目の前に拡がるは、夏終盤に差し掛かっても尚、美しく輝く青い海。砂浜のところどころには巨大クラゲの死骸が確認できるのに対し、一般客の姿はほぼゼロと言ってもいいほどに確認できない。大方、巨大クラゲのせいで客足が遠のいているんだろう。クラゲに刺されるリスクを冒してまで海に行きたがるような希少種はそう多くはないはずだ。
しかしまぁ、コーネリア=バードウェイは誠に遺憾ながらもその希少種の仲間入りを果たしてしまっている訳で。
きゃー、とか、ひゃー、とか言って砂浜や海ではしゃぎまくっている銀髪碧眼の女の子(超きわどい水着着用)やどこぞの第三位にそっくりな少女(スク水着用)を海岸外の道路に腰を下ろして眺めながら、コーネリアは「はぁぁ」と落胆気味な溜息を零した。
「望まぬ形だったが一応は海に来たんで巨乳ビキニの美人さんでも見られるかと思って期待してたのに……相変わらず俺は不遇な人生を誘引する体質をお持ちのようだ」
「なに不純な動機で観察しているんですか死にさらせ。『御使堕し』を発動させた憎き術者を探すことが最優先だと何度も言っているでしょう爆散しろ?」
「言いてえ事は分かるが何で俺がお前に罵倒の嵐を浴びせられにゃあならんのだ」
フン、と何故に神裂が不機嫌になっているのか理解できません。
と、頭の中で疑問を放り投げていた――まさにその瞬間。
「あのツンツン頭の間抜け面は……おのれ上条当麻、私の怒りを受けなさい!」
「あ、ちょっと神裂!? その展開は流石に予想通りだがちょっと落ち着け馬鹿野郎!」
ぴゅぴゅーっ! と聖人特有の音速機動全開で波打ち際へと走っていく
そんな事よりもこのままじゃあの不幸野郎の命が危ない! 混乱していながらもなんとかその判断に至ったコーネリアは「あーもー!」と面倒くさそうに頭を掻き毟り、
「ちょっと落ち着けやこの幕末剣客ロマン女!」
「あ痛ぁっ! いだだだだだだだだだだだだっ!」
神裂の衣服から荊を十数本ほど生やし、彼女の体をぐるぐる巻きに拘束した。
荊の棘が露出している肌に突き刺さり、彼女の肌から僅かながらに血が流れ始める。流石にやりすぎだとは思ったが、相手は魔術界最強と言われる聖人の一角だ。普通の攻撃なんか効かない存在なので、何の問題もないだろう。
………………普通の攻撃なんか、効かない?
待て、それはおかしくないか?
そうだとしたら、どうして俺の荊が神裂にダメージを与えているんだ…………ッ!?
「何だ、何がどうなってんだ!?」
「それはこちらのセリフです! 自分の疑問を解決する前にまずはこの荊を消しなさい!」
「お前聖人なんだから荊ぐれえ自力で引き千切れんだろうがよ!」
「それができたらとっくにそうしています! しかしどういう訳か、体に力が入らない……いや、これは、
まさに衝撃的――というか、予想外すぎる展開だった。
常人とは比べ物にならない身体能力を持つ聖人である神裂が、ただの少女と同じぐらいの身体能力しか引き出せなくなっている――それはまさしく想定外な事態だった。
とにかく今は落ち着こう、と神裂に纏わりつく荊を消滅させるコーネリア。
全身血だらけ傷だらけで荒い呼吸を繰り返す神裂を見てガシガシと頭を掻いたコーネリアは傍に置いてあったキャリーバッグからジャージの上着と救急箱を取り出し、砂浜に座り込む神裂の傍まで歩み寄る。
そして、手にしたジャージを神裂に軽く放り、
「……とりあえず沁みるとは思うが、一応の手当てはしといてやる。あと、そのジャージは上にでも羽織っとけ。傷を隠すための間に合わせ品ぐらいにはなんだろ」
「元はと言えばあなたが私に荊を纏わりつかせたことが原因だと思うのですが?」
「うっせえな、分かってるっつーの! お前は聖人だから別に何の問題もねえって思ったんだよ!」
「そうだとしても、普通、乙女の肌に荊を纏わりつかせますか? しかも傷だらけにされましたし」
そう言って、神裂はコーネリアに腕を差し出す。
コーネリアは消毒液を箱から取り出しながら、人を小馬鹿にするような表情でこう返した。
「はぁ? お前の歳で乙女とかねえだろ。とっくに結婚適齢期過ぎてるくせに」
「……今、何と言いましたか?」
突然の悪寒。
「あ」と自分の失言に気付いた時には既に遅く、ゆらぁ、と幽鬼の如き立ち上がりを見せる幕末剣客ロマン女の手には二メートル級の日本刀・七天七刀が。まだ彼女は何も言っていないが、刀と表情から「お前殺す」という殺気が駄々漏れすぎててもう笑いとか起きる気配もない。
自分よりも高い位置から見下ろしてくる神裂にコーネリアは青ざめた顔でだらだらだらと大量の冷や汗を流す。
そして。
この最悪な状況を打破する方法なんか浮かばなかった失言男は「……ふぅ」と無駄に爽やかな笑顔を浮かべ、
「俺は別に年齢なんて気にしないから気にすんぶぎゅるわぁっ!」
言葉も半ばに七天七刀で顔面を打ん殴られた。
☆☆☆
「え? え? 同じ顔ってことはもしかして双子? それにしては体格とか完璧に似すぎてる気がするんだけど……あ、もしかして最近流行りの体細胞クローンだったりしますかね!?」
目を覚ましたら、やけに見覚えのある不幸野郎が訳の分からない事を口走っていた。
――そんな現実を目の当たりにしたところで、コーネリアは自分が誰かに背負われている事に気付いた。あまり大きいとは言えない背中の上は言葉にできないぐらいに心地良く、このまま二度寝もいけるんじゃないかと再び瞼を閉じようとしてしまうぐらいの安心感すら感じられる。
しかし、その背中の持ち主が神裂火織だと気付いた瞬間、コーネリアはゴキブリもビックリな瞬発力で彼女の背中からテイクオフした。
その離陸の際に彼女の背中を押してしまったのか、ぐしゃぁっ! と砂浜に顔面から倒れこむ神裂。着地と同時に彼女を確認したが、背中が小刻みにプルプルと震えているのは果たして俺の気のせいだろうか?
「…………一度ならず二度までも……あなたは本当に怖いもの知らずなんですね」
「ふ、ふかっ、不可抗力ですよ神裂さん!? そんなわざわざ自分の寿命を縮めるような真似を俺がする訳ねえじゃねえですか! つまりこれはセーフ、セェェェェ―――ッフ!」
「……まぁ、先程の荊をもう一度纏わりつかせられるのも癪ですし、今回は特別に見逃してあげましょう。これ以上、乙女の体に傷をつけさせる訳にはいきません。―――お・と・め・の・か・ら・だ・に!」
「お前、絶対にさっきの失言根に持ってんだろ」
返事はない。
かんざきさんじゅうはっさいはただただそっぽを向いて無表情を貫き通すのみ。
まぁ、これ以上の会話は不毛だわな……と的確な判断を下したコーネリアは自分と神裂を何度も交互に見てくるツンツン頭の少年に向き直り、面倒臭そうに口を開いた。
「あー……お前から見たらそこの幕末剣客ロマン女と同じに見えんのだろうから、今更過ぎる自己紹介をしとく。っつーか、今月は何度も飯を奢ってやったんだから流石に雰囲気で気づけよな」
そう言って、コーネリアは頭を掻く。
「コーネリア=バードウェイだよ、この鈍感不幸な後輩めが」
「……………………………………え゛」
上条当麻の濁った驚愕の声は、波打ち際ではしゃぐ彼の親族の声に掻き消されていた。
☆☆☆
時は少し遡り、ロンドンのランベス区にある『明け色の陽射し』の隠れ家にて。
レイヴィニア=バードウェイは部屋のど真ん中で大の字になって荒い呼吸を繰り返していた。
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……さ、流石に、急ピッチ且つ遠隔で結界を張ると体力の消耗が激しいな……」
「…………こんな事をしても無駄だと思うのは私だけでしょうか?」
そう言うのは、壁に背中を預けて力なく崩れ落ちているマーク=スペースだ。今回の結界展開は彼とレイヴィニアしかいない時での出来事だったので、彼女の部下であるマークも想定外の苦労と疲労をボスと共有する羽目になってしまっていた。
顔に浮かぶ汗を拭いながら、レイヴィニアは上半身を起こす。
「無駄ではない。事実、この結界のおかげでコーネリアは自分の異常に気付き、イギリス清教の犬どもと共に『御使堕し』の解決へと向かうことができたのだ。これを無駄ではないと言わずしてなんという?」
「いや、私が言いたいのは、『別にコーネリアさんに調査に行かせる必要なくね?』ってことなんですが」
「コーネリアだからこそ、なんだよ」
え? というマークの声を、レイヴィニアは言葉で遮る。
「コーネリアは私の兄であり、私の駒でもある。故に、あいつは私の言う事には逆らえない。そして更に、私は予めあいつに『「天使の力」が関係する事案について分かった事があれば逐一報告しろ』と命令を言い渡している。―――つまり、私は自分が動かずして『明け色の陽射し』としての本分を全うできるのだ!」
どっぱーん、と某日本映画会社特有の映像がマークの脳内に再生された。
やっぱりこのボス駄目人間だよなぁ、という今更過ぎる愚痴を心の中でだけ呟く金髪の部下。その失言を口にしたが最後、自分の命が危なくなることを分かっているマークは、やや表情を引きつらせるだけで自分の感情を表に出すのは回避した。
そんな努力が実ったか、マークの気持ちになど気付く様子もないレイヴィニア。
しかし、レイヴィニアは「……しかしだな」と言うや否や、額にビキリと青筋を浮かべ――
「私の楽しみだったコーネリアの里帰りが消滅してしまったのもまた事実! あーくそ、これは大覇星祭期間中にコーネリアからのキスでも貰わないと怒りが収まらないぞ! うがー!」
知らんがな、と思わず口にしてしまったマークの顔に、レイヴィニアの渾身の右ストレートが炸裂した。
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