After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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マリアとアンジェロと

 マリアがブリッジに上がった時には、他のメンバー、ーフラスト、アレク、トムラ、クワニ、アイバン、【火星ジオン】のベイリー、そしてアンジェロ、ーは全員集まっていた。

 

「遅いぞー、マリア」

 

 トムラが以前の態度とは打って変わって、遠慮会釈のない言葉をかける。

 

「ご、ごめん、・・・」

 

 しゅんとするマリアに追い討ちをかけるように、パイロットのアイバンがわざとらしく鼻にシワを寄せて言う。

 

「臭わないか、何か?石けん臭いぞ」

 

 マリアが赤面し、下唇をぐっと噛んで口をつぐんだ。

 

「おい、お前ら。あんまりからかうなよ。フラストに殺されるぞ」

 

 別のパイロット・クワニがマリアへ助け船を出し、『マリアいじり』はその程度で済んだ。もっとも、クワニのセリフは『フラストいじり』も兼ねていたが。

 最近はそんなことにも動じないフラストは、泰然とキャプテン・シートに腰掛け、

 

「揃ったな。始めるぞ」

 

 今後の行動計画、その話し合いの開始を宣言した。

 マリアはブリッジを見回して、壁際にスペースを見つけると、そこに所在無く佇んだ。なぜか、視線を床に落としていた。

 ふと顔を上げると、彼女の反対側、ーキャプテン・シートを越えた向こう側ーには、アンジェロが腕を組んでフラストたちの様子を、見るともなく見ていた。

 彼女の視線に気付いたアンジェロはマリアの方へ目を向けた。

 すると、見てはいけないようにマリアがまたうつむき、視線を床に戻した。体を強張らせているのが、離れているアンジェロにも分かる。

 彼は複雑な気持ちになったが、

 

(まずは話し合いだな)

 

 キャプテン・シートの方へ意識を移した。

 

「・・・それで日程なんだが、来週末にはいよいよ地球圏に入るが、寄港をどうするかだ。

 時間距離でいえば、ゼブラゾーンのアムブロシアが一番近い。だが、行こうと思えば、サイド3まで行くこともできる」

 

 フラストは前者旧ジオン公国系残党基地と、後者ジオン共和国の二つ名を挙げた。

 

「アムブロシアだな。一択だろ?常識的に考えて」

 

 フラストの言葉を受け、アイバンが反論の余地は無いとばかりに、自信たっぷりに言う。

 

「確かに・・・。普通に考えれば、そうなるが、・・・」

 

 フラストがしゃくれたその顎をしごきながら、曖昧な応えを返す。

 壁際から含み笑いが聞こえてきた。メンバーから少し離れ、壁に背を預けたアンジェロだった。

 

「なんだよ?」

 

 アイバンがアンジェロに剣呑な視線を向ける。

 

「お前は奴、・・・イリア・パゾムとやりあっていないから、そんなことが言えるんだ」

「どういうことだよ?」

 

 続けて、アイバンが問う。

 

「奴が、・・・いや奴等【木星ジオン】がこちらと同様、地球圏に進路を取っていたら、どうする?

 連中が火星から長距離航行をして、いきなりサイド3に押しかけるか?

 今じゃ連中はネオ・ジオン残党どころか、海賊に成り下がっている。共和国軍でもそう思うはずだ。国境警備隊だって、《エンドラ》を見落とすほど間抜けじゃない」

「なるほどな。となると、『木を隠すには森』ってことになるな」

「そういうことだ」

 

 アイバンのセリフにアンジェロが肩をすくめた。

 アムブロシアは共和国制を良しとしない、旧公国系住民によって運営・管理され、どちらかといえば、ネオ・ジオン系列に近い立ち位置にいる。

 

「自分も人づてに聞いただけなので、未確認ですが・・・」

 

【火星ジオン】のベイリーが会話に入る。

 

「かのイリア・パゾムは一時期、アムブロシアに住んでいたらしいのです。縁故や土地勘を頼って、アムブロシアにいく可能性は十分考えられるでしょう」

「それに、」

 

 整備士のトムラも口をはさんだ。

 

「あの基地もアクシズが失われた後、急にさびれた感じだよ。連中の身内びいきで推進剤の補給もできないんじゃ、行く意味ないよ」

 

 かつては、アステロイド・ベルトまでの中継基地・拠点としての重要性があったアムブロシアも、アクシズが地球圏に帰還し、さらに、第二次ネオ・ジオン戦争後、連邦の手にアクシズが奪われてからは急激にその存在意義を失っていた。

 

「まぁ、こっちも身を隠したいのは山々だが、そこで敵とばったり、・・・なんてことになっちまったら、本末転倒だな」

 

 フラストが話にオチをつけた。

 

「それにこっちは腐っても民間会社に所属している事になってるんだ。問題あるまい。

 じゃ、サイド3に向かうってことだな。

 それで、どのコロニーへ行く?ブリュタールか?」

 

 そのコロニー名に集まったメンバー全員ーマリア以外ーが笑った。彼女はそのコロニーのことをよく知らなかった。

 

「いいねぇ。コノシア湖見学と洒落込みたいとこだ」

 

 クワニが言うように、ブリュタール・31バンチコロニーは地球連邦が一年戦争後、ジオン共和国に作った観光用コロニーで、スペースコロニーの中でも最大級の面積を誇るコノシア湖がある。

 

「まぁ、冗談は置いといて、だ・・・」

 

 自分で話題を振ったフラストが、逸れそうになった話の筋を戻す。

 

「実際、どこに寄港するよ?」

 

 メンバー全員ーマリア以外ーが腕組し逡巡、熟考した。マリアはなぜ自分がここに呼ばれたのかも分からなかった。

 

「まぁ、消去法でいくと、・・・」

 

 沈黙を破って、トムラが口を開く。

 

「24バンチ、・・・だろうな」

 

 納得はしていないのだが、しぶしぶ、致し方なく、という感じで言う。

 

「タイガーバウム、か・・・」

 

 フラストも同じ口調で、そのコロニーの別名を口にする。

 

「あそこも観光地には違いないが、統治者が変わってからは治安も、まぁ、まともになってきてるし。

 武器・弾薬は無理でも、推進剤と水・食料の補給なら十分できる」

「だな・・・」

 

 トムラの言葉に、一同不満はあるものの、致し方ないという感じであった。

 そもそも、現在のサイド3は観光コロニーが主で、大規模重工業が可能なインダストリアル・コロニーは多くない。これは地球連邦がジオン共和国に対して課した、『足枷』とも言える。

 

「じゃ、寄港はタイガーバウムってことで」

 

 フラストの決定の宣言に、一同やれやれという雰囲気になる。

 

「それだけか?終わりか」

 

 壁際のアンジェロが相変わらずの無愛想な口調で言う。

 

「まだだ。まだ終わらねぇよ。次はあんたの処遇だ、アンジェロ・ザウパー【元】大尉」

 

 フラストがことさら【元】というところを強調して言う。

 

「俺たちは最終的にパラオに戻るつもりなんだが、」

 

 フラストが言う『俺たち』の中にアンジェロは入っていないらしい。

 

「お前はどうするつもりなんだ、【元】大尉?」

「私もパラオへ行こう」

 

 アンジェロの言葉に、古参の《ガランシェール》隊の内、パイロットのアイバンとクワニの目付きと態度が急に厳しいものになった。

 

「ほぅ。自分の立場がよく分かっていないようだな、小僧は」

「パラオには、もうフロンタル派や親衛隊はいないんだよ。行ってどうなる?

 なぁ、アイバン?」

 

 クワニの言葉を受け、アイバンが手でピストルの形を作り、アンジェロの胸に狙いを定めた。そして、撃ったときの反動を表現する。

 

「銃殺」

「そ、そんな・・・」

 

 その言葉はアンジェロからではなく、反対の壁際にいるマリアのつぶやきだった。彼女は驚きのあまりに、棒のように突っ立ったままの姿勢だったが、ブリッジにいる全員の視線を集めてしまい、慌てて顔を取り繕い、

 

「・・・そんなことは、さすがにアイバンもやらない・・・、よね?」

 

 問いかけられたアイバンは、ただ目を細めてマリアの方を見ただけだった。実は彼女とアンジェロを除く全員が同じ表情だった。

 

(((なんなの、この空気)))

 

 マリアは深刻な焦燥感の中でそう思うが、フラストたちは半ば呆れ返った馬鹿らしい気持ちを抱きながら思った。

 一つ咳払いして、フラストが口を開く。

 

「まぁ、火星で命を救われたってことで、俺自身はお前のことを、もうなんとも思っちゃいないがな・・・」

 

 マリアがそれを聞き、ややほっとしたような表情を浮かべる。しかし、フラストは続けて言った。

 

「パラオにはお前がラプラス戦争で殺したパイロット、その遺族もいるんだ。彼らのことを思うとな・・・」

「やった、やられたはお互い様だろう。それが戦争というものだ」

 

 アンジェロのその言葉に、今度こそ場の空気が最悪になった。まるで、キアーラの葬儀をしたときのような重苦しい空気がブリッジに淀み、マリアは息をするのも辛く感じた。

 

「パラオに来たければ、好きにしろ」

 

 そう言って沈黙を破ったのは、今まで一言も発していないアレクだった。彼はアンジェロの方を一顧だにせず、ただ航空士の各モニターを睨んでいるだけだった。

 サングラスごしの彼の目付きははっきりしないが、マリアはアレクの巨大な背中から発する『黒い揺らめき』をはっきりと『見た』。

 

(ああ、ダメだ、アンジェロ。・・・なんでもっと・・・)

 

 哀しくなりマリアの胸のうちは、石のように空虚で冷たくなった。

 

 

「じゃ、あとはマリアのことだな」

 

 話題を変えるように、フラストが言った。

 

「え、私?な、なんだ?」

「ん、これからお前どうするのかと思ってな。《ジュピトリス》に帰るのか?」

「・・・・・・」

 

 私は答えられなかった。

 フラストたちには、事の顛末をこの2ヶ月の間に詳しく説明していた。

 私自身とキアーラの素性。8年前に《ジュピトリス》に亡命したこと。

 キアーラが消え、彼女を取り戻すために《ジュピトリス》を出奔したこと。《キュベレイ》を勝手に持ち出したこと。

 キアーラが生きていれば、まだ《ジュピトリス》へ帰るという選択肢も十分考えられたかもしれない。しかし、

 

「帰ったら、どうなる?」

 

 フラストが重ねて尋ねた。

 先ほど、アイバンがアンジェロに向けたピストルの手が思い出された。最悪、私がそうなる事態もありえる。

 

「・・・それでな。他のクルーとも話し合っていたんだが・・・。

 パラオに来ないか、お前も?」

「え、私が・・・?」

 

 意外な提案に私は戸惑い、フラストが頷きを返す。

 アクシズ残党と連邦から逃れるために、遠く木星圏まで亡命した私が、・・・またネオ・ジオンに戻ることができるのだろうか?

 でも、やっと手に入れた私の唯一の『家』たる《ジュピトリス》はもう失われてしまった。戻れば、そこは『家』ではなく、『監獄』として私を迎えるだろう。

 パラオ・・・。そこを私は知らない。でも、こんな私を受け入れてくれるのだろうか?

 

「というか、有り体に言えばだ・・・。

 《ガランシェール》隊の一員にならないか?」

「この船のクルーに?」

「そうだ」

 

 私は少し俯き、逡巡した。

 

「・・・それはまた戦争をするということか?」

 

 私の口調は意識せず、固いものになってしまった。

 

「違う。『リバコーナ貨物』の仕事だ。

 俺たちはお互い出会ったときに、ドンパチやりあったから誤解もあったが、実は民間の仕事の方が板についているんだよ。

 皮肉なもんだ。元々はネオ・ジオンの残党が身を隠すために始めた運び屋の仕事が、最近は本業になってきてる。お前ほどの度胸と腕を持った護衛がいれば、海賊だろうが、暗礁宙域だろうが、突っ切って物を運べる。

 悪い話じゃないと思うんだが、どうだ?

 今すぐ返事が欲しいわけじゃないんだ」

「・・・・・・わかった。考えておく」

 

 

 そこへ、宇宙食のトレーを抱えたユーリアと新米クルーのタダシがブリッジへ上がってきた。

 

「お、メシか」

 

 フラストがユーリアを見てうれしそうに言う。

 

「皆、集まってるなら、ここで食べちゃってよ」

 

 ユーリアがそう言いながら、各々にトレーを渡していく。

 

「アンジェロさんも、・・・」

「私はいい。部屋に戻る」

 

 ユーリアの言葉とトレーを断り、アンジェロは階下に去って行った。

 彼の姿を追う、マリアの瞳はいつもと違って、その蒼さの中に煤のような暗い哀しみを漂わせていた。

 そんなマリアを気遣うように、ユーリアがトレーを渡してくれた。

 

「大丈夫、マリア?」

「うん、平気だ。私も部屋に戻る」

 

 言葉の内容とは裏腹に、明らかに落胆した様子でマリアもブリッジを後にした。

 

 

「ね、ね。何があったの?」

 

 フラストの盛り上がる上腕二頭筋の辺りをつねったユーリアが、疑惑と少しばかり非難が入り混じった視線を送る。

 

「んー、なんて言ったらいいか・・・」

 

 フラストは咥えていたレモネードのパックを口から放して、言い淀む。表情が冴えないのは、つねられた痛みでもレモネードの酸味が強すぎたからでもない。

 

「煮え切らねーんだよな、あいつら」

「なに、そんなことー?」

 

 ユーリアが飽きれたような口調で腰に手をやった。

 そんな彼女を見て、トムラが苦笑いを浮かべて言う。

 

「なーんか、見ていて、微笑ましいっていうのを通り越して、じれったいんだよね。

 まるで、小学生みたいでさ。アハハ・・・」

 

 その場が微妙な笑いに包まれる。

 

「それだけじゃねーだろっ」

 

 しかし、アイバンの忌々しいものを吐き捨てるような言い方に、和みかけた空気がまた重くなった。

 

「あの小僧。礼儀知らずで、自分の立場もわきまえていないだろ。俺はそれが腹立つね」

 

 もう一人のパイロット、クワニも『ご同様』と言った感じで、バタークッキーを噛み砕きながら、頷いた。

 

(ま、あいつらは無理もないか・・・)

 

 フラストはパイロット二人の気持ちを慮って、眉間にシワを寄せた。

 2年前のラプラス戦争末期、クワニとアイバンは思想の対立するネオ・ジオンのフロンタル派と死闘を演じていた。そして、敵の中に『あの小僧』、すなわちアンジェロがいたのである。

 

(人の恨み、憎しみは早々消えねーからな)

 

 頭の後ろで手を組んだフラストの脳裏に、ふと、上官スベロア・ジンネマンの髭面が浮かんだ。

 

(キャプテンならどうするのかねー)

「ちょっと!なに呆けてんのよ」

 

 という言葉とともに、再度腕をつねられて、フラストは現実に戻った。

 

「忙しいんだから、さっさと食べちゃってよ」

 

 見れば、ユーリアは食べ終わった者から次々とトレーを回収していた。場合によっては、早く食べ終わるように、催促しているようにも見える。

 

(こいつ、かわいい顔して、実は強引だよなー)

 

 ふと、フラストは閃いた。

 

(強引かぁ・・・。確かに、強引だが。

 2ヶ月『何事』もなかったんじゃ、この先も何も起きないかもしれないな。ちょいと乱暴だがやってみるか)

 

 フラストは決意した。

 

「ユーリア、食い終わったよ」

 

 トレーを取りにきた彼女が近付くと、その耳元にフラストが囁く。

 

(俺たち二人であいつらのキューピット役をやっちまわないか?)

 

 少し驚いた顔のユーリアは、やがていたずらそうな笑いを浮かべて頷いた。

 

 

 シャワーを浴びて戻ると、部屋のドアの前でユーリアが待ちくたびれたようにしていた。

 

「マリア、おそーい」

「ご、ごめん・・・」

 

 今日は何だか謝ってばかりだ。

 

「なんで、そんなにシャワーに時間かかるのー?水、無駄遣いすると、フラストに怒られるよー」

「ちょっと星を見てて。遅くなってごめん・・・」

 

 意気消沈するマリアにユーリアはそれ以上は何も言わず、嘆息すると、

 

「はい、これ」

「?」

 

 二つ折りのメモを渡した。

 

「マリアがシャワー入ってるときに、アンジェロさんが来て。あなたに渡して、って」

「アンジェロが・・・」

 

 少し戸惑い、しかし、恥ずかしそうでもある複雑な表情を浮かべながら、マリアはそれを受け取った。

 

「わたし、シャワー済ませたら、ちょっと用事があるから今日は戻らないから」

 

 やることを済ませると、そう言ってユーリアは壁のリフトグリップをつかんだ。

 

「え、なに?どこか行くのか?」

「ひみつ」

 

 そう言って、ユーリアはいずこかに去った。

 ユーリアはフラストの部屋に向かいながら、小声で呟いた。

 

(ニュータイプってあんな感じなのー?にっぶいなぁ、あの子)

 

 

 同じころ。

 フラストは『マリアからの言づて』と称したメモをアンジェロに渡していた。

 

 

 ベッドに腰かけたマリアは何度もそのメモを読み返していた。短い文章は数十秒も必要なく、読み終えてしまう。

 そして、また視線は冒頭に戻る。そんな、どうしようもないことを続けていた。別に内容もどうということはない。

 

『少し話をしたい。1時間後に部屋に行く』

 

 という、程度のものであった。

 しかし、マリアは何かを迷い、心を決めようと強く思い、しかしまた揺らぐ。

 そうしている内に、部屋のドアがノックされた。

 

「え、え!?まさか、・・・」

 

 胸に下げたペンダントウォッチの蓋を開け、文字盤を確認すると、いつの間にか、メモに書かれていた約束の時間になっていた。

 

(そんな・・・)

 

 何の決心もつかぬまま、力の入らぬ膝を支えドア横まで行き、電子取手を解錠すると、果たしてそこには予期した人物、アンジェロ・ザウパーがいた。

 

「いいか、入って?」

 

 

 ベッドの端に座る、マリアは自分の心臓が耳のすぐ横に引っ越してきたのかと、思うほど鼓動の高鳴りを感じていた。

 

「哀しいメロディだ」

 

 そのアンジェロの言葉を聞くまで、マリアは胸のペンダントウォッチの蓋が開いたままで、オルゴールの音色を奏でている事に気が付かなかった。

 視線を落とし、わずかに考えてからその蓋を閉じる。

 

「キアからもらったんだ、このペンダント」

 

 部屋を痛いほどの沈黙が支配した。

 彼方から、《ダイニ・ガランシェール》の機関部が上げる低い唸りが伝わってきた。

 

「今なら分かる。私とキアは似た者同士なんだ」

 

 アンジェロは壁に背を預けたまま、ただマリアの話を聞いた。

 

「人間兵器として生み出された私。影武者として育てられたキア。でも私たちはどちらも完全にはなれなかった。不完全な壊れた人形なんだ、二人とも。光の中を歩むことができなかった。

 キアが《ジュピトリス》を離れてしまったのは、火星に最後の希望、ーその光を見つけたからかもしれない」

「そうかな?」

 

 アンジェロがマリアに疑問を含んだ声を返す。

 

「詳しい事情は分からないが、その人はきっと君と同じように、・・・」

 

 わずかに、言い淀む間があった。

 

「寂しかったから、じゃないか?」

 

 

 旧アイルランドのダブリンにコロニーが落ちた、あの日。私はコールドスリープから目覚めた。

 冷たいグレミーの声音が私の精神を凍えさせる。

 

「全てが整理されたのなら、お前など必要とはしない、プルツー」

 

 私は負けじとグレミーに言う。

 

「じゃあ、どうして私を目覚めさせたんだ?」

 

 私は答えを知っていながらも、それを尋ねずにはいられなかった。

 答え、それは戦いだ。

 

「前口上はいらないよ。

 戦功を上げたいのならば、はっきり言えばいい。私は協力する」

 

 私は言い放ち、他の妹たちの眠るその研究室を後にした。

 

(でも・・・、私は、グレミー・・・)

 

 

 アンジェロがマリアに向けた眼差しは、『心が触れ合ったあの時』と同様、とても優しかった。

 

(そうだ。私はグレミーに本当は手を握ってほしかった。戦いの話なんてしたくなかった)

 

 その優しい瞳を見つめ返したマリアは突如、こみ上げてくる感情の奔流に自分を抑えきれなくなった。唇が震えてくる。

 

(姉さんを殺してしまった後だって、私は独りで背負って、独りで生きていくしかなかったんだ・・・。

 誰も私を人間として見てくれない!)

 

 ジュドーを除いて。だが、彼はもういない。今思えば、彼女の方からジュドーの心を離れてしまったのかもしれない。

 

(家族がほしかったのに。ぬくもりがほしかった。 抱きしめてほしかった)

 

 何もかもかなぐり捨て、アンジェロの胸に飛び込み、マリアは幼児のように泣いた。

 優しく髪をなでられる感触。

 

(覚えてる・・・。《キュベレイ》の中でもこうしてくれた)

 

 彼女が昔に欲したすべてのものが、今、目の前にあった。

 

「おいで」

 

 アンジェロの呼びかけにマリアはうれしそうに笑い、すべてを彼に委ねた。

 

 

 やがて、アンジェロの脱いだ服とマリアの脱いだ服とが入り混じりあい、無重力空間にデタラメに漂った。

 

 

 ベッドで肉体を合わせる二人。

 アンジェロは行為のあとの気だるさが、身体を薄い膜で包んでいるように思えた。彼の胸に顔をうずめたマリアは眠っているようにも見える。

 その髪から背中にかけてを優しくなでながら、アンジェロが囁く。

 

(眠ったかい?)

(・・・ん)

 

 栗毛の娘が蒼い薄目を開く。

 

「その・・・、よかったの?」

 

 アンジェロが申し訳なさそうな、気遣うような口調で言う。

 

「・・・初めてだったこと?」

 

 アンジェロが頷く。

 

「アンジェロ、優しかったから」

「・・・・・・」

 

 そう言って、マリアは自分の腕を彼の首に巻きつけて、顔を寄せる。

 彼女の仕草にアンジェロは喜びと、哀しみが入り混じった複雑な表情を浮かべる。

 その感情がマリアにも伝播する。

 

「哀しいんだね。お母さんのこと?」

「父も、だ」

 

 マリアの問いかけに、アンジェロは無感情を装って、冷たく言った。

 だが、無感情、無関心を装えば装うほど、彼の心の内の罪悪感は強くなり、激情に胸は張り裂けそうになった。

 アンジェロはマリアの肩に手を置き、気を使った彼女は彼の上から離れる。

 ベッドから出たアンジェロは壁に背を預け、まぶたを閉じた。ひとつ嘆息しつつ、彼が再びそれを開けると、視界に飛び込んでくるものがあった。

 

 染み。

 

 シーツについた染み。マリアの肉体からこぼれ出た赤いひろがり。

 

(同じだ・・・)

 

 

 兵隊が手にしたライフルの銃床でパパの顔を殴り続けてる。飛び散った血が辺り構わず、それこそ天井まで飛び散っている。ボクが好きだった真っ白なシーツの上も。

 

 怖い。苦しい。息をするのもできない。

 

 ママは・・・?

 

 ベッドで兵隊達に押し倒され、脚だけしか見えない。

 

 

「母は、・・・」

 

 また冷たく言おうと思った。なのに、アンジェロの声は震えてきた。

 

「ママは、男たちに喰われたんだ。

 ・・・何もできなかった。

 ・・・ただ隠れて、声を殺して、見ていただけだったんだ」

 

 その強い哀しみが流れ込み、マリアの胸を、心を締め付ける。

 

「そして、ボクはいま、君を食べてしまったんだ・・・」

 

 アンジェロは泣いた。幼児のように。マリアと同じように。

 3歳児の時に経験した強烈なトラウマが、今までのアンジェロの人生に大きく影を落とし、人への接し方、女性観、すべてを狂わせていた。

 

「違う、違うよ、アンジェロ!私はあなたに食べられたなんて、思ってない!」

 

 ベッドを下り、彼の胸に拳を押し付けるマリアも泣いていた。

 

「私は・・・、私は・・・っ!?」

 

 アンジェロの言葉は続かなかった。その唇をマリアが己れのそれと重ねていた。息が続く限り、マリアは深く熱いキスを続けた。喘ぎとともに、マリアが唇を離す。引いた糸は二人の肉体と心、両方をつなぐものだった。

 

「今は・・・、今は何も考えないで」

 

 そう言ったマリアはアンジェロを再びベッドへ引き入れた。今度はアンジェロがすべてを彼女に委ねた。

 

 

 わずかに、スライドするドアの音。

 その音に、眠っていたマリアは目覚めとも眠りともつかぬ、夢うつつの中にいた。

 ベッドからアンジェロの気配が消えていた。

 うつ伏せのマリアは白いシーツを握る。その手に残る感触も不定形で、捕らえ所がない、ふわふわした感じだった。

 

(優しい・・・)

 

 マリアはアンジェロの瞳の色を思い出す。

 

(でも、寂しい瞳・・・)

 

 マリアはまたシーツを強く握った。今度ははっきりと布の感触が知覚された。

 

(この人の寂しさを埋めてあげたい)

 

 マリアは決意した。

 《ダイニ・ガランシェール》のクルーになることを。パラオへ行くことを。

 そして、なにより、

 

(アンジェロを支えたい)

 

 マリアの蒼い瞳には力強い光が宿っていた。

 

 

 




あとがき

 NT戦闘能力はプルツーの方が上だろうけど、にゃんにゃん能力はアンジェロ君の方がどう見ても上。テクニシャンだろ、常識的に考えて。
 元・男娼なめんな。

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