妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial68 再会

 ロンドン発フォークストーン行き、ユーロスター路線の貨物列車の上にて。

 コーネリアは尋常じゃないレベルの向かい風を受けながらも涼しい顔を浮かべていた。――と言ってもその顔には無数の傷や痣がある。それは浮気を疑ってブチ切れた神裂火織によって負わされた傷であり、彼が油断した事への大きな罰でもある。

 そんな恋人の嫉妬を身を以って思い知らされたコーネリアは時速三〇〇キロが生み出す突風を真正面から受けながら、彼の背後に隠れるようにして天井に身を伏しているフロリスの方を振り返る。

 

「おーい、無事かー?」

 

「ごばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばっ!?」

 

 常識外れの突風によって端正な顔が残念な事になっているフロリスにコーネリアは眉を顰める。

 

「たかが向い風ぐらいで大袈裟だなぁ」

 

「たかが向い風!? 時速三〇〇キロが生み出す突風ですけど!? ワタシは聖人じゃないんだ、襤褸切れみたいに吹き飛ばされてないだけまだマシだろ!」

 

「俺が音速で動く聖人を何度も相手にしてきたからかな。そんなに速く感じねえんだけど」

 

「アンタが聖人だからだと思いますけあばばばばばばばばばばばばばばばっ!?」

 

 バラエティ番組でお笑い芸人が受ける罰ゲームのようなものだろうか。口元の皮膚を大きく歪め、なんだか新手の地球外生命体っぽくなっている。おそらくはこれが常人のリアクションで間違いないんだろうが、既に常人ではなくなってしまったコーネリアにはあまり理解できない。聖人の力が覚醒する前に同じ経験をしていればまた話は違っていたのかもしれないな、とコーネリアは今更どうする事も出来ない結論に至り、小さく肩を竦めた。

 フロリスが割と本気で死に掛けていると、彼女の後ろから新たな影が。

 それは車内の偵察に向かっていた神裂火織だった。

 フロリスを風から庇うように身体の位置を調整しつつ、コーネリアは神裂に成果を問う。

 

「お帰り、火織。んで、どうだった?」

 

「車内は騎士で溢れ返っています。ざっと二〇〇人程でしょうか……制圧することは難しくないですが、余計な犠牲は出来るだけ出したくありません。なので、私としてはこのままここに身を潜め続けることを提案したいのですが……」

 

 神裂はちら、とフロリスの方を見て、

 

「……この女狐を合理的に抹殺するためにも」

 

「怖いよ! しかも誤解だし! ワタシとこの女顔はそんな関係じゃねえ!」

 

「誰が女顔だ投げ捨てるぞこの野郎」

 

 金髪女顔浮気性野郎が抗議の声を上げるが、少女たちは華麗にスルー。直後、割と本気で落ち込むコーネリアの姿が爆誕したが、それすらも彼女たちはスルーしていた。

 ここから飛び降りれば楽になれるかな……、と現実逃避に入り始めたコーネリアを他所に、火織とフロリスは真面目な会話を繰り広げていく。

 

「冗談はさておき、これからどうすればいいと思います?」

 

「ワタシは騎士派の連中に見つかった時点で終わりだから、出来れば隠れてやり過ごしたいけど……流石にこれ以上は身体が持たないしなぁ」

 

「私とコーネリアは割と平気ですけどね」

 

「筏と豪華客船の耐久値が一緒だと思ってる? あと数分後にはワタシは空の彼方に飛ばされてるでしょうよ」

 

 人並み外れた――というか、常人レベルからかけ離れた身体能力と耐久値を持つ聖人の常識を当て嵌めるなよ、とフロリスはわざとらしく肩を竦める。彼女は『新たなる光』という魔術結社予備軍のメンバーであるが、実のところ、魔術を使える程度のただの一般人でしかない。身体の強度は人並みレベル、身体能力なんて『翼』がなければ普通の女の子レベルでしかないのだ。

 二人の少女は頭を捻る様子に、ようやく落胆モードから復帰したコーネリアはガシガシと頭を掻きつつ、

 

「まぁ、このままここに留まってたって埒が明かねえし、俺としては車内に入る事をお勧めするがな」

 

「「ですよねー」」

 

 そんなこんなで三人は貨物列車の中へ。時速三〇〇キロが生み出す向い風とは無縁の車内は拍子抜けするほどに静かで、確かに遠くからは騎士たちの慌ただしい様子が音として聞こえてくるものの、それでもここが敵地だとは一瞬分からなくなるレベルで静寂に包まれていた。

 ようやく地獄から解放されたフロリスは冷え切った身体を両手で擦りながら、周囲に視線を彷徨わせる。

 

「ふーん……どうやらこの車両は武器庫みたいなもんらしいね。武器や霊装がこれでもかって程に詰め込まれてる」

 

「フォークストーンにいる騎士たちへ届けるつもりなのでしょう。もしくは、車内に忍び込んだネズミを狩る為の武器なのかも」

 

「火織さん? 凄く不安になるフラグを自ら建てるのはやめてくれません?」

 

 彼女が持つ異常な幸運性から、そんな不安が的中する事はまずないとは思うのだが、ここには不運の権化ことコーネリア=バードウェイがいる。聖人でありながらも『幻想殺し』の少年の如き不幸レベルを所有しているコーネリアがいる限り、一寸の油断もできない。それが自分で分かっているコーネリアだからこそ、一切の不安要素を取り払っておきたいのだ。

 「とりあえず、武器だけでも貰っていくかな……」目に付いた長剣――無駄に豪奢な装飾が施されているが、何かの儀式用だったりするのだろうか――を拝借し、紐を身体に通して背負う様にして持ちながら、コーネリアは自分の得物をとりあえずは確保する。

 そんな彼を見た火織は一瞬だけ驚いたように目を見開くと、

 

「コーネリア。その剣は―――」

 

 直後のことだった。

 火織の言葉を遮るように、近くの車両から騎士たちの叫び声が響き渡って来たのだ。

 

「な、何だ!? ワタシたちはまだ何もやってねえぞ!?」

 

「しいて言うなら盗みを働いていますが……」

 

「戦場での強奪は無罪だ。それよりも、何があったと思う?」

 

「私たちが彼らに見つかったとは考えにくいです。ということは―――」

 

「―――俺たち以外の侵入者が他にいた、ってことか」

 

 コーネリアの解答に火織は小さく頷きを返した。

 コーネリアたち以外の侵入者。考え得る限りでは、『必要悪の教会』の誰かだろう。このクーデターを止める為に独断専行したのか、もしくは何か他の意図があって電車に乗り込んだのか。どちらにしても、騎士派の連中に見つかった時点で攻撃を加えられるであろう事はまず間違いない。

 最低限の逃走経路を確保しながら、三人は鼓膜に全ての意識を集中させる。怒声と物音は徐々に彼らの方へと近づいてきていた。

 

「どうしますか、コーネリア? ここで迎え撃ちますか?」

 

「そろそろフォークストーンに着く頃だろうから、フロリスを囮にして電車から飛び降りる」

 

「一瞬の迷いもなく最低な事を思いつくなアンタ!」

 

「凄く賛成ですが、この女には事情聴取と言う大事な役目が残っていますので、別の手段を講じてください」

 

「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って? え、なに、もしかしてワタシ、どっちに転んでも絶望しかないの!?」

 

 犯罪者が何かワーワーと騒いでいるが、二人の聖人は何処吹く風。

 そうこうしている内に音は隣の車両にまで辿りつき―――そして彼らがいる車両の扉が勢いよく開け放たれた。

 驚くべきことに、車内に駆け込んできたのは、必要悪の教会の魔術師でも騎士派の騎士でもなかった。

 黒い学ランに身を包んだ、高校生ぐらいの少年。

 ツンツン頭が特徴のその少年の姿にフロリス以外の二人――コーネリアと火織は限界まで目を見開き、呆気に取られながらも、悲鳴を上げる様に少年の名を叫んだ。

 

「「か、上条当麻!?」」

 

「あ、え? な、何で先輩と神裂がこんな所にいるんだよ!?」

 

 こっちのセリフじゃボケ、とコーネリアは混乱の中で確かに思った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 上条当麻。

 ありとあらゆる異能を打ち消す右手を持つイレギュラーの少年の突然の登場に驚きを隠せないながらも、しかしここでずっと混乱している暇もないため、コーネリアはなるべく簡潔に事の事情を問い詰めることにした。

 

「オイ上条、何でお前がこんな所にいんだ?」

 

「俺はインデックスを助けに行く途中なんだ―――って、こんな所で悠長に駄弁ってる暇はないぞ!? 騎士派の連中がすぐそこまで来てんだから!」

 

「それについては大丈夫だ。ぶっちゃけ、この場にはお前より強い奴しかいねえ」

 

「センパァイ!?」

 

 断固抗議の声を上げたかったが、それが事実である事には変わりない。かつてはコーネリアと上条の実力はほぼ同格だったというのに……やはり聖人として再覚醒したからだろうか。ずるいよそんなの。

 そうこうしている内に車両の扉が開き、雪崩れ込んでくるは物々しい渦中に身を包んだ騎士の皆様。それぞれが剣や槍といった得物を持っていて、ここが戦場である事を顕著に表している。

 騎士たちの登場を前に、しかしコーネリアは驚いた様子を見せる事無く―――

 

「火織」

 

「なるべく無駄な犠牲は出したくないのですが――――七閃!」

 

 ズガガガガガッ! と七本の鋼糸が宙を舞い、騎士たちを一掃した。

 甲冑の騎士が紙人形のように斬り飛ばされ、そしてそのまま車両の連結部までもが切断された。所狭しと集まっていた事が災いし、騎士派の連中は揃いも揃って列車の外へと放り出されていく。時速三〇〇キロが生み出す向い風は猛威を振るい、あっという間に全ての騎士がいなくなってしまった。

 車内に静寂が漂う。

 大口を開けて呆然とする上条――そしてフロリスを尻目に、火織はコーネリアに問いかける。

 

「敵は排除しましたが、この列車がいつ襲撃されるか分かったものではありません。幸い、既にフォークストーンの近くまで辿りついていますし、そろそろ途中下車しても良いのではないかと」

 

「そうだなぁ」

 

 言いながら、切断部から外の様子を確認してみる。列車はちょうど古い石橋を通過しようとしていて、その下には川が流れていた。

 

「うし、それじゃあ飛び降りるか」

 

「「ま、待て待て待て!」」

 

「大丈夫だって。俺と火織がお前らを抱えて飛ぶからさー」

 

「そういう問題じゃないんだよ! その川は水深が一メートルもねーんだぞ!?」

 

「いくら聖人に抱えてもらってるからって流石に死ぬわ!」

 

「――とか言ってるけど?」

 

「問題ありません。――コーネリアさえ無事ならそれで」

 

「「この恋愛脳(スイーツ)女に抱えられるのだけは絶対に嫌だァーッ!」」

 

「だ、誰が恋愛脳女ですか、誰が!」

 

 勝手な烙印を押された火織が唾を飛ばすが、そんな事には目もくれず、上条とフロリスはじゃんけん大会を開催。

 結果は言うまでも無いだろう。

 上条が一発で敗北し、不幸野郎と恋愛脳女のコンビが爆誕した。

 

「ふ、不幸だ! 流石にこの結果は不幸過ぎる……っ!」

 

「コーネリアの下にまたあの金髪女が……クソ憎たらしい!」

 

「……ワタシの命の為にもセクハラはやめてよ? いやマジで、振りとか冗談とかじゃねーから!」

 

「何をそんなに動揺してんだよお前」

 

 火織に殺されかけたばかりなのにそんな事する訳ねえだろ。

 四人中三人の様子がおかしいが、まぁこのままここで踏み留まっている訳にもいかない。

 なので、コーネリアは即決断。フロリスをお姫様抱っこで抱えると――背後からの恋人の嫉妬の視線が凄く怖かったが――躊躇う事無く列車の外へと身を投げた。

 

「うぎゃああああああ死ぬぅうううううううううううううううううっ!?」

 

「着地の際は黙っとけよ? 舌を噛み切るかもしれんしな」

 

「ふ、不吉なこと言ってんじゃねぇええええええええええええええええええええええええっ!!!」

 

 




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 次回もお楽しみに!

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