After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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エレベーターシャフトを越えて

「やめろーーおぉぉ!!」

 

 コクピットの中でアンジェロは絶叫し、操縦桿を全力で引いた。

 

(ダメだ、《キュベレイ》!彼女を殺してはいけない!!)

 

 アンジェロの強い思惟がサイコミュによって増幅されスペックを越えた数値となって、機体に急制動がかかる。

 高速で繰り出したマニピュレータの突きを無理やり止めようと《キュベレイ》の関節駆動系が悲鳴を上げる。

 モニター各所に警告メッセージが現れるが、アンジェロは意に介さなかった。

 

(間に合わない!!!)

 

 だが、アンジェロは最後まで諦めなかった。

 突きの狙点を彼女の右へ逸らそうと操縦桿をひねる。

 切断された一房の栗毛を巻き上げながら、《キュベレイ》の爪はマリアの頭部すぐ横をギリギリで掠めていった。

 機体バランスを崩した《キュベレイ》は脚をもつれさせながらも、左手を屋上につき、なんとか踏みとどまった。衝撃が屋敷を揺らす。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 備え付けのノーマルスーツに着替えたフラストはその衝撃に辺りを見回す。

 

「フラスト!」

 

 同じくノーマルスーツ姿のアレクがバイザーを上げ叫びながら、屋上の一角を指差す。マリアとキアーラの亡骸の目の前に、《キュベレイ》の胸部から上が望めた。

 

「一体誰が!?」

 

 フラストはまったく敵わぬと分かっていながらも、拳銃を抜き、マリアの元へと駆け寄った。

 炎の照り返しを受け悪鬼の形相となった《キュベレイ》の鉄仮面。彼女とその間に割り込み、フラストはマリアをかばうように銃を構えた。

 

『《ガランシェール》の者か?屋敷が焼け落ちる。早くこっちに』

 

 《キュベレイ》の外部スピーカーを通して響く、若い男の声にフラストはまだ動けずにいた。

 その時、先ほど《キュベレイ》が手をついた時とは違う衝撃、振動が屋敷を襲う。いや、それは屋敷自体から発しており、まさに建物の崩壊する予兆であった。

 

(まずい!)

 

 フラストは意を決し、銃をしまい、マリアを肩に担ぎ上げた。ヘルメットバイザーを上げ、《キュベレイ》に向かって叫ぶ。

 

「彼女をコクピットへ入れてやってくれ!時間が」

 

 ノーマルスーツを着せてやるだけの余裕は無い。すぐに、《キュベレイ》がフラストに応じて、その左マニピュレータの掌を上に向ける。フラストたち二人が乗ると、胸部コクピットへと運び、ハッチが開いた。

 伸びた銀髪、神経質そうな眉根。

 

「お前は・・・」

 

 以前の美しい白い肌は長年の放浪生活の果てに薄汚れていたが、リニア・シートに収まる見知った人物の顔に思わず、フラストは拳銃のグリップへ手を伸ばしかけた。

 

「待て。後にしろ。今は脱出する」

 

 先んじて、アンジェロがそれを制する。フラストの顔から表情が消え、不本意ながら、マリアの体をアンジェロへと抱き渡した。

 続いて、キアーラの亡骸を担いだアレクがマニピュレータに乗り移る。

 モニターに視線を移すと、《ゲルググキャノン》も手にベイリーの部下の兵長と侍女を、大事に抱えるようにして収容していた。

 2機のMSが飛び立つと、間一髪で屋敷は業火に飲まれ、崩れ落ちていった。

 

 

 黒煙と霧に視界を阻まれながらも、先行する《ゲルググキャノン》に追従して《キュベレイ》は搬入エレベーターへと急ぎ飛んでいた。

 モニターの端には相変わらず、警告表示が瞬き、右マニピュレータ過負荷による一時的な機能不全をアンジェロに知らせていた。

 マリアをリニア・シート横の補助席に座らせる間もなく、アンジェロは渡されるがまま彼女の体を自分のそれと重ね合わせていた。マリアは意識があるのかないのか、ぐったりとアンジェロに体を預けその腕を彼の背と首の後ろへ回していた。

 寄りかかる胸の重みと、栗毛から立ち昇るかすかな体臭。普通なら成熟した異性を感じさせるところだが、アンジェロにはなぜか泣き疲れた幼女を思わせた。

左の操縦桿を握っていた手を離し、アンジェロはマリアの髪を優しく撫でた。彼女が小さく鼻をすする音が聞こえる。

 

(そういえば、・・・)

 

 アンジェロは不意に気が付いた。

 

(あの光が消えた)

 

 いつの間にか、緑の光、不定形な人型をしたその気配はコクピットから消えていた。

 

 

 やがて、2機のMSはエレベーターの前に到達した。

 その巨大な扉は、《キュベレイ》の三つ叉ビームサーベルに抉られ、《ギラ・ドーガ》のビームマシンガンの斉射を受けたことで完全破壊され、ぱっくりと暗い空洞を見せていた。

 前方を行く《ゲルググキャノン》が速度と高度を下げ、止まらずにそこを潜ろうとする。

 唐突に、アンジェロの肌が鋭い針に突かれるような、不快感に襲われた。

 

(これはっ・・・!)

 

 エレベーターシャフトの上端から何かがこちらを狙っているような感覚がした。

 とっさに《キュベレイ》の右腕を伸ばし、《ゲルググキャノン》と接触回線を開こうと操縦桿を押すが、コクピットには警告音が鳴っただけで動かなかった。

 

「ええぃ、こんな時に!」

 

 アンジェロは《キュベレイ》を急加速させ、《ゲルググキャノン》に体当たりした。それぞれのMSの手に乗ったフラストら4人は、生きた心地がしなかっただろう。

 

『何事ですっ!』

 

 機体の体勢を立て直しながら、さすがに、怒りをにじませてベイリーが外部スピーカーから叫ぶ。

 

「接触回線を」

 

 短くアンジェロが応えると、兵長と侍女を載せていない右腕部を《ゲルググキャノン》は伸ばした。

 

「待ち伏せされている」

『確かですか?』

「ああ」

 

 アンジェロは自分の感覚に自信があった。

 生身の人間にとっては巨大な、搬入用貨物エレベーターであっても、MSにとっては身動きも満足にできない狭い空間である。45度に傾斜したエレベーターシャフトは長さも500m以上ある。むやみに突撃すれば、

 

(いいカモにされる)

 

 といって、ここに足止めをされていても、他に脱出路は無い。

 

(機体を捨てて、乗用エレベーターで逃げるか・・・。しかし)

 

 これだけコロニーが損傷している状態では、エレベーターがまともに動作するのか疑わしい。

 加えて、パイロットのアンジェロ、ベイリー、そしてマリアはノーマルスーツを着ていない。上階にコロニーの穴が空いていたら、それは即、死を意味する。

 

「そちらの武装は何が残っている?」

 

 アンジェロはベイリーに呼びかけた。

 

『頭部バルカンが100発とナギナタ。あとは、ビームキャノンがあるが、・・・』

 

 未だ、ベイリーはそれを使う決心がつかないでいた。

 

(このような状況でなお、・・・。思い切りの悪いパイロットだ)

 

 アンジェロは眉根と鼻の頭にシワを寄せる。

 

「しかし、どうするのだ?このままではいずれ・・・」

 

 続く言葉は、身じろぎし、アンジェロの肩に手をついたマリアによって遮られた。

 身を起こすと、影の落ちた表情の中で「ファンネルを・・・」と呟く。

 

「あれか。確かに・・・。だが」

 

 アンジェロは苦い薬を飲んだような顔つきになる。

 極小サイズの機動兵器ファンネルならば、シャフト内を突っ切って、上方の敵へ攻撃することも可能だろう。

 だが、それもファンネルをしっかりと扱えてこそだ。アンジェロは先ほど、無様に撃ち落とされていったファンネルたちを思い出す。

 

「だい、じょうぶ・・・」

 

 マリアが苦しそうに呻きながら、体を返し、アンジェロに背を預ける。まだ、薬物の影響が残っているらしい。

 今更だが、アンジェロは自分の股間がマリアの臀部に押されていることを意識し鼓動が早くなった。

 

「私が、支えるから。

 できるよ・・・、あなたなら」

 

 マリアは操縦桿を握るアンジェロの手に自分のそれを被せ合わせた。

 アンジェロが静かに彼女の横顔をのぞき込むと、蒼い瞳は小さな光が灯り始めているように見えた。

 二人は互いに小さく頷きを交わし、

 

「「ファンネルっ!」」

 

 心を重ねた。

 リア・アーマーを飛び出したファンネルたちは《リゲルグ改》と戦った時とまったく異なり、安定した飛行を見せた。

 

「これが本当の力なのか?」

 

 今、アンジェロに感じられるのは、体内を荒れ狂うスズメバチのような猛々しさではなく、鱗粉をまき散らしながら飛ぶ蝶のような柔らかさであった。

 

「やれるっ!」

 

 アンジェロは意識を高め、サイコミュによって増幅されたそれがファンネルに伝達する。

 次々と扉の空洞を潜り、シャフト上端で待ち構える敵機の元へ真っ直ぐ向かった。

 

 

 エレベーター上部でアンブッシュのため、機体を伏せていたメイナードは《ギラ・ドーガ》のモニターにわずかな発光を見つけ、緊張した。

 

(な、なんだ?しかし、モビルスーツじゃない?)

 

 エレベーターシャフト下端に見える発光はMSのスラスターから比べると、あまりにも小さかった。

 しかし、動くものは構わず撃てとイリアから命じられたメイナードは機体を起こし、ビームマシンガンをシャフト中央部を上がってくる目標に対して照準する。

 トリガーを引こうとした刹那、その殺意を感じ取ったかのように、それが四方に分裂した。

 

(!!ファンネルだと!?)

 

 一列縦隊で向かってきたそれは一つの発光体にしか見えなかったが、実は4基のファンネルだった。

 《ギラ・ドーガ》は銃口を小刻みに振りながら、ビームマシンガンを斉射した。グリーンの光弾が1基のファンネルを落とし、さらにシャフト内壁を穿ち凄まじい量の瓦礫を巻き上げる。

 煙幕さながらの様相である。その見えない視界を突っ切って、3基のファンネルが《ギラ・ドーガ》に迫る。

 奈落の底から迫るその光に、メイナードは体中の血が凍るような恐怖と震えに襲われながら、トリガーを引き続けた。

 続く、【MAG EMPTY】、弾切れの表示にメイナードは次の動作ができないほど恐慌状態だった。

 ついに、上端のエレベーター出入り口から飛び出したファンネルが《ギラ・ドーガ》の周囲をうるさく旋回し始めた。

 ビームマシンガンのE弾倉の交換を諦めたメイナードはようやく、腰のハードポイントに装備したビームホークの存在に思い至った。

 《ギラ・ドーガ》の左マニピュレータがビームホークの柄に手をかけたとき、3方から発射されたファンネルのビームによって、左肘関節部が破壊され、それは抜くことができなかった。

 間髪を入れずに、スラスターで砲口を転回したファンネルがモノアイ・センサーを撃ち抜く。

 

「ああぁぁ」

 

 足元から上ってくる悪寒、死の恐怖。メイナードはコクピットの中で操縦桿を握ってはいたが、まったく何もできなかった。

 肘先、膝先の四肢部をビームによって焼き切られ、《ギラ・ドーガ》は無様に仰向けに倒れた。

 半分以上の全天周モニターが死んだコクピットの中でメイナードは絶望で目の前が真っ暗になった。

 それなのに、まだ生きているモニターが胸部コクピットハッチ前に砲口を向けるファンネルを映し出す。

 

(あぁ、やられる。俺は死ぬんだ)

 

 何か訳の分からない、支離滅裂な呻きを発しながら、メイナードは自分の腕で顔を隠し、その映像を見まいとした。

 しかし、いつまで経っても、肉体を消滅させる高温のビームは襲ってこなかった。

 どれほど、そうしていたのだろうか。

 不意に、擱座したメイナードの《ギラ・ドーガ》の上空を爆音を響かせてMSが2機、飛び去って行った。

 

(逃げて)

 

 メイナードの脳内に誰かの声が響き、唐突にそれは過ぎ去って行った。

 

「な、なんだ!?」

 

 彼は今まさに起きた現象を飲み込めないでいたが、何となく、その声が飛び去ったMSの内の1機から発せられたような、そんな気がした。

 

「いや、まさかな・・・」

 

 メイナードは考えを振り払うかのように頭を振って、機体のステータスを確認した。

 両前腕部・両膝下部損失、全天周モニター、姿勢制御バーニア半壊。

 だが、メインスラスターは無事でAMBAC機動もギリギリいけそうだと、メイナードは思った。

 

(とにかく、ここから脱出しなければ)

 

 震えが止まらぬ足でメイナードはフットペダルを踏み込んだ。

 

 

「なぜ、邪魔をした?」

 

 《キュベレイ》を宇宙港ハッチへ向かわせながら、アンジェロは膝の上に抱く、マリアに問うた。

 彼が《ギラ・ドーガ》にとどめを刺そうと、ファンネルに意識を集中したとき、マリアが悲しそうに首を横に振ったのだ。

 だから、アンジェロはそれ以上ビームを撃たず、ただ《キュベレイ》を港へと向かわせた。

 

「よく、・・・わからない・・・」

 

 うつむいていたマリアはアンジェロの問いに顔を上げ、逆に後頭部を彼の胸に預けた。

 

「でも・・・」

 

 薬物の作用で精神が後退したような、夢を見ているような顔つきだった。

 

「きっと、あなたの瞳が優しかったから。できれば、・・・殺させたくなかった」

 

 そう言うと、ファンネルの操作をサポートした疲労からか、糸が切れた操り人形のようにマリアの首ががくりと垂れ、意識を失った。

 

 

 その後は【木星ジオン】の待ち伏せもなく、アンジェロたちはホルストの貨物港へ到達することができた。

 そこに《ダイニ・ガランシェール》の姿はなかったが、事前の打ち合わせをしていたフラストは焦ることなく、

 

『ハッチを抜けたら、西へ行け』

 

 《キュベレイ》に短い指示を出す。

 

(あまり好かれていないようだな。無理もないか)

 

 コクピットのアンジェロはようやく、マリアを補助席に乗せ、そのシートベルトをかけてやりながら、フラストのことを思う。

 一方、マリアは意識を失ったまま、目覚める様子はない。

 長いトンネルを抜け、分厚い宇宙港ハッチを抜けると、全天周モニターの下方には荒涼とした風景が広がっていた。

 赤サビに覆われた不毛の荒野。地表を吹き抜けるMSのスラスター噴射が、酸化鉄の塵と砂を巻き上げる。

 右手の北には、高さ7kmにも及ぶ断崖絶壁が頭上に迫る。左手の南には、数十km先、東西方向へどこまでも続く山脈が見える。

 実際には、それは山脈ではなく、北にそびえる断崖と同じであり、ここが北米大陸のグランドキャニオンをはるかに凌駕する規模の峡谷、その谷底にいることを感じさせる。

 《キュベレイ》が前傾姿勢で飛び続ける。しかし、手にフラストらを乗せているのと、後続の《ゲルググキャノン》もいる関係でかなり巡航速度は落としていた。

 

(しかし、ここが低重力の火星でよかった)

 

 地球上であれば、MA形態への可変機構の無いMSが、サブ・フライト・システムも無く、単独で空を飛ぶなど夢想の類でしかない。

 地球比40%の重力、加えて大気が薄く空気抵抗が小さいことが、MSの火星飛行を可能にしていた。

 やがて、飛びつづける2機の先に艦船の機影をアンジェロは認めた。

 

「《ガランシェール》・・・」

 

 コクピット内でアンジェロが呟く。高度3000m、それでもまだ峡谷の中である。

 火星の黒い空に映る三角錐形状のシルエットは特徴的だった。

 

「しっかり捕まってろ。落ちても拾わんぞ」

 

 言うや、アンジェロはフットペダルを踏み込んで、《キュベレイ》を上昇させた。

 

(まさか、あの船に乗ることになるとはな・・・)

『おい、小僧。船に着いたら話がある』

 

 押し殺したフラストの声がアンジェロの逡巡を遮る。

 

「ああ、わかっている。こちらも聞きたいことがあるからな。

 それにしても、・・・」

『何だ?』

 

 アンジェロはわずかに、言いよどむ。

 

「貴様等も懐古主義なことだ。わざわざ、沈んだ船と同じロートル船にまだ乗っているとは」

 

 そのセリフに意外にも、フラストがくっくっ、と笑った。

 

『俺もそう思うぜ』

 

 




あとがき

 あほっぽい話、書いてむしろ充電できました。
 いや、あほなんて変な言い方ですね。ギャグも書くと面白いですね。
 企業戦士アクシズZZの方もよろしくお願いします。


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