されたミノフスキー粒子の濃度が高くなったためだろうが、艦内であれば、無線による通話もそれほど問題ではない。

 

『こちら、第8区画。・・・負傷した!!衛生早く来てくれ!!」

『上のキャットウォークから制圧射撃!!』

『敵は複数のコンテナを奪って、係留ドックDから逃走しようとしている模様!!』

 

 最後の無線から察するに、敵はすでに撤退行動に移っているようだ。

 

(味方が押されてる、と言ってたが、反撃が上手くいっているのか、もしくは敵が目的を済ましてしまったのか?)

 

 エレベーターの中で戦況を予測しながらいた私は、無重力区画へ近づくにつれ、体が軽くなり、マグネットブーツの靴底が床から浮かび上がるのを感じた。

 目的のフロアに達すると、短い電子音を響かせて、ドアがするりと開いた。

 目出し帽にタクティカルベスト。その手には無反動ライフル。全身黒ずくめ2人が私の目前に立っていた。

 

(敵っ!!)

 

 反応は私の方が早かった。

 競泳選手のように壁を蹴って、左の敵のみぞおちへ頭から突っ込む。

 

「ぐぇっ!」

 

 ヘルメットに強打されカエルを潰したような、肺から空気を押し出された悲鳴を上げるが、かまわず、そいつの股間に右膝を叩き込む。

 何かがつぶれるような奇妙な感触。今度は悲鳴を上げることもできなかったようだ。

 だが、無重力下で無理な体勢から膝蹴りを打ったため、バランスを崩して、倒した敵と体位が入れ替わった。

 もうひとりは慌てて腰にかまえていたライフルを頬付けしようとするが、実戦経験が浅いのかまるでなっていない。

 構えが甘いままフルオート射撃で撃ち出した弾丸のほとんどが虚しく壁に着弾し、私に向かってきた数発も運良く入れ替わった敵の体が盾になり、人体に穴が空く鈍い不気味な音を立てただけに終始した。

 わずか3秒で全弾撃ち尽くした敵は、新しい弾倉を交換しようと、ベストのポケットをまさぐっているが、焦りからか、出した弾倉を取り損ねていた。

 私は倒した敵からライフルを奪うと、冷静に状況を考えて次の一手を導き出す。

 死体となった敵の肩にライフル前部を依託し、焦るもうひとりの敵、その正中線に銃口をポイントする。

 強く銃床を頬付けしようとしたが、うまくいかなかった。私はヘルメットを被っていたことを思い出した。

 

(ま、いいか・・・)

 

 トリガーガードの外に出していた人差し指をトリガーに掛け、第一関節が堅い感触を引っ掛けた。

 その時には、私は敵の心臓を捉えていた。引き絞る。

 断続的な銃声。

 指切り射撃で狙点をずらしながら撃ち、弾丸は敵の心臓と脳を完全に破壊し、即死だった。

 2つの死体は廊下に力なく漂った。

 

(10秒ぐらいロスしたか・・・)

 

 私は壁のレールに設置されたリフトグリップを掴み、油断なく進行方向にライフルをポイントしながら、目指すモビルスーツ格納庫ー通称MSデッキーへと向かった。

 

 

「本当に私のモビルスーツは整備中なのか!?どうして・・・」

 

 MSデッキに到着早々、絶句した私はモビルスーツを見下ろす位置に設置された通路の手すりから身を乗り出して、奥に格納され無情にも、

 

【KEEP OUT 整備中 電源注意!】

 

 のサインが施された愛機を見た。先ほど自室で受話器を叩きつける直前に部下が発した言葉が事実だと知って、私は正直落胆もしたが、少なからず驚きもした。

 

(来週の整備予定だったはずなのに、なぜ・・・?)

 

 形の良い唇を尖らせ、思案する。

 不信の中で、モビルスーツの足元を行き交う整備員の中に薄汚い作業つなぎを着た見知った人物を見つけ、私は声をかけた。

 

「イイヅカ整備長。なぜ私の機体が整備中なんだ?そんな命令は・・・」

「ところが、出てるんだよ、そんな訳の分からん命令がっ!」

 

 こちらを見上げて、イイヅカは怒鳴り返す。

 目が針のように細い。短髪はM字形状に頭頂に向けて薄くなっているあたり、中年を思わせたが私にはアジア系の年齢の区別がつかない。

 ただ、いつもは工具の類や端末を持ち歩いているが、今は右肩に古めかしいスライド・アクションのショットガンを担いでいた。

 

「お前のモグラは動かないよ」

 

 苛立たしげにイイヅカが続ける。

 私はもう一度濃紺に塗られた愛機の方を見やった。

 ずんぐりむっくりの丸みを帯びたそのフォルムは明らかにジオン由来のモビルスーツであるが、人型と表現するには私の機体は少々逸脱しており、イイヅカがモグラと表現するのも無理はない。

 型式番号AMXー004ー04。その4番目に作られた機体は《ジュピトリスⅡ》内の工廠で改修され、クルーは《キュベレイMkーⅡ改》と呼称していた。

 モグラのとがった鼻先とヤギの頭蓋骨をかけ合わせたような独特の細長い頭部。

 両肩から前後左右に展開する4枚の羽根ーバインダーとも呼ばれるそれは、オリジナルのものよりも大型で推力を強化した仕様になっていたー。

 スズメバチの尾部を連想させる巨大なリア・アーマー兼武装キャリア。

 四肢があることが辛うじて人型を思わせる唯一の点であった。

 不可解な整備命令のことについて詳しく問いただしている余裕はなかった。

 

「どれが使える?」

 

 階下のイイヅカに再度問いかけると、イイヅカは無言で左手をサムアップし、壁際を指した。

 愛機と異なり、直線的なフォルムが3機。完全な人型。そして、《キュベレイ》同様、濃紺一色の宇宙迷彩塗装。

 RGMー79R・《ジムⅡ》。

 20年近く前の地球連邦軍の主力機、RGMー79を改修した機体ですでに第一線から退役しているが、巡り巡って木星圏の《ジュピトリスⅡ》で警備用として使われていた。

 艦内の工廠で交換部品の製造が可能なため、耐用年数を伸ばしてきてるが、いかんせん昨今のMS戦では戦力としてはまったく心許ない。

 

『・・・敵モビルスーツ発見!!デブリにまぎれて、《ジュピトリス》の側面に・・・』

(やはり来たか)

 

 対空監視要員の無線に当然と思いながらも、迷っている時間はなかった。

 手すりに靴底をかけ、《ジム》の方へ蹴り出す。ぴんと伸びた体幹の姿は、見る者に泳ぐイルカを連想させるほど美しかった。

 ふと気がつくと、下のイイヅカもこちらを見上げて目で追っていた。いつも細い目が心なしか、さらに細められているように見えた。

 およそ15メートルほどの無重力遊泳を終え、胴体部のコクピットへ滑り込む。右手の無反動ライフルは邪魔になるので、弾倉、薬室の一発を抜いた上、直前で投げ捨てた。

 コンソールパネルに指を走らせ、モビルスーツの熱核反応炉に火を入れてゆく。

 ところが、

 

「エ、エラーメッセージ!?起動失敗?」

 

 普段使い慣れたネオ・ジオン系MSでなく、しかもかなり古い機体であるからOSの様式も大分違うらしい。

 

「どうした、なにやってる?」

 

 開いたコクピットハッチの向こうからイイヅカが顔を出した。様子がおかしいので上ってきたらしい。

 

「起動が上手くいかない。《キュベレイ》と違うから・・・」

「たくっ!これはな、ー」

 

 短い文句を言いながらも、イイヅカはさらに身を乗り出して、狭いコクピットに上半身を入れてきて、彼の方からは逆向きになってるメインパネルのコマンドを器用にタッチしていった。

 【起動開始】のメッセージがすぐに点滅し、コクピット内に静かな低音が響き始めた。

 《ジム》が目覚めようとしていた。

 

「なあ」

 

 イイヅカがハッチの上端を片手でつかんで、私を見上げるように立っていた。

 

「な、なんだ?」

 

 少し間があるほどこちらを見つめていたイイヅカだが、突然息がかかるほど顔を近づけ、私の蒼い瞳をのぞき込んだ。

 

「いやしかし、・・・そのノーマルスーツは反則だろ、常識的に」

「え・・・?」

 

 顔を離したイイヅカの視線は、体のラインがはっきりと浮き出た私のノーマルスーツー胸のふくらみや細い腰の辺りーをうろうろしていた。鼻の下が伸びきっている。

 

 ごっ!

 

 すさまじい勢いでイイズカに蹴りを入れた私は、さっさとコクピットハッチを閉じ、全天周モニターに切り替える。

 見れば、イイヅカは縦回転しながら、反対の壁際まで流されていった。下品な整備員たちの笑いが合唱しているようだった。

 顎につま先を叩き込むこともできたが、腹に前蹴りを入れるだけにしておいた。

 

「まったく!!男ってどうして、どうしようもない変態ばっかり!やってることがいちいちやらしいんだよっ!!」

 

 私の口は文句を並べながらも、手足はMSの操作を忘れず、壁際に設置された巨人サイズのMS用武装ハンガーからビームライフルを選択すると、自動プログラムで右マニピュレータに装備させる。左には巨大なシールドが装備済みだ。

 《ジムⅡ》の操縦が昂っていた気持ちを少しずつ静めていく。

 

(そうだ、マリア)

 

 私はしばし目を閉じ、精神を集中させる。

 

(今は思うことがあっても、状況のひとつに徹しろ)

 

 この《ジュピトリス》を守れる者は私しかいない。私の帰れる唯一の家たる《ジュピトリス》。

 

(ここが・・・私のいる場所・・・)

 

 私は再び、蒼い瞳を開き、CIC(戦闘指揮所)との回線をつなぐ。

 

「こちらアーシタ士長。応答されたし」

『・・・こちらCIC。どうぞ』

「《ジムⅡ》で外のモビルスーツを迎撃する。出撃許可求む」

『了解。出撃を許可する。ゲートオープン。作業員は直ちに・・・』

 

 MSデッキ天井近くの【AIR】の電光掲示板がゆっくりと赤く点滅していた。

 

『出るぞ!ノーマルスーツを着てない者は、すぐに内側へ退避しろ』

 

 私が《ジム》の外部スピーカーで注意を促すころには、掲示板の赤い点滅はさらに速くなり、イイヅカを始めとする整備員はエアロックの内側へと消えていった。

 イイヅカはまだ腹を押さえながら、不格好な小走りだった。

 その姿を見て、私はまたイライラとして、ちっ、と軽く舌打ちした。

 

「マリア・アーシタ、《ジムⅡ》、出る!」

 

 

 


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