After La+ ジュピトリス・コンフリクト 作:放置アフロ
イリア・パゾム(機動戦士ガンダムZZより)
木星で海賊を束ねる女。20代後半。ネオ・ジオンの最終階級は中佐。
第一次ネオ・ジオン戦争では味方を謀殺したり、上官のマシュマーさんが戦死しても「ちっ!」と舌打ちひとつで済ませたりと、冷酷非情。
褐色の肌にピンクに染めた髪、極端に短いミニスカートって、ネオ・ジオン自由過ぎ!
屋敷の廊下は暗く、足元近くをオレンジの小さな明かりがわずかに照らし出していた。
廊下を歩くベイリーは、日付が変わる頃の無粋な客に、幾分腹が立っていた。
ちょうど、彼は自室で軍服の上着を脱ぎかけたところだった。
だが、相手が相手なだけに、兵や下士官に対応をさせるわけにもいかない。
疲れた体に鞭打ち軍服の襟を正し、眠い目をこすりながら歩く部下の兵長を連れ、ベイリーは総督府の出入口へ向かった。
貴賓出入口の重厚な扉を開けると、三段ほどの低い階段の下、車止めで衛兵を睨みつけるチンピラのような集団とそれを束ねるフードローブの人物がいた。
ベイリーは一瞬唖然となった。
(こいつらが、孤高なジオンの戦士を名乗っているだと?)
心中舌打ちしながらも、顔には億尾にも出さない。階段を下り、目線を合わせてから、
「これは木星の方々、お役目ご苦労でございます」
ベイリーは慇懃に言った。
「なんだ、てめえは!?」
チンピラのひとり、頬に傷跡がある男が凄んだ。
「申し遅れました。自分は【ジオン独立火星軍】所属、ベイリー少尉であります」
ベイリーの敬礼に傷跡が、けっ、と言って地面にツバを吐いて答えた。他の連中はせせら笑うような表情だ。
部下の兵長と2人の衛兵たちの顔色が変わった。
それに呼応して、チンピラ5人も漂わせる雰囲気が険しくなった。
「なんだ、やるのかよ?」
傷跡の隣、髭面の男が後ろ腰に手をやる。ナイフか、拳銃でも隠し持っているものか?
捧げ銃の状態であった衛兵が色めき立ち、彼らが手にしたライフルを頬付けしようとした。
その時、黙って事態を静観していたフードローブが左腕を横一直線に払い、チンピラと衛兵双方の動きを制した。
その人物はおもむろにフードローブを脱ぎ、姿を現した。
ピンクに染めた銀髪、褐色の肌、そして豊満な乳房。
染めた髪の色と同じベロアタイプのミニジャケットとミニスカート。
ジャケットの下は黒のベリーショートタートルネック、つまりへそだしルックだ。
およそ、軍人とは思えないような風貌の女であった。
年の頃はキアーラよりも少し上だろうか?しかし、漂わせている雰囲気は、彼女とはまったく異なり、まるで
(狡猾な娼婦といったところか)
ベイリーは思う。
しかし、彼女のむき出しの腹筋はくっきりと割れ、眼光は射抜くのを通り越して抉り取るような残酷さがあった。
(娼婦だとしても油断してるとこっちが喰われそうだな)
「すまんな、少尉。木星育ちは、がさつな馬鹿が多くてな。許してほしい」
「そんな、姐さん・・・」
女の言いように傷跡が抗議の声を上げるが、一瞥してそれを黙らせ、女が続ける。
「木星でジオンを束ねさせてもらっている、イリア・パゾムだ。よろしく頼む。
特に組織の名は無いが、【木星ジオン】でも【海賊パゾム一家】とでも好きなように呼んでくれ」
その女、イリアが言うと、チンピラどもが、どっ、と笑った。
(なんだ、こいつら)
ベイリーたちはしかめ面を禁じ得なかった。
「まぁ、これでも中佐をやらせてもらっていた。貴官にとっては上官ということになるな、一応」
さらにチンピラたちの笑い、嘲笑の類が大きくなった。
「はっ!」
ベイリーは顔を繕い、イリアの少し上の空間をにらむ。かかとを鳴らして直立姿勢を取り、屈辱に耐えた。
「そう固くなるものでもない。楽にしておくれ」
自分より一回り以上も年下の淫売風に慰められても、まったくうれしくないベイリーであった。
「できれば、あのお方とすぐにでもお会いしたい」
【木星ジオン】がキアーラに謁見することはベイリーも聞いていたが、時間が時間なので、彼もためらった。
その時、
「ベイリー少尉?」
彼らの後ろ、出入口の奥、廊下から呼びかけられた。振り向くと、そこには赤いジオンの軍服に身を包んだキアーラ・ドルチェ当人が立っていた。
慌てて衛兵が直立姿勢を取る。しかし、ベイリーはむしろ、
「キアーラ様!護衛も付けずに」
咎めるような声を上げ、階段を駆け上がりキアーラの側へ向かった。彼女は不安そうな顔の侍女ひとりを連れているだけだった。
間隙を付くように、ずかずかとイリアが踏み込み、キアーラの面前に迫った。
「パゾム中佐っ!」
はっ、としてベイリーが声を上げ、おもわず、腰の拳銃ホルスターに右手をかける。
だが、イリアは深々と頭をたれ、キアーラの前に片膝を付いた。
「木星のイリア・パゾム中佐です。殿下にご拝謁頂き恐悦至極に存じます。
・・・これ、お前たち」
イリアがそのままの姿勢で後ろを振り返ると、ぼやっ、としたチンピラ風の男たちが慌てて、それらしく跪く。
「イリア・パゾム、役目ご苦労です。
ベイリー少尉、また応接室を使えますか?パゾム中佐が何か話があるようなので」
「はっ!すぐに支度いたします」
侍女に目配せすると、すぐに意図を理解した彼女が応接室の方へ向かった。
「キアーラ様もお先にお部屋へ」
「ん・・・?そうなのか?」
「はい。衛兵、キアーラ様のお側に」
「「はっ!!」」
2人の衛兵が前後を守りながら、キアーラを奥へと連れていった。
その後に、当然の様に付いていこうとするイリアの前に、ベイリーと部下の兵長が立ちはだかった。
「中佐はご支度が整うまで、ここでお待ち下さい」
再度、チンピラたちと睨み合いになったが、
「ま、いいだろう」
イリアは、ふっ、と微笑をもらした。そして、思い出した様に、
「そうそう。少尉に少し相談がある」
「なんでしょう?」
「この屋敷に地下室か何かあればひとつ貸してほしい」
「なにゆえでしょう?」
それには答えず、イリアは右手の親指を立てて、後ろの貴賓出入口を指し示した。
彼女と連れ立って外に出ると、車止めに至る、低い階段の影に、先程は気が付かなかったが、ジャガイモを入れる大きなズタ袋が置かれていた。屈んだ人が入れそうなほどのサイズである。
しかし、それを見ても状況をまったく理解できないベイリーは、
「なんです?」
無愛想に言う。
その時、ズタ袋がもぞもぞとわずかに動いた。
(何だ、中に何かが?)
「こいつ、気が付きやがったか!」
チンピラの髭面がズタ袋に近づき、
「喰らえ!」
罵りながら、フットボールでもやるような蹴りを入れた。
中から空気を押し出すようなくぐもった悲鳴と咳き込む音が聞こえる。
「こら、やめないか」
やんわりと子供を叱るような口調で言うイリアだが、その口元にはまんざらでない、笑みが浮かんでいた。
「パゾム中佐、これは一体・・・」
ベイリーが疑問と非難のこもった口調で言うと、
「実はここに来る途中で、こいつに襲われてな。返り討ちにしてやったが。どうも刺客かスパイの類らしい」
「なっ!」
なんですって、というセリフは続かなかった。なんという非常識なのだろう。すでに、あのお方、キアーラ様を迎えた屋敷にそんな危険を持ち込むとは。
「中佐!なぜ・・・」
「分かっている」
イリアは手をベイリーの顔にかざし、その後の言葉を制した。
「『なぜ、自分の船に連行しなかったか』だろう?成り行き上、仕方がなかった。
迷惑か?なら、ここで始末するか?」
彼女のミニジャケットの右袖の下から、小さな隠し拳銃が飛び出し、ズタ袋に狙いを定めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!キアーラ様がいらっしゃるお屋敷の一角で射殺など」
ベイリーの声が上ずる。
「大きな音が出るのはまずいか。では、こちらでやるか」
流れるような動作でイリアは左手でナイフを抜いた。ロングブーツの内側にでも隠していたのか、ベイリーには抜く手も見えなかった。
「いい加減にしてください!」
「冗談だ」
ベイリーの激昂に近い声に、イリアはナイフと銃を仕舞った。
「それで、捕虜を閉じ込めておく部屋が必要ということですね?」
「察しがよくて助かる」
ベイリーが部下の兵長を呼び寄せ、何事かささやくと、
「彼がご案内しますので、付いて行ってください」
兵長とチンピラたちがズタ袋を持って地下室へと向かっていった。
「中佐は応接室の近くでお待ち下さい」
ベイリーが手で貴賓出入口を指し示し、促す。
先に立って歩むベイリーはわずかに心配になり、イリアに尋ねた。
「中佐殿、よもやとは存じますが、捕虜を拷問などなされないよう・・・」
「無論だ」
イリアはベイリーの言葉を遮って即答する。
「だが、一通りの尋問はさせてもらう。あくまで『通常』の手順で。我々はジェントルな組織だからな」
あまりにも白々しいイリアのセリフにベイリーは声もなかった。
そして、衛兵もいなくなった貴賓出入口をふたつの黒い人影が音もなく、屋敷内へ入る様子を見た者は、誰もいなかった。
「イリア様っ!」
応接室の前のソファに悠然とひとり腰掛けるイリアの元へ、副官代わりに使っている、頬に傷跡のある男が息せき切って走り寄ってきた。
案内したベイリーは先に応接室に入り、なにやら準備だか、キアーラと打ち合わせだかをしているらしかった。
「どうした?何を慌てている」
「いや、探しましたよ。この屋敷、バカみたいに広くて・・・」
「それで、なんだ?」
幾分苛立ちながら、イリアは促した。
「いえね、やっぱり、まず
「もったいぶるな、要件を言え」
いよいよとげのある言葉のイリアに、ますます傷跡は背を丸め、萎縮した様子だ。
「そのー、・・・あの女、痛めつけてもよろしいでやすか?」
上目遣いで、イリアの方をうかがう。
「捕虜の強化人間か?まぁ待て。私が影武者と話をしてからにしろ」
その言葉に傷跡は口を尖らせた。
「しかし、気が収まりませぬ。アーロンとベネットも撃たれた手前、・・・」
「ふっ。そんなこと言って、どうせ貴様はあの捕虜を『やりたい』だけなんだろう?」
イリアがからかうように言うと、歯の抜けた顔を盛大に崩して傷跡が笑う。
「尋問はいずれにしても必要でしょうに?女捕虜は恥辱責めに限りやす」
イリアは若干うんざりした表情になり、
「お前の『あの尋問』では、いくら強化人間とはいえ情報を吐く前に壊れてしまう。やるなら『薬』と『水』だけにしろ」
その言葉に傷跡は明らかな不満の表情を浮かべた。
「今は我慢しろ。船に連れ帰ったら、いくらでも好きにやれ。他の兵たちにもそう伝えろ」
「ありがとうございます。野郎共の士気も高まりやしょう」
舌なめずりしそうな、いや、実際に傷跡は自分の唇を異常に長い蛇のような舌で舐め回しながら相好を崩した。
嬉々として、傷跡は女捕虜が監禁された地下へと向かって行った。
イリアはひとつ舌打ちした。
「まったく!」
女だてらに、海賊まがい・・・、いや海賊そのものの【木星ジオン】を束ねるのは容易ではない。
たまには連中の好きそうなおもちゃー例えば、麻薬であったり、さらってきた若い女であったりー、を与えてストレス解消でもさせてやらねば、こちらを襲ってきそうだと思う。
イリアは捕虜の強化人間が最後に見せた蒼い瞳を思い出す。
(マスターのいない人形が10年間も一体どこで何をしていた?
いや、・・・そんなことはどうでも良い。どのみち、あいつも『眠らせて』、宇宙に捨てられる運命だ。
何番目か知らんが、あの時、キャラ・スーンに殺されていれば良かったものを・・・)
自分の配下が彼女に強いる所業のことを思うと、イリアは少し憐れにも思ったがそれは一瞬で、はるかに嘲笑の気持ちの方が強かった。
目前の重厚な扉が開き、ベイリーが姿を見せた。
「パゾム中佐、お待たせ致しました。お入り下さい」
頷き、イリアは颯爽と立ち上がった。
「ですが、その前に」
思いのほか、厳しい表情のベイリー。
「失礼ですが、まず武器をお預け下さい」
なるほど、そういうことか。イリアは納得した。
「もちろんだ」
両袖から2丁の小型拳銃、ブーツからは結局4本の細身のナイフが出てきた。
(まるで、武器庫のような女だ)
ベイリーは驚く。隠し持っていたところを見ると、まだ他にも持っている可能性はあるが、侍女にボディチェックをさせるのは、さすがに、イリアの気を悪くさせるだろうからやめておいた。
「どうぞ」
イリアを招き入れる。
目指す人物はすでに応接用のソファーに収まっていた。
また跪き一礼し、イリアが問う。
「御身のことをなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「中佐の好きなようにしてくれて結構です」
「では・・・」
顔を上げ、上目遣いで強い眼光を飛ばしながら言う。
「キアーラ様」
その視線をキアーラも正面から受け止めた。
「今日、この場で御身心の内をお聞かせ頂きたく、イリア・パゾムは参上いたしました」
「分かりました。申しましょう。ですが、まずはお掛け下さい」
キアーラは向かいのソファーを指し示した。
イリアが腰を落ち着けると、おもむろにキアーラが問う。
「第一次ネオ・ジオン戦争後、パゾム中佐はどうされていたのです?」
イリアは笑った。
「申したところで、どうということでもありませんが。
第二次ネオ・ジオン戦争の時は、シャア総帥に同調し、地球圏に戻りましたが、戦後は木星圏でくすぶっておりました。
先のラプラス戦争もただ指をくわえて、見ていただけです」
「木星ですか。意外と私たちはお互い知らずに、近くにいたのですね。私は《ジュピトリス》に亡命しておりました」
「なんということでしょう!」
イリアは驚いた顔をして見せたが、実際には以前から知っていたことだった。
「・・・しかし、いつになれば、人は戦争から開放されるのでしょう」
キアーラは憂いを含んだ顔つきとなる。
「先の大戦からなくなられた方は何十億人でしょう。人の心も、営みも、商いも、すべてが荒みきってます」
「存じております」
何を今更分かりきったことを。肯定の返事をしながらも、心の内では反対のことをイリアは思う。
それを知ってか、知らずか、キアーラは続けた。
「これほど荒廃した状態でも、連邦政府は地球にしがみつき、地上から不必要とレッテルを貼った人間を次々と宇宙へ追い出すことに固執し続けています。
宇宙は宇宙で、吐き出され続ける人口を受け止め続け、古いコロニーは人であふれ、税金どころか、食料も、水も、人が生きていくのに不可欠な空気でさえ、高い代償を要求されます」
「はい。その結果引き起こされたのが、数々の戦争でしょう。もはや、宇宙世紀は戦いの世紀、宿命と受け止めるしかないでしょう」
イリアのその言葉に、キアーラは悲しげな視線を向けた。
「そうでしょうか・・・」
一息ついて、キアーラが目を落とす。
「2年後、宇宙世紀100年を持って、ジオン共和国の自治権が返還され、名実共にジオンは滅ぶでしょう。
それはスペースノイドにとって希望の終わりだという人もいます。そうでしょうか?
ジオンの再興。私には数々の・・・非人道行為をしてしまったジオンが、すべてのスペースノイドの希望になり得るとは到底思えないのです」
一年戦争勃発当初、サイド1、2、4に対して行われたジオンの奇襲でNBC兵器が無差別に使用された。さらに、大質量を利用した地球へのコロニー落とし。この一週間に、30億もの人命が奪われた。
「ではスペースノイドの希望とは何でしょうか?」
キアーラがイリアに問う。
それも分かりきったことだった。そもそもジオンはそれを勝ち取るために戦争を始めたのだ。
「地球連邦政府からの独立、自治権の確立ですか?」
「そうです。しかし、ジオンが起こした戦いはザビ家独裁のためであって、スペースノイドの民意どころか、ジオン国民の民意ですら、反映していなかった」
イリアはこのやりとりが少しまどろっこしく感じられてきた。
「キアーラ様。私は御身のように学も無く、身分も卑しい者です。おっしゃることがよく分からないのですが。
また独立戦争を連邦に対して、行うとおっしゃるのですか?」
「いいえ、違います。
この火星を第二の地球として、人々の希望の光にしたいのです」
唐突の思考の飛躍にイリアは即座に反応することができなかった。
「第二の・・・地球・・・?」
「はい。火星地球化計画を中佐はご存知ですか?」
「概略くらいでしたら」
火星の薄い大気を厚くし、同時に気温を上昇させ、人が住めるような環境にする。通称、テラフォーミング。
だが、イリアは思う。
「しかし、テラフォーミングが一体どれほどの時間が必要か、ご存知でしょうか?そもそも火星の地表に人が住むことが可能なのでしょうか?」
「わかりません」
はっきりとキアーラが答える。答えの明確な姿勢と曖昧な内容のギャップに、イリアは付いていけなかった。
「キアーラ様。御自らが不確かなことに民衆が付いてくるでしょうか?」
「私は大切なことは、その姿勢だと思います。できるできないは別にして、人を動かすのは、夢であり希望であり、情熱だと思っています。
私も自分が生きている間に、火星の空をノーマルスーツ無しで見れるとは思っていません。
ですが、子々孫々、はるか先の世代にはそれができるかもしれない。
『可能性』という夢を見させてあげたい。その手伝いを私はしたいのです」
なんという、壮大で、気が長い話だろう。ジオンの独立国家どころか、ジオンの惑星を作ろうという話はイリアにとっては夢想過ぎて滑稽だった。
「幸か不幸か、ミネバ様を慕って、協力に賛同してくれる方々もいらっしゃいます。
そして、思想や立場の違いから分裂したジオンを、少しでもつなぎとめたい。
私はジオンの名の元にこれ以上人が死ぬのを見たくないのです。そのために、この火星を希望の光とし、結束の象徴にするつもりです」
お笑いだと、イリアは思った。現実を見ていない。そんなことをしようとすれば、
「人はそれほど待っていられるでしょうか?
それに火星云々はともかく、御身が再びミネバ・ザビ様の姿をし名を語れば、暗殺されましょう」
イリアの言葉は推測ではなく、確信だった。
「ミネバ様が2年前にされたことを・・・」
「わかっています」
その言葉を途中でイリーアは遮った。
「しかし、それでも良いのです。私は暗殺されても」
微笑みながら、キアーラは自分の死を口にした。
「「なっ!」」
これには、イリアだけでなく、キアーラの後ろに控えるベイリーも狼狽した。
「私がミネバ・ラオ・ザビとして死ねば、本物のミネバ様は、その後の世を安心して暮らせるでしょう?」
「バカなっ!!」
ベイリーが大きな声を上げた。
「そのような心にも無いこと、冗談であっても口にしてはなりません!」
ベイリーの変わりようにキアーラは、きょとん、と目を丸くし、次にいたずらそうに笑った。
「やっぱり冗談って分かりましたか?少尉がこんなに驚くとは思いませんでした」
「まったく!」
ベイリーは憤慨した様子だが、イリアは笑いながらも憂いを含んだキアーラの瞳を見た。
深いエメラルドグリーン。
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。底が見えない。
そして、イリアにはもう一つはっきりさせておかなければならないことがあった。
「では、熱核弾頭はいかがするつもりでしょうか?キアーラ様の計画には、あまりにも物騒なもののように思えるのですが」
「さすが、中佐。そこまでお見通しでしたか。どのようにして、あの強奪計画を知り得たのでしょう?」
笑いは消えキアーラの眼光が鋭くなったが、歴戦の女戦士はまるで微風のようにそれを受け流した。
「蛇の道は蛇と申しましょう。我らもそれなりの情報には通じております」
イリアとキアーラの視線が絡み合い、わずかに火花を散らしたようだった。
かなわない、という感じに息を吐き、キアーラは続けた。
「あの核は先程の計画の盾として使います。いずれ、連邦政府が私たちの計画を知り得たならば、それを武力をもって潰そうと考えることはありえます」
白々しいことを。イリアは呆れていた。
「《ジュピトリス》から奪った、10発程度の核弾頭で連邦の侵攻を食い止めることができると、本気でお考えでしょうか?」
イリアの眼光はキアーラとは比べ物にならないほど猛禽類のように鋭い。キアーラの瞳に若干の動揺が走った。
そして、それをイリアが見逃すはずもなかった。さらに、イリアが畳み掛ける。
「御身は我らが知らぬ、なにか秘策か・・・」
そこで、イリアはキアーラの後ろのベイリーに視線を移した。
「戦況、・・・いや、戦争を一変させるような新兵器でもお持ちなのでしょうか?」
その言葉にキアーラの動揺が大きくなった。
突如、ベイリーが含み笑いをもらした。
「イリア中佐、そう言う問いを世間では、『下衆の勘ぐり』というのでしょう」
その物言いにイリアの顔つきが変わった。
あえて表現するなら、『凄惨な笑顔』に。その目は殺意にあふれていた。
「あの核は『時間』、時を稼ぐための盾に過ぎません。使ってしまっては、盾自体の意味を失います」
キアーラの『時間』という言葉に、イリアは引っかかるものがあった。
「『時間』とは、テラフォーミングが終わるまでの時間ということですか?」
キアーラは、ぐっ、と言葉に詰まった様子だった。
むしろ、その態度がイリアの推測を確信に変えた。
(そうではあるまい。別の何かだ)
いつ終わるとも知れぬ、そもそも100年単位で計画されるテラフォーミングのための時間稼ぎ、そのための核弾頭ではあるまい。
だが、この様子ではもはやキアーラもベイリーも彼らが考えている『別の何か』に関しては決して話をしないだろう。
その時、扉がノックされ、侍女がワゴンに載せられたティーセットと共に入室した。
イリアとキアーラ、二人の前に熱い湯気をたてる紅茶が用意された。
一口それをすすり、イリアはある決意をした。カップを置き、キアーラに対して姿勢を正して改まる。
「このイリア・パゾム、微力ながら、キアーラ様を支えさせていただく所存でございます」
あとがき
明日は小生意気なプルツーさんが、あんなことやこんなことや、されちゃいます。